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岩龍ドロボロス  作者: 砂漠雨
1/2

人界の旅

 永遠にも思われる龍の生。

 そのなかでごくたまに——いや、そこそこ頻繁に、思い出す言葉がある。


「最後にもう一度聞く。本当に俺と来ないのか?」


 挑発するようにくるりと輝く深紅の眼に、自信に満ちた鋭い牙——巨大な朱の翼は、飛びたくてしかたがないとばかりに動き続けている。

 古い知り合い……赤龍ゲオルギウスの姿が、今でも鮮明に思い出せる。


「何度も言っているだろう。私は行かない。たとえ貴様の頼みであってもだ」


 私はその答えを後悔してはいない。

 それにもかかわらず、一抹の問いが頭を離れない。

 もし——あのとき違う答えを返していたら、なにかが変わっていたのだろうか、と。




 ため息が出るほど美しい黄金を、ひとつひとつ、丁寧に丁寧に積み上げてゆく。

 

 食事前の至福のひと時だ。ドロボロスはじゅるりとよだれを飲み込んだ。

 たっぷりと時間をかけ(なにせ時間だけは腐るほどある)山のような龍の体に届くほどうずたかく、黄金は絶妙なバランスを保ちつつ聳え立った。

 

 ドロボロスは仕上げに、ひときわ大きな黄金の岩を鋭い爪で器用につかんだ。これさえ置けば、やっと食事にありつける。

「そんな面倒なことせずに、さっさと食えばいい」

 他のどの龍が見ても、口をそろえてこう言うだろう。元来龍とは大雑把でがさつだ。体の大きさがそうさせるのだろう。

 

 まったくもってナンセンスだ。ドロボロスはため息をついた。

 ドロボロスは、美しさを微塵も解さない他の龍どもとは違う。彼は何もかもが完璧でないと気がすまないことで有名だった。この一部の隙も無い黄金の住まいがその顕れだ。

 

 ゆっくりと持ち上げた黄金を、黄金の山の頂上へと重ねていく。

 慎重に、そして大胆に——


「お邪魔します」


 ガラガラガッシャーン!!!

 背後から急にかけられた声によって、ドロボロスの努力の結晶が一瞬にして崩れ去った。


「——よくも……よくもやってくれたな!!」


 ゴリゴリと牙をかみ砕きながら、ドロボロスは振り向いた。


「あ、お取込み中?」

 

 そこにいたのは、桃色の雌龍だった。


 体長からしてかなり若い。龍の悠久の寿命から考えれば、生まれたてと言ってもいいだろう。龍の大きさは、生きた年月におおむね比例する。


 しかしドロボロスが気になったのは別の部分だ。不自然に柔らかい瞳孔、つやのありすぎるウロコ、明らかに短い尻尾……。


 おまけに、なんということだ、あいつにうりふたつだ。荒れていた時期の龍界を共に平定し、新天地を求めて人界へ行ったあいつに。

 気づけばドロボロスは、怒りも空腹も忘れて尋ねていた。


「貴様、半龍か。親は誰だ」

 

 若い龍はためらわず答えた。


「ゲオルギウス」

「そうか」


 いくつかの記憶がかけめぐった。

 互いのすべてをかけて咆哮し、殺し合ったこと。認め合い、共に空を飛び、星々を捕まえたこと。

うっとおしくも面白い、青と紫の龍たちとの飛行……。

 

 ドロボロスは目を細めた。この子龍に興味がわいた。


「お前、名前は?」

「アカネ」

「変わった名だな。龍らしくない。私に何の用だ」

「父を助けてほしい」


  間髪入れずにアカネは言った。まるで何年も我慢していたことをやっと言えたかのような声だった。


「奴に助けが必要なことなどなかった。あいつはいつだって問題を自力で解決した。そしてそれを楽しむ。そういうやつだ」

「母が囚われているの」

 

 そこで、ドロボロスは新鮮な驚きを感じた。

 母ということはつまり、番か。これほど龍と縁遠い言葉もなかなかないだろう。

 

 龍に生殖器はない。しかしそれは子がなせないということではなく、いくらでも方法はある。龍は自身の複製をつくることも、生殖器を精製することもできるのだ。

 

 ただ、無限の寿命を前にして、そういうことをする必要があるとは思わない。万に一つ戦いで死ぬとしても、それはむしろ誇らしいことだ。救いとも言っていい。

 

 しかしあの赤龍は、必要がないことを楽しむのが好きだった。だから突然現れた子供を、ドロボロスは「そういうこともある」と受け入れることができた。「あいつならやりかねない」と。


「母を開放するためには、巨万の富が必要なの。あなたならそれを生み出せる。そうでしょ?」

「ふむ。出来なくはないが。」

 

 ドロボロスは体内で創り出した黄金をぺっと吐き出した。龍はそれぞれ好物を体内に蓄える。ドロボロスの好物は、飛び切り美しい鉱石だ。そしてこれが人界で希少な価値を持つことも知っている。


「お願い、どうか力を貸して!」

「断る」

 

 すべての思い出を両断するように、ドロボロスは告げた。アカネはひどく痛めつけられたような顔をした。


「すべて奴の問題だ。私が関わることではない」

「そんな……あなたは友達だと聞いていたのに」


「友達などではない。当てが外れたな。さっさと帰るがいい」

「帰らない」

 

 アカネはキッとドロボロスをにらんだ。


「あなたが一緒に来るというまで、私はここを動かない」

 

 ドロボロスは目を見開いた。


「——おまえが一緒に来るというまで、俺はここを動かない」

 

 かつてゲオルギウスは、そう言って百年のあいだ頑固にドロボロスの家に居座り続けた。そして百年後、他の二龍に急かされて、ついに人界へと去っていった……。


「そうか」

 

 ドロボロスはそれだけ言って、ふたたび神経質に黄金を積み上げ始めた。


「好きにすればいいさ」


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