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第1章『マリーちゃんとメリーちゃん』

 子供が大声で泣きながら母親の足にすがりついていた。まだ若い母親は息を呑んで、牧草の上に散らばった肉の塊を見つめていた。子供が、メリーちゃんが、と叫んですがりつく手に力をこめると、母親は我に返った。こんなものを子供に見せてはいけない。


 そこに子供の父親が小走りにやってきた。子羊の残骸を見るなり、うめき声をあげる。


 母親は子供をさっと抱きあげた。「この場はまかせるよ、あんた」


 朝露で湿った、緑色も鮮やかな草の上に、今年生まれの羊が、横たわっていた。いや、散らばっていた。


 あばれる子供を抱いて家へと走る女房の背中を見送り、男はため息をついて辺りを見回した。時間はまだ早朝。羊をこんな姿にしたなにものかの気配は、今はなかった。青々とした空に小さな白い雲がゆっくりと流れている。今日も気温があがりそうだった。


 男はよく見るために死体の近くにしゃがみこんだ。全身の骨が折られ、首がねじられていた。腹が裂かれ、取りだしたはらわたは細かく引きちぎられ、手足は引き抜かれていた。毛の塊が草の上で微風に吹かれている。凶行のあいまに毛を鷲掴みにして引き抜いたのだろうか。ばらばらにされたはらわたや肉のあちこちに歯形。血はあまり出ていない。大きな血だまりを作るほど成長していなかったせいか、それとも――


 男は肉片のひとつを拾いあげた。噛みついた跡と、大きく穿たれたふたつの穴。ほかの断片も同じように穴が開いていた。


 男は額の汗を拭いて、飛んできた蠅を手で払った。立ちあがると遠方に目をやった。赤褐色の石を積み重ねた城壁の向こうでは、街の人々も、もう起きだしているのだろう。


 ときおり、男たち農民が飼っている家畜が無残な死体で見つかることがあった。明らかに動物ではないもののしわざであれば――具体的には、吸血鬼のしわざと思われるなら――警邏に一報を入れなければならない。動物の血で英気を養った吸血鬼が、村や、城壁内の街の人々を襲う可能性がある。


 少なくともうちの家族に被害が出なくて良かった、と、男は家に向かった。

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