01-07「廃線と意味と役割」
今はソーラーパネルが置かれています。
翌日、登校すべく自宅マンションを出た佐藤良祐は、一階のエントランスを出た所に立っている千歳友希道と合流した。
「おはようございます。佐藤さん」
「お、おはよう。あれ? 時間、教えてなかったよね?」
「はい。ですので待っていました」
「あ、ごめん。まさか登校時も一緒とは思わなくて」
「気にしないで下さい。これはあくまで念のためですから」
「念のため?」
「この時間ですので遅れることはありませんが、ここで立ち話も何ですし歩きましょう」
「分かった」
後輩に促されるまま、並んで歩き出す。左手側に東西に伸びる廃線となったローカル鉄道の揖斐線の線路跡を横に、人生初の女子と二人だけでの通学という体験に、思わず緊張する。
昨日のは部活の後の成り行きだったこともあって、意識することはなかったのだが、朝家を出たら玄関先で後輩の女子が待っているというシチュエーションは、男子ならば憧れるものもあるが、実際に経験してみると妙な気分である。そもそも昨日初めて会話をした後輩の女子と一緒に登校するという、それも互いに好意を持っている訳でもなく、ただ護衛と護衛対象というだけの関係。
(ボディガードとかこんな感じなのかな? というか年下の女子だし、そんな格好良いアクション映画とかじゃなくてアニメや漫画のような話だな)
そんなことを考える。特に変なことを考えている訳ではないが、何となくこのこれまでの日常と違うものに、どこかワクワクしていた。そしてそれが相手に伝わらないよう、あえて目を合わさないよう前だけを見て歩く。
そんな彼の様子に友希道も気付いてはいたが、何が理由で緊張しているのかまでは理解出来ず、首を傾げるに留めた。
歩き出してすぐ、友希道の家の前で左折。踏切跡を超えて昨日と同じ通学路を通る。その際、廃線と共に廃駅となりとっくに駅舎などが撤去され、土台だけとなっている『北方千歳町駅』が目に入る。偶然だなと思うも、気になったので聞いてみることにする。
「千歳さん、千歳さんの苗字って、もしかして」
「え? あぁ、駅ですか。はい、そうですね。私の家はこの北方町を横切っていた揖斐線の沿線を管理する家系でして、昔は線路沿いに何件も千歳家がありました」
本当に関係していたんだと同時に、じゃあ今はと疑問に持つも、先に「今はもう管理はしていませんけどね」と続けた。
揖斐線とは名古屋鉄道(通称:名鉄)が大正三年三月に開業し平成十七年四月に廃線となるまでの約九一年にも渡って住民の足となっていたローカル鉄道である。
単線で、一つの車両に運転手兼車掌が一人で運行している、所謂ワンマン運行。路線途中のいくつかの駅で擦れ違い用に複線となっている。
揖斐川町の『本揖斐駅』から岐阜市の『忠節駅』までを繋ぐ路線で、北方町にも『千歳町駅』を中心に、西に『美濃北方駅』、東に『東口駅』が設置されていた。
利用者数減少に伴って廃線となるが、丁度その頃に北方町役場近くにバスターミナルを設けることで、町民の足の確保はなされている。
廃線となった後に、レールや枕木を初めとした多くの資材は撤去されており、ここにかつて線路があったものを示すものと言えば、取り残された砕石と土台のみの駅のホームくらいであろう。今では雑草が生え放題であるので、その面影も薄くなってしまっているが。
それはともかくとして、その路線の管理というのは一体どういう家系なのだろうかと良祐は疑問に持ったので質問をする。
「線路を管理って、鉄道関係の家だったの?」
「いえ、私達が管理していたのは、線路というよりその線路という一本の線、境界のことです」
線、境界の管理。そう答えられても、つい一昨日まで普通の一般人として過ごしてきた彼には理解出来ないことだ。よって、分からないことは素直に聞くことにする。
「ごめん、ちょっと分からない」
「あ、すみません。えぇと、そうですね……私も全部を理解している訳ではなく、そもそも私が生まれる頃には既に廃線になっていましたので、役割もそんなにないんですけどね」
自身の記憶を掘り起こすように一拍開け、「それでですね」と続ける。
「代々伝わっている話なのですが、どんなものでも、どのような形でも、そこに線引きがなされて内側と外側、もしくはこちら側と向こう側と分けられたら既にそれは境界らしいのです」
「境界……」
「はい、極端な話、紙に一本の線を引くだけでも境界と言えます」
そう言って彼女は、空中に指で線を引くような動きをする。
「まぁ、なんとなく分かるかも」
「ですが、そのままだけではあくまで文字通り線引きしただけで境界としての力は弱いです。そこで、その線に役割や意味を持たせることで、境界の力を強めたのが“道”ということです」
「でも、それって、あくまで移動のために造られた線なだけで、別に境界って訳じゃないんじゃないの?」
「いえ、道が出来たことで、そこが境界となって、あちらとこちらで分けられるようになりました。先に境界として作られたのかどうかはこの際どちらでも良いのです。あくまで、線引きとしての役割が果たせているかどうか。実際、道がある中にわざわざ家を建てる人はいません」
「まぁ法律とかもあるしね」
「今はそうですが、昔もそんな法律などがない時代でも、道の脇に家を建てることはあっても、道を塞ぐようにして家を建てる例は……まぁ一部の権力者はいたかもしれませんが、普通はしません」
「うん、そうかも」
「つまり、境界が出来たという訳です」
「随分と強引だね……」
「私も全部を理解している訳ではないですからね」
そう言ってクスクス笑う友希道に、思わず目をやってしまう。ずっと真面目一辺倒な彼女が表情を崩したのを見たのは、昨日の下校時に寄った和菓子屋でお菓子を頬張っていた時くらいだ。
しかしそれもすぐに元に戻り、昨日出会ったばかりであるが見慣れた硬い表情になった所で、再び前を向く。
「つまりです。この世はどこにでも境界があるのです。線だけじゃないです。壁だって立派な境界です。柵もそうです。この花壇の並びだって、向こうとこちらを分ける境界となることが出来ます」
そう言って、どこかの民家の前、道に沿う形でプランターが並べられ、紫やピンク、赤などの花が咲いているのを指差した。
「ただし、ただあるだけでは力が弱いのは、線の説明で言った通りです。そこで“意味と役割”を持たせるのです」
「どう違うの?」
「簡単な話、意味とは名前、役割とは、まぁそのままですね。道なら移動手段などの仕事を与えるということです」
「確かに簡単だね。もしかして、さっきの紙に一本の線の話も、その線に名前を付けるだけで効果が上がったりするのかな?」
「そうですね。まぁ紙という材質である以上、どこまで通じるかは甚だ疑問ですが、確かに線を書くだけよりは意味がある方が力はありますね」
そこで言葉を句切り、何か考える仕草をする。良祐が不思議に思って顔を向けると、同じタイミングで相手も視線を向けてきた。そして、少し言いづらそうに言葉を発した。
「……佐藤さん”も”、その、名前付けたいんですか?」
「”も”って何さ……他に誰が……」
そこまで言って頭に浮かんだのは一人の先輩である女子であった。池之頭アリサ。厨二病の中学三年生のギャル。これまで校内で見掛けることはあっても、話をしたことは当然ない。関わったのは昨日の部活が初である。あくまで自己紹介のみで会話らしい会話はなく、顔を合わせただけの存在だが、キャラが強すぎて印象に残っている。
「もしかして、あの人?」
「はい」
良祐の思い浮かべた人物と同じ人が浮かんでいるのだろう。友希道はすぐに同意を返した。彼女の中では、良祐がアリサと同系統の厨二病を患っていると疑いを掛けられているのかもしれない。
自身の名誉のためにすかさず否定する。
「いや、違うよ。俺は別に”そう”いうのはないから」
「いえ、別に嫌という訳ではないですよ。護衛を務める役割を与えられた以上は全うするのみですから」
「だから……いや、いいや、うん」
「?」
彼女の顔を見て、からかっている訳ではなく素で言っていることに気付いた良祐は出掛かった反論を飲み込んだ。
「ところで、千歳さんはかつての揖斐線という境界を守護、管理する家系だったってことは、今あそこは境界の役割を持っていないということかな?」
「意味は残っていると思いますが、もう本来の仕事を果たすことが出来ない状態ですからね。境界としての力は以前の何分の一にまで落ちていると思います。ただ、私は感じることが出来ませんが、たまににこの廃線を電車が走る音がすると、同じ【冥加師】の仲間が言っていました」
「音だけ?」
まるで宮沢賢治の銀河鉄道の夜みたいだなと感想を抱く。
「はい。おそらく【虚】の一種ではないかと言われています。とはいえ、他の【冥加師】の方々も実際に電車が走っているところは見たことがないとのことですが」
「え、そうなの?」
「どうやらそのようです。【彼世】で活動していても、たまに音はするが電車は走ってないらしいです」
「不思議な話だね」
「そうですね。様々な想いを乗せて運んだ歴史がありますから、それだけ多くの思念があるはずです。それが、何らかの理由で音だけこちらに届くことがあるそうです。一般の人や冥加の弱い私では、真横を通り過ぎたとしても音も気配も感じることは出来ませんが、ちゃんと冥加のある人なら走る音が聞こえるそうです」
「あのラジオでもダメなの?」
良祐は、友希道が所持しているラジオのことを思い出して指摘する。
「残念ながらラジオも雑音しか発しませんしね。何かが通過したことは分かっても、実際にそのものの音を聞いて感じることが出来る訳ではないのですから、昔管理をしていた家系としては寂しいものです」
「まぁ俺達が生まれる前に廃線になっているから、本当の音を聞いたこともないけどね」
「そうですね。あくまで想像するだけです」
そこで一旦話が途切れ、沈黙が流れる。しんみりとした空気に居たたまれない良祐は、何か話題がないかと思考を働かせていた時にふと、先程マンションを出た時にしたやり取りを思い出した。
「そういえば護衛の話に戻るけど、さっきも言っていた念のためって?」
「それはですね、【虚】の出現には規則性があるということです」
「規則性……そういえば昨日言ってたね?」
「はい。場所までは特定出来ませんし、時間帯にしても幅がありますので、ピンポイントで特定することは難しいですが、夕方から翌明け方の間での出現が非常に高いです」
「うん。覚えている。潮の満ち引きみたいに近付いては離れるって。でもそれって何か理由とかあるの?」
「理由、ですか?」
「そう。夕方から明け方まで境界が繋がる理由」
「さぁ分かりません。というか、考えたこともなかったですね。小さい頃からそう教えられてきただけですし。芝原家や戸田家の本家ならば分かるのかもしれませんが、現在当主である芝原さんから何も言われていないということは、知らないか、あるいは……」
「隠しているってこと?」
「ないとは思います。これでも、芝原さんとの付き合いも長いですし。隠し事をしていたとしても、それを隠すことに悩むような人です」
「あー……何となく分かるかもしれない」
昨日や一昨日のやり取りを思い出し、芝原翡翠は分からないことは「分からない」知っていても言えないことは「言えない」とハッキリ言っていた。確かに、部分部分で、誤魔化すような曖昧な言葉を使ったりしていたことから、全部を言っているとは限らないだろうが。
(まぁバレバレなんだけど)
何かを隠していることは、言葉だけでなく表情にも出ているので分かりやすい。それが何を隠しているのかまでは分からないが、隠す理由としては知られたくないか、知ると危険になるからか。
「俺みたいな部外者を無闇に関わらせないようにしているのかな?」
「それはあるかもしれませんね。芝原さんは優しいですから。ですが、あなたはもう部外者じゃないですよ? こうして護衛が付く以上は完全に関係者です」
「あ、そ、そうだね。そうだったね……」
やはり、これまで生きてきた常識から、いまいち彼の中で部外者という感覚が抜けないでいた。これが現実ではなくゲームなどの創作の話なら、格好良いなどの感想が出ただろうが、生憎と現実で、自分自身が狙われているかもしれないという立場で関わっている。
軽く息を吸っては吐き、またあの怖い空間に取り込まれないように気を付けなければと気を引き締める。それと同時に、今の会話から翡翠のことを考える。
隠し事をする人を信じるかどうかはともかく、あの真面目な表情を崩さない友希道がほんのり優しい笑みを浮かべているのを見て、少なくとも良い人なのだろうと思うことにした。
そうやって話に花を咲かせていると、いつの間にか学校に到着していた。
良祐のマンションからは子供の足でも一五分も掛からない、早ければ一〇分程度で到着する程度に近いので、こうして話ながらの通学だと、その時間もあっという間に過ぎてしまう。
「それじゃあ、また放課後」
「はい、部室でお待ちしております」
下駄箱で上履きに履き替え、階段を登る。二階に上がった所で、一年生である友希道は三階、二年生の良祐は二階であるので、軽く手を振って別れる。
しかし、それを同級生の友人に見られたことで、いきなり彼女が出来たのかと絡まれ、何と説明すれば良いのかあたふたしていたら、余計に話が広がりそうになりホームルームが始まるまで火消しに追われる良祐であった。
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