01-06「魂石ラジオ」
魂石ラジオのネーミングは、某カメラで幽霊を撮影して攻撃するゲームから着想を得ています。というか、どうやって差別化させようか悩みました。
七月下旬。北方中学校に通う佐藤良祐は、同級生で同じクラスの芝原翡翠に連れられて、化学部という名の【虚】という存在から北方町を守る組織【冥加師】北中支部の会合に参加することとなった。そして、そこでの話し合いを終え、帰り道が同じ、または近いということで、二人の女子生徒の護衛が付くことに。一人は翡翠。もう一人は、一年の後輩千歳友希道である。
放課後に連行された部活でも様々な言葉が飛び交うものの、ほぼすんなりと終了。夕方と言ってもまだ日の高い時間。学校を出た三人は帰宅すべく西の正門から出て北へ向かう。
隣の北方小学校でもクラブ活動を終えた生徒が、それぞれ下校する姿がみられる。
西正門から出た所で一旦足を止めた翡翠は、中学校と小学校の間に立つ大きなクスノキに向かって小さく礼をした。
「今のは?」
「まぁ、わっちの家の仕来りみたいなものやから気にしないで」
「ふーん。にしても大きい木だよな。何で道のど真ん中に堂々と立っているんだろうとは、いつも思うけど」
「歴史ある木ですからね。学校が出来る前からあるみたいですし、わざわざ木を挟むようにして二校を建てたのには理由があると思いますが、千歳家は戸田家の末席。歴史も非常に浅い上に、ほぼ二家しか残っていない消滅寸前の家ですので、私は何も聞かされておりません」
「そうなんだ。てっきり皆、同じ情報を共有しているものだと思ってた」
「家ごとに伝統や秘密があったりするからねー。特にわっちら三家、まぁ実質芝原と戸田の二家だけど、出所のこともあって結構秘密が多いんだ」
「え、でも高屋先輩は」
「本人も五代目候補と言っていたように、非常に歴史が浅い家でね。まぁ詳しいことはまた本人とかから聞くと良いと思うよ」
「ちなみに芝原さんは何代目なの?」
「わっち? わっちは三八代目やよ。すごいんやよー」
「さっ……」
「彼女の先祖は、平安時代の頃には既にこの地を治めていたとされていますから、それだけ代が続いているのでしょうね」
「想像も出来ないなぁ」
「でしょう? 歴史だけはあるんやよね」
「いえ、歴史だけでなく実績もしっかりあると思いますが」
そんなことを話しながら、二校の真北にある『円鏡寺』の敷地内を通過する。
道なりに北上すると、若干だが迂回する形となるので、それが面倒な生徒は、そのまま左右それぞれに二三〇センチメートルの高さの阿形と吽形の二体の金剛力士像が建つ楼門から西の観音堂へ伸びる参道を横切るようにして登下校する。
部活の中で話に上がった『円鏡寺』とはこの寺のことで、かなり広い敷地を誇る真言宗の寺である。歴史書によると、八一一年に当時の天皇、嵯峨天皇からの勅命によって空海が、現在の『円鏡寺』の前身となる『定照寺』を創建したとされている。このことは、北方に住む人ならば、小中学校の頃のいずれかの授業で一度は学ぶことであるので(忘れてさえいなければ)知っている人はそこそこいる。
「あれが、さっき言ってた焼けた観音堂?」
「そう。今から三〇〇年弱程前やね」
「今は大丈夫なの?」
「どうかな。一応守りが効いて、全てを焼き尽くすまではいかなかったみたいやけど、それでも甚大な被害が出たから当時の管理者である戸田家は大変だったやろうね」
「守り?」
「そう。あ、部活では聞かれなかったから説明するのを忘れていたんやけど、【時の大結界】って言うのは、『西順寺』にある『時の太鼓』を起点とした結界のことやね。あれはあくまで、守りの力を増幅させる装置に過ぎないから、別で力を注入する必要があるんやけど、それが『円鏡寺』、正確にはその鬼門に位置する『大井神社』にあるの」
「それは何となくじいちゃんから聞いたことあるな。『円鏡寺』を災いから守るために、今の『大井神社』のある場所に祠を設置したって」
祖父からの北方町の歴史を聞かされていた中に、そのような話があったことを思い出す。
「そうそれ。それは本当に円鏡寺を守る存在だったんやけど、あくまで役割は円鏡寺を守ることやったから、その力を北方全体に広げるために『時の太鼓』を利用したってこと」
「そうなんだ」
『時の太鼓』の存在自体は良祐も知っている。というか北方町民で知らない人はいないだろう。その太鼓が置かれた経緯や歴史まで知っている人はそこまで多くないだろうが、北方の土地にてとても大切なものであることは理解している。それが結界の維持にも役立っている。実感のない話に、驚きよりものんきな返事しか出なかった。
「正確には、まだ結界が生きているのかどうか分かんないんやよね。でもあれだけの強力な【虚】が現れた以上は、ちゃんと機能していないことは確かやと思う。詳しいことは、戸田家傘下の清水家の話を聞くまでは分かんないね。あそこは昔から『時の太鼓』の維持、管理を務めていた家やからね」
「『時の太鼓』を利用しているってことだけど、もうちょっと詳しく聞けたりしない?」
「ええよ。『時の太鼓』の役割は結界の広域化と強化。つまりは守りの力の増幅。それは現代では一年に一度、世間でも時の記念日と定められている六月一〇日の決められた時間に決められた作法で打ち鳴らすことで維持しているよ。表向きは記念日だから太鼓を叩くことってことで、これに関しては昔からいる一般の北方町民なら知っていることやよね」
「それが壊れてしまっているかもしれないと……いずれにせよ、芝原さんが戦ったという【虚】がまだ存在していると思われる以上は、油断出来ませんね」
そう言う友希道の表情は硬い。もしかしたら今【彼世】へ行ったら、その蜘蛛が目の前にいるかもしれないということに緊張しているのだ。
「そうやね。全ての【虚】が害を成す存在というわけではないんやけど、やっぱり多くの【虚】、特に力のある【虚】は少なからずこの【現世】に害という形で影響を与えてしまうから、攻撃的な存在だったら積極的に倒さないといけない」
それが自分の役目、役割であることを誇りに思っているように話す翡翠に、良祐は昨日の出来事も含めて、格好良いと感じた。
「とりあえず、結界や守りについてはまた一度見直す必要はあるかもね。でも今ここの管轄は戸田家だから、わっちは手出し出来ないよ。口出しは出来るけど。それに、今日の部活で戸田君には話しておいたから、多分そっちから話は行くだろうし、特に向こうから何も言ってこないならわっちからは特に何も言えないかな」
「言わないんじゃなくて言えない?」
「まぁ、家々ごとの利権じゃないけども、昔人間はそういうゴタゴタが好きでねぇ。わっちら子供達の仲が良好でも、一方的に負の感情を持っている人もいるにはいるし。中にはお家騒動とか言って、内部で軋轢があったりする場合もあるかな」
「面倒くさいんだなぁ」
「歴史だったり、変に権力や伝統だったりある家は、多少の差はあるけどそんなものだと思うよ」
「私の所は戸田家に属していますが、芝原とも縁がありますので、出来れば二家には仲良くしてもらいたいところです」
「表面上は仲良いよ? 後、子供同士でも。私の義姉と戸田の次期当主も仲良いらしいし」
「へぇ、お姉さんがいるんだね」
「そう、口うるさい義姉がね」
「私にも姉がいます。普段は町を離れていますので会うことは少ないですが」
「そうなんだ。俺一人っ子だからさ、兄弟とかうらやましいな」
「私の姉は……少しばかり変わっていますので、あまり相性が良くありません。仲は悪くないのですが、どうにも合わないというか……」
「そこはまぁ色々やよねぇ。わっちも会ったことあるけど、伊路音さんはキャラが濃いから」
話している間に円鏡寺の敷地を抜け、レンガが敷き詰められた道をそのまま北上することすぐ、東西に長く伸びる北方商店街へと辿り着く。商店街と言っても、賑わいがあったのは昭和の頃まで、平成に入って少ししてからはシャッターが降りていたり、取り壊されて住居へと建て替えられたりと、部分部分でかつての風情を残しつつも、昔ながらの商店街という名の寂しい通りとなっている。
商店街を抜けた三人は、古い建物が建ち並ぶ車一台分の中央通りという名の細い通りを更に北へ行く。
「そこの栄ラジオ店に寄って良いですか? 調整をお願いしていた物をついでに受け取りたいのです」
「いいよ。外で待っているね」
「ありがとうございます」
二人のやり取りを隣で見ていた良祐は、友希道が入っていた店を見る。
「電器店? こんな所に店なんてあったっけ?」
「佐藤君の家はこの辺りやよね?」
「あぁ、ほら、あそこのマンションだよ」
「へぇ、じゃあ友希道ちゃんとも家が近いんやね」
「そうなの?」
「そう、今通り過ぎたそこの角の家やよ」
「近っ、あれ? それなら昨日俺が襲われた時、真っ先に来るとしたら千歳さんってこと?」
「本来ならそうなんだけどね。ただ、あの子にも事情があってね。それが今あそこの電器店に取りに行っている物なんよ」
昨日このすぐ近くで一般市民である良祐が襲われたことに関して、あの真面目そうな友希道が自分を見捨てることは多分ないと、今日の短いやり取りで何となく思っていた彼だが、そうなると今度は、何故助けに来てくれなかったのか。
翡翠の言い方からすると、助けに来られなかったというのが正しいようだが、一体、その電器店とどのような繋がりがあるのか良祐には想像も出来ない。
「お待たせしました」
「どうだった?」
「はい。新しい【魂石】を入れましたので、しばらくは大丈夫とのことです」
「あの、千歳さん」
「何でしょう?」
首を傾げ、僅かにパッツンおかっぱが揺れる。彼女のそんな可愛げのある仕草も、そのほとんど崩さない真面目な表情のおかげで逆に威圧されているのかと勘違いしてしまう。
「あ、えぇと、昨日のことなんだけど。芝原さんから話を聞いて」
「あぁ、私が助けに行けなかった理由ということですね」
「うん、そう」
「そうでしたね。まだ正式に謝罪をしていませんでした。そのことも含めて、申し訳ありませんでした」
「え、その」
理由を知ろうと疑問を投げ掛けると、返ってきたのは頭を下げてからの謝罪の言葉であった。突然のことに、どう声を掛けようか迷っているとすぐに頭を上げられたことで、言葉を探すのを中断する。
「私は確かに【冥加師】です。ですが、その【冥加の力】は弱く、また体質のせいで【虚】の存在を私単体では知覚出来ません。それは向こうの世界に行っても同じです。見えないですし聞こえません。存在を認識することが出来ないのです」
「え、それじゃあ、どうやって戦っているの?」
「それは……これを使うのです」
そう言って目の前に掲げられたのは、首から紐で提げられた文庫本サイズ程度の小さなラジオであった。
「ラジオ?」
「はい、これは【魂石ラジオ】と言いまして、【虚】の“聲”を受信して私でも認識出来るように音で報せてくれる機械です」
「アレって話せるの? それとも蜘蛛だったからかな?」
「いえ、聲というのはそういうのではなく、【虚】本体から発せられる波長のようなものです。それを受信して、砂嵐のようなザーザーした音を出すことで存在を報せるのです」
「それで分かるものなの?」
「慣れもありますが、ただラジオの音を拾うだけでは方向や距離が分かりづらいです。ですからこうしてイヤホンを繋ぐことで立体的に聞こえますので、見えなくても位置を大体特定することが出来ます。それに、私の浄化用の道具も位置を探るのに適していますので、そこまで不便に思ったことはないです。ただ、浄化用の道具はあくまで浄化の手段であって、索敵は補助。コレがなければ本当に何も分かりませんので、昨日のように丁度整備点検のためにラジオを手放している時に問題が発生してしまうと、すぐに対処が出来ないという欠点があります。ですので、普段は戸田家や芝原家が連携してこの辺りの巡回を手伝ってくれているのです」
「それで巡回していたわっちが、その異常をキャッチしたから駆け付けたって訳なんやよ」
「へぇ、じゃあその【魂石】って何なの?」
「通常【虚】は、【冥加の力】をまとった道具によって退治されると浄化され、身体の全てが砂のように崩れて消えてしまいます。ただ、稀に、大型であったり力が強い【虚】であったりすると、退治した時に結晶が残ることがあります」
そこまで言うと、ラジオのカバーを外して五〇〇円硬貨サイズの平べったく所々凸凹した、半透明の水晶のような石を取り出した。
「これは【魂の結晶】または【魂石】と言いまして、【虚】が様々な魂を喰らって溜め込んで、それが圧縮されて結晶化した物なのです。しかし【冥加の力】と反発しますので、退治の道具や御祓いの道具などには用いることは出来ません。例外として、こうして【魂石ラジオ】など一部の道具の素材として使われることがある程度です」
「へぇ、それ、触ってみても良い?」
「良いですよ」
興味本位で聞いてみたが、意外にも了解が得られたので手を出して受け取った。
その瞬間。
バチッ!
「っつ!?」
激しい音と共に痛みが走った良祐は、思わず石を取り落としてしまう。それをすかさず友希道がキャッチをして事なきを得たが、彼女達の表情は信じられないという様子であった。
「佐藤君! 大丈夫!?」
「佐藤さん、どこかお怪我などは!?」
「だ、大丈夫。ちょっとビックリしただけだから……でも、何かいきなり電気みたいのがバチッて来たんだけど、よく平気で持てるね」
「……いえ、これは、本来ならば普通の人からすると、ただのちょっと綺麗な石に過ぎません。私達【冥加の力】がある人も程度の差こそあれ、この石からは何か力のようなものを感じることはあってもこのようなことは……反発、でしょうか?」
「多分、拒絶反応だと思う」
友希道の推論を、翡翠が引き継いで持論を言う。
「わっちが昨日佐藤君から感じた何かの力、もしそれが今の出来事に関係しているのだとしたら、思ったよりも厄介なものなのかもしれない」
「それは何ですか?」
「ごめん。あくまで想像の域を出ないから、こっちでもう少し調べさせて欲しいんやよ。古い文献に何かあるかもしれないし。もしそれで分かったことがあれば話すよ。やけど正直理由が分からない以上は、様子を見るしかないかなって思う。言ってみればただの石だからね。それが触れないということは、やっぱり佐藤君の中には何か力があるんだと思う」
先程までのどこか緩かった空気が、ピンと張った糸のように緊張感のあるものに変わっている。
「でも俺、何も、そんなの知らないんだけど……」
「もしかしたら、部長も言っていたけど、あなたのお爺さんの家系の方に何かあるかもしれないから、勝手だけどこちらで調べさせてもらって良いかな? もちろん、本人に直接聞くようなことはしない。あくまでこちらの手元にある資料や文献から調べられるだけ調べるだけやけど」
「それなら大丈夫だと思う」
「分かった。ごめんね。友希道ちゃんもそれで良いかな?」
「元より私には意見を挟む立場にありません。こちらこそ面倒を押し付ける形になってしまい、申し訳ないです」
「大丈夫だよ。いずれにせよ知っておくべきことだったのかもしれないし、もしかしたら昨日の【虚】の狙いも”それ”なのかもしれないしね。早い段階で気付けたと思って、ポジティブに行こうよ」
「分かりました」
「すまん。お願いします」
そこでようやく緊張が解れる。
その後はその場で解散と思いきや、友希道が「そこの菓子屋へ寄って良いですか?」と言って栄ラジオ店から一〇数メートル北にある手狭な和菓子屋、菓匠ゆたか屋へと寄ることになった。そこでは、”みょうがぼち”というそら豆の餡を小麦粉の生地で包んで丸め、茗荷の葉を巻いた伝統のお菓子を食べることになった。ちなみに柏餅と同じく葉は食べない。
彼女には真面目そうな印象をずっと抱いていただけに、学校帰りに(目と鼻の先に自宅があるのに)買い食いをする姿に良祐は少なからず驚いたのであった。
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