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真説・北方町史  作者: 木入香
第一章「七月・佐藤良祐」
5/10

01-05「現状の確認と立場」

別に茗荷ミョウガを食べても強くなるわけではないです。

でも、茗荷の力というワードを意識して名付けたことは事実です。

ちなみに作者は、茗荷、そこまで好きではありません。嫌いでもないですが……というか食べる機会あんまりないです。冷や奴とかくらい?

 放課後、化学部の部室へ連れてこられた佐藤良祐(さとう りょうすけ)は、その個性的な部員達と自己紹介をし合った。しかし、事情を一切知らされていない彼は、ひとまず説明責任を押し付けられた芝原翡翠(しばはら ひすい)から教えてもらうのであった。


「最初に聞いておきたいんだけど、君達は一体何者なの?」


 良祐が今最も知りたかった疑問はコレである。昨日のような非常識、本来なら夢や幻、あるいは妄想という形で片付けられてしまうような、そんな科学の発展したこの平成の時代では通用しないような非科学的なオカルト。しかし、それがさも当たり前のように話すこの集団に対し、恐怖とまではいかないまでも、何か不安を感じるのは仕方のないこと。

 彼の質問に答えたのは、説明を押し付けられた翡翠であった。


「わっちらはね、【冥加師(みょうがし)】と呼ばれる者やよ」

「みょ、みょうがし……? 茗荷(みょうが)の……お菓子(かし)?」


 想像して微妙な気分になる。


「あはは、違う違う」


 良祐が考えていることを察しているのか、笑いながら彼女は前に出て黒板の(すみ)に”冥加師”と書き込む。背が低いから、必然位置が低いことはお察しである。


「【冥加(みょうが)(ちから)】を持つ人のことやよ」

「【冥加(みょうが)(ちから)】?」

「大丈夫、順番に説明するよ。えっとね、冥加って言うのは、神や仏の加護(かご)って意味なんやよ。だけど神仏そのものの(ちから)じゃなくて、あくまで少しだけ(ちから)を借りているってだけなんやけどね。それが北方(きたがた)出身の人は多少なりともこの(ちから)、まぁ冥加って言うことも多いんやけど、それを持っていることが多いの。ほとんどはほぼゼロに近いから、ないに等しいんやけど」

「だから”(えん)”?」

「そう。でも、北方(ここ)に限らないんやけどね。冥加(ちから)の強弱さえ目を(つぶ)れば探せば日本全国どこにでもいると思うよ」


 そこで「だけど……」と言葉を(にご)す。


北方(ここ)出身の人が【冥加(みょうが)(ちから)】を有していることが多い理由は、わっちも知らないの。多分、芝原の書庫を漁れば出てくるかもしれないんやけど、何分(なにぶん)歴史だけは無駄にあるから、書物が膨大(ぼうだい)でね。劣化(れっか)したり破損(はそん)したりして読めないのもあるし……」


 申し訳なさそうに頭を下げるが、すぐに切り替えてたのか頭を上げる。


「話を戻すけど、代々神に(つか)える正統な血統の持ち主が(つな)いでいる職業とかは強いんよ。直接信仰(しんこう)しているわけやからね。でも、神仏の加護を得るためには、わっち達【冥加師(みょうがし)】の家系の信仰心だけじゃ足りんのよ」

「え、じゃあどうするの?」

「一般の人達からも信仰を得るんやよ。神社やお寺を参拝してもらって、手を合わせる。あるいは、普段から神や仏に感謝をして生活するとかやね。でも、今の科学技術が発展した時代では、純粋に神仏を信じる人は残念だけど減っている。佐藤君だってそうでしょ?」


 確かに昨日の出来事がなければ、良祐が神や仏といったことはオカルトと一まとめにして信じることはなかっただろう。元々否定していたわけではないが、どちらかと言えば存在して欲しいだとか、存在していたら面白いだろうという、エンターテインメントとしての視点で見ていたことは否定出来ない。

 それに、本当にいると信じていたとしても、神や仏に思うのは自らの願望であることが多いのは確かで、実際に自身もテストの前には良い点数が得られるよう神頼みをすることはある。

 しかし、そういった願望ではなく決意や感謝を常日頃から胸に(いだ)いて、伝え続けるという人は果たしてどれくらいいるのだろうか。


「人々の信仰のおかげで、わっち達【冥加師(みょうがし)】は戦えているんやよ。そのおかげで江戸時代までなら四〇歳とか下手(へた)したら五〇歳まで【冥加(みょうが)(ちから)】を扱うことが出来たらしいんやけど、時代と共に信仰が減ったことで、今じゃあせいぜい二〇歳を超えた辺りから使えなくなっていくから、長く戦うことが出来なくなってきているんよ」

「宣伝とかはしないの?」

「昭和の頃とかはやっていたみたいやけどね。でも平成になってからは、宗教に関するトラブルって世間の目が厳しいからね。それに、特定の宗教に入信するんじゃなくて、ただ純粋に存在を信じた上で日頃の感謝などを天に向かってして欲しいというだけやから、あんまり響かないんやよね」

「まぁ確かに」


 宗教への知識も興味もないが、願えば叶うことを(うた)ったものの方が人を()き付けるのは確かだろう。

 信仰心が重要なのは分かった。では、最初に言っていた正統な血統とは何だろうか。その疑問をぶつけると、翡翠は「それなら簡単やよ」と答えた。


「神仏に仕える職業を先祖に持つ人とかが例えばわっち達に馴染(なじ)み深い『円鏡寺(えんきょうじ)』。あれは真言宗(しんごんしゅう)やけど、その縁と言ったらやっぱり開祖(かいそ)である空海(くうかい)の子孫とか……は無理としても、その弟子の血を引いているとかかな」

「【冥加(みょうが)(ちから)】って神仏関係ない感じ?」

「そうやね。冥加の範囲って結構広くてね、神だけじゃなくて仏の加護も含まれているんやよ。何て言うか、信仰ある所に(ちから)が生まれる的な? まぁわっちのいる芝原家は長野(ながの)県にある『諏訪(すわ)神社』の流れを()んでいるから神の加護やけどね。歴史ある神社仏閣(じんじゃぶっかく)神主(かんぬし)住職(じゅうしょく)、貴族や武家(ぶけ)の血を引く人は普通の人よりも若干(じゃっかん)だけど冥加(ちから)があることが多いからね」

「武家……武士もってこと?」


 武士と言えば戦いで刀を振り回して敵を斬るイメージしかない中学生の少年からすると、武士が神仏の加護を得るというのはいまいちピンと来ない様子である。それに対して翡翠は笑いながら否定する。


「武士って結構信心深いんやよ。(いくさ)の前に神社や寺を参拝して必勝祈願(ひっしょうきがん)していた話も多いし」

「そうなんだ。例えばどんな人?」

「うーん……有名所だとやっぱり、貴族の藤原(ふじわら)氏。武家なら源氏(げんじ)とか平氏(へいし)とかかな? 出家(しゅっけ)して仏の道に進んだ人もいるから、その血が(のち)に繋がっている場合もあるんよ。一応これより後の時代でも有名所の武将とかは誰かしら貴族の血を引いていることが多いから器としては問題ないけど、その頃は戦乱の世の中で国全体が不安定だったし、詳細は分かんないかな」

(われ)はヴラド公の神託(しんたく)(さず)かりし者!」

「吸血鬼から神託受けたら駄目なんやないの?」


 途中池之頭(いけのがしら)アリサが話に入ってくるも、すぐさま翡翠にツッコまれ「う゛っ」と(うな)って黙ってしまう。

 良祐はとりあえずスルーすることにして、神仏の違いについて聞くことにする。


「違いとかあるの?」

「正直よく分かんない。どういった経緯で加護が宿るとかも曖昧(あいまい)で、その血を引く人が必ずしも【冥加(みょうが)(ちから)】に目覚めるとは限らないからね。信仰心が必要という人もいるけど、そこもまぁ曖昧やね」

「【冥加師(みょうがし)】になるには、その【冥加(みょうが)(ちから)】ってのがあれば良いの?」

「まぁそうやね。まぁ、ただそれだけでは駄目で、一応、冥加(ちから)があると分かれば遅くとも小学校に上がる頃には修行は始まるかな。修行の内容はそれぞれ家によって違うからこれというのは言えない。(あつか)う“道具”も違うしね。それで中学に上がる頃に【冥加師(みょうがし)】として認められるようになる。それまでに試験に合格する必要があるんやけど、あんまり厳しくても年々【冥加師(みょうがし)】の数も減っているから、質より量って感じで平成に入ってからは(ゆる)い感じに次々と認められているみたいやけどね」

「少子化だからな……ちなみに俺ら高屋家はその量の方だ。数だけなら芝原家と戸田家を足しても勝てるぞ。質で大きく(おと)るから実際は勝てないだろうが」

「俺んとこもその高屋家の傘下(さんか)だからな。まぁ(よう)するに質は当てにすんじゃねぇ」


 説明は翡翠に丸投げしていたはずの高屋伸介(たかや しんすけ)も口を出してきて、それに白木彰布(しらき あきのぶ)も同調する。


「安定した強さなら、芝原家現当主の芝原さんとウチの本家の次期当主の光晴(みつはる)兄さんの二人が、現在岐阜県下で活動する【冥加師(みょうがし)】の中では最強じゃないですかね?」

「まぁそうかもな。まぁピーキー(不安定)だが最強火力となるともう一人いるが……」


 戸田光久(とだ 光久)の意見に伸介が同意し、他のメンバーも頷いて同じ意見だと示す。

 まだ聞きたいことが多くあるが、優先して聞いておかなければならないことを良祐は質問する。


「それじゃあ、【(うつろ)】って何?」

「わっち達【冥加師(みょうがし)】が戦う相手。この地上で浄化されずに彷徨(さまよ)って悪さをする(ゆが)んだ魂、あるいは思念の欠片(かけら)が寄り集まって変異、あるいは何かに宿った存在」

「それって元は人ってこと?」

「そうとも限らないかな。そりゃ人間の魂、霊魂(れいこん)もあるけど、【(うつろ)】の魂となる頃にはすっかり変質しているから実質別物やよ。それに、魂が宿るのは何も人間だけやない。動物や虫にだって魂は宿るんやよ。元の魂は色々だけど、最終的に人に町に自然に害をもたらす存在であることには変わりないから、一括(ひとくく)りにして【(うつろ)】って呼んでいるの」

「害って、災害とかのこと?」

「まぁ大きな物ではそういう感じかな。と言っても実際は小さな(ほころ)びが段々と広がっていく感じやから、そこまで規模が発展することはないんよ。というか発展するまでに【(うつろ)】が成長しちゃったら対処出来ないから、そうなる前に浄化しないといけないんやけどね。【(うつろ)】のすることは、その現象そのものを起こすというよりも、微妙なバランスで保たれている自然をほんの少しだけ(かたむ)けるだけ。ほんの些細(ささい)なきっかけを与えるだけなんやよ」

「例えば?」

「一七三一年、四月一二日」


 聞き覚えのない年月日に、首を(かし)げる。


「えぇと……?」

「『円鏡寺』の観音堂(かんのんどう)が火災によって焼失した。この年の初めにも結界(けっかい)の揺らぎがあったと記録に残っている。八一一年から続くお寺で、結界の(ちから)はとても強いんだ。そんな場所で、一角とはいえ炎上した。これはとんでもないことやよ。表向き原因は、坊主(ぼうず)の火の不始末ということになっているんやけど、実際は締め切られた堂内で火の点いた蝋燭(ろうそく)が突然吹いた風によって倒れたことにある。これは戸田家の記録に残っている。当時は戸田家が管理していたからね」

「はい、確かにそうです。『円鏡寺』の鬼門(きもん)となる位置にある(ほこら)修繕(しゅうぜん)が追い付いていなかったことから直接攻撃をされてしまったようで、観音堂だけでなく広い範囲が火に飲まれたとされています」


 翡翠の話に光久が補足(ほそく)する。


「でも、芝原さんってこの中では一番強いって言われているんでしょ? そんな人でも倒せないくらい強かったあの、【(うつろ)】? って奴、そんな小さなことしか出来ないようには見えないんだけど、むしろ、もっと色々壊して回りそうな……?」

「あぁそれはね、佐藤君気付いていないかな? あの時、わっちやあの蜘蛛(くも)の【(うつろ)】がどれだけ暴れても、周りに一切被害が出ていなかったって」

「え?」


 そう言われてみて思い出そうと考えるが、当時は翡翠の戦闘の様子に目が釘付けで、そこまで周りを見ることが出来ていなかったように感じる。


(そういえば……)


 彼女がドラッグストアの壁に叩き付けられたあの時、確かに壁には傷一つなかったように思える。


「まぁ細かい物とかは飛んでたと思うけど、重要な部分、土地とその土地に固定されている物体、この場合は建物とかやね。あれはちょっとした絡繰(からく)りがあって、今わっち達のいる世界とは別に【(うつろ)】達がいる世界があって、あそこは【(うつろ)】の世界だから建物とかは壊れなかったってことやよ」


 それを聞いて、良祐は昨日のことを思い出して一つの考えが浮かんだ。


「並行世界ってこと?」

「うーん、似ているようで違うかな。わっちらはこちらを【現世(うつしよ)】、あちらを【彼世(かのよ)】と呼んで分けている。そしてわっちらが呼ぶ【彼世】とは、【現世】を写し取った作り物、偽物の世界のことやよ」


 【彼世】とは本来は死後の世界という意味もあるが、翡翠達【冥加師(みょうがし)】は様々な魂の欠片が変質し集合した存在である【(うつろ)】がいることから、あの世界を【彼世】と呼んでいると説明される。


「発生日は毎日。特に決まった時間はないんやけど、逢魔時(おうまどき)、つまり夕方になると【現世】と【彼世】の境界が曖昧になって、行き来が出来たり影響を与えたりすることが出来るようになるの。距離が近くなるとも()われている。海での潮の満ち引きみたいな感じと思ってくれて良いと思うよ。夕方から夜にかけて(さかい)があやふやになって、そして暁時(あかつきどき)、つまり明け方。朝になると再び境界が強固なものへとなる。それからの移動は難しいんやけど、わっちみたいに冥加(ちから)が強い存在なら出来るかな。多分だけど。やったことないし、好き好んで行く場所やないからね」

「確かに、怖い目に()ったし、そもそも場所自体が不気味だったかな」


 その言葉に同意した彼女は話を続ける。


「そうやって毎日逢魔時に【現世】と【彼世】が繋がった時、【現世】の世界を【彼世】に写し取ることから、【(うつり)】や【(うつし)】、また、その間を移動することから【(うつら)】と地域などで色々とバラバラに呼ばれていたみたい。もしかしたら、【現世】の語源もそこから来ているのかもやね。まぁ、それがいつの頃からか呼び名を統一されていって、最終的に曖昧な存在、幽霊や妖怪等を一括(ひとくく)りに"(うつ)ろ"な存在として【(うつろ)】と呼ばれるようになったんやよ」


 そこまで一気に話した翡翠は一呼吸置く。


「とにかく、本来ならあちらの世界(彼世)の住人は、こちらの世界(現世)干渉(かんしょう)出来ない。【時の大結界】によって(ちから)()がれていたりして弱体化しているから。でも中にはそれをも突破する強力な【(うつろ)】や、結界の綻びを狙って悪さする存在がいる。でも元々干渉出来ないのだから、向こうでどれだけ暴れてもこちらには影響はないんだけど、時々、ほんの少しのズレによってその影響が漏れ出すことがある。その結果が、今言った(わざわ)いに繋がったりするの」


 ちょっと蝋燭を倒す程度、そんな小さな干渉なんてと思っていたら、意外と大変なことになっていることを教えられる。


「君達は、それを阻止するために活動している?」

「そう。元々この北方の地は特に狙われやすいからね。狭い町なのに神社も寺も密集して建っていたり、わっちら芝原を初めとした三家があったりするのも、全部この土地を守護するためなんやよ」

「え? 狙われやすいって……どうして?」

「それもちょっと分かっていないんやよ。昔の天皇家は奈良や京都を拠点していて、そこから鬼門の位置にある位置に、北方町があるからって云われているけど、本当かどうかは分かんない。鬼門の方角ってだけだったらもっと色々あるのに、何故か北方町に【(うつろ)】が集中することの理由が見つからないんよね」

「そうなんだ……」

「もうしかしたら条里(じょうり)家なら何か知ってるかもやけど……」

「いや、あそこはもう歴史的なものはもうほとんど残されていない。元々条里家こそが最大派閥だったのに、今じゃぽっと出の俺ら高屋家の傘下で細々と活動している程度に弱体化しちまった」

「やよねぇ、そう都合良くないか」


 条里とは北方町の南部、高屋地区の中にある高屋条里という地区のことである。そこを治めているのが条里家とのことだが、良祐にとってはちんぷんかんぷんな会話である。そもそも北方町では小学校は三校に分かれているため、他校の事情に詳しくないことはさほど珍しくない。

 狭い町であるが、小学校が別々であり中学校に進学して初対面という人が多くいるのが当たり前なのだ。


「あ、そうだ。佐藤君に聞いておきたかったことがあったんやよ」


 話題を変えるためか素で忘れていたのか、いずれにせよ何かを思いだしたという表情を翡翠は浮かべる。


「昨日のは、たまたま巻き込まれただけの一般人だったのなら、この部活の本当の役割は明かさないつもりだったんやけど……どうも気になってね。あの時、(うごめ)く【(うつろ)】の他に、何か別の、何というか……【(うつろ)】が“悪”とするなら対照的な“善”とも言えるような感じの気配? 雰囲気(ふんいき)? (ちから)? みたいな感じをあなたから感じたし、だからその、事情聴取(じじょうちょうしゅ)()ねて連れて来たんだけど……今は、全くそんな感じしないね。昨日も途切れ途切れだったけど、一応何かの圧を感じていたんやけどなー。それが今は全く、普通の一般人やよね。だから今の今まで忘れていたんやけど……さっきの声のことといい、心当たりとかある?」

「ごめん、やっぱり分からないや?」

「そっかぁ。でも、あなたには多分だけど何かあると思うの。昨日のだって外部からの干渉という感覚じゃなく、あくまであなたの中から感じられたし」

「そう言われても俺には何とも……」

「まぁいいや。今はそれで良いよ」

「今は?」

「ね? 部長?」

「いや、俺に振るんじゃねぇ」


 そう文句を言いつつも、溜め息混じりにだがしっかりと良祐を見据(みす)えて伸介は述べる。


「正直俺は昨日何があったのかなども含めて、全てが伝聞(でんぶん)だし、何一つ明確な答えも証拠(しょうこ)もない以上は何も言えない立場なんだが……一つだけ、芝原が佐藤、お前に何かがあるというのであれば、多分あるのだろうとしか言えん。こればかりは歴史も伝統もずば抜けている芝原相手に、否定するだけの材料を持ち合わせていないからな」


 そこで一度切って、周りを見渡す。それぞれ表情や姿勢は様々であるが、無視して良い案件ではないと(とら)えているようで、それぞれ重要度の差こそあれど、それなりに耳を傾けている様子である。


「その、芝原が感じた何かをお前が持っていて、もし、昨日の【(うつろ)】がそれを狙って襲いかかってきたのだとしたら、十分警戒しておく必要がある。お前が自分から迷い込んだにせよ、向こうが引きずり込んだにせよ、お前は境界を越えてしまいそこで襲われた。本来なら、適切な術式を()んで行くべき所へ、だ。何も道具も術式も必要なく、そうホイホイとあちら側へ気軽に行ってしまうんじゃあ命がいくつあっても足りん。ということで、芝原、千歳」

「はいはーい」

「はい」


 呼ばれた二人が立ち上がる。


「護衛を頼む。少なくとも昨日の【(うつろ)】の行方(ゆくえ)、生死が確認出来るまでだ。戸田は……いいや、芝原がいるのに戸田まで出張ってきたんじゃあ面倒くさい。それに配下の千歳を()てるから良いだろ? 一応管轄(かんかつ)は戸田なんだから、顔を立てていることになる」

「それを決めるのは、分家の僕じゃなく本家なんですけど……まぁ、そうですね。はい、多分大丈夫です。千歳さんだけじゃなく、芝原当主直々(じきじき)に行うということですから嫌な顔はしそうですけど、文句は出ないと思います。許可を得なくても情報共有だけで収まるはずです」

「俺の所には回さなくて良いぞ。まぁ全く知らぬ存ぜぬという訳にはいかないだろうから、高屋当主の方に回してくれ。必要があれば俺の所に降りてくるだろう。それまでは関わりたくない」

「あはは、分かりました」

「ということだ白木、池之頭。こっちは高屋(俺ん家)が何かするまで何もしなくて良い。というか下手(へた)に関わるなよ? 面倒くさいから」

「うぃーっす」

混沌(カオス)饗宴(パーティ)は執り行われずか」

「その場のノリと勢いだけで適当な言葉並べんな。お前分かっていないだろ」

「否! 我はっ」

「あぁもういい」


 そう言って話を強制終了させられたアリサは「聞くヨロシ!」と抗議の声を上げるが、誰も同調する人がおらず、ションボリと席に座り込んだ。しかし「いずれ輪廻(りんね)(ことわり)より解き放たれ……」などとブツブツ(つぶや)いているので、()りていない模様である。


「よし、今日の所はここまで。解散。早く帰れよ?」


 部長の締めの言葉によって部活動は終わりを告げ、各々帰り支度をする中、発した本人である伸介は有言実行(ゆうげんじっこう)、真っ先に席を立って教室を飛び出して行った。


「それじゃあ、わっちらも帰ろうか」

「しっかりと護衛、(つと)めさせて頂きます」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 部長の後ろ姿を呆れた様子で眺めていた良祐に、翡翠と友希道が話し掛けてきた。また襲われるかもしれないという不安を抱えつつも、今後も自身の運命を左右するであろう少女二人に、頭を下げる彼であった。


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