70 これを恋だと認めてしまっても
流雨に家まで送ってもらい、私は家でご飯を作って麻彩と夕食をした。麻彩と風呂に入り、私はリビングでパソコンに向かっていると、兄が帰宅した。
「おかえり」
「ただいま。麻彩は?」
「まーちゃんは今日は眠いみたいで、先に寝かせたの。私はちょっと仕事をしてから寝ようと思って」
「そうか。俺は風呂に入って来る」
兄が風呂に向かい、私は今日の化粧品の買い物で、次の化粧品企画のイメージをした商品をまとめていた。兄が風呂から上がり、ペットボトルの水を飲みながら、私の後ろのソファーに座った。
「まだ終わらないのか?」
「ううん、もう終わる」
あらかたまとめたので、パソコンを閉じた。そして兄の横に座る。
「今日は流雨と出かけたんだってな」
「そうなの。あ、お兄様、ちょっと待ってて!」
自室に戻り、流雨にプレゼントされたイヤリングとネックレスを体に身に付け、リビングに戻ってきて兄の隣に座る。
「これね、今日るー君がくれたの!」
「またか。流雨は紗彩に貢ぐクセが治らないな。可愛いよ、似合ってる」
「えへへ、ありがとう! るー君のプレゼント攻撃は、治らないねぇ」
「いいんじゃないか。本人はそれが楽しみなんだから。貰っておけ」
「いいのかなぁ、私は嬉しいんだけどね」
そう言いつつ、流雨に貰ったアクセサリーを記念に撮っておこうと、兄と二人でスマホのカメラでパシャリ。
「失くしたら嫌だから、仕舞ってくる」
そう言って、私は自室に戻ってイヤリングとネックレスを仕舞い、リビングに戻ってきて、また兄の隣に座る。すると、兄は私の腰を引いて抱き寄せた。
「明日は麻彩と本家に戻るんだろう。早く寝なくていいのか?」
「もう少しなら大丈夫だよ。まだ眠くないし」
兄は少し考える仕草をしながら、口を開いた。
「婚約者決めの話だが、ユリウスには、いつまでに決めるように言っているんだ?」
「来月までには決めて欲しいって、言ったけれど。候補の人を見たけれど、私は誰でもいいって思ってるんだよ。ユリウスもそんなに悩まなくていいんだけどな。素行調査では怪しいところもなかったもの」
帝国は日本と同じで、四月が新学期にあたる。今度の四月以降は私も学年が上がるため、メイル学園では最高学年になる。秋口にはデビュタントも控えているため、三月である来月までには婚約者を作っておきたいのだ。
「紗彩はそれでいいのか?」
「……? もちろん、いいよ」
「――流雨のことが好きなんじゃないのか?」
「え……」
ぼぼぼと顔が熱くなって、兄から視線を逸らす。
「そ、そりゃあ、るー君のことは好きだけど」
「そういう『好き』なだけではないだろう。流雨と恋人になりたいと思っているだろう」
ますます顔が熱くなり、その場で体育座りをして下を向く。
「ちょ、ちょっとだけ! ちょっとだけ、そんな風になれたらいいなって、思うことはあるけど、それはただの妄想なの! こうなったらいいなって、ちょっと想像しただけ」
「想像だけでいいのか? それを実現しなくても」
兄の言葉にむっとして、顔を上げた。
「そんなの無理だもの! お兄様だって分かっているでしょう! 私は帝国の人と結婚しなければならないの!」
「結婚相手は帝国人である必要はないだろう」
「どうして!? 帝国の人じゃないと、死神業の後継者はできないのに! ずっとお兄様とそういう話をしてきたじゃない!」
「紗彩が後継者が必要だと言うから、俺は今まで助言をしてきただけだ。紗彩が好きな相手もいない状態なら、そのまま帝国人と結婚することに反対するつもりはなかった。けれど、流雨が好きなんだろう? 好きな相手と結婚できるほうが、紗彩にとっては幸せだろう」
「お兄様っ……何を言って……」
じわじわと目頭が熱くなる。そんな幸せは、当の昔に諦めたのに。
「るー君と結婚して、帝国でも誰かと結婚しろってこと!? そんなこと私にはできない!」
「そんなことは言っていない。流雨とだけ結婚すればいい。そもそも死神業など、俺は元から反対だからな」
「お兄様が死神業のことが嫌いなのは知っているけれど、後継者を作るのは私の義務で……」
「義務というのは紗彩の思い込みだ。死神業は廃業してしまえばいい」
「………………廃業?」
廃業ということは、私は東京に残り、帝国に行けなくなるというわけで。
「そ、んなことしたら、ユリウスが独りぼっちになっちゃう! お兄様、どうしてそんなこと言うのぉ」
「廃業は今の話ではない。紗彩の代までは、今のまま、死神業は頑張ってもらう。廃業は将来的な話だ。三十年くらい先の」
「……三十年?」
「今は日本のものを東京に持っていって商売をしている。だから日本と行き来がなくなると、ウィザー家はまた貧乏に逆戻りだ。けれど、俺が昔に言ったことを覚えているか? 今の商売を元値に、帝国内で完結する商売をする必要があると言っただろう。その足掛かりで、少しずつ帝都の土地を買い進める計画をユリウスに任せているのは知っているだろう」
私は頷いた。確かに、我が家のアパートメント以外に、事業の化粧品店の土地、カレー店の土地はすでに購入済みで、他にも少し土地は買っている。
「将来的に、ウィザー家が東京と行き来ができない事態になったとしても、ウィザー家が路頭に迷うことのないよう、仕組みを作っている最中だろう。そうなれば、ユリウスだって生活に困らないはずだ」
「それは……」
「それにだ、ユリウスだって紗彩の婚約に対していい顔はしていないだろう。紗彩が好きな人と一緒になれて幸せなほうが、ユリウスだって喜ぶ。三十年後、神に後継者は作れなかったから、死神業は廃業しますと言えばいい。今すぐユリウスと別れるわけではない。三十年後なら、ユリウスにだって大事な人はできているだろう。今から将来的に紗彩と会えなくなることはユリウスにも知っておいてもらって、少しずつ心づもりを互いに持つよう努めればいい。そのあたりは俺だって協力する」
「い、いいのかな、そんなことして……」
「死神業のことか? ユリウスのことか?」
「両方」
兄は私の涙をぬぐいながら口を開く。
「死神業のことなら、神のことだ。どうせすぐに次の死神業を行える家系を見つけてくるだろう。後継者を作れなかった、というのはペナルティにはならないと思う。俺は搾取されるだけの死神業は嫌いだからな。紗彩は死神業を辞めたくないほど、死神業が好きなのか?」
「……そんなことはない。でも……他の死神業の同業者は、死神業を廃業する事態を悪手のように捉えている節があるのは、どうしてかしら」
「旨味があるからだろう。日本と行き来して利益を得られるのは確かだからな。ウィザー家だけだと思うぞ、利益なんぞ考えずに神から搾取されるだけだったのは」
「う、面目ない……」
それには私もぐうの音も出ません。
「ユリウスのことだが、三十年後が互いにいくつか考えてみろ。まだ年寄りと言うには早いだろうが、病気だってしやすい年齢だ。体も若い時ほど元気でもないだろう。若い今よりもいつ死ぬか分からない年齢になっているということだ。そうやって何かがあって突然の別れをするより、別れはあらかじめ分かっているほうが、心の準備はできると思う」
「そう……なのかな」
分からない。私はどうすればいいのだろう。
「ユリウスと一度相談するといい。俺が動画で話をしてもいいぞ」
「うん……」
なんだか、思いもよらぬ方向の話を聞いてしまい、頭が少し混乱している。
「話を最初に戻すが、これは紗彩が流雨を好きだから、そういう方向に変えよう、という話だからな」
「そ、そうでした……」
「流雨が好きなんだろう?」
「……うん」
最近は流雨のことが好きすぎていた。私は早く婚約者を決めなければならない。しかし、ユリウスが婚約者を決めないのをいいことに、決めない状態が長く続いたら、それだけ流雨に後ろめたくなく甘えてもいい時間が確保できると思う自分もいた。
そこで、ふと気づく。
「あれ、でも、私に婚約者ができなかったら、どうやってルドルフ殿下をけん制するの? 借金はないし、婚約者もいるから、私と結婚できないよ、ってなるはずだったのに」
「デビュタント後は、母さんのように、表向きは病気ってことにすればいいんじゃないか? 表舞台に立つのはユリウスが得意だし、紗彩は紗彩と分からないように変装して過ごせばいいだろう。というか、デビュタントも不要な気がするな。あれは紗彩がウィザー家を継ぐから必要な場なだけだ。当分母さんに伯爵でいてもらって、将来的にユリウスに継いでもらう、ということでもいいんじゃないか? ウィザー家は女系なだけで、一時的に男が爵位を継ぐくらいなら問題ないのだろう?」
「たぶん、帝室にお母様が依頼して承認が得られれば、問題ないと思う」
あれ、なんだかどうにかなる気がしてきた。
「じゃあ、私、本当にるー君と付き合えるかもしれない?」
「付き合うだけじゃなくて、結婚もできると思うが」
「け、結婚なんて! ……るー君が嫌って言わないかしら」
兄が自分の口を自身の手で閉じて「むしろガッツポーズすると思うぞ」と言っても、私にはもごもごとしか聞こえない。
「え? なんて?」
「いや。まずは付き合うところからか?」
「るー君、付き合ってくれるかな!? 私なんて子供にしか見えない、というか、るー君にとって妹なんだった……」
「流雨は紗彩を可愛がっているだろう」
「妹のように、ってことでしょう」
「まあ、流雨は紗彩に対して、昔から重めだからな。境界線が曖昧だから、紗彩が勘違いするのも無理はない」
「重めって?」
「あれを重めだと気づいていない紗彩も、大概だな」
「何が!?」
「いや、それとも、流雨の躾が上手くいっているからか? いやいや、その前に紗彩は麻彩にもユリウスにも溺愛が強めだから、似た者同士っていうことかも」
「お願い! 日本語でしゃべって!?」
兄の言うことが、全然理解できない。私に話をしているようで、していない兄の話を聞いているうちに、頭が混乱していくのだった。




