62 兄(仮)の色気にあてられる
季節は進み、十二月の東京。
この日、私は麻彩とホテルへやってきていた。今日は一条家の催すパーティーが行われているのである。会場へ入ると、私と麻彩はまずは祖父と祖母を探した。そして、人と会話している祖父母を発見する。
「おじい様、おばあ様」
祖父母が私と麻彩に気づき、微笑んだ。
「紗彩! 麻彩! やっと来たか!」
祖父は少し怖い雰囲気を持つが、私と麻彩を可愛がってくれる良い祖父で、私たちに向ける表情は緩んでいる。祖父は右手で私の手を、左手で麻彩の手を握ると、口を開いた。
「もう少し、本家に顔を出しなさい。私は寂しいぞ」
「そうよ。あなたたちに似合う着物もたくさん用意したのに、ちっとも顔を出さないんだから」
祖母は呆れた顔で祖父に同意をする。
「ごめんなさい。今度まーちゃんと遊びに行くね」
「遊びに行くだなんて! 本家はあなたたちの家でもあるの。帰ると言いなさい」
「はい……」
祖母はちょっと口調がいつも厳しいのである。私は苦笑するが、麻彩は口を尖らせている。
「おばあちゃんは、すぐお花とかお茶とかの習い事に連れて行こうとするんだもん」
「あら、麻彩、茶道や華道の他にも日本舞踊やお琴なんかでも、いいのよ?」
「…………やだぁ」
いかん、麻彩が拗ねそうだ。
「おばあ様! 今度おじい様とまーちゃんの四人で、お食事に連れて行ってほしいわ! おじい様が気に入ってられるお店に行ってみたいの」
「おお、いいぞいいぞ。美味しい物を食べさせよう!」
祖父の機嫌のよい返事とともに、その場を離れた。祖父母には挨拶をしたので、今度は父と母を探す。私の隣では、少し麻彩が不機嫌である。
「ほら、まーちゃん。おじい様とおばあ様とは、外で会えば習い事に無理に連れて行かれることはないでしょう。大丈夫よ」
「……おじいちゃん達に会う時は、さーちゃんも来てね?」
「うん。一緒に行きましょう」
麻彩の機嫌が少し浮上したところで、両親を見つけた。
「パパ! お母様!」
「お、紗彩と麻彩」
今日は母もいる。母は社交は得意なので、父の妻としてパーティーなんかには父と一緒に参加することも多いのだ。普段は最近は旅行をしていることが多いので、本家にはいないことが多いが。母とは連絡は取り合っているので、帝国の状況なんかも母は一応把握はしている。
私は父にハグをして頬にキスをした。しかし、麻彩はやはりキスはせずハグのみである。父がこっそり私に耳打ちした。
「麻彩の反抗期は、いつ終わるんだ?」
「いつだろうね……」
それは私にも分からない。今でも兄にもキスは拒否のようなのだ。
「これはこれは、一条さんの娘さんですか?」
父の仕事の取引相手なのだろうか、父に話しかける人がいた。
「そうです。なかなかの美人姉妹だと思いませんか」
父よ、恥ずかしいから娘自慢は止めてください。しかも「そうですね」としか言えない質問ではないか。
「まさにそう言おうと思っていたところです。奥様に似ているようですね。どうでしょう、私の息子なんかお相手にいかがでしょうか」
「ははは、そうなれば、私は息子さんにヤキモチ妬いてしまいます。まだ娘にはそういった話は早い」
「そ、そうですか」
娘自慢からの娘はやらぬとの拒否に、相手はたじたじになっている。父は娘の恋愛に口出しはしないというスタンスのようで、こういったお見合いのような話はよく上がると聞いているが、いつも突っぱねているようなのだ。
両親にも挨拶は済み、私と麻彩は自由に行動を始めた。まずは、少し食事をしようと、小皿に食事が用意されているテーブルに近づいた。麻彩と少しずつ料理を摘まむ。そして飲み物を飲んで口を潤していると、後ろから声をかけられた。
「麻彩!」
「……」
そこにいたのは、藤だった。書類上では私の弟で、麻彩の兄。麻彩は藤に嫌そうな目だけ向けて、何も声を出さない。
「いつも、なんでチャットの返事をしないんだ?」
「……読んでないもん」
「読めよ!」
麻彩はムムムっと顔をしかめる。
「やだ」
「返事くれないなら、家まで行くぞ」
「来ないでくれる!?」
「じゃあ、返事くれるな?」
「やだぁ!」
麻彩は藤から逃げるように足早にそこを離れていくが、藤がそれに付いて行く。あらら、麻彩を助けてあげたいが、藤は結構強引なので、私が止めても無理やり麻彩を連れて行っちゃうタイプなのだ。ここで騒ぎを起こすわけにもいかないし、むしろ人が見ているから、そこまで大きな喧嘩には発展しないだろう。とりあえず、麻彩が帰って来るまで待つことにした。
飲み終わったグラスを給仕の担当者に渡したとき、後ろから声を掛けられた。
「一条紗彩さん」
振り返ると、そこにいたのは、どこかで見たことがある人だった。知人というわけではないが、父の仕事関連の方のご子息で、ご子息の父は政界にも繋がりのある方だったと思う。ご子息は私より二歳か三歳か、年上だった気がする。
「私を覚えておいでですか」
顔は覚えている。しかし名前が思い出せない。それを気にはしていないようで、ご子息は自己紹介をして、会話を始めた。私は社交が苦手なので、あいまいに返事をするだけなのだが、このご子息はお構いなしに話をしている。
「紗彩」
私の好きな声に振り向くと、声で分かったとおりの流雨がそこにいた。
「るー君。今日来ていたの?」
「今到着したんだ」
流雨はこういった会は面倒であまり好きではないと聞いている。だから、今まで一条家のパーティーにも来たことがなかった。スーツやドレスコードといった堅苦しい恰好も嫌いな流雨なのに、今日はカチッとキメて、すごくカッコいい。
子息のことはすっかり忘れ、カッコいい流雨に見惚れてしまう。素敵すぎて、声がでない。
そんな流雨は、私の腰に手を回すと、子息を見て口を開いた。
「初めまして、長谷川です。紗彩と話が盛り上がっていたようですが、私が一緒に聞いてもよろしいですか」
「いえいえ! 大した話はしていませんので……おや、あそこに知人がいます。私はこれで失礼します」
子息は流雨を見て、慌てて去っていった。なんでだ? 流雨のスマートさに恐れをなしたのだろうか。
「あの人、知り合いだった?」
「ううん。前に一度挨拶しただけの人だよ」
「そう。……何? そんなにじっと見て」
「るー君、カッコいいんだもん。フォーマルな服がとっても素敵」
「ありがとう。紗彩もすごく綺麗だよ」
流雨が私をじっと見る。
「いつも可愛いけど、今日は……とにかく綺麗だ」
「あ、ありがとう……」
今日は白と黒の大人っぽいドレスにしたのだが、それが上品に見せているのだろうか。少し気恥ずかしい。
流雨は私の手をすくうと、指先にそっとキスをした。カカカと顔に熱が集まる。
「るー君、色気ふりまかないで……」
「ん?」
なんだろう、今日の流雨は色っぽい。普段指先にキスなんてしないのに、キスされた指が熱い。
「色気があるのは、紗彩でしょう」
「何言ってるの……るー君の方だよ」
私はその色気に当てられている。
「るー君、日本人は指先にキスなんてしないの」
帝国では普通のことでも、日本人は普通は指先にキスはしないはずだ。兄は私がしてと言えばしてくれるが、普段はしない。地球の日本以外の海外の人はするかもしれないけれど。
「俺だって普段はしないよ。でも今日の紗彩にしたかったんだ」
流雨の色気含みの視線に、ますます顔が熱くなるのだった。




