43 皇子との出会い1
帝国のウィザー家のアパートメントの裏入口では、ライナたちが貸荷馬車に荷物を詰め終えていた。これから第三皇子宮へ、納品に行く予定なのだ。うちは馬車だけでなく荷馬車も持っていないので、これもレンタルである。荷馬車に詰め込むほど大量に納品物があるわけではないが、宮殿に行くのに辻馬車から荷物をたくさん下ろすとなると、見栄えが悪いため、荷馬車を使用するのである。
「お嬢様、辻馬車が到着しました」
「そう。ではライナ、行きましょうか」
『モップ令嬢』の出で立ちで私はライナを連れ、辻馬車に乗り込んだ。辻馬車もランクによって使用料金に違いがある。今日は宮殿に行くということで、少し豪華な辻馬車を使用していた。
公道を走り、皇宮の敷地に入る。皇宮には、文官や武官、侍女たちなどの使用人も多く働いており、貴族だけでなく商家などの裕福な平民なども行き来が多い。本日も皇宮の敷地内には、人々が多く往来していた。その横を辻馬車で通り、第三皇子宮へやってきた。
本日は第三皇子宮を訪ねる約束をしていたため、第三皇子宮に到着すると、いつも通される応接室に案内された。納品物はライナの指示で、第三皇子宮の使用人に手伝ってもらいながら、応接室に持ってきてもらった。
「やあ、来たね、サーヤ嬢! 待っていたよ!」
本日納品する物の中にあるポテトチップスを心待ちにしていたヴェルナーが、部屋に入って第一声にそう言った。そしてライナが横に立つ、納品物に近寄り、さっそくライナに「バターしょうゆ味ちょうだい」と言っている。
ヴェルナーが私の前のソファーに座り、バターしょうゆ味ポテトチップスを食べ始めてから、私は口を開いた。
「本日の納品物のリストです。ご確認をお願い致します」
「うん。アベル、よろしくね」
「かしこまりました」
アベルとはヴェルナーの側近である。リストをアベルに渡す。
「やっぱり、この味だよね。美味しい」
「それは良かったです。ですが、さっそく召し上がるとは、次回の納品までに、また無くなってしまいますよ?」
「サーヤ嬢がもっと納品してくれれば済む話でしょ? いつも君が数量制限するから、僕が不便なんじゃないか」
「こちらも作成できる量に限界があるのです。ヴェルナー殿下にはご不便をお掛けしますが、ご理解ください」
こんなことを言って誤魔化しているが、ポテトチップスを含む食品系は、賞味期限があるため、数量制限をしているのだ。ヴェルナーに納品する食品系のものは、ほとんどが東京から持ってきたものである。どれも容器などを入れ替えるため、人の手が入る。だから食中毒などを起こすのが怖いから、こういう対策をしているのだ。
「そういえば、化粧水や乳液の使用感はいかがですか?」
「うん、いいよ。前のより気にいったから、次回も同じものにしたい」
実はヴェルナーには男性用の化粧水と乳液も納品している。
帝国では、男性が化粧水と乳液といった基礎化粧品を使用する文化はない。うちの化粧品店でも売ってはいない。しかし、帝国は島国ではあるものの、帝都は海から遠く、空気が乾燥するのだ。だからユリウスをはじめ、ライナやラルフ、咲には乾燥対策で基礎化粧品を使わせていた。彼らが使用することで、基礎化粧品が乾燥対策に男性にも役立つことが分かり、去年ヴェルナーにもおすすめしたのだ。
最初は男が基礎化粧品を使うなんて、と難色を示されたが、使ってみると実は肌が乾燥していたことに気づいたらしい。肌の調子がいいからと、最近では毎月基礎化粧品も納品している。
「あと、リップクリームも唇のガサガサが解消されて良かったんだ。あれも次回は持ってきてくれる?」
「承知しました。使用感はいかがでしたか?」
「女性みたいにツヤツヤしすぎると嫌だと思っていたんだけれど、そういったこともないし、リップクリームを使ってます感がなくて、僕は好きだな」
「それはよかったです。では、次回も同じものを納品させていただきます」
男性は女性のように艶のあるリップクリームは苦手だろうなと思って艶のないタイプにしたのだが、その理解で正解だったようである。
「前にも言いましたが、唇は舐めないでくださいね。乾燥して唇が荒れてしまいますから」
「分かってる。そう何度も言わなくても、もうやってないよ」
いかん、つい言ってしまうのである。これだから、ヴェルナーに「お小言が多い」と言われてしまうのだ。気を付けなければ、口うるさいと思われてしまう。いや、もう思われているかもしれないが、今後は気を付けよう。
ヴェルナーとは幼馴染のような関係で、表の場で会話することがあれば他人行儀の態度で互いに接するが、近しい関係しかいない場では、互いに気安い態度をしてしまうのは、関係も長くなってきているので仕方ないだろう。
ヴェルナーは前世では接点は少なかった。皇帝だったルドルフと一緒に会うことはあったが、あとは幼い頃に少し遠目に見たことがあるくらいで、接点はほぼ無いに等しい。
現世でのヴェルナーとの最初の出会いは、八歳の頃だった。
今でもそうだが、私はイベントといったものは、メイル学園の行事に参加するか、帝室主催で招待されたものにしか参加しない。つまり、必要最低限のみ参加するというスタイルである。
ヴェルナーに初めて会ったのは、帝室主催の第三皇子の誕生祝いのパーティーだった。皇子の誕生祝いというと、帝室主催といえど準備するのはその母である皇妃である。第三皇子の母である第三皇妃に、年齢が同じということで招待されたのだ。
ちなみに、ここでも母の地位というものが左右されるため、母が測妃だった第四皇子のルドルフは、小さいころに誕生祝いのパーティーは開いたことがない。もし開いたとしても、招待された側は、第一皇妃や第二皇妃に目を付けられたくないだろうから、参加する人は少なかっただろう、ということは想像つく。
そんな第三皇子の誕生パーティーにやってきた私は、挨拶そこそこにパーティー会場であるガーデンを抜け出し、ガーデン脇にある庭の木の周辺をうろうろとしていた。地面を注視しつつ、キョロキョロとしていると、あるものを発見した。
「やっぱり、あった」
私はその日着ていたワンピースのポケットからハサミを取り出し、地面にしゃがんだ時、後ろから声を掛けられた。
「君、何しているの?」
そこにいたのは、首をかしげているヴェルナーだった。




