38 前世2
ルドルフの妻となってからの生活は、常にルドルフと共にあった。
第三皇妃の宮殿は結婚と同時に用意されたが、私は一度も足を踏み入れることはなかった。皇帝の宮殿の中に私の衣裳部屋などが別に作られ、必要なものは全て整えられた。ルドルフが執務中の時はすぐ近くにいられるよう、執務室の隣に私の部屋が作られた。
宮殿の外に出る時は、常にルドルフが一緒に行動した。ルドルフは私を傍から離すのを嫌がるため、私はいつもルドルフの近くにいた。
今思えば、ルドルフはかなり束縛する男性だったのかもしれない。しかし私はルドルフにしか愛されたことがなかったため、それが普通なのだと受け入れていた。
一目惚れだったとルドルフに言われたが、それでも最初はルドルフを警戒していた。いつ手の平を返されるか分からない。実は他の目的があるのかもしれない。愛しているなどと、実は嘘かもしれない。そういう疑いを持つ時間も、そう長くは続かなかった。
毎日愛してると言われ、甘やかされる日々。そんなルドルフに溺れるのも時間の問題だった。ルドルフは独裁者だった。皆に恐れられていたが、私には優しい人だった。私に怒ったり嫌なこともしない。ただただ甘やかされるだけで、そんな私がいつのまにかルドルフを愛するようになったのは自然であろう。ルドルフが愛しくて、そうなると急に不安になるのは、第一皇妃と第二皇妃の存在だった。
第一皇妃と第二皇妃は、一年前にルドルフが同時に迎えた妻だった。ルドルフが皇帝になって二年目にあたる年だった。第一皇妃レベッカはボルト公爵家出身、第二皇妃ユリアはハイゼン侯爵家出身。二人とも私よりも雲の上の存在である高位貴族出身。家柄で勝てる要素がなく、美貌をも持つ二人だった。いつか、ルドルフは私を捨て、彼女らのもとに戻るのでは、そう不安になるのだった。
不安な顔をしていたのか、ルドルフが私に「何か心配事でもあるのか」と聞いてきた。何もないと誤魔化したが、そんな技がルドルフに効くわけもなく、私は白状させられることになった。「第一皇妃と第二皇妃は綺麗だから、いつかルドルフは彼女たちのほうが良いと言うのでは」そんな私の言葉に、ルドルフは笑った。
「ふは! ありえないことを言うのだな」
「……今、私面白い話をしましたか?」
「怒るな怒るな。笑ったのはそういう意味ではない。サーヤも嫉妬するのだと嬉しかっただけだ」
「しっ!?」
嫉妬。言われて初めて、そういう気持ちだと気づいて恥ずかしくなる。そうだ、私はルドルフの愛情が私以外に行くかもしれないことを恐れているのだ。
「俺の愛はサーヤにしか向いていないぞ。第一皇妃と第二皇妃の容姿の美醜など、そもそも興味もない。俺はサーヤしか可愛いと思ったことないしな。サーヤが不安に思うなら、見せておくか」
ちょっと待っていろ、と言うルドルフが席を立ち、何か書類を持って戻ってきた。
「第一皇妃の父であるボルト公爵と第二皇妃の父であるハイゼン侯爵と交わした契約書だ」
ルドルフが要約してくれた説明はこうだった。
皇帝になったルドルフに娘を妻にどうぞと捧げ、いろんな利権が欲しいボルト公爵から最初に話が持ち上げられた。ボルト公爵家は建国貴族ではない。つまり建国に関わった貴族ではなく、我がウィザー伯爵家と同じ新興貴族だった。最近では公爵家といえど、少し落ちぶれてきており焦っていた。そこで娘を皇帝の妻にし、公爵家を昔のような強い家にしたいという思惑があった。
そんなボルト公爵の思惑など分かっているルドルフだが、皇妃の仕事をしてくれる人物が欲しい、という問題があった。ボルト公爵とルドルフの利害が一致したわけだが、そうなるとボルト公爵家に権力が集中してしまうのも問題である。そこで、権力を分散させる意味で、ハイゼン侯爵の娘も皇妃とすることにした。ハイゼン侯爵は建国貴族であり、帝室に忠実な家柄である。
皇帝の婚姻にあたり、ボルト公爵とハイゼン侯爵と契約を交わすことにした。ボルト公爵は娘を皇妃にさせることで、利権が欲しい。ルドルフは皇妃の仕事をしてくれる人物が欲しい。ハイゼン侯爵も契約に同意した。全員の利害は一致し、契約書にはこう付け加えられた。
『帝室の次代の後継者に関わる干渉を一切行わないこと』
いまいち意味が分からなかった。私が首を傾げたので、ルドルフが口を開いた。
「契約書に露骨には書けないからな。つまりは、俺の後継者問題にボルト公爵家もハイゼン侯爵家も一切口出しするな、という意味だ。つまり第一皇妃も第二皇妃も抱く気はない、と言っている」
「……え!?」
「ボルト公爵とハイゼン侯爵には口でも説明済みだ。当然第一皇妃と第二皇妃もそれを受け入れたから結婚した。ボルト公爵は利権が欲しかっただけだし、俺は抱く女が欲しいわけではなかったから、当然の契約だろう」
これが当然と言われても、そうなんだ、とは言えなかった。第一皇妃と第二皇妃と子供を作る気がない、ということであれば、ルドルフは後継者はどうするつもりだったのだろうか。
「後継者などいらない。俺のような子ができてもな。ヴェルナーを生かしているから、あいつの子を次代に据えればいいだろう」
第三皇子ヴェルナーは同じ年ではあるが母違いのルドルフの兄である。後継者争いの時、まだ生きていた第一皇子か第二皇子のどちらかに足を潰され、ヴェルナーは歩けなくなっていた。そんなヴェルナーに関しては、ルドルフは殺すことはしなかったらしい。ヴェルナーは最後までルドルフを殺そうとしなかったからだと言っていた。
帝室の皇妃は第三皇妃まで認められている。第一皇妃の子は第一皇子、第二皇妃の子は第二皇子と第一皇女、第三皇妃の子は第三皇子ヴェルナーである。ではルドルフはというと、第一皇妃の侍女だった低位貴族令嬢の子だった。ルドルフの母はルドルフを身ごもると、側妃として迎えられたらしいが、第一皇妃と第二皇妃にいじめられて自殺したのだという。
その息子であるルドルフも第一皇妃や第二皇妃、そしてその子達により小さい頃から陰湿ないじめに合い、ルドルフの体にはその爪痕がたくさん残っていた。焼けたような痕、切られたような痕、それは痛々しいものばかりだ。
ルドルフが言うには、そのいじめられている間にプッツンときたらしい。「後継者争いの時は、躊躇なくいらないものを排除できた」と笑っていた。だからなのか、ルドルフは自分に何かが欠けていると評する。自分がおかしいのは理解している、だからそんなおかしい自分が父親になどなれないし、子として自分のようなおかしい人間が生まれても困ると。
私は何も言えなくて、ただルドルフの意見を尊重すればいいと思った。
「まあ、そういう契約もしているから、サーヤが第一皇妃と第二皇妃に嫉妬しなくてもいいぞ?」
「う……、はい」
そういえば、そういう話だった、と思い出し、笑いながら頬にキスをするルドルフに恥ずかしくなる。
「まあ、今思えば、皇妃を迎えたのが第二皇妃までにしておいて正解だった。本当は同時にもう一人迎える予定だったんだ」
「……え!? そうなのですか?」
「ああ。オリヴィア・ウォン・リンケルトをな。ただ、その話を進めている最中に、リンケルト公爵家の長男が死んだんだ。だから後継者がいなくなるということで、その話は流れた」
リンケルト公爵家の長男ルーウェン。私と同じ年齢で事件ばかり起こす問題児。いろんなところに敵がおり、恨まれていたから、いつか刺されるのでは、そんなことが囁かれていたが、彼は本当に報復に合い亡くなったのである。
リンケルト公爵家は建国貴族である。建国貴族の場合、直系の血族のみが継承される特別な力が引き継げなくなると、現在では後継者がいなくなることはタブー視されていた。建国貴族の場合、本来なら女性の後継者も避けるべき、という傾向はあるものの、男性の後継者が亡くなったとなれば、そうも言っていられない。ルーウェンの姉であるオリヴィアが次期公爵となるのは決まっている。
「もしオリヴィアも皇妃に迎えていたなら、サーヤを皇妃にするのに時間がかかっただろうから」
「……時間がかかるというより、皇妃は第三皇妃まででしょう? 私を皇妃にするなんて、無理では?」
そうなれば、私は側妃になっていたのではないか、そう思ったのだが、ルドルフは斜め上のことを口にした。
「側妃になどさせるわけないだろう。皇妃の三人の誰かを離縁するか、抵抗するなら始末……」
「たらればの話をしても、仕方ありませんわ! 私は第三皇妃になっておりますし、不要な想像です!」
「……サーヤは優しいな」
いやいや、これは優しいとかそういう話ではない。不要な血が流れるところだったと、ドキドキする。本当にルドルフは過激である。




