22 デキる弟
週末が明け、数日が過ぎた。
学園の帰り、ユリウスと辻馬車で帰宅していると、ユリウスが隣で大きな欠伸をする。
「眠そうねぇ」
「今日、体を使う授業が多くて疲れたのかもしれません」
「帰ったら一時間くらいお昼寝したらいいわ」
「うーん……でも仕事がありますし。そういえば、在庫確認したので、データ確認してもらいたいです。次回持ち帰ってもらう用の数も仮で出したので」
「分かった。じゃあ、帰ったらそれを確認するから、その間少し眠ったらいいわ。確認終わったら起こしてあげる」
「……今日は死神業は?」
「今日はお休みする。昨日も一昨日も仕事したし、今日は死神業は休日」
家に帰り、私は『モップ令嬢』の恰好を解いた頃、ユリウスが入室してきた。私はソファーに移動し、ユリウスの持ってきたノートパソコンをサイドテーブルに置く。
「オッケー、データは見ておくね。ユリウスはこっちにおいで」
私は自分のひざをポンと叩くと、ユリウスは戸惑い気味に口を開いた。
「……いいんですか? 仕事の邪魔では?」
「データは見るだけだもの。起こしてあげるって言ったでしょう?」
「……では遠慮なく」
ユリウスはソファーに座ると、寝転がり、私の膝の上に頭を乗せた。そして私のお腹側を向くと、目をつむる。
「確認終わったら起こしてください……」
「うん」
ユリウスからすぐに寝息が聞こえだす。本当に眠かったらしい。寝姿が可愛くて、微笑んでしまう。
さて、ユリウスからもらったデータを確認しなければ。パソコンに目を向けた。
パソコンには、我が家の副業である飲食店と化粧品店で使用する物品の在庫が記載されていた。そして、今度私が東京へ行っている間は一週間の予定なので、その時に使うであろう物品の予想と、その次に東京へ物品調達へ行くまでの調達数なども記載されていた。
いつもどおり、きっちり管理されており、データも見やすい。私も頭で計算しつつ、ユリウスの試算したデータと突き合わせていく。
それからデータは全て確認してしまうと、まだ眠っているユリウスに目を向けた。一歳しか離れていない弟は、今でこそ仲が良いが、それは二度目の人生になってからだった。一度目の人生の時は、ユリウスとは血のつながった弟だとしても、他人より遠い存在だった。
一度目の人生、つまり前世では、生活の中に今のように東京にある技術を使うことがほとんどなかった。部下も少なく、私も母も死神業で手一杯。あの頃は母も死神業をしていて私と二馬力だったのにも関わらず、魂の回収率は三十五パーセントから四十五パーセントほどと警告ラインギリギリだった。さぼっていたわけでもなく、かなり積極的に探し回っていたが、その回収率だったのだ。体力的にも精神的にも疲弊しており、家族に目を向ける時間もなかった。
また今のように飲食店や化粧品店などといった副業をやる余裕も知恵もなく、一応貴族なのに生活はカツカツで、ド貧乏。
そんな中、ユリウスのことは使用人に任せっぱなしだったため、ユリウスと家族としての会話はほぼ皆無。気づいたらユリウスは家におらず、いろんな女性の間を渡り歩く男になっていた。ユリウスはモテたので、ユリウスを誘う女性は多かったようだ。我が家での貧乏な暮らしと冷めた家族は、より一層ユリウスを寂しくさせ、そんな家より優しい女性のほうが良かったと思うのも無理はない。
ユリウスがそんな生活をしていることに気づいていたが、私も第三皇妃になるまで、自分以外を気にする余裕がまったくなく、ユリウスをずっと放ってしまっていた。
でも現世では、そんなことはしまいと誓った。帝国でのたった一人の弟。家族なのに兄にも麻彩にも会うことのできないユリウスは、私がたくさん愛して可愛がるのだ。
前世で死んで、現世の五歳に時間が巻き戻ってからは、ユリウスとできるかぎり一緒に行動するようにした。一緒に遊んだり、勉強したり、死神業も時々手伝ってもらったり。
そうこうしているうちに成長し、今では私の負担を減らしたいと仕事まで手伝ってくれる優しい弟である。私も可愛くて仕方のない弟だ。ただ、ユリウスはできる男に成長しすぎたのか、時々しっかりしすぎて私が怒られるという、謎の関係にもなりつつあるのは、ちょっと納得いっていないが。
そろそろユリウスが寝て一時間経つので起こした方がいいかと思いつつ、ユリウスの頭を撫でるのが止まらない。髪の毛がサラサラで気持ちいいのだ。
しかし、その後すぐにユリウスが目を開けたので、そんな時間も長くは続かなかった。
「……僕、どれくらい寝てました?」
「一時間くらいよ」
「そうですか。なんか頭がスッキリしました」
ユリウスは起き上がると、私の横に座り目をこする。そんなユリウスの髪が少し乱れていたので、私が直してあげる。
「データ見終わりました?」
「うん」
サイドテーブルにあったノートパソコンをユリウスに渡す。ユリウスは膝上にそれを置き、データを見始めた。
「ユリウスの出した数字でほぼ問題ないかな。あ、ここの数字だけ、ちょっと増やしたけど」
「分かりました。では、これをベースに、今度のリストを作成しますね」
「うん」
それからも少し仕事の話をし、ユリウスはノートパソコンを閉じた。
「そういえば、先日雇った化粧品店の従業員ですが、どうやらスパイのようです」
「あ、ほんと? 前からいるもう一人のスパイは?」
「まだいます。なので、今二人です」
「ふーん。まあいいわ、対応はユリウスに任せる」
「いつものように、泳がせておきますよ」
うちの化粧品はものすごく人気であるため、よく産業スパイが入ってくる。材料は何を使用しているのか、どうやって作っているのかなど、色々と情報を入手したいのだろうが、無理な話だ。うちは東京から持ってきているだけなのだから。
「家にいる使用人の方はどうなってる?」
「以前いた方は、適当に理由作って辞めさせました。今はいないと思いますが、そのあたりはライナたちが気を配ってくれているので、大丈夫だと思います」
そう、家の使用人として入り込むスパイもいるのだ。だから私が東京へ行き来する倉庫と呼ばれる移動部屋は、誰も入れないよう窓のない鍵付き防音の部屋に改造している。そしてスパイされても問題ないようカモフラージュ部屋も存在する。その名も『研究室』。私が自室にいない場合は、その研究室にいることが多い。
研究室はその名の通り、フラスコやビーカー、天秤といった、研究に使いそうな道具がたくさん置いてある。いかにも何かを作ってます、というのを演出しているだけの部屋だ。半分はそういったものに埋め尽くされている。そして研究室のもう半分は、畳ベンチを連なって配置させ、その上にこたつが置いてある。もう何の部屋だよ、と言いたくなる配置だが、畳もこたつもスパイに見られても何なのか分からないものなので、問題ない。
研究室は、あえてスパイに見られてもいいように作ったのだが、どうやら研究室を見たスパイは、私が化粧品を作っていると勘違いしたらしい。いつの間にか、化粧品の人気商品を作っているのは私、という噂が巷でささやかれている。
「そう。さすがに生活空間をスパイがうろうろするのは嫌だしねぇ。ライナたちの仕事も増えるし。従業員のスパイならいいけど、使用人側でスパイが入ったら、少しだけ泳がして辞めてもらうほうがいいなぁ」
「そうですね。今後もそのようにしましょう」
その日は、寝るまでのんびりできる一日だった。




