132 めでたしめでたしの、その先も【最終話】
少し時間が進み、秋。
リンケルト家の帝都の屋敷前のガーデンでは、私と流雨の結婚式が行われようとしていた。東京からは代表で母が、帝国からは代表でユリウスが家族として出席している。咲やジーク、双子、マリアなどの使用人は、結婚式の準備を手伝ってくれていた。
「姉様、すごく綺麗ですよ」
「ありがとう、ユリウス」
ウェディングドレスに着替えて準備万端の私は、リンケルト家の二階にある控室で座って出番を待っていた。そこにユリウスが訪ねてきたのだ。ユリウスの誉め言葉に微笑む。
ユリウスは窓からガーデンのある外を見て、少し呆れた声を出した。
「いたるところにあるカメラ、あれ全部で結婚式を撮るつもりですか? 帝国の人間は何なのかは分からないでしょうし、いくら小型で風景に溶け込んでいるとはいえ、多すぎではないですか?」
「お兄様やまーちゃんやパパに結婚式を見せたいって言ったらね、もともと撮るつもりだったみたいだけれど、るー君がカメラの数、増やしちゃったの。お兄様に頼んでいたみたいで、いつも東京から帰る荷物に紛れ込んでて、私ってば気づかなかった」
「流雨さんって、いつも姉様の写真とか動画を撮っていますよね」
「私を記録するのが趣味みたい」
そして動画や画像を保存する場所が必要と言い、日本のようにインターネットに保存できるクラウドの記憶装置がないからと、パソコンやパソコンに接続する記憶装置を置く専用の部屋がいつのまにかできていた。そして見るたびにパソコンや機器が増え、その部屋に入ると「ここって日本のオフィスにあるサーバー室?」というような部屋が出来上がってしまっている。
花嫁が入場する準備ができたというので、ユリウスと向かう。入場の時に父親と入場する花嫁が多いが、帝国にいる私の実父は結婚式に参加していないし、東京の父も帝国には来ることができないので、代わりにユリウスが一緒に入場してくれるのだ。
母やリンケルト公爵、義姉オリヴィア、他の招待客が見守る中、新郎である流雨と神父のいる前までユリウスと歩いていく。そして流雨の目の前まで行くと、ユリウスから流雨へ手を移動した。
神父がお決まりのセリフを口にする。私はそれを真剣に聞きたいのだが、流雨の視線が気になる。
「るー君、前見て」
「紗彩が綺麗すぎて、目が離せないから、難しいな」
「………………」
流雨の言葉が嬉しいので、何も言い返せない。仕方ないので、流雨の視線を無視しつつ、私だけでもと神父の言葉を聞く。その後、指輪交換をして、誓いのキス。その誓いのキスが若干長かったけれど、今日は私たちが主役だからと、みな温かく見守ってくれた。
皆が祝福してくれて、涙が出る。
これから、末永く、八十年くらいは、流雨の傍で幸せに過ごすのだ。
そして――。
◆
数年後。
窓の外から小鳥のさえずりが聞こえる。
朝、ベッドの中で目が覚めた。まだ眠たい目を何度か瞬きしならが、私に絡みついている流雨の腕に顔を寄せる。流雨はまだ目を瞑っていたけれど、なんとなくだが起きている気配がする。そして、部屋の扉を開ける音と、パタパタと軽い足音が聞こえてきた。
ベッドの下で何かが動く気配がする。
「るー君……何かが足元を這い上がってきてる……」
「きっと緑色の瞳の子猫だね……」
「這い上がってきてるのが、もう一つ……」
「赤色の瞳の子ウサギだね……」
先に流雨の足元から小山が動き、流雨の上のブランケットが盛り上がった。
「ばあ! パパー! 起きてー!」
満面の笑みでブランケットの中から現れたのは、私と流雨の娘、花梨である。黒髪で緑色の猫目が印象的で、顔も私にそっくりの完全に私のミニチュアである。現在四歳で好奇心旺盛なやんちゃっ子だ。
私の足元から小山が動き、花梨に遅れて私の上のブランケットが盛り上がった。
「んばあ! ママぁ! 起っきちてぇ!」
こちらも満面の笑みで現れたのは、私と流雨の息子、レオンハルトである。黒髪で赤色の瞳が印象的な、ルーウェンに似た顔である。現在二歳、姉の花梨の真似がブームである。
「花梨、まだ六時だよ? 起きるには早い。紗彩も俺もまだ眠たいんだけれど」
「今日、お出かけするって、パパ言った! 海に行くって言ったもん! 早く起きないと、行けなくなっちゃう!」
「えぇ!? お出かけちないの?」
花梨の言葉にレオンハルトの瞳がウルウルしている。レオンハルトは今のところ泣き虫である。私に似たのだろうか。
「レオン、ちゃんとお出かけするから、泣かなくて大丈夫よ」
「……分かった分かった。起きるよ」
流雨が苦笑しながら、上半身を起こす。そして流雨は花梨の頬にキスをした。私も上半身を起こし、レオンハルトの頬にキスをする。子供たちはきゃあと喜び、両親にキスを返してくれる。私と流雨もおはようのキスを交わし、それぞれ子供たちを抱えてベッドを出た。
今日はリンケルト家の領地へ列車で向かうのだ。子供たちは領地の屋敷の傍にある海が楽しみのようである。すでに旅行準備は済んでいて、朝食をして着替えれば出発できる。
私は相変わらず死神業と事業の二足の草鞋状態だ。定期的に東京と帝都を行き来している。花梨も死神業の後継者なため、東京と行き来できる。そして花梨は東京で一条花梨として戸籍も持っている。流雨が東京には行けないため、日本では私は未婚の母ということにしているのだ。
朝食を終え、着替えたものの、早起きし過ぎて列車の時刻にはまだ早い。花梨はじっとできないらしく、流雨の部下アルベルトに高く抱え上げてもらい、飛行機をしてもらって遊んでいた。そして普段ママっ子のレオンハルトが、おもちゃを持ってきてはソファーに座る私の膝の上で遊んでいる。流雨が私の隣に座ると、口を開いた。
「レオン、花梨のようにアルベルトに高く抱っこをしてもらったらどう?」
「……いや」
レオンハルトはアルベルトを見て、顔を振りながら言った。流雨は苦笑し、レオンハルトごと私を石の力で浮かせて、流雨の膝に私を乗せた。
「レオンはまだまだ紗彩にべったりだな……俺が紗彩を独占できる時間が短すぎる。紗彩を構い足りない」
「ふふふ、私ったら、るー君とレオンにモテモテだなぁ。でも、いつかはレオンもママ離れするんだから、今の内にレオンとべったりしておこうねぇ」
「んねぇ」
私が首を傾げると、レオンハルトも首を傾げて真似る。可愛い。
「でも、領地に着いたらるー君とデートしたいなぁ」
「俺も。構い倒すから覚悟しておいて」
大好きな流雨は、今日も私を愛してくれる。子供たちもパパが大好きである。流雨のキスを受けながら、今日も幸せを噛みしめる。
列車に乗るため、私たちはリンケルト家の馬車に乗り込んだ。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
使用人たちに手を振りながら、私たちは家族で幸せな時間を過ごすために、領地に向かうのだった。
私と流雨の、八十年は一緒に生きると約束した時間は、まだまだ始まったばかりである。
最終章 おわり
「逆行死神令嬢の二重生活」はここで完結となります。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。