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131 もう誰も離すことはできない

 私の結婚式まであと少しに迫った休日、結婚式の準備はほぼ終わっており、流雨と帝都の街へデートに出かけた。帝都の大きい川を下る船に乗って楽しみ、レストランで昼食をして、午後は洋服を買いに出かけた。ギル・メルディという貴族や裕福な平民が利用する人気の洋服店である。個室で店員が持ってくる洋服を次々と私は試着していく。


 個室専用の試着室で着替えて、試着室を出て流雨の前でひらっと舞って笑って見せる。


「うん、それもすごく可愛いよ。これもいただこう」

「ありがとうございます!」


 流雨の言葉に、なぜか店員でもないのに付きっ切りで傍にいる店のオーナーが、ニコニコとご満悦である。そらそうだ。私はずらっと購入予定のハンガーラックに掛けられている洋服を見た。三十着くらいある。どれも可愛かったり綺麗だったりと素敵な服ばかりだが、いいお値段である。オーナーが喜ぶのも分かる。


「紗彩、次はあの服を着てみて」

「……るー君、まだ買うの? こんなに買っても、一回袖を通すくらいの日数で季節が変わっちゃうよ? この前もたくさん買ってもらっちゃったし」

「この前のはこの前でしょう。紗彩が一回着て可愛い姿が見れれば満足だよ。それに違う季節になったら、また買いに来られていいと思うけれど? どれもこれも紗彩に似合っていて、店中の物を全て買いたい……」

「止めて!?」

「っと紗彩が言うから、厳選するしかないんだ。まあ、でも紗彩が疲れたなら、今日はこのくらいにしておく? また次のデートの機会の楽しみと思えばいいか」


 流雨が会計をするために店員を呼んだため、私は流雨の横に座った。流雨のプレゼント攻撃は健在である。東京にいる時からそうだけれど、最近拍車がかかっている気がする。特に私に服を着せて見るのが好きのようだ。一般的な彼氏もこれが普通なのだろうか。よく分からない。


「るー君、私より、るー君が着るものを見に行ったりしなくていいの?」

「俺のはデザイナーを家に呼んで適当に作ってもらうからいいよ」

「好みの服は作ってもらわないの?」

「俺は俺が着るものに興味ないしね。デザイナーに任せているし、変な物は作ってこないから大丈夫」


 それは、変なものを作ってリンケルト家に睨まれると怖いと、デザイナーのプレッシャーになっていませんかね。


「俺のより、俺の婚約者の服を見る方が何倍も楽しい」


 流雨が微笑んで私の唇にキスを落とす。流雨が人前でキスするのはもう慣れた。ええ、ええ。店員もオーナーも生暖かい目で見ようが、私が恥ずかしかろうが、流雨は止めないので、私が慣れるしかない。


 それからデートを終え、リンケルト家の公爵とルーウェンの姉と夕食の予定なので、夕方にリンケルト家に戻ると、家令から私の異母妹ヴェラ・ウォン・ノイラート伯爵令嬢が私を訪ねて待っていると聞く。普段リンケルト家に来たことがないのだが、こんな時間に何の用かと思う。苦手なヴェラだが、すでに来ているのに会わずに帰すわけにもいかないだろう。


 仕方ないので、私はエマを連れてヴェラの待つ応接室へ入室した。私がヴェラが苦手だからか、流雨も後から来てくれることになっている。


「ヴェラ嬢、今日はどのようなご用件でしょうか?」

「あなたにこれを見せたくて」


 挨拶もそこそこに、ヴェラは首にしていたネックレスをアピールした。大きい綺麗な石が付いている。


「……? えっと、素敵ですね」

「そうでしょう! 実はこれ……」


 ヴェラの話では、最近舞踏会やパーティーで出会った素敵な男性から婚約を申し込まれることが多いらしく、複数の男性からプレゼントを貰うらしいのだ。話とはこれなのか、と特に重要な話でもなさそうだとホッとしつつ、ヴェラに相槌を打っていた。


「あら、サーヤ嬢の着ている服、ギル・メルディのものではない?」

「あ、はい、そうですね」


 今日ギル・メルディで買った服を、そのまま着て帰ってきたのだ。


「私も先日、ぜひ服をプレゼントさせてくれって、紳士と一緒に服を選びに行ったの! 試着したら思ってた以上にすごく綺麗だってあまりにも褒めるから恥ずかしくって。言われるがままに次々試着してしまったわ」


 ヴェラの話が、今日の流雨に当てはまり、私はやはりそうなんだと頷いた。


「よかった、男性って女性の服を選びたがるものなのですね。るー君が私の服ばかり買いたがるのは、普通なんだと安心しました。今日もギル・メルディでたくさん買ってもらったところなんです」

「……たくさんって、どれくらい?」

「今日は三十着くらいでした」


 流雨の着せ替え好きは、男性あるあるの一般的なものなんだ、となぜか安心する。であれば、流雨は楽しんでいる様子だから、今後も着せ替えくらい流雨に付き合おうと思う。私も可愛いと褒められるのは嬉しいのだから。そう思いながらにこやかにヴェラを見たところ、ヴェラは機嫌の悪そうな表情になっていた。なんで。しかし、にこっと笑みを浮かべたヴェラが口を開いた。


「もうすぐサーヤ嬢は結婚式よね。しかもリンケルト家の第一夫人。サーヤ嬢程度でも身の丈に合わない結婚ができるのだもの、私にだってリンケルト家の第二夫人くらいの身分はあってしかるべきだと思わない?」

「……どういう意味です?」

「ほら、私たちって父が同じの姉妹でしょう。片方だけが得をするなんて、あっていいわけないわ。それに、サーヤ嬢が第一夫人では、いつかは飽きてしまうと思うの。私くらい美人ではないと、ね?」


 先ほどまで、複数の男性から婚約を申し込まれている、という話だったはずなのに、なぜヴェラが流雨の第二夫人に、というような話になるのか分からない。


「……どうして、るー君と結婚する私が得なんてことに……」

「ルーウェン・ウォン・リンケルトは、建国貴族だから妻だって複数いるのが当然。だったら、私くらい美人な妻に着飾らせて横に並んで歩いて自慢したいって思うものでしょう。だから夫の願望くらいサーヤ嬢が気づいてあげて、私を第二夫人に推してあげるべきよ。妻が頼めば姉妹だもの、他の第二夫人候補より有利になるでしょう」


 第二夫人候補なんていないのに、そんな人、私は欲しくないのに、なぜ流雨に推す必要があるのか。嫌すぎてスカートをぎゅっと握った。


「裕福な夫を独り占めはずるいわ。ルーウェン・ウォン・リンケルトは、裕福なのがいいところでしょう。サーヤ嬢だって、悪童だと噂される彼の裕福なところが気に入って結婚を決めたのでしょう」

「違う! るー君は、いいところがいっぱいあるの! 悪口は止めてくれる!?」


 ヴェラの言い分を聞いていて、ムカッとして言い返した。たぶん、私の頭に血が上っている。


「私はるー君が裕福でなくてもいいの! 私だって働いているもの、るー君が無職でもるー君を養える!」


 ヴェラが唖然と私を見ているが、私の口が止まらない。


「私はるー君がいいの! るー君だから結婚したいの! るー君は、八十年は一緒に生きてくれるって言ってくれるの。いつも可愛いって言ってくれるし、優しくて強くて私を守ってくれる。仕事に助言してくれるし、子供にも優しいし勉強も教えてくれるの。いつも抱きしめて甘やかしてくれるし、キスしてくれるし、他にもいっぱい良いところはある……の?」


 ヴェラの後ろの壁にあるデザイン加工のオシャレ鏡に、流雨が映っているのに気づいた。部屋がそもそも多角の変わった壁であり、鏡は斜めに配置されている。私は鏡が映る先、横方向にある扉をそろっと振り返る。流雨が口に手を当て、可笑しそうに声に出さずに笑っている。


「る、るー君!? いつからそこに……」

「紗彩がギル・メルディの服を着ているというあたりから」


 結構序盤ではないか。私が興奮して言い返しているところを全て見られていたということである。恥ずかしくて顔が真っ赤になる。


「来ていたなら、話かけてくれる!?」

「ごめんごめん」


 流雨が笑いながら私の横に座って私を抱き寄せた。そして流雨はヴェラを向く。


「俺は紗彩の容姿も性格も仕草も声も全てが好みで可愛いくて愛しい。君が自分の容姿に自信があるのは構わないけれど、俺は君の何もかもが気に入らないし、興味がない。君は俺はいらないから押し付けるな。君に服を贈る奇特な男性の元へ大人しく行ったらどう?」


 ヴェラは顔を赤くしてプルプルと震えている。


「それと、紗彩の『縁戚』だから今日はこのまま帰すけれど、君の暴言を黙って聞くのもこれで最後。君は今後リンケルト家へ立ち入りは禁止する。また外でも紗彩に暴言を吐くのは二度と許さない。もし紗彩が傷つくようなことをまた言うようなら、君だけでなく君の実家にも責任を追及するのでそのつもりでいることだ。エマ、彼女を馬車までお連れするように」

「承知しました」


 私と流雨をきっと睨むヴィラをエマが連れて行った。


「ごめん、紗彩。紗彩の縁戚なのに、勝手に追い出して」

「いいの。都合のいい時だけ縁戚扱いしてくる方だもの、そろそろ縁を切るべきなのかもしれないわ」


 私にだけ面倒を掛けるならまだしも、リンケルト家にまで迷惑を掛けたくない。それに、流雨を悪く言うヴェラとは話をしたくないし、流雨の第二夫人の座を狙うというなら、なおさら付き合いたくない。


 流雨に抱き付くと、流雨が抱き返してくれる。


「るー君は、私のなんだから、誰にもあげないの」


 私がそう言うと、流雨がくすくすと笑う。私は顔だけ上げて抗議した。


「どうして、笑うのぉ!」

「やっとそう思えたんだなと思って」


 そして流雨は私の額にキスを落とす。


「そうだよ、俺は紗彩のもの、そして紗彩は俺のものだ」

「……うん」


 私たちは笑いあうと、ゆっくりと顔を寄せ、唇に深くキスをするのだった。

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