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120 スキャンダル

 三月の頭、突然の訃報が国中を巡った。皇帝が崩御したのである。

 皇帝は第三皇子を後継者に指名していたことを公式文書として残していたため、第三皇子が次の皇帝になることが決まった。貴族からは第一皇女を推す声が上がったらしいが、それは少数派であった。第四皇子を推す声はなく、前世とは違い、後継者争いが勃発することもなかった。


 流雨とお茶を楽しんでいる中、流雨が口を開いた。


「第一皇女を帝位に推す声が上がるのが信じられないな」

「第二皇妃の実家の方々でしょう。第二皇子が亡くなる前は、第一皇子とどっちが帝位に近いかって、第一皇子の支持者と競い合っていたもの。第一皇子と第二皇子が亡くなった後も、第二皇子と同じ母を持つ第一皇女を帝位に付けたいと思っていたのだと思うわ」

「第一皇女も帝位に興味があるようだったけれど」

「うん、あったと思う。第三皇子と裏で争っていた気配があるもの……」


 その争いに巻き込まれそうなところを回避できたと思っていいはず。少しだけホッとしている。


「でも、建国貴族に当てはまる帝室は、女性より男性が優位だから、男性の兄弟のいた第一皇女では、帝位に就くのは厳しいと思うの。それに、母が同じ第二皇子が亡くなった記憶もスキャンダルとして皆に記憶されているし、そういう意味でも第一皇女は劣勢だったでしょう」

「ああ、女性を取り合って殺し合ったっていう話か。ルーウェンの記憶にも一応ある」


 そう、第一皇子と第二皇子は、同じ女性を好きになり、その女性を巡って兄弟間で争ったのである。


「帝室の悪いニュースって、新聞には取りざたされないものなのだけれど、あの時だけは大きく新聞にも載ったし、貴族から平民まで大きい話題になったの。大スキャンダルだったから。……第一皇子と第二皇子が取り合った女性の名前って、るー君知っている?」

「いや、そこまではルーウェンの記憶にはないな。興味がなかったんだろうけれど」

「マリー・ウォン・ラーゼス子爵令嬢というのだけれどね。本人はラーゼス子爵の実子ではなくて養女なの。るー君なら知っているかもしれないけれど、東京では佐藤真理という女優だったの」

「……まさか、死者?」

「ううん、異邦人。咲と同じように、異世界への扉を通ってきたの」


 流雨は驚いたように目を見開いた。そして思考しながら口を開いた。


「……七、八年くらい前に佐藤真理という、スキャンダルまみれの女優がいた気がする」

「うん、たぶんその人だよ」


 流雨には説明しておこうと、私は口を開いた。


 佐藤真理という女優がいた。大変可愛らしく演技力も高くて、日本で人気があった。しかし妻のいる俳優と一緒にいるところを写真に撮られニュースになると、芋づる式に複数人の男性と付き合いがあることが連日ニュースになった。泥沼化し、今後女優業は難しいだろうという時に、彼女は姿を消した。追及されたくなくて逃げたのだろうという噂だったけれど、本当は異世界への扉を偶然通り、この帝国にやってきたのだ。


 演技力が高いというのは本当だったようで、うまくラーゼス子爵に取り入って養女マリー・ウォン・ラーゼスとなった。そして数年後メイル学園に入学、そこで第一皇子と第二皇子を手玉に取り、二人とも彼女を好きになった。結果、皇子二人が殺し合うというスキャンダルに発展し、原因となったマリー・ウォン・ラーゼスは現在修道院に軟禁されている。


「……佐藤真理って、日本にいたころ、二十五歳前後じゃなかったかな?」

「そうなの。帝国では十歳くらいサバ読んでいるみたい。童顔だから違和感なかったみたいよ」

「すごいな……」


 当時の帝国の新聞には、『皇子を惑わす悪女』と題して写真が載っていたけれど、十歳も年齢が上とは思えなかった。


 彼女が異邦人だということは、新聞の日本人の容姿の写真を見て初めて知った。私とは違い黒髪で、エキゾチックで綺麗だと、第一皇子や第二皇子以外にもメイル学園で彼女を好きになっている人は大勢いたという。前世ではこんな事件はなかったし、この件があったから、その後の異邦人に対する私の警戒心は増したわけだが、その後やってきた咲はいい子なので本当に良かった。


 皇帝崩御後、第三皇子は皇帝に即位したわけだが、三月ということもあり、戴冠式は四月に行われることになった。三月の末には私や流雨、第三皇子あらため皇帝、第四皇子、第一皇女などはメイル学園の卒業を控えている。


 そんな慌しい三月の中旬、メイル学園で流雨と学食へ入室したときだった。第一皇女が私たちの前にやってきて妖艶に微笑み、口を開いた。


「リンケルト公爵令息、わたくしの提案を聞いて下さる?」

「聞かない」


 不躾な第一皇女に、流雨はそっけなく返し、繋いでいた私の手を引いて踵を返した。まだ食事をしてもいないのに、学食を去ろうとする流雨に、またも第一皇女が口を開いた。


「手紙を何度も送ったのに、読みもしないとは失礼ではなくて? 婚約者のウィザー伯爵令嬢を気にしているようだから、わたくしが直接令嬢に伝えて差し上げるわ。わたくしがリンケルト公爵令息に降嫁して差し上げようというのです。当然わたくしが第一夫人にはなりますが、ウィザー伯爵令嬢は第二夫人として嫁いできても、わたくしは寛大ですから許しましょう」


 頭をガツンと殴られたくらいのショックだった。そんな話は聞いていない。ぐわんぐわんと頭にくぐもった音が鈍く響く。流雨の顔が見れなくて、この場から逃げたくて、流雨と繋いだ手を離そうと手を抜くと、今度は流雨が私を抱きしめた。


「手紙を送られても、門前払いで手紙ごと遣いを送り返したのは、手紙を読む気がないからだ。俺の婚約者も妻も紗彩だけ。他にはいらない」


 第一皇女を第一夫人にすると決まって私に隠していたわけではないみたいだと、顔を上げて流雨を見る。流雨は冷たい視線を第一皇女に投げていた。


「勝手に降嫁する気になられては不快だ。リンケルト家から抗議させていただく」

「……あなたは、わたくしの価値を分かっていませんわ。わたくしを望むものは大勢いるのだから――」

「だったら、その欲しいという人に降嫁すればいい。俺はいらない。それと、俺は二度と同じ会話はしたくない。再び同じことをするなら、それ相応の対処を取るので、そのつもりで」


 流雨は私の手を再び繋ぐと、その場を離れた。リンケルト家に帰り、流雨に事情を聞いた。


 第一皇女が帝位には就けないという話を、父のリンケルト公爵と流雨は会話をした。そうなると、第一皇女は自分の身の振り方を考え、帝室の次に権威のあるリンケルト家に降嫁することを考えるだろうと予想した。私以外を娶る気のない流雨は、話さえ聞くのが面倒だから、予想通りやってきた第一皇女の遣いを追い返していたらしい。


 リンケルト公爵も揉め事を起こす第一皇女のリンケルト家への降嫁には反対で、第一皇女の顔色を窺う必要もないため、流雨の対応に異議を唱えなかった。


 しかし第一皇女は自分が望めば、みな喜んで降嫁に頷くと思っていたらしい。その結果があの強引さである。メイル学園の生徒が大勢いる中、あのように切り出せる第一皇女がすごい。確かに、国で一、二を争うくらい綺麗な彼女に夢中になる男性は多く、たとえ他に婚約者がいようとも彼女を選ぶ男性は多いだろう。


 流雨が私に黙っていたのは、第一皇女を私が苦手としているからで、かつ、私が不安になって泣くかもしれないと思ったかららしい。流雨の予想は当たっているだろう。きっと私は不安で泣くだろうから。


 流雨がはっきりと第一皇女を断ってくれて、私はすごく嬉しくなるのだった。

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