119 虎の威を借る狐2
馬車を降り、我が化粧品店の三階にある応接室へ入室した。エキュール帝国のザザ商会のいつもの担当者ジャスと、双子と思われる青年が二人ソファーに座っていた。双子はどこかで見たことがあるなと思いながら、私もソファーに座る。エマは私の後ろに立った。ジャスが口を開いた。
「様子が変わられましたがサーヤ嬢……ですよね?」
「はい、サーヤです。えっと、こちらは?」
「はい、紹介します。我が商会の会頭の息子です。現在見習い中なのです」
「レイだよ」
「俺はルイ」
双子の青年、レイとルイがにこやかに声を出した。にこやかなはずだけれど、笑顔がなぜかぞっとする。この双子、どこかで見た。どこで見たんだ。なんだが嫌な感じがして記憶を辿る。商会の会頭の息子ではない気がする。エキュール帝国で知り合いは少ないはずだが――、と思い、はっとした。
そうだ、彼らは商会の会頭の息子ではない。前世で宮殿で会ったのだ。皇帝だったルドルフに会いに来た、エキュール帝国のサイコパス双子皇子。彼らとは接点は持ってはならないと、ルドルフがいないところで会うことはないのに、ルドルフにそう言い含められた記憶がある。
なぜここにいるんだ。現世では今まで接点は皆無なのに。冷や汗が背中を伝う。きっと私の顔は引きつっている。それでも、自分を叱咤しながら私も口を開いた。
「初めまして。サーヤです。よろしくお願いします」
「サーヤ嬢の両親はラン国の人?」
レイが私の顔をじっと見て言った。我が国ヴォルフォルデン帝国は島国だが、海を隔てた向こう側に大きい大陸がある。エキュール帝国はその中にある国の一つで、ラン国はさらに東にある国だ。ラン国人は日本人のような顔をしているのかもしれない。
「いいえ、違います。両親とも、ヴォルフォルデン帝国出身です」
「ふーん……」
双子が二人とも私をじっと見ている。やめてくれ、怖いから。
それから、担当のジャスが今回の取引きの話を進めた。話はやはり化粧品の取引量の話だった。
「前にもお伝えしている通り、うちの化粧品は作る量が限られています。他国に輸出する十分の量が確保できないのです。申し訳ありませんが、これまで通りの数しか取引はできません」
「さらに高値で買うと言っても?」
「申し訳ありません」
「我が国の女王陛下が、化粧品を大変気に入られておられます。せっかくの良い化粧品が現在では取り合いなのです。もし人材不足で化粧品の量が作れないということであれば、人の貸し出しも検討致します」
「遠慮致します。化粧品の製造は秘密でして、門外不出なのです」
双子の一人ルイが、足を組みながら口を開いた。
「サーヤ嬢が製造しているという噂は、本当なの?」
「お答えしかねます」
「ふーん……サーヤ嬢を連れて帰ればいいんじゃない?」
ルイがレイに言った。「そうだね」とレイが答えている。いやいや、待って。連れて帰らないでください。誘拐するつもりですか。私の後ろでエマがピリピリしだした。
「わ、私を連れて帰れば、リンケルト家が黙っていません!」
虎の威を借る狐作戦。今が使い時!
「あー……そういえば、リンケルト家の跡取りの婚約者っていう話、本当なんだ?」
「それは面倒だねぇ……」
面倒でしょ!? そうでしょ!? だから、連れて行かないでください。
まったく焦ってもいない双子は、顔を見合わせて何か通じ合ったようだ。
「仕方ない。冗談だよ冗談。連れて帰るわけないでしょう。ジャス、いつも通りの取引を終わらせて。早く帰ろう」
「承知しました」
私に興味を失ったような双子は、それ以降口を開くことなく、ジャスといつもの商談で話は終わった。なんだったんだ、変な汗をかいてしまった。
帰って流雨にあったことを報告した。
後日聞いたところによると、どうやらエキュール帝国のサイコパス双子皇子は、我が国の皇帝に会いに来ていたようだった。そのついでに暇を持て余し、ザザ商会の会頭の息子を演じて、商談に付いてきたようだった。彼らが国を出るまでの数日間、私と流雨の警戒心は高まり、彼らが帰国したと聞き、心の底からほっとするのだった。
虎の威を借る狐作戦、効き目絶大である。今後も使おうと思うのだった。