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109 潜んでいるもの

 デビュタント後の初めてメイル学園へ通学する日、リンケルト家の馬車で流雨が迎えに来たため、ユリウスと一緒に馬車に乗り込んだ。婚約発表も終わったため、リンケルト家が迎えに来てもおかしくないからと、流雨から迎えを提案されたのである。


 ウィザー家は貴族が多く住まう高級住宅地が並ぶ道沿いにあり、実は屋敷持ちのリンケルト家からは馬車で十分ほどと近いのだ。しかもメイル学園に通う通りすがらに私とユリウスを拾えるということで、流雨が遠回りしないで済むので、流雨の提案をありがたく受けることにした。


「おはよう、るー君」

「おはよう。……紗彩、なんでまだウィッグなの?」

「僕もそれを朝質問しました」


 私が流雨の隣に座り、ユリウスが前に座る。馬車が動き出した。


「だ、だって……顔が見えるって、不安なんだもの。ちょっとずつ慣れてからにしたいなと思って。普通の外出を素顔で出るのに慣れてから、メイル学園でもウィッグを外そうかと……」


 死神業のような慣れ目メイクで装備してもいいなら、行ける気がするが、素顔でと言われると、まだ勇気がいる。


「今日って、まずはるー君との婚約の方で注目浴びると思うの。私、絶対あたふたするし、顔が緊張で強張る気がするし、るー君との婚約にみんなが慣れたころに、学園で素顔でも過ごせるようになれればいいなって……」


 やはり注目を浴びる度数が少ないほうがいいと思ってしまうビビリの私が言い訳すると、流雨が私を抱き寄せた。


「デビュタントで素顔をさらしたんだから、俺はどうせ注目されるなら、一度に注目されたほうがいい気もするけれど。でも紗彩が不安なら、ちょっとずつ小出しでも別にいいよ」

「ありがとう」


 そんな話をしている間にメイル学園に到着し、流雨のエスコートで馬車を降りると、通学してきた生徒たちの視線を浴びた。ユリウスと別れ、流雨と教室に向かう間も、ずっとじりじりと視線を感じる。


 教室に入れば、また視線を感じるものの、ルーウェンが怖いのか、表立って陰口をする生徒はいなかった。どちらにしても、緊張で私の手汗がすごいし、間違いなく顔が強張っているし、ウィッグの長い前髪で顔が隠れていてよかったと思う。


 今までは流雨との婚約は隠していたから、流雨が隣の席でも流雨が近くで歩いていても、私と流雨は互いに話したりはしなかった。私がそう流雨にお願いしていたからだが、婚約発表したので皆の前で話すことも解禁することにした。しかし流雨の場合、それだけでは済まなかった。


 移動中は必ず手を繋いで歩くようになったし、立って話すような時は、流雨が私の背中を両手で囲みながら話すものだから、完全に二人の世界のような形になってしまう。最初こそ私は恥ずかしいから抵抗していたのだが、抵抗が無駄だと悟った。流雨は昔から愛情表現が直球だし、婚約発表までそれを我慢させていたという罪悪感もある。そして私自身は愛情表現されるのは嬉しいのだ。ただ皆の前だから恥ずかしいというだけで。


 そんな日が数日続き、メイル学園が休日の今日、私は第三皇子宮へ納品にやってきた。一緒に来たライナに荷物を持ってくるようお願いし、私は護衛のエマを連れ、いつも案内される部屋へ向かっていたところ、第三皇子ヴェルナーとユリア・ウォン・ハイゼン侯爵令嬢に廊下で会った。


「サーヤ嬢、ごきげんよう。時間ぴったりだね」

「ヴェルナー殿下、ハイゼン侯爵令嬢、ごきげんよう。申し訳ありません、お邪魔してしまいましたか」

「いや。ハイゼン侯爵令嬢はもう帰るところだよ。君さ、まだその髪型なの? それウィッグだったんでしょう? 取ればいいのに」

「……まだ、ウィッグを取るのは落ち着かなくて。もう少し目を瞑っていただけると助かります……」

「まあいいけれど。それにしても、びっくりだよ。君がリンケルト公爵令息と婚約とはね。ねぇ、侯爵令嬢」

「……ええ、驚きました。ですが、大変お似合いだと思いますわ」


 ヴェルナーの言葉に、ユリアはにこやかに頷いた。

 そして、ユリアとはそこで別れた。私とヴェルナーが並んで歩いていく様子を、ユリアが振り向き、静かに見ているとは、私は気づいていなかった。


 それから、後から荷物と共にやってきたライナがソファーに座っている私の後ろに立った。護衛のエマは、部屋の外の廊下に立って待機である。いつものように納品リストの確認を終え、ヴェルナーが雑談とばかりに口を開いた。


「サーヤ嬢の傍にいる女性って、護衛だよね。侍女っぽくはないし、武術に長けてそう」

「はい。ルーウェンさまが付けたいとおっしゃられて」

「……君のデビュタントの時も思ったけれど、学園でも公爵令息の態度が異常だよ。いつもと全然違う。公爵令息に限ってないだろうと思ってたんだけれど、あれって君が溺愛されてるの? 芝居って感じもしないし」


 カカカと顔が赤くなる。改めて突っ込まれると恥ずかしい。


「そ、そうかもしれませんネ……」

「……何、その反応。君も公爵令息を好きな感じなんだ? もしかして、前に君に好きな人でもいそうだと思っていたけれど、それって公爵令息のことだったりした?」

「……………………はい」

「わあ! 想像だにしなかった組み合わせが相思相愛とか、さらに驚きだよ! ……相思相愛って本当にあるんだねぇ……」


 愛だの恋だのが分からないというヴェルナーの反応らしい。


「公爵令息は君の素顔を知っているんだね。僕はデビュタントの日に君を見て、幼かった君の素顔を思い出したよ。君とは長い付き合いなんだから、僕にもそろそろ素顔で対面してくれるといいのだけれど」

「ど、努力します」

「うん、努力して。それと話は変わるのだけれど」


 ヴェルナーは少し真面目な顔をした。


「最近、君にリーゼから接触はあった?」


 リーゼとは第一皇女である。


「……いいえ」

「そう。だったら、これから接触されるかもしれないね。君がリンケルト家と繋がりを持ったから」

「……私が帝室で納品関係でお会いするのは、ヴェルナー殿下だけです。これからもずっと」


 ドキっとした。ヴェルナーから何か探られている。これは、いよいよ帝室の後継者争いでも勃発するのだろうか。もしそうだとしても、ウィザー家はヴェルナー押しだと、ずっと言っている。


「では、今後リーゼから接触されたらどうする?」

「私とユリウスは、お会い致しません。もちろん我が当主である母もです。ヴェルナー殿下以外の納品は、全て従業員に任せていますから、皇女殿下から何か承ることがあれば、従業員が対応することになります。皇女殿下とは事業以外で接点はございませんから、もし別の何かで呼び出されても応じません」

「うん、それでいい」


 汗が背中を伝う。今日のヴェルナーは怖い。もしかしたら、皇女と何かあったのかもしれない。それに私を巻き込まないでほしい。しかし一つ言っておかなくてはならない。


「私はそうですが、リンケルト家に対し、私が何か言うようなことはありません」


 明確に口にはできないけれど、私がリンケルト家と婚約したからといって、リンケルト家がヴェルナーの味方をするとは言えない。リンケルト家にはリンケルト家の思惑があるのだから。その意味を、ヴェルナーは正しく理解したらしく、頷いた。


「大公家は、帝室に口出しはしない。僕はそれを分かっているから、気にしていない。ただ、リーゼはそうは思っていないようだからね。御しやすそうな君から、攻略しようと思っている可能性がある。十分注意することだね」

「……承知しました」


 御しやすい。間違っていないから、注意しようと肝に銘じる。


「それはそうと、君ってルドルフとは接点ないよね?」

「……第四皇子殿下ですか? ございません」

「そうだよね。君のデビュタントの時、ルドルフの様子が変だったから」


 先ほどとは別の意味でドキっとした。


「へ、変とは?」

「君を凝視していたというか、睨んでいたのかな……怒っていたようにも見えたけれど、あの日のルドルフは機嫌が悪かったからね。別に君が原因とは言えないかもな。ごめん、気にしないで」


 気にするなと言われても! 最後に気になることを言われてしまい、動揺するのだった。

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