105 ライバル?店の暴挙
メイル学園から帰ってきた時、私に客が来ているという連絡をマリアに聞き、応接室に向かう。客は我が化粧品店のライバル会社のオーナー、ミルトマンである。平民だが化粧品店以外にも事業をしており、下級貴族より資産は多いだろう。女性オーナーで母くらいの年齢、そしてなぜか彼女は見知らぬ青年を連れていた。
「久しぶりですわ、ウィザー伯爵令嬢。今日も伯爵はいらっしゃらないのですね」
「ええ、母は病気療養中です」
私が席に着くと、ミルトマンはそう切り出した。
「そう、伯爵がいらっしゃったらよかったのだけれど。実は今日は良いお話がありますのよ」
普段、繁盛している我が化粧品店を目の敵にしているはずのミルトマンが、こうもにこやかだと気味が悪い。つい身構えてしまう。
「去年だったかしら、令嬢は婚約を破棄されたでしょう? あれから次の婚約の話も聞きませんし、婚約者探しに苦労されているのではないかと思って。うちの次男が令嬢より一つ年下ですけれど、お似合いではないかと思いましたの。ほら、カール、挨拶を」
「……カール・ミルトマンだ」
「ふふふ、愛想がなくてごめんなさいね。少し緊張しているみたいだわ」
緊張というより、怒っているのではないだろうか。不機嫌な様子を隠そうともせず、態度がふてぶてしい。
私が流雨と婚約したことはまだ発表していないから、私が婚約者を探していると勘違いしているようである。
「ほら、わたくしたちの化粧品店は、ライバルだなんて言われているでしょう? 仲が悪いだなんて、裏で噂されているみたいで」
まあ確かにライバルだとは言われているけれど、売り上げの差は大きい。だからミルトマンがこちらを目の敵にしているのである。
「そんな噂も、うちの次男と令嬢が婚約すれば、万事解決だわ! そちらの化粧品は令嬢が作られているという噂ですけれど、だったらとても忙しいんじゃなくて? 経営のほうは次男が引き継ぎますし、令嬢は化粧品研究に大いに励むといいと思いますわ。最終的には、うちと令嬢の化粧品店を合併すれば、帝国一大きい化粧品店ができるわ」
いや、それはもはや会社の乗っ取りだろう。何を言っているんだ、この人。
「……そういうお話でしたら、結構です。婚約者は探していませんから」
「あら、そんな強がり言わなくても。ウィザー伯爵家は女性が当主でしょう? だから次期当主は令嬢であって、弟さんではない。だったら、婚約者は必要でしょう」
「我が家の心配をしていただく必要はありません。我が家のことは我が家で解決しますから」
「まあ、解決できますの? 少し前に、別の婚約者候補の方に断られたと聞きましてよ」
ふっと笑いながら、ミルトマンは言った。誰だ情報を漏らしたの。私が断られた、婚約者候補の三人のうちの誰かから聞いたのかもしれない。
「失礼ですけれど、令嬢って不美人でしょう? きっとこれからも誰にも相手にはされないわ。うちの次男も嫌がるほどですのよ。でも、次男は経営に興味があるみたいで、経営ができるなら令嬢と結婚しても我慢すると慈愛深くって。令嬢は幸せだわ、こんないい子の妻になれるのですよ」
本当に良いことをしているとでも思っていそうな表情である。『失礼』と前置きがついていても、不美人とは失礼すぎる。ちょっと涙目にはなりつつも、むかっとして私は口を開いた。
「私の結婚相手は貴族が大前提なのです。ミルトマンさんとウィザー伯爵家では、家格が違いすぎます」
「なっ! 我が家の資産は貴族より多いのですよ! 貴族だからと下に見られる必要はありませんわ!」
そうはいいつつも、私と結婚して貴族の縁戚になることは目論んでいたはずだ。私と結婚すれば、次男は貴族になれると思っていただろう。
次男が怒った表情で席を立って、大きな声で言った。
「貴族ということしか取り柄のない、ふてぶてしい女は、躾の必要があるな」
次男がテーブルを回ってこちらに歩いてきている。手を振り上げられて、私は目を瞑り身構えた。しかし、ボキっという音とドスっという音、そして次男の悲鳴が聞こえた。そっと目を開けると、怒った流雨が私を抱きしめていた。そして、次男を足で床に押し付け、腕を捻り上げている見知らぬ美人な女性がいた。誰だろう。
「紗彩に手を上げようとするとは。警官に突き出せ」
「はい」
女性は次男を蹴って立ち上がらせ、無理やり引っ張って行っている。母のミルトマンも青い顔で女性に連れられて行った。私だけが、なんだかよく分かっていない。
「ええっと? 今の人、誰?」
「……はぁ、もう。紗彩が無事でよかった……」
「ご、ごめんね?」
それから、とりあえず場所を談話室に移した。私はモップ令嬢の姿を着替えて、普段の素顔になった。部屋には、私と流雨、さきほどの美人な女性、そしてユリウスが集まっている。
「流雨さんがいてくれて助かりました。ミルトマンさんたちがあんなことをするとは思いませんでした」
ユリウスがほっとした顔を私に向けた。
「俺もたまたまだよ。紗彩に客だというから、談話室で待ってようと思ったら、応接室の前を通った時にエマが怒声が聞こえるというから、突入したらあの有様だった」
「め、面目ない……」
あれは、私が怒らせたことが原因だ。ついむっとして言い返してしまった。
何があったのか話すことになり、全て話すと流雨から怒気が上がった。ユリウスも怒っている。
「……この件は、俺に任せて欲しい。悪いようにはしないから」
「流雨さん、よろしくお願いします」
「え!? 何をするの? 私が怒らせたのが悪いのよ」
「紗彩は何も悪くないし、向こうが悪い。紗彩、俺に任せて」
「……………………はい」
流雨が怒っている。怖いから、頷いておこう。
「……紗彩に紹介しておく。彼女はエマ。前に話をした、紗彩の護衛だよ」
「エマです。主の未来の奥様、よろしくお願い致します」
「よ、よろしくお願い致します。紗彩です」
護衛って、女性だったのか。体格のいい男性を想像していたから、少しほっとした。腰に剣を下げてパンツを履いているけれど、護衛には全く見えない恰好で、とても綺麗なお姉さんである。その綺麗なお姉さんが、美しい微笑みを浮かべて怖いことを言った。
「先ほどの暴漢は、床に沈める時に指を二本ほど折っておきました。もし足りないようなら、これから追加で折ってまいりますが、どうなさいますか?」
「結構ですーーー!」
予想を斜めった護衛が来た。咲と喧嘩したらどうしようと思っていたけれど、意外と仲良くできるのかもしれない。
「それにしても、あんな輩がまたいたら不安だな。外だけの護衛のつもりだったけれど、家の中でも来客の時は付けたいな」
「えぇ!?」
「紗彩、来客がいるときだけだよ。ね?」
エマに見られながら、来客と話さなければならないなんて。ちらっとエマを見ると、惚れそうな笑みが帰ってきた。ひえっと思ったけれど、先ほどのようなことがあったらと、流雨が心配するのは分かるので、私は頷くしかないのだった。