12月23日(3)
夕刻を示す朱色の光が街を覆いだした頃、苺ちゃんはバイトが終わり帰ったので店先のレジは俺一人だった。客足が少し落ち着いていたのでぼ~っとしていると店の奥から頭をボリボリ掻きながらタバコをくわえた男がやって来た。
「ふっー……人生うまい事いかないもんだねぇ」
苦虫を噛み潰したような表情で俺の目の前に現れた男はケーキ屋の店長、篠崎右助。41歳で未だに人生のパートナーがいない、いわば俺の心の先輩(?)だ。悪い意味で、だが。
「店長……どうしたんすか?」
「いや、何。また、振られちまったんだよ」
店長はやれやれといった様子で自分の肩に手をやった。
「どうしてかねぇ……」
「またナンパっすか……そりゃそうっすよ。いきなり女性に『オ●ニーしてください』は無いっすよ……」
「ばっきゃろう!今日はその台詞で告ってねぇよっ!俺も考えたよ……そりゃいきなり外野プレイは早すぎるかなって」
「……それで、何て告ったんすか」
「『せっくるしてください』って」
「いや、悪化してんじゃねぇっすか(汗)ていうかそれはもはや告白じゃねぇし、ただのド変態野郎じゃないっすか」
顔はそこそこハンサムなのにそんな事ばかり言ってるからいつまで経っても人生のパートナーを見つけられねぇんだよ……と思ったが、自分もまだ見つけられていないので口には出さなかった。
「うるせぇぞ司。俺ぁ、な?抱きてぇんだよ、女を。考えてもみろ、世の中にどれだけ女が溢れかえっていると思っている。それなのに、独身?童貞?はっ!かっこわりぃ……」
「はぁ……まぁ、確かにかっこわりぃっすけど」
「おう!誰がブサメンだコラァ!!!」
「んなこと言ってないっすよ!告るの失敗したからって俺に当たるの止めて下さいよ!?」
「チッ……歳をとるにつれてオ●ニーテクはドンドン磨きがかかるのに一向に男に磨きはかからない……俺、もう41だぞ?そろそろ真剣に女の味を知っとかないとやばいかなって思ってます、ハイ」
「女の味って……あと何で敬語なんすか」
「もう俺はもう決めた、20代30代のアマには手をださねぇ。あぁ、アラフォーのクソババァもナッシングだな……どうせなら年下、そうだな……小学生あたりで手を打っとくか。中学生のガキになると急に大人ぶって生意気になるからな」
てめぇだってアラフォーじゃねぇかオッサン……
「マジロリじゃないっすか(汗)それは犯罪っすよ店長」
「いいんだよ、純粋な小学生の女が。身体は……んー、あれだけど?まぁ、いいじゃん。その辺は見逃します」
「あれってなんすか、あれって。ていうか、店長何か怖いっすよ」
「いいんだよ、ドラマでもよくあるだろ?最初は親子みたいな微笑ましい関係が続いてドンドン……こう、なんつーか?お触りタイム?みたいな?」
「うっわ……俺の中の記憶に残る感動的な親子のドラマが汚されて気分……つーか、お触りタイムってなんだよ!?んなハレンチイベントねぇよ!アンタは小学生に何を求めているんだ!?」
「せっくるだよっ!せっくるっ!!!わりぃかコラ!!!うほ!うほ!うっほうほ!せっくる!せっくる!」
「往来でせっくる連呼するなよっ!マジポリさんに捕まれよロリコン野郎!!!」
「おうっ、誰がロリコンだコラァ!『聖なる性使者ロリータコンプレックス』って呼べっ!!!つーか、俺を崇めろっ!!!コラ!!!」
「何ちょっとカッコいい感じに仕上げてんだよっ!!!きめぇんだよ!!!クソジジィ!!!」
……こんな感じで俺と店長の軽口から始まり、次第に喧嘩になるのは日常茶飯事だ。
「ままぁ、あのおじちゃんたちなにしてるのぉ?」
「しっ!見ちゃいけません!」
「フッー……で?司、お前はもう女できたのか?」
ひとしきり店長と言い合った後、もう疲れたのか店長は俺にそんな事を聞いてきた。
「……できてねぇよ、わりぃかコラ」
「ぷっ、だっせーw」
殺してぇ……
「……つーか、店長。あんた、ケーキの準備はいいのか」
「ケーキ?んなもん、朝のうちに済ませたわボケ、スネ毛。おっ、そうだ、ケーキで思い出したぞコラ。こないだなぁ、試してみたんだよ、ケーキオ●ニーってやつをよ」
またエロ談話かよ……もうこんなクソ店長無視して仕事に取り掛かるとしよう……
「すみません、この苺のショートケーキとチーズケーキとショコラひとつずつ下さい」
前を向くと女子高生の客がいた。
「はい、苺のショートケーキとチーズケーキとショコラの三点ですね?三点でお会計800円となります」
後ろで店長がブツブツ何か言ってるがムシムシムシキング………
「おいっ、聞いてるのか司ぁ!?いいか……最初の内は『ケーキでオ●ニー?ありえねーw』とか思ってたんだけどよ、俺様サイズの穴あけてやってみるとだなぁ……これが意外と気持ちいいんだ」
「………」
「『はぁはぁ……うっ、何コレ?ありえねー、き、きもちいいぞぅ!』そう、俺のビッグマグナムをクリームがまるで聖母のように優しく包み込んでくれたんだ……」
これはアレか?ツッコミ待ちか?俺がツッコマないと喋るのをやめないダッ●ワイフか?あっ、ワイフじゃねぇよ!やっべ、心の中でノリツッコミしちまった。だが、奴にはツッコマんぞ……無心無心。
「………」
「『うっ、うおっ、うおぉおお!?出る!出ちゃう!俺のアレがすいとられちゃいますぅううううう~~~~~……ザ●メン!ビックビク!』」
ねぇ、ちょっとオジサン?ホント黙って……?しかし、客の前でそれは言えない。
「そんな感じで俺は無事、賢者に昇華したんだが……そうだな、ちょうどそのとき使ったケーキがそのショートケーキそっくりだったな」
「………」
「………」
「……おいコラ」
「あー?何ですか?童貞君」
店長は鼻糞をほじほじしながら流し目で俺を見てきた。何そのちょっとムカつく顔。
「てめぇ、客の前で、しかも女子高生の前で何トチ狂ったことほざいてんだよ!!!すっげぇ、変な空気になったじゃねぇか!!!」
「いいじゃねぇか、売れたんだし。それにあの娘、ウブなやっちゃなぁ。最後に店から出て行くときに真っ赤になって俯いて……ひひっ、俺のオ●ニーで汚れた手で作ったケーキを食うんだな……何か興奮するぜ」
「マジで死ねよロリコンさん……」
こんなロリコンがケーキを作れるなんて……信じられんがうらやまし……くなんかないんだからねっ!?
「っと、そうだ店長。ひとつ頼みがあるんだが」
「んぁ?なんだい童貞君?」
「あぁ、給料を前金で欲しいんだロリコンさん」
「理由を話せよ童貞君」
「おカネ無くてアパトおいだされそうになてるヨ」
「何で喋り方がエセ中国人なんだよ」
「たのむっ、何でもするから!童貞でもなんでもお前に捧げるからっ、店長!この通りだっ!」
「そんなもん俺に捧げるなよ……あー、いいよ。やるよ、前金。持ってけドロボー」
店長は懐から茶封筒を出し、俺に手渡した。何でそんなところに入れているのか疑問だが。
「ま、マジかっ!?サンキュー!ロリ……ロリコンさん」
「おい、今何でそのまま言った」
絶対このロリコン店長の事だから即断られると思ったが、何にせよコレで何とか生活していける……俺はとりあえず店長にちょっぴり感謝して、茶封筒の中身を開いた……が。
『肩揉み券10万円分』
「……おい、これは何かのギャグか?全然笑えねぇんですけど」
「おっし、司。今日から俺の肩をモミモミしろよ、10万円分なー」
「しかも俺がすんのかよっ!ふざけんなっ!早く金寄越せやロリコンジジィ!!!」
「なにぃ!?俺の神のような肩を触れられるだけで光栄だろうがっ!!!いいからありがたく俺に感謝を込めて慈悲深い気持ちで泣きながら肩を揉めコラァ!!!」
「殺すっ、てめぇは殺す!殺して肥溜めに沈めてやるわボケェ!!!」
俺とクソ店長は本日2度目の掴み合いを繰り広げた。常連のお客様から何故か微笑ましく見守られているが、とにかく俺は目の前のクソの顔面に取り合えず一発キッツいのお見舞いするのに徹した。
「じゅるるるるるる………どれもこれもおいしそうですぅ………」
……が、そんな掴み合いをしている最中にここで聞こえるわけのない声が俺の耳に入ってきた。そして、ケーキを並べているショーケースの前に視線をやると……
「………おい、何故貴様がここにいる」
昨日と同じくトナカイの着ぐるみを着た銀の長髪のちょっと痛い感じの幼女、つまりは双葉が指をしゃぶり、物欲しそうな目でショーケースの中に並べてあるケーキを見つめていた。
「……?はっ!司さん!何故ここに!?」
「こっちが聞いてんだよ、何でお前がここにいる?確か俺はお前に留守番を任せておいたはずだが」
「え、えっとですね……その、あれからお腹が空いて……(///)つい、ふら~っと街に出たらですね……美味しそうな香りがして、その……辿って行くとここに辿り着いたんです……」
……ケーキってそんな遠隔に香りを放つ物体だったっけ?コイツの嗅覚はどうなってやがるんだ。
「おい、司。こちらの幼女は?」
店長は何故か執事のような素振り(掌を上に向け、双葉の方に手を向ける)で俺に紹介を求めてきた。
「よ、幼女……」
双葉は顔を真っ赤にさせ、俯き加減でプルプル震えていた。
「あぁ、そちらの幼女は榎本双葉。ハラへコポコリン星からやって来た大食い幼女だ」
「わ、私は大食い幼女じゃないですぅ!!!(///)」
「フッー……なぁ、司君よ」
店長に双葉の事を紹介すると店長は俺の両肩に優しく手を置き、俺を見つめてきた。……何だ、その我が息子を見つめるような哀愁に満ちた瞳は………き、気持ち悪ぃ(汗)
「な、何だよ……」
「……近親相姦って禁忌だよな?」
「いきなり何を言ってるんだアンタは……」
「俺は……恋してしまったんだ」
「はぁ?誰に?ちょっ、まさか……俺かっ!?やめてよそーゆーの!?俺、ソッチ系に目覚めていないんだからさぁ!?うわぁ……マジ、ドン引きだわぁー……」
「ばっきゃろう!何で今の流れで俺がお前に恋する展開になるんだよっ、違うだろ!?そこにいる彼女だよっ、彼女!」
「そこにいる彼女って………もしかして双葉の事か?」
「………?」
俺が双葉の方にチラッと顔を向けると、双葉は不思議そうな顔で俺と店長のやりとりを眺めていた。
「そうだよっ、フタ●リちゃんだよ!あぁ、マジ俺の中のソウルハートにチャッカマンだぜ……」
「双葉な、いい年こいたオッサンがソウルハートとか言うなよ……でも、いいのか店長?あんなナリして実はあいつハタチなんだってよ。アンタ幼女専だろ?」
「いいのー身体が未成熟ならなんだっていいんですぅー……そうだ、ところでお前とこの子の関係ってなんだ?兄妹か?従兄弟か?はとこか?はたまた遠い親戚か?」
「アンタは何が何でも俺と双葉を血縁者の関係にしたいみたいだな……あっ、それでさっきの近親相姦なんたらかんたらに繋がるわけか……だが残念ながらアンタの願い空しくアイツと俺は全くの赤の他人だ」
「じゃあ、何でお前と双葉ちゃんは知り合いなんだよ」
……この店長に双葉が居候であることは言わない方がいいな。言ったら面倒臭そうな展開になるの目に見えてるし。友達ってことにしておくか。
「あぁ、双葉とは友達なんすよ」
「なっ、なにぃ!?ヤッたのか!?ヤッターマンなのか!?」
「どうして友達と分かった瞬間、エロ関係に走る………やってねぇよ。只の友達だよ、友達」
「なにぃ~!?あー!分かった!お前の言う『友達』つーのは『セッ●スフレンド』のことだなぁ!?きぃー!うーたんくやちぃー!」
「あー、もぅ面倒くせぇなぁ!!!アンタ、マジで面倒くせぇよ!!!そんなに気になるんだったら直接、双葉に聞くなり告るなりしろよっ!あと自分のことうーたんとか言うなよ!!!」
「そ、そんなの……は、恥ずかちぃし(///)」ツンツン
店長は両手の人差し指同士でツンツン突きながら唇を尖らせモジモジする………何だ?この気持ち悪ぃ生物は?(汗)
「それが平気で女の前で『せっくる』連呼するアンタのタマかよ……今更恥ずかしがるも何もないだろ」
「つ、司さん!」
店長とアフォなやりとりをしているといきなり俺を呼ぶ甲高い声が聞こえてきた。
「は、はぃい!?」
「何でアンタが反応するんだよ。どうした双葉?」
「は、はい……そのお願いがあるんですけど……そのっ、遠慮しますからぁ!聞いてください!(///)」
双葉は俯き加減でそんな事を口にした。
「ん?何だ?そんな言い方せんでも……それじゃあ、まるで俺がケチ野郎みたいだろ。いいから言えよ?何だ?」
「えっと、その……ケーキが食べたいです……」
「いや、そんな名場面っぽい感じで言われても。何が食いたいんだ?」
「……全部(///)」
「全然遠慮してねぇじゃねぇか!!!」
ぎゅう~~~
俺は両手を駆使して双葉の頬を抓った。
「いはいいはいいはいでふぅ~~~やめてくらはいぃいい~~~つかさふぁんん~~~(泣)」
涙目で俺を上目使いで見つめる双葉………くぅ、や、ヤメロー!お、俺はそんな小動物のような瞳に屈しないぞぉー!?
「司君!女の子になんてことをしているんだっ!やめたまへ!」
すると店長が俺と双葉の間に入って止めた。
「うぅ、痛いですぅ……」
「大丈夫ですかお嬢さん?おぉ、可愛そうに……女の子の顔に痕が残ったらどうするんだ」
店長が痛がる双葉の頭をなでなでしていた……なんだこのロリコン?キャラ変わってね?
「そういえばお嬢さん、さっき私めが手作りしたケイクを全部食べたいと仰っていたようですが……もしよろしければ、当店自慢のケイクをご賞味いただけませんか?」ニッコリ
店長は双葉ににっこり微笑みスマイルを向けた。ケイクって……だから何なんだこのロリコン?普段とキャラが違いすぎて吐き気と眩暈と妙なイラつきが湧いてきた……あー、何だろう?めっさ気分悪いんですけど。
「ほ、本当ですかっ、も、もちろん頂きまふっあうっ、痛いですふぅ……」
このガキ、舌噛みやがった……けっ、ザマーミロ。……あ?あれ?何で俺こんなイラついてんの?
「もちろんです、ケイクの御代はそこの彼につけておきますから」ニッコリ
「おいコラふざけんなっ!!!」
「えへへぇ~~~♪ケーキっ、ケーキ♪」
双葉は終始、子供のようにはしゃいでいた。一方俺は何故か今日のバイトの終わりまで胸の中でモヤモヤする妙なイラつきが治まらなかった………