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12月22日(3)

帰巣本能というものだろうか……散々、街中を走り回って最終的に行き着いた場所は俺の巣窟であるボロ屋の賃貸住宅だった。


「はぁ……はぁ……」


……それに、何で俺はこの幼女まで連れてきたんだ。ほっとけばよかったじゃん!俺のバカチン!


「こ、ここがっ……お兄さんのお家ですね!つまり……それは私を買ってくれると、そう解釈していいということですねっ!きゃー!やったです!」


幼女はキラキラした瞳で俺を見つめ、きゃぴきゃぴした様子ではしゃぎだす。


「何でそうなるんだよ。単に逃げ回って、行き着いた場所が偶然ここだったんだよ」

「えっと、そういえば………私、お兄さんの名前知らないです。教えてくださいっ!御主人様っ!」

「こら、待てやテメェ。何、さらっと俺の台詞を流して、俺がお前を買うみたいな流れ作っちゃってんだよ。あと、御主人様って何だコラ?もう、『私は貴方のモノですぅ!』みたいな感じになってんのかコラァ?」


ぎゅぅうううう~~~

俺は両手を駆使して、目の前にいる幼女の頬を横に引っ張った。うん、ちょっと一瞬『御主人様』に揺らぎかけたけどねっ!それはないチョ!


「あうぅううう~~~~~ふぁなひてくだふぁいぃいい~~~~~」


ちょっと、涙目で情けない顔でジタバタする幼女。ヤバイ、ちょっと萌 え ま す た。……いかんっいかんっ、幼女をいぢめるのが趣味とか思われちゃあかなわんっ!俺は名残惜しかったが、両手を離した。って、名残惜しいのかっ!?俺っ!?


「うぅ……ひっく、名前……」


シクシク泣き出す幼女……え。何この罪悪感……ちょっ、だからホントやめてよそーゆーの。大したことしてないだろ?俺?


「人の名前を聞くときは自分てめぇから名乗るのが礼儀ってもんだろうが」

「あぅ……(///)そ、それはそうですねっ!」

「あ……?何?何でお前、赤くなっちゃってんの?」

「うぅ、は、ハタチとしてですね!いえっ、大人としてちょっと礼儀知らずで恥ずかしかったというか何と言うかその……うぅ、とにかくですっ!社会人としてなっていなかった自分が恥ずかしかったのですっ!」

「はぁ……?何言ってんだ。幼女はそんな事、気にしなくていーの」

「あ、あぁー!まだ私がハタチだってこと信じていないんですねぇ!?……って、早く私の名前を名乗らせてください!」

「勝手に名乗れよ……」


疲れる……ホント疲れる。DQNの相手も相当疲れるが、幼女の相手はそれ以上に疲れるな……はぁ。


「私の名前は榎本双葉えのもとふたばですっ、気軽に『双葉ちん』とでも呼んで下さい!よろしくお願いしますっ!」

「よろしくしねーよ、双葉ちん●」

「ひどいですっ!(泣)」


もう、名前とかどうでもいいからさっさと帰って欲しい………『私を買って下さい』とか連呼するエロガキなんぞ傍に居たら……何するかわかんねぇーじゃねぇーかっ!俺だってなぁ……!俺だって!ケダモノという名の男なんだぞぉ!その辺のところよろしくお願いしますっ!


「あぁー分かった、分かった。双葉ちんね、ハイ。双葉ちん、とりあえず帰れ」グイッ


俺は幼女の背中を押す……かっえれっ!かっえれ!帰れソレントへ!


「あぁ!まだ、私、お兄さんの名前聞いてないですっ!約束したじゃないですかぁー!名前、教えてくれるって!うぅー!嘘つきですっ!嘘つきは泥棒の始まりですよっ!?」

「やかましいっ!こっちは泥棒くらいで怯まねぇんだよっ!もう、既にお前のせいで食い逃げしちゃったしねっ!アハハハハハ!ほらっ!笑えよっ!こんな惨めな社会人を笑えよっ!こらぁ!幼女ぉー!俺だってなぁ!?いっぱいおっぱいなんだよっ!やっべっ!おっぱいって言っちゃった!ほらなっ、俺はもうこれくらい末期なんだよっ!人間的になっ!両親にも捨てられて、あと一ヶ月で三十路を迎えるっつーのに今だ童貞オブザキングっ!あっはははははーーーーー!!!!!笑うしかねぇなっ!こりゃあ!ほらっ!笑えよっ!笑えって言ってんだろがよぉおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


知らぬ間に俺の両手は幼女の両腕を掴み大声で罵っていた。あれ……?ちょっ、何言っちゃってんだ俺……ちょっ、やめろよ……やめろよ……こんなの、こんなの只の八つ当たりじゃねぇか………この女は関係ねぇだろ?何で、おい、もう止めろ……もうそれ以上やるな……だが、一度紡ぎだした言葉は止まらない…もう、自分の意思で止められない。


「っ……い、痛っ……」


目の前にいる女は両腕の苦痛に顔を歪ませた………その表情に何故かカチンときた俺は女の持っていたエロ看板を無理矢理奪い取り……


「あっ……!」


女は驚いた表情を見せるが、もうそんなの俺には関係無い。怒りを、憤りを、自分でも胸糞悪くなる程の嫌悪を抱きながらエロ看板にぶつけてやりたくなった。


「生きていても楽しくねぇんだよぉおおおおおおおおおーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」バキィ!!!


俺は看板を渾身の力を入れて、賃貸住宅の石造りの塀にぶち当てた。看板は木で出来ていたせいか塀に当たった瞬間、真っ二つに縦に割れた……


「………あ」


女は呆然と、一瞬何が起こったのか分からないような……今までとは違う表情ーーー悲しみも、怒りも、笑いも……何もかも、何も無い、何もかも失った……無表情で割れた看板をじっと見つめていた。


「………くそっ」


居た堪れないような気持ちになった俺は女に背を向け、自分の巣窟に向かって歩いていく……


「……俺はこんな人間なんだ。悪い事はいわねぇ……もう、家に帰れ」


俺がそう言うと、後方で静かにすすり泣く女の声が聞こえた………






「げっ……」


賃貸住宅の脇にある錆びれて抜け落ちそうなそろそろやばめの階段を二階に上り、奥に進むと一番端っこに俺の借りている部屋がある。その部屋の前で肩を木刀でポンポンと叩きながらタバコを吹かす一匹のDQN……いや、鬼畜ババァが機嫌が悪そうな顔で立っていた。


「やぁ、司ぁ……遅かったねぇ。こんな夜遅くまで何していたんだい?フゥー……あれかい?夜の街でウッホウホしてたのかい?まだまだ俺は元気ってか?やるねぇ、現役君」


鬼畜ババァこと、この賃貸住宅の大家である鬼流魔血子きりゅうまちこがタバコの副流煙を俺に吹きかけ嫌味を言ってきた。この女、名前からして恐ろしく怖そうだが、名前のとおり怖いし乱暴な女だ。無論、過去に事あるごとに暴力を振るわれた経験値のある俺だから分かる。きっと、この女は今月の家賃の徴収にやって来たんだろう。だから、帰りたくなかったんだ、ここに。


「………………(汗)」

「おやおやぁ……その顔なら、司ぁ。分かってんだろうねぇ?あたしが何でアンタの部屋の前にいるかっつーことをよ……フゥー」


また副流煙を俺に吹きかける鬼畜ババァ………くそっ、何度も俺にてめぇの口臭くさい口から吐いたきったねぇ有毒ガスを俺に吹きかけるな……ガンだけでなく、変な病気にかかったらどうすんだクソッ!……絶対、この女には言えないけどねっ!


「誰が鬼畜ババァだいっ!!!」バキッ


魔血子は俺の背中に木刀を振り下ろした。


「いてぇ!?何しやがるっ!てか、俺何も言ってねぇんですけどっ!?」

「顔に出てんだよっ!それに一応、あたしゃあアンタより年下なんだよっ!このクソジジィ!」

「く、クソジジィって……俺、アンタと1歳しか歳、離れてねぇじゃねぇかっ!」

「細かい事をグチグチグチグチと………アンタは女の腐ったような奴だねっ!可愛らしさのカケラもない男だねっ!」


うるせぇクソババァ!てめぇになんか死んでも好かれたくないんだよブッチ野郎が死にさらせぇゴラァーーーーー!……何てことは死んでも言えないけどねっ!


「まぁいいわ……それより、ほれ。今月の家賃寄越せやコラ」


来た……どうする、俺。どうするアイ●ル~♪言ってる場合じゃねぇよっクソッ!マジでどうする……


①目の前にいる女を倒す。

②『てめぇに払うマネーなんかねぇ!』と次●課長の如く目の前にいる女にぶちまける。

③逃げる、とにかくこの場から離脱する。


無理だコラァーーーーー!!!!!③はともかく、①と②は天と地がひっくり返っても無理だわっ!③にしても、あの女の放つ殺気の前に俺の足はすくんで動けねぇわコラァーーーーー!!!!!……となると、かくなる上は……


「すいません、もう少し待ってください」


俺は床に両手と頭をつけ、身体全体が低くなるような姿勢………あぁー、土下座だよっ!土下座っ!臆病で悪かったな!でも、他に思いつかなかったんだよチックショー!


「あぁ!?今、なんつった!?もういっぺん言ってみろコラァ!!!」バキッ


魔血子はまた木刀で俺の背中を叩く……くそっ、くそっ、くそぉ………何で奴の方が立場が上なんだっ……俺のほうが年上なのにっ!俺のほうが……俺のほうが……あっ、それ以外思いつかねぇ!!!またまたチックショー!


「た、頼む……あともう少ししたらさ……まとまった金が手に入るんだ……それまで待ってくれっ!頼むっ!このとおりだっ!」

「何、ヤ●ザのドラマの被害者っぽい台詞吐いてんだっ!!!それでまかり通ると思ったら大間違いだよっ!!!とにかく払えないんだったら明日には出て行くことだねっ!今日は許してやるっ!感謝しなよ!ニート!」

「俺はニートじゃねぇっ!!!」


くそぉ……言いたい放題言いやがって……いつか、いつかなぁ……いつか……何も出来ねぇよ!これまたチックショー!


「あたしは約束を破る奴が大っ嫌いなんだ。明日の夜までに家賃納めなかったら強制退去させるよ」


魔血子はそう言うと俺に背を向け、階段の方に向かって歩く……が、立ち止まり、俺の方に振り向き……


「あんな小さい子……アンタとどういう関係か知らないけどさ、この真冬の夜に外に放って置いてさ………アンタの方が鬼畜だよ。アンタみたいなニート死ねばいいんだ、フゥー……」


そう言うと、魔血子はタバコを吹かしながら階段を降りて行った。


「だから俺はニートじゃねぇつーてんだろーがよぉー!!!」


見ていたのか……クソッ、何なんだ畜生……勝手なことばっか言いやがって……じゃあ、どうしろつーんだよ…くそぉ……






ここの家賃は1ヶ月、3万円。

六畳間の部屋に小さな台所、トイレに風呂つきで大きな街と最寄の駅に近いことを考えるとリーズナブル、いやかなりお安い家賃だとは思う。だが、今の俺にとっては絶望的な金額で。吉●家でワンコイン置いてきたので、もう俺の手元には一銭も残っていない。本当にどうしよう……いっそのこと、銀行強……待て待てっ!早まるな俺っ!ていうか、それやったら本当に人間として終わっちゃうから絶対やっちゃだめだよっ!まだ他に

手はあるはず……バイト先のケーキ屋で店長に相談して前金貰うとか……まぁ、店長気さくでいい人だからなぁ……なんとかなるかも。でも、問題はその後だよなぁ……その前金で家賃払っちまうと、給料の3分の1くらい金、減っちゃうんだよなぁ……そんな色々な事を六畳間の部屋でゴロゴロしながら俺は考えていた。


「うーん……やっぱ、バイト増やすしかないかぁ……」


12月じゃなくても年越しのバイトもいいかもな。要は12月と1月ちょっと暮らせる金があればいいし。


「うーん、うーん………切ねぇなぁ……今年も彼女出来なかったし、ロンリーなクリスマスになるのか……」


一応、大学の頃の友達はいるけど男同士でクリスマスパーティってのもちょっと……それに、確かあいつら彼女いたような……そんなおノロケ広場に行けるかチックショー!クソッ、完全に八つ当たりだが、あいつらちょっと殴りたくなってきた!


「……つーか、クリスマスパーティとか言ってる場合じゃないじゃん。そんな金に余裕ねぇよ」


クリスマスパーティってあれだろ?プレゼント用意しなきゃならねぇんだろ?買えねぇよっ!そんな金ねぇよ!浮かれてる場合じゃないわっ!馬鹿っ!馬鹿っ!俺のバカチン!


「……と、雪か」


窓の外を見ると、雪が降っていた。それもはっきり分かるような強烈で嵐のような雪……あぁ、何年ぶりかねぇー……こんな大雪降るなんて。こっちの街じゃ、全然雪なんか見れなかったのに。何だか新鮮な感じがするね……ふぁあああ………とりあえず、今日は身体を休め……


「……って大雪っ!?」


ちょっと待て……俺なんか肝心な事、忘れてねぇか………何か大事な事……大事な……俺は何だか胸のあたりがモヤモヤした気分となって落ち着かなくなり、立って窓側のほうまで移動し、外を眺めた。


「………っ、あ、あいつ!?」


……賃貸住宅の入り口付近、そこで倒れている女がいた。トナカイの……ふざけたエロ看板を持った奴。……確か、名前は……


『私の名前は榎本双葉ですっ、気軽に『双葉ちん』とでも呼んで下さい!よろしくお願いしますっ!』


「っ!」






俺はダッフルコートを羽織り、そのまま大雪の降る夜の外へ駆けて行った。

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