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「じゃあ、父様が認めてくれたら喜んで嫁ぎましょう」
父様は俗にいう、財閥だ。私が生まれるのと引き換えに、命を落とした母の忘れ形見として日々、大切に慈しんでくれる。財閥ならではの政略結婚など、この歳になればチラホラ耳にするだろうに、その話を一切切り出さなかった。必ず朝の食事のときに言うのが、「お前自身、幸せになるような道を選べ」と言うものだ。
以前、私一人の決断で家の存続を危険に晒して良いのかと聞いたことがある。その時にも父様はただ穏やかに、世界は移り変わるものだから、過去に縋るものじゃないとあっさり言った。
だから私は父様が悲しむような決断をしたくはない。ここまで愛し、大切にしてくれた恩を仇で返したくはなかった。私の意志など二の次だ。
彼は先程までの笑みを霞に溶かし、真顔になって此方を見つめてきた。元の顔が整っているせいか、凄みが増す。
「僕を試そうとするなんて、悪い子だね」
「そもそも一目惚れなんて言葉、好きでは無いもの」
「まぁいいや」
うつ伏せと頬杖ついた状態から、くるりと体を翻す。また首を此方に向けて、左手でトントンと木板を叩いた。どうやら隣に座れ、という事らしい。
「君、さっきから遠い」
「何をされるか分からないのに、近づく人がいて?」
「何もしないよ。今は」
だから此方に来いとでも言うように、また木板を叩く。浮かべている薄ら笑いには、絶対的な自信があった。今はその笑みに免じて信用するとしよう。
彼はその様子に満足気な表情を浮かべ、足を組んだ。本当に何もする気は無いようで、指先一つ、髪の毛一本に至るまで触れて来ない。ちらりと隣を見やると、先程と変わらない笑みを浮かべ、じっと此方を見つめていた。
口約束であっても約束は約束。守ってくれるようだ。何処か飄々としていて、掴み所がないにも関わらず誠実。人は雰囲気に寄らないものだ。