四話 大結界師~呪死焚男~
キーンコーンカーンコーン……。
チャイムと同時に皆が席につく。
このクラスの皆は良い奴で、すぐに仲良くなれそうだ。それに皆物凄い力を持っている。
(俺だって、ベスト転成力が身に付いたら皆の役に立てるようにならないとな……)
「なーなー、清太―。次の先生ってどんな人かなぁー?」
公真が、右前の方の席からわざわざ俺に向かって話しかけてきた。
「どうであろうか。魔術学の授業だ。恐らくは、かの有名な大魔導師ではないかと推測できるな」
「えー?今朝喜それどういう意味だ?」
俺の右隣の席にいる今朝喜は何か知っているようだ。
これもアニキから聞いた。大魔導師というのは、国家転成士と同じで国から称号を与えられ、魔導師としての一つ名を授けられる名誉あるものなのだ。
(――なぁ知ってるか?この学校の七不思議のひとつ。たまにこうやって声が聞こえてくるらしいんだ)
「きゃっ!?なによー、不気味ねー」
驚くのも無理ない。教室のどこからともなくその声は聴こえてきた。
(お前さんが日煎か。噂にたがわぬ、素晴らしい治癒士のオーラ……。そういやお前たち、木崎のやつにグラウンドで派手に扱かれていたなあ)
一体その男の姿はどこにあるのだろうか……。しかし、彼は事前の授業を眺めていたようだ。
「あなたは、呪死先生ですね」
「今朝期、知ってるのか?」
飽くまでも俺は、呪死という先生の事は何も知らなかった。
「この学校全域に張られている結界を展開した先生が、呪死先生、だろう?」
流石西圓寺一族。啓一はどうやら詳しいようだ。
(俺の名前を既に知ってるとはな。西円寺といえば、まだ記憶に新しい。魔法防衛戦の時は西円寺の大魔導師の実力には驚かされた。いや、しかし、話は戻るがやはり転成士というのはどうも発想がよく分からない。俺ならあんなところで魔力檻の透過は行わないからなあ。――はは。転成士と魔導師は昔から仲が悪いって言うだろ?その通りさ)
唐突に教壇の上の空間に亀裂が走る。そこの亀裂から現れたのは、不気味な男だった。
人相は凄く悪くて、それこそ格好もまるで悪い魔術師かのようだ。
黒いローブを身にまとっており、髪もだらし無く伸びている。
教室中に不穏な空気が流れ、生徒一同息を呑んだ。
(やれやれ…。初日からこの学校には生徒を驚かすのが好きな先生が多いようだね‥…)
無理もない。呪死先生が出てきた亀裂からは禍々しい色をした大気が漏れ出ている。
この人は明らかに悪い魔導師だ……。
「偉大なる大魔導師、呪死先生。西円寺を代表して質問があります。」
「どうかしたのか?西円寺啓二。まさか、今さらこの光景に驚いてる訳じゃないだろうな?守衛士校の生徒であれば、どんな事態にでも冷静に対処しなければなるまい」
「いえ、端から我々は黒魔導師の襲撃に悩まされています。今さら驚くような事ではないですよ」
「そうだな。啓二。言いたいことよく分かるぜ。敬一の方から言わせて頂きますよ。大結界師様、なぜ、黒魔術式転移魔術をお使いになれるので?」
呪死先生は、とりあえず悪い人ではないそうだそして、大結界師という大魔導師らしい。
アニキから聞いたことがある。なんと……、この人があの有名な大結界師……!
しかし今啓一は言った。黒魔術を使ったらしい……。
「――これは授業の一環だ。早速教えるが、今の様な禍々しいオーラや、霧の様なものが魔術の発動と同時に発生する傾向にある黒魔術というものが存在する」
唐突に教室はグラウンドにフォームチェンジした。どうやらこの学校ではこれが当たり前らしいね……。
「さて、俺がもちろん黒魔術を発動できるのは魔術の禁忌を犯したからではない」
呪死先生は手のひらに小さな結晶を出した。その結晶が独りでに頭上へと移動し、魔術の禁忌と大きな文字を表現した。
「魔術の禁忌というのは、その魔導師自身の寿命、及び体の一部などを儀式の供え物として対価を払う事で、魔術の極限を超えた力の増幅が可能となる」
「そうっすね、先生。うちのお屋敷では、何度も黒魔導師に襲撃されているから分かるけど、禁忌を犯している魔導師はすぐにわかる」
「――そうだ。そして、禁忌を犯すことにより習得可能となるのがこれだ」
先生は、先ほどと同様に空間に亀裂を入れた。
すると、亀裂から禍々しい色をした煙のようなものが漏れ出てきたのだ。
「――それは、黒魔術ではないのですね?」
「そうだ西園寺啓一。俺の結界の一つに、保存の結界が存在する。効果は永久的にだ。俺はありとあらゆる黒魔導師と呼ばれる連中の使う魔術を結界に封じ込め、保存をしている」
先ほどの結晶の様なものが手のひらに現れた。
「そして出し入れ可能なのだ」
またその結晶は頭上に再び文字を書き起こした。どうやら、結晶は先生の展開するありとあらゆる結界の効果が付与されるらしい。
そして、そこには“黒魔術”と記されていた。
「禁忌を犯すことにより、習得可能な現行最も強大とされている魔術の分類が“黒魔術”だ。基本的にはさっきのような色をしたものやそうでないものもある」
今度は先生の頭の上に結晶がポンと現れ独りでに空を飛び、また違う文字を書き起こした。
「ちょっと可愛いわね。あの結晶のようなものはペットか何かかしら」
深海は意外とペットが好きなのだろうか。割とこういった女性はペットは大事にするようなタイプがいたりするしな。
そして、そのペットである結晶が板書したのが、“黒魔導師”という文言である……。
俺はアニキから聞いていた。お父さんもお母さんも黒魔導師の襲撃にあったと。
でもきっとどちらとも生きながらえている。俺はそう信じているし、たまに心の中でお父さんが応援してくれているように感じる時があるんだ。
「また国待さんのこと考えてるだろ?」
「わぁ!急に脅かすなよ、恒星」
「わりーわりー!」
そういえば恒星は、またあの襲撃が来たら今度はどうするのだろう……。
恐らくほぼ間違いなく俺を助けるために動いてくれる。恒星は守衛士ポーターだ。俺らの様な学生を命を張って守ってくれるのだから。
「それでは、せっかくグラウンドに来たのだから。さっきの木崎先生と同じようにお前たちには特訓をしてもらおうか」
(特に特訓という特訓はしていないのだが……)
「俺の黒魔術と戦ってもらおう」
「――ええ!?」
一同そうなるのも無理もない。
「まあ、まて。安心して大丈夫だ。この学校には俺の結界が張り巡らされている。そのうちのひとつ“目の結界”。それでお前たちの実力はしかと学ばせてもらったからな」
そう言うと、先生はまた結晶を出現させた。
その結晶は、黒魔術のオーラを放っている。
「いやいや、そうでなくて。少し待っていただけないのですか!」
「おお、そうだ。ついでに丁度いい。俺の黒魔術から皆を防衛しろ。やるんだ守衛魔導師」
「急ですってぇ!」
いつも冷静な啓二は慌てふためき、急いで風箒を呼び出した。
駆け付けた風箒にしっかりと跨ると、そのままもの凄い勢いで俺の横を通り過ぎると同時に俺を力強く掴み、そのまま空を飛び始めた。
俺はとりあえず何が起きたか一瞬分からなかったものの、どうやらあの場に残っていたのは俺だけだったらしい。
他の皆は瞬時に身を隠したっていう俊敏さであった。
(さて、困ったぞ)
「しっかり風箒に捕まっててくれよ!まあ、そうといってもこいつと俺は運命共同体。俺がヤバイと感じたらこいつも同じことを考えて落ちたお前を拾いに行くんだけどな」
啓二はそういうと風箒に大量の魔力を送ったように感じた。すると、風箒はしなり、加速し始めた。
風箒に乗って分かったが、本当に生きている動物のようだった。この場合は言うなれば大翼を持つ鳥のようだ。
(――随分ガン逃げするものだ)
呪死先生のあのどこからともなく聞こえてる声だ。恐らく呪死先生はこのグラウンドにも結界を張り巡らしており、結界の中であればどの位置にいたとしてもこのようにその人の心に語りかけられるに違いない。
(逃げて強いのは転成士だ。なぜか分かるか?転成力は高位転成力でない限りそうそう強大な力を持ち合わせない。だがお前は違うだろう?啓二。風箒を使って俺を倒さないと結界の餌食になるのは目に見えているぞ)
確かに先生の言うとおりだ。このまま逃げたとしても、この広いグラウンドだとしてもどこにいても先生の思うつぼだ。
「任せとけよ、清太。お前の力増幅系のその転成力のオーラを見込んで策があるんだ」
力増幅系?どうやら俺のベスト転成力はそういう感じのものらしい。だけど、俺に一体何ができるっていうんだろう……。
風箒は一気に旋回し呪死先生が元居た場所へ戻ろうとする。
「おい!深海のやつやっぱり派手な女性だよな~」
その元居た場所は完全に巨大な水の空間となっていた。――とても丸い。
「好都合だぜ。良いかよく聞け。お前の転成力は、そばにいる人の力を増幅できるんだ。お前は無意識だと思うが……。それがお前が国待さんのパッシブになってる無差別転移に耐えきれる理由だ」
「なるほど……。何かあるとは思ってたが、そういうメカニズムだったわけか。ってなんでアニキは教えてくれないんだ……。それで、啓一。俺は何をしたらいい?」
風箒は旋回をし空高く昇っていく。
「こいつの力で大嵐の魔術を発動する。お前は俺の起こす突風に乗ってあの水空間へ突っ込んでくれ」
(だいぶ強引だな……)
だがなんのこれしき、平気で慣れていた。俺は普段からアニキに鍛えられているからな。
「よし、いくぜ……」
啓一は風箒の上にバランスよく立った。風箒は柄の部分が伸び啓一はそこを掴むと強く念じた。
――次第に、天候が変わり始めた。
「す、すげえ……」
「たのむぜ。力転成士の息子さん。お前の力は侮ってはいねえからな」
体が宙に浮いた……。恐らくこれは無意識に自身の転成力で啓一の風の力を増幅しているのだろう。
そして大嵐が巻き起こり、巨大な竜巻がいくつも深海さんの水空間へと向かって撃ち込まれた。
「なんて世界なんだ!」
思わず声を上げた。アニキのそれとは違う。純潔の魔導師一族が起こした大嵐。そして突風に乗る俺は、突風のそのコントロール能力にすら驚かされている。
(――はは。おつかれさん)
気付くとそこは教室だ……。
「な、何が起きたんだ!!」
“啓二”の方は驚く。それも無理ないか……。何が起きたか分からない。だがアニキの強力なポートやその力で慣れている。
本当に高位の転成力や魔術を扱うものは、状況を一瞬にして全く違う状態へと変えてしまうのだ。
「さすが……ですわね。私たちたかが学生の転成士、魔導師があなた様にかなうはずないですわ?」
「いやあ、予想外だったね。あのまま消耗戦に持ち込まれていたら、せっかく張った結界の魔力を一つ解放せざるを得なかったかもしれん」
キーンコーンカーンコーン……。
予鈴とともに、呪死先生は亀裂の中に姿をくらました。
「あまりにも無茶苦茶すぎる……。まあ、うちの親父や、その一帯の大魔導師に比べれば、そこまでの差はないがな……。清太、またお前のその力を役に立たせてくれ」
「あ、ああ。啓一、だいじょうb……」
――シュン!
「あれ?」
「清太、これ見てみろ」
そこには恒星がいた。そういえば恒星だけ教室にいなかった。まさか、呪死先生の結界魔術を回避したのだろうか?
「色々疑問に思ってるかだが、まずこれの説明だ。これは呪死先生の魔法陣のようなものだろうな。呪死先生は基本的に魔法陣を不要とし結界を構築することができる事で有名だ。だけど、ここに微妙に呪死先生の魔力を感じる。恐らくこういうのが繋がり合ってひとつの巨大な空間を形成してるんだろう……」
「あともういっこ。もしかして恒星は最後の呪死先生のあのよく分からない結界魔術の影響を受けなかったのか?」
「そもそもポートすれば簡単。ポーターは黒魔術師に対抗する特訓も受けている人も多いからね。俺もその一人」
シュン!と元の教室に戻った。
「昼飯一緒にくいにいかねえ?」
それもそのはず。昼の休み時間だ。
教室には誰もいない。
元々人数が少ない少人数制の教室だからなおさらそう感じた。
「じゃあ、学校出てどっかいこうよ。恒星よろしくたのんだ」
「ぬぁにー?俺も一緒にいくぞ!」
(公真……。お前は一体どこに隠れていたんだ。)
「さあ、清太以外にこの長距離のポートに耐えられるかわかんねーけど、ちゃんとついてこいよ!頭だけとか教室において来ないように!」
――シュン!
教室からは誰もいなくなった。
――はずだが、黒板が一気に粘度の高い液状化し、一人の人間の姿へと変わる。
「久しぶりだ。こっちの世界はぁ」
――サラサラ。
気体となりその男は姿をくらました。




