八話 無限鏡世界“むげんきょうせかい”
無限鏡世界とは、無限鏡魔導師が作り上げた世界。
鏡同士は、別の鏡と繋がっており移動することが可能。
鏡自体に魔力は持っているが、この世界で特別転成力や魔術を制限するような力ははたらかない。
「うぁぁぁぁあああ!!!」
唐突に叫び声が聞こえてきた。その声は甲高いが、恐らく地声はそこまでは高くないであろう女性の声。
先ほどは、守衛校一味が教師陣含め全員鏡の世界に閉じ込められてしまった。
つまり、一番危ういのは“大女賢者”である染井理事長であるが……。
(さぁ。“レノンの空間へ訪問”する術を教えろ。吐け。貴様の口から言うのだ)
そこには、おぞましい形をした大蜘蛛により手足を尖った足で突き刺された状態で拷問される女の姿があった。
「や、やめて!!わ、わかったわ。そう……ね。あなたの目的は十分わかったわよ!!だからお願い!!この気持ちの悪い蜘蛛を私から離して……頂戴!!」
(貴様は馬鹿か……?あれだけの強力な魔導具を無詠唱かつ即発動するうえに、ナルコー任務隊を一瞬で自らの鏡世界に閉じ込めようとした)
「そ、それは悪かったわ!!確かに、流石に魔導師最強、大女賢者も二人も大魔導師の中でもトップクラスの人間がいて、なお私たちは奢っていたわ……!」
――そう……。恐らくは、呪死は鏡世界に閉じ込められようとした時になんらかの方法により、無限鏡魔導師の居場所を突き止め、彼女を拘束し、拷問にかけたのだろう……。
しかし、なぜそうなったのか……、その力と思考回路は遥かに常識を逸している。
(――ふん……。そういった問題ではない。なぜ我々が、特に私が魔導師最強と“崇められるのか”、低能の貴様に分かるか?殺人士よ)
「とりあえず、その頭蓋骨に響かせるように語り掛けるのはやめてくれるかしら!!」
(この状況でもなお警戒心を解けと……?たわくでない。喋る時の声の波動をあの得体のしれない無限鏡に悪用されたらどう責任を取るというのだ?――まあ、その前に、貴様らのような人の成れの果てに責任という概念など存在してはいないだろうがな)
辺り一面に広がる鏡の世界。灰色の靄に基本的に包まれている世界。地面は基本的には灰色の靄がかかっているが、たまに鏡が存在している。
――恐らくは、そこから別の鏡に繋がっていと推測ができる。
しかし、先ほど呪死は述べた。閉じ込めようとしたと。
(ちなみにだが、安心することだ。こうなるのも全て予知済みだ。私に不可能は存在しないからな。だからこの世界にいるのは私たったひとり。つまり、私と二人きりのデートだ。貴様もワクワクしないか……?)
(フフ……ハハハ……)
そう無限鏡魔導師の脳内に笑いかけると、大蜘蛛は尖った足をさらにその女の体内に突き進める。
「いたぁぁぁああいい!!やめて!!!――お願いよ……。お願いします……」
女は泣きじゃくる。恐らく、これまでにない痛みを味わっているのだろうか。
(もちろん、そいつは毒蜘蛛だ。まあだが安心しろ。神経毒だから昏睡状態になっても死ぬことはない。貴様を殺してはこの素晴らしい無限鏡を有効活用できないからな)
呪死は、あぐらをかいてその空間に座っていた。
何かしらの結界からその大蜘蛛は現れたに違いない。彼らの周りには結界が張られている。
「あなた……。知っているのね。それはそうね。流石に、全知全能結界を持っていればそのぐらいは容易いのかしら」
女は、痛みこそあるものの、自身を冷静に保った。
「分かったわ。あなた、私の体に興味はあるかしら?ヤらせてあげる。それでひとまず交渉、どうかしら?」
呪死は、瞑っていた目をゆっくりと開く。
「そうよ。あなただって男だもの。私の言っていることが分かるわよね?」
呪死はゆっくりと立ち上がった。
――そして、ゆっくりとその女のもとへと歩み寄る。
「そうよ……。ようやく私の言葉に聞く耳持てたかしら?」
――ザシュッ!!
「ぎゃぁぁぁぁああ!!!」
今度は左肩に、大蜘蛛の足は深く突き刺さった……。
(ほう。だから?)
呪死は満面の笑みを浮かべていた。
呪死の歯には上に金歯が三本。下にも銀歯が三本輝いておりとても様になっていた。
(貴様の犯行方法はこうだ。男をその不埒な体で誘惑し、性行為を強要する。そして、ゆっくりとそやつの体を堪能した後にこの鏡世界に監禁する。そして、食事も水分も与えずひたすら性行為に及ぶ。その結果、気に入らなければ鏡による体の分裂をさせ引き裂いて殺害し、気に入った人間であればそのまま餓死まで堪能する)
女の顔は引きつった。――この男……、とことん狂っているのだ……。
(性欲というのは実にくだらない。性欲が引き起こすミスは数多存在する。私に色気を使っても無駄という事を思い知るが良い)
女はあきらめた。この男には何を言っても無駄なのだ……。
「分かりました……。お願いよ……。何でもするからこれ以上この毒に犯さないで……。ラリっちゃうわ……」
そしてその女は恥ずかしそうに言うのだ。
「何回もイってる……」
(よし。効いてきたようだな。性に支配された貴様には性的な興奮が伴わないと聞く耳を持たないであろう)
呪死は再び元の場所へ座り目を瞑る。
(では、貴様らの目的を聞こうか。単刀直入に聞くが、染井理事長の魔力檻が目的か?)
女は、よだれを垂らし、放心状態だ。
「ええ、そうよ」
(そうか……。猛毒転成士は貴様らにとってはかなり重要な女だろうからな)
呪死は目の前で手を組む。
(実は、私も染井理事長には深い因縁があってな)
空気が変わった。呪死が、染井理事長の事を良く思っていない……?そう、勘繰らせるような発言である。
「――あら、随分仲が悪いのね。まあ、あのおばさんの事が好きなMPなんて聞いたことがないわ」
(私が手にするはずだった大賢者の杖はあの方が手にした。あれはこの世に有数しか存在していないとされていてな)
染井理事長が持つ大賢者の杖は、それこそ魔導具のひとつであり強力な魔力を帯びているうえに、なんと世界に数が限られていたのだ。
「もしかしてあなた、あれを自分のものにするのが目的?」
(いや。染井理事長は、我々にとって必要不可欠。貴様ら殺人士に対抗するためにはあってはならない存在さ。だが、私があの大賢者の杖のまがい物を作ることはできる。そうは思わないか?)
呪死には深い因縁があった。大賢者の杖を染井理事長に先取りされ、その力を自分に取り込む機会をうかがっていたのだ。
「あら。それなら手を組む選択肢についてはお断りよ。あなた方同士でその力の取り込みを行えばいいじゃない。私にメリットに生まれないわよね」
(貴様もわかるだろう。大魔導師が魔導具を所有する意味を)
呪死は立ち上がる。
(まあ、どの道貴様にはこの任務には加担してもらう予定だ。全知全能結界は貴様の姿を映したからな)
女は不敵な笑みを浮かべた。もはや焦燥しきっており、疲れが顔に出始めている。
「私、これを機に更生するのかしら?嫌な役回りね」
(ふん。貴様に更生など一生かかっても無駄だ)
呪死は、女を大蜘蛛ごと魔力檻に封印した。そして指輪の形状まで小さくなったそれを指にはめる。
(さてと……)
呪死は、結晶を掲げると亀裂が生じた。
呪死の姿はその亀裂の中へと消えていった。
――
――
――
一方そのころ、片下は無限鏡世界で呪死の姿を確認した瞬間、女を差し置いて真っ先に“風”になって逃げたのだ。
「あのバカ女。今頃呪死にもみくちゃにされてるだろうな。俺があれだけあいつのオーラに注意するように言ったのによぉ」
「あら。予定よりも早く見つけられたわね」
そこには、大賢者の杖を深く無限鏡世界の地面に突き立てる“大女賢者”染井理事長の姿があった。
「ちっ。間のわりいババアだぜ」
サラサラ……、と片下は気体になり逃亡を図った。
「残念ながら、このあたりには既に結界を展開済みです。逃げることは不可能ね」
「てめえら大魔導師ってのはよお。こう、なんでそんな簡単に結界を張りやがるんだあ?」
姿は見えないが片下の声がどこからともなく聞こえてくる。
「あなたたちが、私たち大魔導師を見くびっていないのは分かるけれど、相当この猛毒女に気があるみたいね」
「俺は、その女を持ち帰ることだけが目的だ。喧嘩だと圧倒的に不利なわけだから、そこは交渉といった方が幾分か楽じゃねえか?」
「残念ながらその提案は断ります。あなたのような殺人士と交渉をする価値すら感じられないの」
染井は、残念そうにその上品な白髪を触る。
「そして、あなたの転成力はそのように逃げることに特化しているようね。さきほどの戦いを傍観させてもらったけど、戦闘では大した力を発揮できないみたいだし。禁忌を犯したら転成力は恐ろしい力を持つと思ったけど、案外太刀打ちできる見込みがありそうね」
「おいおい……。俺はまだ自分の力の数パーセントしか発揮してねえんだ。わけわかんねえ魔術を使うお偉いさんみたいにド派手なもんははなから使えねえのさ」
果たして片下はどこにいるのだろうか、先ほどから声だけはハッキリと聞こえてきていた。
「あなたは、そうやって逃げ続ける事しかできないの。呪死先生は絶命の結界から逃れたあなたにあの結界がはたらきかける恐ろしい呪いをかけたのね。あなたも気づいているのでしょう?」
「通りで不幸続きだと思ったぜ。これが不死の呪いかよ……」
要するに、呪死が張った絶命の結界から逃れた片下には、不死の呪いがかけられていることになる。
「不老不死のプロメーテウスの話を知っているかしら?プロメーテウスは、神族であるがゆえに不老不死なの。でも、ゼウスによって内臓を山上で晒しものにされカラスについばまれ続け苦痛を受け続けるという刑罰を受けている、というギリシャ神話があるわ。今のあなたがまさにそれみたいです」
「はっ………、魔導師ってのはなんせ宗教染みて気持ちがわりいや」
鏡がランダムで散りばめられているこの無限鏡世界、しかし急にその鏡の並びが法則性を保ち、ひとりでに綺麗に並び始めた。
「ようやく今回の親玉が姿を現したようね」
“大女賢者”染井は、握る杖に強く力を込め始めた。
「貴様は炎転成士、コピー転成士、治癒転成士を探し、殺せ。あわよくば私の“傀儡の呪い”をかけろ。そうすれば、途端にいう事を聞くようになる」
おぞましい靄が漏れ出る禍々しい見た目をした亀裂から出てきたのは、かの零転成士を洞窟に送り込んだ凶悪な闇魔導師“獄炎魔導師”であった。
「会いたかったわよ。“獄炎魔導師”さん」
――辺りの空気が一気に変わった……。
「この感じ。どうやら私の張った結界は解除され、片下真一もどこかへ消えてしまったようですね」
「貴様に用があった。“大女賢者”。まずは、その大賢者の杖を私に寄越し、ついでにその爪も全て引きはがさせてもらおうか」
ここは無限鏡世界のはずなのだが、凶悪な闇魔導師と大魔導師が揃い、魔力の法則が乱れているのか鏡には靄がかかり始めた……。
「それはできません。私は、あなたの討伐報酬のために今ここであなたを討伐し、団体の増設に励みます」
「ほう……。相変わらず金に目が無い女性のようだな」
――ブンブンブン……。
獄炎魔導師は、大杖を振り回し始めた。
――ズン!!
深く突き刺すとマグマの渦が周囲から、二人目掛けて押し寄せてきた。
「あら。相変わらず恐ろしい魔術のようね。私の魔術も舐めてもらっては困るわ」
――ファァアッ!!
激しい風の音が鳴り響くと、マグマは消え去った。
「なるほど、おもしろい。貴様の得意とする女賢者の魔術、予習は万端だ」
「さて、攻略できるかしら。ちなみにこれを攻略した闇魔導師は今まで存在しなかったです」
景色は一気に変わっていく。鏡が散りばめられていたが、それらは一つになって大きな鏡が背景に映し出され、それ以外は紫色の禍々しい空間となった。
獄炎魔導師と大女賢者が激しくぶつかり合い始める。
八章 完




