プロローグ4
流氷でできた鍾乳洞の上部を見上げた。無数に下がった氷柱の間に、不自然な青い色を大空は見つけた。
〈あれは、何?〉
流氷を透過した光の屈折ではなかった。もっと鮮明に群青を印象付ける色だ。どこかで見た印象があった。まるで美術品のような青色に、大空は心を惹かれた。
〈まさか、他にも行方不明になったツアー客がいるの?〉
思いついた途端に、血の気が失せた。色彩の美しさに心を奪われている場合ではない。
『ツアー客をお願い。ベース・キャンプまで連れて行って』
ベテランのダイバーの腕に触れて、大空は手真似で告げた。
『どこに行く? まずは戻ってからだ』
反対するダイバーを振り切って、大空はツアー客の腕を放した。青い色の見えた氷柱に向かって方向を換える。
青い色の正体を確かめるためには、氷塊でできた鍾乳洞の奥に進む必要があった。頭を下げて、冷たい海に大空は再び深く潜った。
巨大な氷柱の周囲に、氷の結晶が揺れていた。クリオネの姿を見かけたが、構っている余裕は一切なかった。海水の冷たさは、気付かないうちに大空の体温を奪っている。無事に潜れる時間は、既に限界に近付いていた。
〈急ごう、このまま死んでは意味がない〉
フィンを大きく動かして、大空は氷塊の底を目指した。海水のうねりが、幾分かは治まってきた。氷塊を透過する光も、輝きを取り戻している。
流氷の隙間から、陽光が漏れて差し込んだ。光を受けて、氷柱を包む結晶が、キラキラと光り始めた。
〈すごい、まるで王宮のシャンデリアだわ〉
身の危険を忘れて見取れていた。頬を叩いて大空は自分に活を入れた。白い氷塊に向かって登っていく気泡の先に、視線を向けた。青い色が、形を見せ始めていた。
〈やはり、人影だわ〉
氷柱に沿って、鍾乳洞の天井まで泳いで昇る。人影の形状が目視で解るほど近付いた。
〈嘘でしょう。どうして、こんな姿をしているの?〉
人影が氷柱に閉じ込められていた。女だった。輝くような、青いドレスを着ていた。青い月桂冠を被り、手にはトランペットと大きな本を抱えていた。
まさに氷の神殿に閉じ込められた、女神の姿だった。想像もできなかった光景に、大空は息を呑んで泳ぎをやめた。
差し込んだ光が、青い女神を荘厳なまでに浮かび上がらせた。