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氷塊のクレイオ  作者: 柴門秀文
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プロローグ3

 ほんの数分前までは穏やかだった海が、嘘のように荒れていた。

 透き通った海水の中を泳ぐクリオネの愛らしい姿を見付け、軽い気持ちで初心者のダイバーたちに教えた自分の軽率さを、大空は後悔した。

〈クリオネを追って(はぐ)れないように、一人一人をしっかりと見張っておくべきだった〉

 喜んでもらおうと案内した親切心が、仇になった。少なくとも、大空だけはクリオネに気を採られるべきではなかった。

『急いで、こっちだ』

 先を泳ぐダイバーが、振り返って手を振った。海底の岩場を指差していた。

 海底の大きな岩の上にツアー客の姿が見えた。大きくうねり始めた海水に流されないようにと、必死で岩肌にしがみ付いていた。

〈よかった。なんとか助かりそうだ〉

 必死のツアー客には悪いが、思わず笑いが込み上げてきた。ベテランのダイバーが先に海底に潜って行く。

 大空はダイバーの背中を追った。

 ダイバーが長身だと初めて気付いた。均整の取れた体型だった。鍛えられた背筋が男らしさを感じさせた。頼もしい背中に、大空は視線を奪われていた。

〈この人がいてくれてよかった。……もしかして、運命の人?〉

 自分で考えながら、大空は恥ずかしくて顔に火照りを覚えた。

『急いで、大変だよ』

 ツアー客に辿り着いたダイバーが、タンクの残量を確認して大空に手招きした。うねる海水に邪魔されながら、大空は大急ぎで海底の岩まで潜る。

 最初の不安が的中した。メーターを覗く。空気の残量が僅かになっていた。

『急ぎましょう。手伝ってください』

 海面を指差しながら、大空はツアー客の腕を支えた。反対側の腕をベテランのダイバーが支える。浮かび上がりながら、大空は頭上を覆う氷塊の海面を見上げた。

 潜り始める前は、雲の少ない青空だった。青く見える部分が出口のはずだった。

 流氷の隙間から差し込む光が弱くなっていた。曇天になると、氷原に穿った穴が、雲の色に紛れて見分けにくくなる。

〈出口は、どこだ? 遠くまでは流されていないはずだけど〉

 バタ足で水を掻きながら、大空は氷原の底を見回した。

『あったよ。このまま、上だ』ベテランのダイバーが、頭上を指差して頷いた。

 大空は胸を撫で下ろした。やはり、頼りになった。このまま海上まで行方不明になったツアー客を連れて戻れば、失敗は単なる反省事項で終わる。残された距離ならば、タンクの残量は充分だ。


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