プロローグ2
流氷の下は、海上では想像できないほど、ゴツゴツと尖っている。鍾乳洞の中のように無数に下がった氷柱の周囲に氷の結晶が揺れていた。
卑小な力では抗えない、巨大な力に翻弄されていると実感させられた。
〈どこに行ったの? お願いだから、姿を見せて〉
頭上を覆う白い氷の塊に向かって気泡が昇っていく。ゴボゴボという音の中に、大空は耳を澄ました。
行方不明の客が助けを求める声を、聞き逃すわけにはいかない。
〈空気の残量は大丈夫なの?〉
朝から二度目のツアーだった。短時間の体験ツアーだから、スクーバ・タンクは、使い回しだった。潜り始めの状況が満タンならいいが、残量によっては使い切る心配がある。
点検は行ったはずだが、万が一の事態を考えると、自信がなくなる。行方不明のツアー客がパニックに陥る事態も心配だった。
完全防備で忘れているが、光に輝いて見えても、流氷の下の海水は実際には想像できないほど冷たい。
パニックを起こしたツアー客が、少ない空気残量に焦って防備を外したら? 想像するだけでも背筋が凍る。
素肌に触れる海水は冷たく感じるどころではない。研ぎ澄まされた刃物で切り刻まれるとか、巨大なハンマーで打ち付けられるとか、形容できないほどの激痛となってパニックのツアー客を襲うはずだ。
冷たい海中では、無防備の人間は数分も保たない。
『いないぞ、どこに行ったんだろうな』
手分けして探すダイバーが、身振り手振りで伝えてくる。ドライ・スーツとゴーグル、顔全体を覆うアイス・フードに隠されて表情が見えない。
動きだけを見る限りは、かなり落ち着いている。頼りになるベテランのダイバーでありますようにと、大空は心の底から願った。
『もう少し潜ってみよう』
下を指差して、ダイバーが泳ぎ始めた。氷塊の鍾乳洞の下に向かって、どんどん水深を下げていく。
『あまり深追いしないで』と、手を横に振ったが、聞き分けがなかった。
諦めてダイバーの後を追った。二次災害が起きたら、問題はさらに大きくなる。海中に突き出した巨大な氷柱の間を縫って、流氷の奥に奥にと大空は冷たい海水を掻いた。