ロロとユーリの初めてのケンカ 【ロロシリーズ④】
「ねえ、ユーリはキスしたことある?」
湯浴みを終えたロロの髪をいつものように乾かしていたところ、突然そんな質問をされた。
ロロは9歳になった。冬近くなり、夜ともなると冷えてきて寒いので、湯浴みのあとユーリはロロの部屋を訪れてロロの髪を乾かすのが日課となっている。ロロに任せていると「大丈夫!」とか言ってまともに髪を乾かさないまま寝てしまうのだ。それが原因か、一度風邪をひいてしまった。それ以来湯浴みのあとの髪の手入れはユーリがしている。
乾かすといっても、魔法をうまく使いこなす訓練の一環も担っている。ユーリの属性の火と、ロロの属性の風の魔法を二人で合わせて温風を生み出すのだ。
他者と魔法を同調させながら合わせるのはかなりの困難だが、お互い魔力ランクSであり、才能があるのか、特にロロはその年齢にしてはかなり上手に魔法を扱うようになってきた。
学園に通って一年経ったら、ルーク公爵が学園外でも魔法を使っても良いと許可してくれた。
今はユーリと協力して温風を生み出す練習中だ。意外に使い勝手がよく、髪も乾かす他にも洗い終わった食器や衣類の乾燥をしたり、部屋を温めたりすることができるので使用人にも感謝され重宝している。
寝る前に部屋を温め、ベッドもふわふわほんわかにしてから寝れるので快適だ。
いつものように温風を生み出して髪を乾かせていたらロロが突然聞いてきたのだ。
「え!? キス!?」
予想してなかった質問に柄にもなくユーリは動揺した。
そしてそのはずみで火の制御が乱れてしまった。
温風ではなくなって、小さな火が出てしまったのだ。
「きゃあ!」
ロロが突然の火に小さな悲鳴を上げる。
慌てて制御し直したが、ロロの髪の毛の先が少しだけ焦げてしまった。
「ごめん、ロロ。操りが上手くいかなかった」
「ううん、大丈夫。髪、少し焦げただけだから。すぐに伸びてくるしね」
ロロは自分の髪が焦げてもたいして気にしなかった。
ハサミを持ってきたので、ユーリが受け取る。
「髪、焦げたとこだけ切るよ」
サク、サク
「で、ユーリはキスしたことある?」
ザクッ
「ああ、ユーリ!!」
思い切り切ってしまった。
「ご、ごめん。でも、何でいきなりそんなこと聞くの?」
(一体誰の影響だ!?)
気分が悪い。一体どうして急にそんなことが気になったのか。
ロロは素直に話し始めた。
「今日学園でね、リーリア様とガイがキスしているところ見たの。それも随分長く」
(あいつらか!)
苦々しい。リーリアとガイはユーリの一つ上の学年の生徒だ。
ロロが学園に入学する前に見学に来た際に偶然に知り合ってしまった。それ以来ロロは彼らを慕い、何かというと彼らに付きまとっている。
ユーリはそれを良く思っていない。ロロもそれはわかっているはずだが、ユーリが口出しをあまりしてこないのをいいことに関わるのをやめようとしない。
リーリアとガイは、魔法が存在するこの国でも珍しく希少な魔力ランクSSAの、かつ魔番である。
この国では魔法を扱う際に必要な魔力を持った魔力持ちの人間がいる。魔力持ちは持っている魔力の量によってランク分けがされ、上からSSA、SA、S、A、B、Cとなり、ほとんどの魔力持ちはランクAからCである。ユーリとロロは比較的少ないランクSだ。
ランクSSAは国中を探しても30人にも満たないのだが、そのSSAの中でも特に膨大な魔力持ちだと魔番を持つ者が現れる。魔番は全員で10人程度だそうだ。魔法によって発展しているこの国では魔力持ちが重宝され、特に希少で貴重な存在であるがゆえに、魔番はこの国ではたった3つしかない公爵家同様な地位と名誉が与えられている。
魔番は簡単に言えば相反する魔力属性を持つ魔力持ちのカップルだ。ただし、これは本人の意思とは関係なく誕生する。魔番のペアであることは、体に現れる痣を見ればすぐにわかる。同じ部位に同じ痣が現れるのだ。あまりにも多くの魔力を持つ魔番は溢れ出る魔力を相反する番同士で相殺しなければ周囲に危険を及ぼしてしまう。その危険を回避するために、番を見つけやすいよう魔番同士は同じ痣をを持つのではないかと言われている。
しかもリーリアとガイは魔力属性が光と闇だ。最もどちらがどの属性かは公表されていないが、おそらくリーリアが光でガイが闇だ。属性は水、火、風、土が一般的で、ごくまれに光と闇を持つ者がいるのだが、光と闇の属性の魔番はこの国でもリーリアとガイだけである。
権力を手に入れたいなら希少な魔番と繋がりを持ちたいと思うものもいるだろう。この国では魔法によって発展しているので、多くの魔力を持っている者を取りこめれば国では優位な地位につくことだできる。
ただし、多くの者は魔番から距離を置く。
魔番はあまりにも多くの魔力を持っているがゆえに、単純に魔力暴走が起きたら命に危険が及ぶ。第一重要な地位にいる彼らの機嫌を損ねでもしたら自分の地位が失墜しかねない。
それに魔番は常に誘拐やその力を欲する者から狙われるため、近い存在になれば自分も狙われかねない。
あと、魔番特有の性質も関係してくる。
多くの魔番はお互いのパートナーに異常なまでに執着する。魔番のパートナーは本人らの意思とは関係なく出現するが、多くの場合は元々自分と関係の深い者同士パートナーとなることが多い。魔番は人数が少ないため謎に包まれているのだが、魔番ともなれば周囲だけでなく自分自身もその魔力で傷つけかねないので、一人が魔番として開花すれば近くの反属性を持った者の魔力を開花させ番にするのではないかともいわれている。また、お互いに相殺しなければ自分の命も危なくなるため、本能からそのパートナーを手放さなくなるのではないかとも言われている。
リーリアとガイを見ていてもその性質は明らかだ。ガイはリーリアの傍を離れることはまずない。リーリアは足が不自由なため自分で行動はできないので、ガイが基本的に彼女を腕に抱いて移動するのだが、それがなくともガイはリーリアから離れないだろう。リーリア以外の者はどうでもいいと思っているのが明らかだ。彼らの近くに行くだけで射貫くような鋭い視線で威圧をかけてくる。彼女にもし男が近づいたらと考えるだけで恐ろしい。
魔番は自分たち以外の者が近づくのを嫌う傾向が明らかにあるのだ。
そういった事柄から人々は魔番を避け、彼らは孤立していく。
リーリアとガイは他にも人々から孤立する理由があった。それはガイの存在である。
ガイは銀髪に真っ赤な瞳を持っている。この国では銀髪に赤い瞳は『悪魔の化身』と言われ、不幸をもたらす不吉な存在とされている。しかもガイは体中に傷があり、顔中にも醜い傷跡があるのだ。銀髪赤い瞳でなくとも、その外見は人に恐怖を与える。行動も粗暴で口調もかなり荒々しい。
それだけでなく、ガイは奴隷だ。
この国では一般的ではないものの、まだ一部の地域で奴隷が存在する。
奴隷はすぐ見てわかるように首元に自身の管理番号と所有者の名前が焼き印で刻まれているのだが、ガイにはその焼き印がくっきりとついているのだ。所有者の名前はリーリアである。
魔番は公爵と同じ地位が与えられるので、ガイはもはや奴隷ではないはずだが、奴隷であった証拠は明らかだ。しかもガイはその焼き印を隠そうともしない。それどころか、その焼き印を見せびらかすかのように胸元を開けた格好をしている。
そういった二人だから、リーリアとガイはこの学園でははっきりと孤立していた。今までほとんど話しかける人間もいなかったのだ。そう、ロロ以外は。
(場所も考えずに盛りやがって)
決して口には出さないが、心の中で悪態の限りをつく。
ユーリが彼らを歓迎しない理由はガイが『悪魔の化身』と言われているから、魔番だからという理由に加えてもう1つあった。
それは魔番の魔力の相殺方法だ。お互いの魔力を相殺するため、魔番はキスをする。それが一番手っ取り早い方法らしい。
実際あの二人がキスをしているところを目にすることはあった。特にガイは牽制もこめてか、見せつけるかのようにキスをするところがある。
それはわかっている。
ただし、いくら魔番であって、キスは避けられない行為だと言っても、場所くらい選べる筈だ。
ロロのような小さな子供が目につく場所でキスするなんて。
ユーリのような常識に縛られるタイプには考えられない行為だ。
(ほんと、厄介な存在だな)
ユーリはロロとあの二人は仲良くなってほしくない。
あまり良い影響があるとは思えない。
「で、ユーリはキスは?」
いつの間にか随分と考え込んでいたらしい。ロロが可愛らしくくりくりっとした瞳で上目遣いにユーリを見上げていた。
「…秘密」
「ええ、教えてよ。わたし、気になる」
「ダメ。ロロにはまだ早いよ」
そう言ってこの話はおしまいとばかりにロロの頭を撫でた。
そうの行為がロロには面白くなかったようだ。
「…また子供扱いして」
(事実、まだ子供だろ)
頬を膨らませるロロを見て、口には出さずにユーリは思う。
(子供にキスの話はまだ早い)
そう思ったのが伝わったのか、話をこれ以上する気はないと態度で表すユーリにまだロロは追いすがった。
「ね、せめてキスしたことあるかどうかだけでも教えて」
「…この話はおしまい。ロロ、ほら、寝よう」
「ね、キスって気持ちいい?」
「…」
「どんな味がするの??」
「…」
「何回したことある?」
(…ああ、うるさい…!)
ユーリはロロの額に痛いデコピンを放った。容赦なく、力を込めて。
「痛い!」
ロロが額に両手を当てて涙目になっている。本当に痛かったのだろう。当然だ。ユーリは手加減しなかった。
無性にイライラしている。普段ロロにいら立つことなんてないのに。
(子供が、余計なことに興味持つな)
つい、冷たい瞳でロロを見下ろした。
普段と違うユーリの様子に、ロロがびくっとした。
怯えたようなロロの様子にまだ苛立ちが募る。
「…」
結局何も言わないまま、無言でロロをしばらく見下ろしたのち、ユーリは部屋を後にした。
「それはお前が悪い」
翌日。
学園に行く馬車でもユーリは一言も話してくれなかった。ロロなりに話しかけたものの、全て無視である。
今までそんなことはなかった。ちょっと気まずくなっても、翌日にはいつものように優しいユーリだったのに。
内心焦りを覚えつつも、ロロはバラ園でリーリアとガイを話し、昨日の出来事を話した。
自分は興味があることを聞いただけ。なのにあんなに怒るなんてユーリは大人げない。
そんなことを言ったら、ガイはあっさりとロロに非があると責めた。
しかも、ロロの頭上に拳骨を落としてきた。
もちろん、手加減されていて痛くない。
でも、昨日はユーリにデコピン(これは痛かった)、今日はガイから拳骨を(これは痛くない)食らったのだ。
ロロは頭を抑えながら、じわっと涙があふれてくるのを感じた。
子供の自分に、ちょっとひどいんじゃないか。
「ガイ、やめて。ロロがかわいそう」
リーリアは涙を浮かべたロロを見て、動揺している。オロオロと困った様子だ。
ガイはいつもならリーリアに言われることは全面的に受け入れるが、この日は違った。
「甘やかすな、リーリア。こいつはわかってるよ。頭悪くねえんだからな」
うつむきそうになっているリーリアの頭を大きな手でむんずと掴み顔を上げさせて、しっかりとガイと目を合わせさせる。見逃してやらない、とその顔は物語っていた。
「大人に囲まれて暮らしていることもある程度は関係してるかもしれねえが、こいつは元々賢い。だから、わかってたはずだ。その質問したら、あの書記殿が困るなんてことはな。それをあえてやったんだよ、この嬢ちゃんはな」
『なあ、そうだよな?』と瞳でなおも問いかけてくる。
「質問に答えてくれなかったって相手を責めてる場合じゃねえよ。答えにくい質問をわかっててやった時点でお前が悪い。小賢しい奴だな」
そう言い放って、頭から手を話した。
ガツンと怒られた。ユーリは明らかにこの二人から距離を取っていたし、ロロは逆に二人と比較的仲が良いので、なんとなく二人はロロの味方をしてくれると思っていた。
リーリアもガイの荒々しい態度や口調を諫めはするが、その内容を訂正することはない。つまりは、ガイの意見は間違っていないと思っているのだろう。
ロロは唇をかんだ。そうしないと涙が溢れそうだ。
気落ちしたロロに、遠慮がちにリーリアが話し出す。
「唇への、キスはね、わたし達魔番にとっては避けられない行為なの」
そして魔力の相殺方法を説明してくれる。
「溢れ出てくる魔力をどうにかしないと、周りに危害が加わるのよ。溢れ出てしまう前に魔番はその魔力を消さないといけない。相反する属性の魔力をぶつけて相殺するのよ。その相殺の行為で最も有効的なのがキスなの」
(そうなんだ。キスが相殺の方法なんだ…)
「本来キスはお互い大切に思っている者同士がその気持ちを伝えるための素敵な行為よ。頬や額などにするのは親愛の意味を込めて家族や親しい友達などでもやることがあるけど、唇にするのは特別。恋人や夫婦、愛し合っている同士でやるのよ」
(頬や額へのキスは親愛なんだ)
以前、ユーリがロロの額にキスしてきたことがあった。その時ロロは驚いてユーリを突き放しちゃったけど、それは親愛を示すキスだったのか。それは家族や友達でもするもの。孤児のロロは今までそんな経験をしたことがなかったから、わからなかった。普通のことなのか。
(ユーリ、額にキスしてくれたとき、突き飛ばしちゃったの悪かったな…)
ロロは以前のことを反省する。
そしてリーリアの説明を聞きながら、ロロはこの間見た二人のキスを思い出す。
魔力相殺のためにしているとは思えなかった。特にガイはリーリアのことが大事で大切でたまらないっていうふうに見えた。
だから、聞きたくなった。
「じゃあ、リーリア様は、魔番じゃなかったら、ガイとはキスしなかった?」
ガイのキスはどう考えてもリーリアを大切に思っている、特別なキスだから。
もしリーリアが魔力相殺のためだけにキスしていると切ない。
リーリアはロロの質問にキョトンとしていたが、すぐにニコリと笑った。そしてはっきりと答える。
「するに決まってるじゃない」
幸せそうに言葉を続ける。
「ガイじゃなかったら、たとえ魔番でもキスなんてしないわ。危害を与える前に一人でどこかで死んでいたと思う」
(良かった…)
二人は特別なんだ。やっぱりそうかとホッとした。
「あの書記殿はそういう大人な話題はお前とはまだしたくなかったんだろうよ」
ガイは「つまらない」と言いたげに言い放つ。
二人と話していたら落ち着いてきた。
二人のキスを見たとき、心が落ち着かなかった。でもリーリアの話を聞くうちに気づいた。きっとあれは、『キスに対する憧れ』だ。二人の間に流れる空気が特別で、羨ましくなった。自分はまだ経験なかったから。
そうすると、ユーリは経験があるのかと気になったのだ。あと、ガイにはっきりと指摘されたが、ロロの心の中でユーリはそんなこと聞いたら困るだろうということもわかっていた。少しからかいたくなったのだ、優しいユーリなら付き合ってくれると驕りがあった。
それを認識すると、急に落ち着かなくなった。
ユーリに悪いことしてしまった。
軽く考えてやってしまったが、してはいけないことだったのだ。
「わたし、ユーリに謝らないと。嫌なことしちゃった。ユーリに嫌われちゃったかな。もう話してくれなくなったらどうしよう」
心配が募る。
(…早く、何とかしないと…)
にわかに焦り始めた。
するとガイがニヤッと笑った。
「その心配はいらねえよ」
「え?」
「そのお前の大事なユーリは、ちょっと前からそこでずっと立って様子を見ているからな。書記殿が嫌いな俺が一緒にいるからか、お前に話しかけられなくてどうしたものかと突っ立ってる」
そう言ってガイは顎でロロの後ろを指した。
慌てて振り向くと、そこには所在なさげに立っているユーリがいる。
女性のように線の細い身体、まっすぐで綺麗な黒髪に同じく漆黒の瞳。
今はその瞳が不安げに揺れている。
遠慮がちにロロを見て、様子を伺っている。こんなに自信なさそうなユーリは初めてだ。
ガイは相変わらずニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべながら言う。
「まあ、いつもなら俺らといるだけで近づいてこない書記殿が離れずにここに居座ってるんだ。その理由はなんだ? お前だよ、ロロ。あいつも仲直りしたくて仕方ねえんだよ。しかも、できるだけ早く、だ」
ロロをやや強引に引っ張って立たせた。ユーリの方へ体を強引に向かせる。
「だから、きちんと謝罪すればあいつは許してくれる。なんていったって、お前はあいつの大切な大切な数少ない友達なんだからな」
そう言って背中を押してくれた。
「…うん! ガイ、リーリア様ありがとう!」
ロロとユーリが立ち去り姿が見えなくなると、ガイがおもむろにリーリアの方へ腰を下ろした。
気まずげに頭をかきながら、やや視線を落としながら聞く。
「…なあ、さっき言ったこと、本当か?」
「え?」
「…魔番じゃなくても、俺とキスするってやつ」
「あら? そんなこと言ったかしら?」
リーリアはしれっととぼけた。面白そうに、どこかガイと似た人の悪そうな笑みを浮かべる。
「…もう、いい。黙ってキスさせろ」
言葉よりもずっと甘く優しく。
やや強引にリーリアの後頭部をその大きな手で掴み引き寄せて、ガイは愛しい人にキスを落とした。
ロロとユーリはバラ園の奥へと進んでいた。
ユーリは近づいてきたロロを見ると、どこか困ったかのようにロロの手を握り、何も言わずに歩き続けているのだ。
しばらくすると少し開けた場所がありベンチがあったので、二人は隣同士に座った。
ユーリは何か言いたげだが、話し方がわからないのかなかなか言葉が出てこない。
ロロの両手を優しく握り、その手に目を落としたまま目も合わそうとしてくれない。
「…あ、あのね…」
思い切ってロロが話始めた。
ロロが話し始めたら、ユーリは顔を上げてくれた。
(良かった…ユーリの瞳に写っているわ…)
謝らないと。
「昨日…キスについて聞いてごめんなさい…」
「…」
「わたしね、ユーリがそういう質問されて、困っているの…わかってたと思う。なのに、聞いてしまってごめんなさい」
「…」
ユーリはまた、両手に握ったロロの手に目を落とした。
でも話は聞いてくれている。全身でロロに集中しているのが伝わってくる。
「リーリア様からキスについて聞いたよ。だから、もうユーリは答えてくれなくていい。…あとね、頬や額へのキスは親愛の意味をこめて、家族や友達でもすることがあるってことも知った」
「…」
「以前、ユーリ、クッキーへのお礼に額にキスしてくれたでしょ? あのとき、意味がわからなくて…突き飛ばしてごめんなさい」
「そんな…随分前のこと…」
「忘れてたよ」と、ユーリが苦笑する。でも、ロロは忘れていないとわかってる。ユーリは忘れやすい人じゃない。人が嫌がることはキチンと覚えている人だから。
「わたし、孤児だから…そんな、誰かにキスしてもらったことなんてなくて、わからなかった。でも今はわかったから、これからは額や頬にしても大丈夫!」
ユーリがクスっと笑う。
「…ん、わかったよ」
ユーリがしっかりとロロの瞳を見つめてきた。
「昨日は、僕もごめん。キスについて聞かれて動揺した」
両手に力が入る。
「…唇のキスならしたことがある。正確な回数は数えてないけど、多くはないと思う。中等部に進んで、なんとなく、その場の雰囲気で…」
ポツポツと話し始める。
昨日の質問に、律儀に答えようとしている。
「ユーリ、もうその質問答えなくても…」
「うん、わかってる。でも、ロロには話しても良いと思う」
ロロの頬に手を伸ばす。ユーリの、男の人にしては大きくはない手を感じる。
「…でも、気持ちいいとかはよくわからなかった。多分、そんなにその人のことが好きじゃなかったんだ」
できるだけ正確に表現しようとするユーリは、いつものような余裕のある様子が感じられなくてぎこちなかった。
「…だから、次するときは、ちゃんと好きになった人としたいと思うよ」
(…なんか、顔が熱い)
ユーリは目の前で一生懸命ユーリの言葉に耳を傾けるロロを見ながら、自分の言葉がきちんと届いているか心配になる。
昨日、何かイライラした。
きっとそれは、子供だと思っていたロロが少し前に進もうとして焦ったのだろう。
まだ知らなくていいのにと。
自分で思っているよりもずっとロロの存在はユーリの中ででかいのだ、きっと。
思わず昨日ロロにデコピンして、今日の朝は話かけられても無視した。
自分の大人げない態度に幻滅だ。子供相手に何をムキになっているのだろう。
ロロと離れて少し冷静になると、次は不安になった。
ロロは怒っているかなと。
すると居ても立っても居られなかった。普段なら近づかないバラ園にまで行ってロロを探したし、悪魔がいたらいつもは立ち去るのにそれもしなかった。自分でもあまりの余裕のなさに驚く。
(ロロは、許してくれるか…?)
「昨日はごめん、ロロ」
そう謝罪すると、少女はニッコリと笑った。
「お互い様だね、ユーリ」
「許してあげる」と、少し生意気に言ってのける。
「じゃあ、仲直りね」
そう言って、ロロは無邪気に抱きついてきた。
柔らかくて温かなロロを受け止めながら、ユーリは心からホッとするのを感じた。
「…うん、これからもケンカしたらちゃんと仲直りしよう、ロロ」
そうそっと呟いて、ユーリは腕の中のロロの頭上にキスを落とした。
ロロから突き放されることはもうなかった。
ユーリは内心思っている言葉と実際に話す言葉は若干乖離しています。平民なので、本来そこまで丁寧な言葉使いではないのです。実際に話すときは紳士なので、ついついそれに騙されてしまいます。