風邪を引いたら歯が浮くらしい
親が「歯が浮く。風邪を引いたっぽいなこれ」という私にとって訳の分からない発言をしたことから着想しました。
作中に読者の皆様の想像力にものすごく頼る部分があります。読み終わった後に文句がある人が多いかもしれませんがどうか目いっぱい「想像」しながら本作を楽しんでいただければ幸いです。
今年のクリスマスは平日だ。しかも、金曜日であるためか無情にも学校へ登校せねばならない。
例年なら天皇誕生日から冬休みであったのだろうが、元号の変化に伴い、祝日ではなくなってしまったために彼が通う高校はクリスマスが含まれる週を丸ごと登校日に設定したのではないだろうか。もちろん土曜日と日曜日は休みだが、なんだか冬休みが減ってしまったようで損した気になるのは天皇陛下には申し訳ないけれど許してほしい。
彼が通う高校の生徒にとってのせめてもの救いは今日、12/25日が終業式で午前中だけ式に出席して放課となることだろうか。
それもまあ、今の彼にはもはや関係のない話になってしまったのだが。
「ケホッ……」
彼の咳き込んだ音が静かな彼の自室の中で空しく響く。
世の中がクリスマスムードでなんやかんや騒ぐ今日、風邪を引いてしまった彼は家で寝込んでいた。
本来なら今日は予定があったのだけど、キャンセルせねばなるまい。
普通はクリスマスに予定があるといえば想像することは皆大体同じなのではないだろうか。事実、今日の予定は女子とお出かけすることだったからそう思われてもいいけども。でもそれはデートという訳ではない。彼女は幼いころからずっと彼と一緒にいて、小学校、中学校ならまだしも高校まで同じ学校に通うほどで、もはや腐れ縁とも言うべき間柄だ。いつ頃からか忘れたけれど、毎年クリスマスは彼女の荷物持ちとして過ごしてきた。彼女は自分の買い物だけでなく彼が買いたいものはないかとかいろいろ気に掛けてくれる性格で毎年お出かけに付き合っているけれど彼にとっては全然苦ではない。
だから今年も本来なら今日は終業式の後、制服のまま荷物持ちとして午後から出かけることになったいたのだけど……。
何度目かの体温計が計測を終えた合図のメロディが部屋に響く。
37.5℃。
(この体調じゃあ無理そうだ)
彼は心の中でごめんと言いつつ、スマホを手繰り寄せてメッセージアプリを起動し、
『風邪ひいて体調不良。なので今日は行けんくなった』
と一言入れ、頭をペコリと下げたスタンプを続けて送った。
彼は体が頑丈なようで体調不良になったことはほとんどなく、今まで学校を休んだことは一度もない。
だからだろうか、すごく不安な気持ちになってきた。なんだかいつも一緒にいることが多いからか彼女に無性に会いたくなってきた。今は学校にいるだろうし、終業式が終わっても荷物持ちの俺がいなくたって出かけるだろうから会えるわけないけど。たぶん、よく一緒にいる親友のあの子と行くのだろうか?
初めて学校を休んで1人家に居るものだから普段は考えもしない事を考えてしまうんだろうか。
明らかに彼の心は弱っていた。
ーーーーーーー
今日はクリスマス。しかも平日だ。普段はなんやかんやこじつけを言って『あいつ』とクリスマスを過ごせるようにしてきたけれど、今回は
「学校が午前上がりだからついでに帰りにどこか買い物に行きたいんだよね」
「はいはい、荷物持ちね」
「そう、よろしく!」
と、普段よりも気楽な感じで誘えたからラッキーなんて思っていたのに、もうすぐ式典が始まりそうというタイミングで送られてきたメッセージを確認した彼女は憂鬱だった。偶然目に入ったクリスマスにデートに行こうと誘っているそこの奴らが本来なら自分もこの後デートだったのにと思うと無性に腹が立つ。
「やっほー。どしたの?なんか浮かない顔というか、むしゃくしゃしてるみたいな雰囲気してるけど。何?毎年なんやかんや一緒にクリスマスを過ごしてきたあの彼氏くんと喧嘩でもしたの?」
話しかけてきたのはトイレから戻ってきた彼女の唯一の親友。小学校1年生の頃からの付き合いで、彼女にとっては彼の次に付き合いが長い相手だ。
彼は未だに気付いていないけれど、親友は彼女が彼を想っていることを知っている。もちろん彼がそのことに気付いていない事も。たまに彼のことに関して相談することもしばしばだ。
だからか彼女と話すときに彼がいない場合だけ親友は彼を彼氏くんと呼ぶ。
まだ付き合えていないから違うのだけど、そうなったらいいなって思うからかいつの間にか定着してしまっていた。
「そういう訳じゃないんだけどね。風邪ひいて体調悪いから今日は無理だってさっきメッセージが来たの。今まで風邪を引いたところなんか見たことないからめっちゃタフなやつなんだと思ってたんだけど、なんでよりによって今日なんだろうかね」
「ははーんなるほど。それでそこのイチャイチャしてるやつらみて自分もああなりたかったって嫉妬で苛ついてんのね」
さすがは親友。彼女のことはお見通しだ。
「それで、どーするの?」
「え?どーするって何を?」
「いや、今日平日だし彼氏くんたぶん家に一人で寝てるんじゃないの?こんなつまらん式に出る暇あるなら看病に行ってあげた方が良いんじゃないかな?って思うんだけど」
「それだ!あいつ、休んだことなかったから私全然気づかなかったわ!ありがとう!今から行ってくる!」
思い立ったが吉日、だっただろうか。今すぐにでも彼のところへ行きたい彼女は言うや否や駆けだしていた。
「いってらー。先生には体調不良で帰ったって言っておくわー」
「ありがとうー」
手を振りながらそう言ってくれた親友に彼女は顔半分だけ振り返りながら感謝した。
ーーーーーーー
ピン、ポーン
熱のせいか頭がふわふわする彼は視線を動かして時間を確認すると、もう終業式が始まっている時刻だった。
(宅配かな……。業者の人には申し訳ないけれど、居留守にさせてもらおう)
その後も2、3回ベルが鳴るけれど、布団から這い出る気力もあまり起きず、ずっと寝ることにすると諦めてくれたようでベルの音がしなくなった。
「勝手に鍵を開けて入っちゃった。ごめんなさい。それと、お邪魔します。」
幼いころからの知り合いということもあって家族ぐるみの地気合もしばしばあったからか、彼女は置き場所を知っていた彼の家の合いかぎを使ってもしかしたら寝ているかもしれないと思いできるだけ音を立てないように彼の部屋を訪ねていたのだ。
宅配の人に申し訳ないなぁと思いながらもまた意識がふわふわとしてきたころ、会いたかった彼女の声がしたような気がして目をあけた彼は、驚きで目を見開いた。
「え?どうしてここの居るの?いま終業式じゃ……」
「一人で家にいるの寂しいかなって思ってサボってきちゃった」
「サボりは良くないなぁ」
良くないと言いつつ、彼はすごくうれしそうだ。一人で寂しかったというのもあるが会いたいと願う彼女がわざわざ自分のために来てくれたのだ。
すごく安心した気持ちになると同時になんだかもっと頭がふわふわしてきた。
「来てくれてありがとう。すごくうれしい。寂しくて会いたかったんだ君に。」
熱にやられてしまったのか彼は普段口にしないようなことを言ってしまっていた。
「あぅ……」
彼女は熱があるのではと疑うほどに顔が赤くなっていた。もしかしたら彼と同じくらいに熱があるのかもしれない。
彼の家の台所を借りておかゆを作ったり、彼の身体を拭いたりと彼女は懸命に看病した。しかし、病気はすぐに治るわけでもなく、熱もすぐに下がるわけではない。結局彼の家族が帰宅して彼女が家に帰るまでずっと彼の調子は可笑しいままで、彼女も顔が赤いままだった。具体的に何があったか、そんなことを詳しく綴るのは野暮というものだろう。それは想像に任せることである。
後日、彼女も風を引いてしまい、冬休み中の彼が1日付きっきりで看病することになる。熱にやられて普段じゃありえないくらいの甘えん坊とかした彼女の様相に彼がたじろいだのは言うまでもない。そして甘える彼女の破壊力が彼に彼女へ向ける気持ちの中に異性としての好意の存在を認識させることも言うまでもないだろう。
皆様はどのように想像なさったでしょうか。楽しんでいただけていれば幸いです。
作者としましては急にテンパった彼女が「幼馴染なら誰だってそうするから来ただけ。あんたのためだから来たわけじゃないんだからね」なんて急にキャラクターが変わるのも楽しそうですし、彼女がしおらしくなるところに彼が畳みかけるようにいくのもいいですよねーなんて思っていたらどんどんと色んなパターンが浮かんできたので今回は皆様の最もいい形を想像して頂くことにしました。
自分はこんなイメージした等感想をいただけると嬉しいです。
最後に、メリークリスマス!
(作者は彼氏や彼女なんていないのでメリー苦リスマスですが)