この記憶は誰のもの。
「パパー、これからどこ行くのー?」
俺はそう聞かれて、少し迷った。何故迷ったのか自分でも分からない。でも、何処に行くかすら、すぐにでてこなかった。
「パパ、ちゃんとして、今から病院に行くのよ」
運転をしている妻からそう言われ、思い出す。あぁ、病院だ。
「へー、何しに行くのー?」
息子の無垢な声が頭に谺する。
俺は少し疲れてるのかな、なんて思いながら。
「さぁ、何しに行くんだろうなぁ」
誰か怪我なんてしてたかなぁ。
なんて呑気な事を思っていると唐突に景色が変化する。
「おい!! 相棒! 阿呆みたいにぽけっとしてんじゃねぇぞ!」
俺はその言葉を放った人を見つめた。とても見知った顔。のはずだ。そう感じる。
静かに頷き周りを見渡す。
「おぉ、やっと戻ってきたか! 見てみろ! 今なんもねぇだだっ広い草原で、こーやって廃車乗り回しておわれてんだよ!」
その通りの光景が広がる。唖然とする訳でもなく、さも当然の様に受け入れる。
先程の出来事など何も無かったように。
急にパンッと、くぐもっているように見えて力強い音が鳴り響く。
「くっそ! あいつら銃まで用意してきやがって!! おい、相棒! 当たるんじゃねえぞ!」
その言葉に頷き、反応しようとした時。
右肩に痛みが走る。深紅の液体が静かに、それでいて多量に流れ、熱く発熱したように重い痛みが肩の傷口から広がる。
「 うぅ、痛てぇ……。打たれ……ちまった……」
俺は痛みに悶えながら、何とか言葉を発する。
そこにあの相棒の声は、姿は無くなっていた。
「パパ、起きてーーーーー」
息子からの呼び声で意識が戻る。
寝てしまっていたようだ。妻に運転させて申し訳ないな。なんてことを思っているとその妻から声がかかる。
「ん、おはよう。着いたわよ。あと、パパは銃で打たれたことなんてないからね」
「ん? なんの事だ? 銃?」
そう、静かに呟いてから、後半は息子に当てて言われたものだと気がつく。
「えー、つまんないー。友達に話そーと思ったのにー」
そんな話をして、病室へとたどり着く。
入ってみると、普通の病院ではありえないであろうメルヘンな空間が広がっていた。
壁から天井まで、甘い可愛らしい壁紙の模様で埋め尽くされており、部屋の隅にはぬいぐるみがこれでもかと山積みにされている。
その部屋の中心に、ぽつりと病院のベッドが置いてあった。
瞬きをする。
息子の姿は隣にはなく、ベッドに静かに横たわっていた。
「おはよう。何も変わったことは無い?」
隣の妻がそう発する。
「あ、ママ。大丈夫だよ」
「そう、なら良かった」
俺はそのやり取りを見たあと、さも当然の様に口から言葉が漏れる。
「もうすぐ昼時だろ。なんか食べるか?」
「パパ、病院のご飯がちゃんと出るから大丈夫だよ」
「あれで足りるのか? しかもあんまり美味しくないだろう。味付けも薄いし」
「あれ? パパって入院した事あるの?」
息子のこの問に妻が答える。
「ないわよ。パパも余計なこと言わないの」
「はいはい、ま、なんか味の濃いの食いたくなったら言えよ」
息子は静かに微笑み頷く。
その後、口を開く。
「ねぇ、ママ。ご飯ってまだ?」
「もうすぐ病院のご飯がくるわよ」
「あぁ、そっか。僕、いま病院にいるんだもんね」
頷きながら、どこか納得したように息子は呟く。
それを見ながら妻は独り言の様に。
「記憶の定着。させないと」
「ママ?」
「ん、なんでもないわよ。ほら、きょーはこの本持ってきたわよ」
「なにこれ?」
「覚えてない? 昔読んでた本で、ほら、このシミ、あなたが零したジュースのシミよ」
それを聞き、少し考え、他人事のようにかえす。
「へー」
唐突にドアのノック音が聞こえる。
「あ、お父さん、お母さん。少しお待ちいただけますか? 今から定期の診察がありまして」
「えぇ、大丈夫ですよ」
そう返すと、息子は車椅子に乗せられ静かに連れていかれる。
「なぁ……」
妻に話しかけようと視線を向けた時。
妻がその場から静かに消えた。
妻のいた場所には、彼女がさっきまで持っていた本が静かに横たわっていた。
「え、あ」
戸惑う俺の声が部屋に谺する。
何も無い、何も無い空間。
そこに、俺は1人で静かに横たわる。