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イケメンが枯れるまで

 スマホのアラームが耳元で鳴り響き、私は眉間に皺を寄せて液晶画面をタップ、スライドさせた。不快な音は鳴り止み、安心して夢の世界へ戻れる……と思ったら、またアラームが鳴り響いた。

 私はもう一度アラームを止め、仕方なく現実の世界に留まってやる事にした。上半身を起こし、伸びをする。

 ベッドから出て、きちんと掛け布団とシーツと枕を整えてからカーテンを開けた。

 今日も良い天気。窓際の植物達も、朝日を浴びる事が出来て嬉しそう。

 私は植物達を一つ一つ、愛しそうに眺める。


「白虎、朱雀、青龍、玄武」


 丁寧にそれぞれの名前を口にしてみた。気のせいか、植物達が微かに揺れて応えてくれた様に見えた。

 水をあげないとね。

 私は霧吹きを使い、植物達にたっぷり水を与えた。さっきよりも生き生きして来たみたい。でも、今思ったんだけど……玄武って茶色かったかな? 何だか艶もなく、元気がないみたい。私は玄武にそっと触れてみる。パリッと音がした。

 私はようやく気が付いた。玄武が枯れている事に――――!

 これはマズイと思い、あらかじめ買っておいた液体肥料を隈なく玄武の鉢植えに差した。

 取り敢えず、応急処置。

 きっと大丈夫よね。

 私は玄武を信じ、顔を洗いに行った。



 大学帰り。心から信じてはいたけど、やっぱり玄武の事が心配で私は家まで全力疾走をした。


「玄武!」


 夕日に照らされた部屋。窓際に並ぶ、四体の植物。左から、黄緑、赤、橙、青の双葉へと成長をしていた。それにも驚いたけど、枯れていた玄武がこんなに元気になるなんて! しかも、他の葉と比べて大きい!

 良かった。一安心ね。

 私は荷物を部屋の隅に置き、キッチンから霧吹きを持って来た。たっぷりの水を植物達にあげ、大満足。

 カーテンを閉めて、部屋の灯りを点ける。

 コンビニおにぎりを三個食べ、お風呂に入って、適当に趣味を楽しんで就寝。

 こうして、私の一日はあっと言う間に過ぎ去った。



 翌日も、不快なアラーム音が耳元で鳴り響いた。ムカついたけど、今日は二回目を聞く事なく目を覚ましてやった。

 いつもの様に布団を畳み、カーテンを開けて窓際の植物達を見る。

 植物達の変化を、私はすぐに感じ取った。と言うか、見た。四色の双葉が更に成長をして、先っちょに大きな蕾を付けていた。

 これは今日にでも開花しそうだ。

 私は植物達に水をあげてから、大学へ向かった。



 講義中も、昼食中も、友人との談笑中も、私の頭の中は植物達の事で一杯だった。

 気が付いたらもう帰る時間。生徒達が次々と帰っていき、私もそれに倣って帰る。

 私は大学の門を潜ると、猛ダッシュをした。いつもはギリギリ乗り遅れる時間の電車に飛び込み、自宅周辺の駅に到着すると、そこから自宅まで猛ダッシュ。

 おかげで、いつもよりも十分ぐらい早くマンションの前まで辿り着いた。そこからエレベーターを使えば、もっと新記録が出る筈。私に迷いはなかった。

 私は引っ越して来た以来、初めてエレベーターに乗った。

 六階のボタンを押せば、あとは扉が開くまで待つだけ。

 ガクンとエレベーターが上下に揺れ、停止。指定フロア到着の音が流れたのと同時に扉が開いた。

 私は扉を潜る。すると、私が出て行くのを見計らってか扉が急に物凄い速さで閉まり出した。

 私自身は何とか扉の外へと出る事が出来たけど、肩掛けバッグが扉の餌食になってしまった。

 扉はバッグを咥えたまま離さない。しかも、下の階へと移動をしようとしていた。

 これでは、私のバッグが持っていかれてしまう!

 某漫画の中で「何かを得る為には、同等の対価が必要」って言っていたけれど、これじゃあ私は単に失うだけじゃない。

 それだけは嫌だ。私は扉に負けぬ力でバッグを引っ張った。

 タイムリミットはあと……――――あーっ数えてる場合じゃないわ。早く、早く……バッグを取り戻さなければ!


 スポン。


 そんな擬音を発しながら、バッグは扉から離れた。反動で私は転んで尻餅をついた。

 コンクリートは固くて、冷たくて、痛い!

 私は涙目でエレベーターを睨んだ。その時、閉まった筈の扉が少し開き、そこに髪の長い白ワンピの女の姿が見えた。扉がすぐに閉じて時間にして僅かだったんだけど……私に恐怖を与えるには十分だった。

 あんな人、一緒に乗ってなかった。一体、あの人は……。

 ゴトンゴトンと音を立て、エレベーターは降りて行った。得体の知れぬ何かを乗せながら――――。

 私は立ち上がって、スカートについた砂を手で払う。その手から血が出ていたけど、他に大した怪我はないみたい。

 急いで帰って来たのに、余計に時間がかかってしまった気がする。

 まだお尻も痛いので、私はゆっくりと自分の部屋へと歩いていった。



 お尻の痛みも、手の怪我も、エレベーターの女性の事も忘れ、私は満面の笑みで部屋に飛び込んだ。


「ただいま――!」


 いつもは返してくれる人がいないから言わないくせに、今日は何だか言いたい気分だった。


「おかえり!」

「ただいま!」


 返事があったので、つい、また返してしまう。

 返事をしてもらえたのは実家を出てから初めて。単純に嬉しかったけど……今の声、誰よ。私は一人暮らしよ? しかも、こんな爽やかイケメンボイスなんて知らない。

 私は視線を声のした方へ向けて見る。

 窓の夕日に照らされたベッドがあって、そこに肌色がチラついた。


「はっ……?」


 私は固まってしまった。

 なんと、ベッドの上には四人の全裸の男性が並んでいたのだ!

 爽やか、ヤンデレ、ショタ、マッチョ……実に種類豊富だけど。いや、待て。全裸ですよ!?

 内、黒髪の爽やか系男子が私に笑顔で手を振っていた。さっきの返事は奴か……と納得。

 私は目の遣り場に困った挙句、彼らに背を向けてバッグからスマホを取り出した。確かこう言う場合、510(ごとう)さんじゃなくて、110(いとう)さんに電話すれば良いのよね。

 私がスマホにタップして耳に当てた直後、後ろから無数の手が伸びて来てスマホを吹っ飛ばした。スマホは絨毯の上に転がった。

 私はバッと後ろへ向き直る。全裸が居た。

 爽やか、ヤンデレ、ショタ、マッチョの順に言う。


「俺達は別に怪しい者じゃないよ」

「何処に電話かけようとしてたの? カレシ?」

「僕達みたいな可愛い男のをケーサツに突き出そうとするなんて、何て酷い人なんだろう」

「キミの帰りを待っていたんだ」


 何か必死なんだけど、アンタら誰よ。

 まあ……誰でもいいけど、とにかく――――


「服を着ろ!」


 私が思いっきり叫ぶと、四人はキョトンとした。皆意外そうな顔をしているけど、私は当然の事を言ったまで。

 爽やかが困った様に笑った。


「俺達、服を着る習慣がないんだよ」


 何ですか、ソレ。アフリカか何処かの民族ですか、己は。どう見ても、日本人フェイスじゃないの。

 理由はどうあれ、ここは日本。私の家! 服を着てもらわなければ目の遣り場に困るし、周りに不審に思われる。


「とにかく、服を着てよ」


 再度頼むと、奴らは更に困った顔をした。

 そんなに習慣とやらが大事なのか、コイツらは。……と思っていたら、他に理由がちゃんとあった。

 マッチョが言う。


「着る服を持っていないんだ。良かったら、お嬢ちゃんの服を貸してもらえないだろうか?」


 私はマッチョの鍛え抜かれた肉体を見、他の三人も見た後、首を激しく横へ振った。


「Sサイズなんて無理でしょ!」

「僕、着れるよ」とショタが手を挙げるけど、コイツだって男でしょう。

「私、可愛い女物の服しか持ってないもの。無理よ」

「僕、可愛い方が好きだよ。というか、お姉ちゃんより僕が着た方が断然可愛いと思うんだけどな」


 このショタ、笑顔で言っているけど、お腹の中真っ黒でしょ。

 ショタの発言が否定出来ないのが悔しいけど、それでもこんな得体の知れない奴らに自分の服を貸す訳にはいかない。

 仕方なく、私は箪笥からまっさらなバスタオルを四枚取り出し、全裸達に投げ付けた。


「それを体に巻いて下さい」


 四人は渋々ながらも了承し、タオルをぐるりと体に巻きつけた。ちゃんと腰の位置で巻き付けて……と思ったら、一人だけ脇下から巻き付けている奴が居た。ヤンデレだ。私は思わず、突っ込んでしまった。


「女か!」


 ヤンデレは不気味な笑みを口の端に浮かべ、単調な低い声で返した。


「キミが言ったんじゃないか。体に巻けって、()に。これが違うと言うのならば、キミは俺達にこう言うべきだった。――――下半身に巻け、と」

「言うか! 何かイヤらしいし。せめて腰でしょ!?」

「へえ……自分の間違いをあくまで認めないんだね。あー腹立つ。マジで死んじゃえばいーのに」


 うっわーコイツ面倒くさい。

 これ以上相手にすると色々ヤバそうなので、放置しておく事にした。

 腰にタオルを巻いた半裸達と私は、折り畳式の丸いテーブルを囲んで座る。

 外はすっかり暗くなっていて、私は部屋の灯りを点ける為に立ち上がった。


「待って!」


 左手を掴まれた。視線を左下に落とすと、爽やかが悲しそうな顔で私の左手を見ていた。


「怪我……してる」

「あ。あーこれね」


 忘れてた。


「さっきエレベーターを出る時にトラブって、転んじゃったのよね。でも、別に大した事ないし」

「そう……可哀想に」


 爽やかは私の手をそっと撫で、何をするかと思えばそこに唇を近づけて――――キ、キキキキキキキキキスをしたぁ!?


「いやあぁぁぁっ! 変態!」


 私は手を引っ込めて、右手で包み込んだ。目の端から、涙がジワリと浮かぶ。

 手だけど、たとえ手だけども! 私のセカンドキスを変態なんかに奪われた……。ちなみに、ファーストキスは高校の時に付き合ってた彼氏。うん……一回だけだったけど。

 狼狽えている私を見兼ねて、爽やかは私を宥めて来た。


「ごめん、いきなり。ビックリしたよね」


 誰だって、私みたいになるわ。


「でも、傷は治ったでしょ?」


 いや、心に傷を負いましたが。

 取り敢えず、半信半疑で自分の手を見てみる。


「アレ? 傷が……ない?!」

「俺達の唾液には治癒効果があるんだ」

「へ、へぇ……ありが……とう?」


 ヴァンパイアか何かですか、コイツら。謎が深まるばかり。


「じゃーさー今度は僕ね! お姉ちゃん、僕とキスをしよう! ディープな方!」


 ショタが私と爽やかの間に割り込んで来て、キラキラした瞳で私を見つめた。

 私は顔を真っ赤にし、後退る。


「しないわよ! てか、慣れ慣れしすぎ! アンタ達何なのよ!」


 辺りがしん……と静まり、少しして爽やかが言った。


「キミが俺達を産んでくれたじゃないか」

「う、産んだ覚えなんてありません!」

「いつも歌を歌ってくれたり、投げキッスをくれたり、愛していると囁いてくれた。俺達はキミの愛情から産まれたんだよ」


 私はハッと気が付いた。

 この半裸四人組は……まさか!? 私は窓際の植木鉢に目を遣る。中が空だ……。

 四人は頷き、爽やか、ヤンデレ、ショタ、マッチョの順で名乗り始めた。


「俺は白虎」

「俺は朱雀……」

「僕は青龍だよ」

「私は玄武だ」


 マッチョが玄武だと言う事は、すぐに分かったけどね……。

 原理はよく分からないけれど、まとめるとこうね。


 路地裏のお花屋さんで種を四つ、4000円で購入。

 ↓

 私が愛情を注いで育てる。

 ↓

 四人の全裸男の誕生。

 ↓

 完。


 いやいや、まだ終わってない! これからだった。コイツらとの同居生活が始まるのは……。





 私は過去の過ちを深く後悔し、どうにもならない現状に溜め息をついた。

 透明な液体の入った500mlのペットボトルを手に持ち、彼らのもとへ戻った。


「はい。水持って来たわよ」

「ありがと――愛してるよ」


 青龍は笑顔で受け取り、ペットボトルのキャップを捻る。私の顔には黒い陰がかかっていた。

 青龍が飲み口を己の口へ付けた時、朱雀から静止の命令がかかった。青龍は不愉快そうに、朱雀を見る。朱雀は微笑を浮かべ、私の方を一瞥した。

 ――――バレたか。


「それは除草剤だよ……。危なかったね……あの娘、キミを殺そうとしてたみたいだよ……」

「えぇっ!? それ本当? 確かに薬臭い……。うー酷い! そんなに僕が嫌いなの?!」


 青龍は立ち上がって涙目で私を睨み、私は白々しく笑い返した。


「やだなーそんな事する筈ないじゃない。間違えただけよ」

「だよね! ミスっちゃうなんて可愛いなぁ~」


 チッ……。

 私は心の中で舌打ちをした。あと少しだったのに。


「……嘘つき」


 朱雀の声が静かに響き、それは私の耳にだけ届いた。背中に悪寒が走り抜ける。


「そんな事よりさー大学行かなくていいの?」


 白虎が爽やか笑顔でそう言い、私の全身を別の寒気が襲う。


「あーそうだった!」


 私はその場を慌てて離れ、鞄に荷物を詰め込む、

 そして、いざ出掛けようかとした時、また爽やかボイスが響いた。


「じゃ。洗濯物干しておいてあげるね」


 私は目を見開き、踵を返した。


「それだけはやめて!」


 彼らの笑い声が響き渡る。「笑うな!」と言うと、余計に笑い声が増した。私は諦めて溜め息をついた。



 彼らは見た目こそ人間だけど、あくまで植物なんだ。どんなに日光を浴びていても、水を飲んでも、いつかは枯れてしまう。人間だって寿命はあるけど、彼らはもっともっと短いんだ。

 だから、その日が訪れるまでもう少し彼らに付き合ってあげてもいいかなって思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろかったです。 結局、みんな全裸なんですか。 ベッドの上に四人の全裸。やばいです。 [一言] もう終わっちゃんですね。 もっと膨らませても良かったのかなぁと思います。
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