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必要なのは水と日光と愛

 一ヶ月前。

 地方の公立高校を卒業した私は上京し、都内の大学へ通う為にマンションで一人暮らしを始める事となった。最初は不安で一杯だったけど、少し環境に慣れて来ると楽しくなって来た。

 私はまだダンボール箱がチラつくワンルームを見渡し、何処か物足りなさを感じた。

 折り畳式のテーブルはあるし、箪笥もある。カーテンもあるし、絨毯も敷いてある。家電製品はまだお金に余裕がないから買えないとして……何だろう。私は何気なく窓の外を見、視界に入って来た青々とした木々で閃いた。

 そうだ! 植物だ。お花でも飾れば、もっと見栄えが良くなるに違いない。

 早速私は家を飛び出し、お花屋さんへ向かった。




 もう大分住み慣れて来たこの町には何処に何があるのか、どうやって行ったら良いのか、私はほぼ完全に網羅している。当然、近道だって知っている。お花屋さんへ行くには煙突の付いた赤い屋根の大きな家の角を曲がり、路地裏を通れば断然早い。私は迷わずその道を選んだ。

 昼間でも薄暗い路地裏はちょっと不気味。擦れ違った黒猫の黄緑色の瞳が光り、建物の間から少し見える青い空からは烏の濁った鳴き声が降り注いだ。

 さっさとこんな所抜けよう。

 私は走った。

 ところが、走っても走っても表通りには辿り着かなかった。それどころか、段々と周りの闇が濃くなってる気がする。見上げた空も、いつの間にかグレーの厚い雲に覆われているし、頬を撫でた風は生温かくて気持ちが悪かった。

 一旦引き返そう。

 踵を返すと、背後に何か気配を感じた。私はバッと振り返り、そこでさっきまではなかった建物を目にした。

 三角の屋根の平屋で、罅割れて古い外壁に植物の蔓と根が生い茂っていた。所々白いお花も咲いていて、見方によってはオシャレだ。

 小さな窓は曇っていて、中の様子は見えない。

 ただ一つ言えるのは、この世界において異質だと言う事。

 普通だったら近寄らない方が良いんだけど、そこが私の目指していた場所と一致したので、私は建物の木製の扉のドアノブに手を掛けた。頭上に「魔法の花」と書かれた木の看板が吊り下げられていたのだ。これは間違いない。お花屋さんだ。

 私は自信に満ち溢れた顔で、店内に足を踏み入れた。



 店内は外と変わらぬ薄暗さで、唯一天井にぶら下がった緑色のランプがその周囲だけをほんのり照らしていた。

 棚が所狭しと置かれているが、何処にも植物は見当たらない。並べられているのは、変な色の液体が詰まった瓶ばかり。

 アレ? 間違えたかな。確かに「お花屋さん」って書いてあったけど。

 私はもう一度、辺りを見回してみる。すると。店の奥に木製のカウンターがある事に気が付き、更にそこに黒いフードを被った老婆が居る事にも気が付いた。

 あの人が店員さんに違いないわ。あの人に直接訊けば良い事じゃない。

 私は老婆に近付いた。


「あの、ここはお花屋さんですよね?」


 老婆からすぐに反応はなく、少ししてから返事が返って来た。


「おぉ……お前さん、花が欲しいのかえ?」


 老婆の声は嗄れていて、とってもゆっくりだ。

 私は大きく頷いた。


「綺麗なお花を四体程!」

「そうか……なら、これをやろう……」


 老婆は私の両手を取り、シャープペンシルのキャップぐらいの大きさの黒い物体を四つ転がした。


「これは種?」

「そうだ」

「ありがとうございます!」


 私は顔を綻ばせ、肩掛けバッグに種を大切にしまった。そして、老婆に背を向けて歩き出す。


「これ! 勘定がまだじゃろうが!」


 相変わらず嗄れているけどハッキリした声が空気を伝い、私の足を止めさせた。

 私は疑問符を浮かべ、踵を返した。


「くれるって言ったじゃないですか」

「ただで、とは言っとらん」


 この期に及んで、この老婆は何て事を言い出すの? てっきり、私は貰った気でいたわ。


「……いくらですか?」

「40メデスじゃ」

「40……めです……? わ、分かりました!」


 私はバッグから財布を取り出し、がま口になった小銭入れ部から10円玉を四枚取り出した。


「全然足りん」


 老婆にお金を突き返され、私は10円玉の替わりに今度は100円玉を四枚取り出して「どうだ」と言わんばかりの顔で老婆に差し出した。


「まだじゃ」


 またお金を突き返された……。私はがま口を閉じてお札入れに手を入れるが、直前でやめてがま口を再び開いた。


「こ……これならどう!?」


 私がアルミ製のお金を四枚渡すと、老婆は軽く溜め息をついた。そして、息を吸い込み、小粒の瞳をカッと開いた。


「足りぬと言うとるじゃろうが! 減らしてどうするんじゃ!」


 くっ……駄目だったか。私は諦めて1000円札を四枚取り出し、老婆に渡した。


「よし。丁度じゃ」


 老婆は満足げに笑い、私の1000円札を懐にせっせとしまい込んだ。

 と言うか、メデスって何よ!? “円”の昔の呼び名なの?

 訳分かんないけど買えたわ。

 よし、帰って早速種を埋めてみよう。

 私はお花屋さんを後にした。



 私は帰る途中に寄った薬局で植木鉢を四つ買い、土はその辺の公園のものを拝借して、そこに種を一つずつ埋めた。土がしっとりするまで水を与えれば、あとは日光に当てるだけ。窓の前に四つ仲良く並べておいた。

 楽しみだなー。どんなお花が咲くんだろう。

 次の日も、種に水と日光を与えた。

 その次の日も、種に水と日光を与えた。

 その次の次の日も、種に水と日光を与えた。

 その次の次の次の日も、種に水と日光を与えた。

 種に水と日光を与え続けて約二週間が経った。けれど、一向に芽が出て来ない。

 これはどうした事か。

 植物は水と日光と土と酸素さえあれば育つと、小学校の頃先生に教わったのに。

 あの先生はデタラメを言っていたのかしら。

 まあ、取り敢えず。今日も、種に水と日光を与えておこう。



 大学帰り、私はコンビニであんぱんといちご牛乳を購入し、食べながら帰路を歩いた。

 何となく今日は違う道で帰ってみたくなって、途中いつもは真っ直ぐ進む所を左に曲がってみた。

 家々が建ち並ぶごく普通の住宅地ね。強いて言えば、いつもの道沿いにある家々よりも、多少新しくて大きめって所か。それ以外は、特に変わった景色は見られなかった。何かこう……隠れ家的なお店を期待してたんだけど。

 次のT字路を右に曲がって少し進めば、いつもの道に出られる。

 いつもの道を目の前にして、私は角のそこそこ大きな家のお庭に目と心を奪われた。少し背の高い門の向こうは、美しい花々で溢れていたの。

 何て綺麗な……。赤、白、黄色……どのお花を見ても綺麗だな。

 お花畑の真ん中でお花の手入れをしているのは、これまた綺麗な女性。腰まであるクルクルと巻かれた栗色の髪が可愛く、眉の上で切り揃えられたパッツン前髪から視線を下に向けると、優しい笑顔がそこにあった。よっぽど園芸が好きなのね。

 うん。この人ならイケル。

 私はあんぱんを口から外し、彼女に声を掛けた。


「あの! こんにちは。お花、とっても綺麗ですね」

「え?」


 女性は最初キョトンとしていたけど、すぐに私の視線と言葉を受け取り、笑顔で返してくれた。


「ああ……ありがとう。私が大切に育ててるお花なの」

「そうなんですか。お姉さんが育てたんですね。実は私もお花を育てているんですが、全然芽が出なくて。何かコツとかってありますか?」

「そうねえ……愛情かしら。愛情を込めて育てれば、お花もそれに応えて綺麗に咲いてくれるわ」

「愛情……ですか」


 そうか。私に足りなかったのは愛情だったのね。授業では教わらなかった事が、実は一番の隠し味だったんだ。そうと分かれば、早速試さなくては。

 私は女性にお礼を言って、食べかけのあんぱんを差し出した。


「言葉だけじゃ申し訳ないので、これ受け取って下さい!」

「あ、結構です」


 笑顔のまま即答。

 おかしいな……あんぱんがお嫌いだったのかしら。

 じゃ、これなら受け取ってくれるかな。


「やっぱり、いちご牛乳の方が良いですよね?!」


 仕方なくあんぱんを下げて、飲みかけのいちご牛乳を差し出した。


「大丈夫。結構です」


 また笑顔のまま即答。

 あんぱんもいちご牛乳も断られたら、私にはもう差し出すものなどない。私は諦めて立ち去る事にした。


「それでは。親切にどうもありがとうございました」


 私は女性に深々と頭を下げ、再び帰路を歩いていった。



 それにしても……あの人、そんなに遠慮しなくても良かったのに。謙虚な人ねー。




 一軒家をいくつか通り過ぎた先にある、グレーのちょっと寂れたマンションの前に辿り着いた。ここが私の借りている住居だ。私の部屋は最上階の右から(正面から見て)三番目。

 私は硝子戸の出入り口へ足を踏み入れ、右手にあるエレベーターを素通りしてカビ臭い階段を進んだ。

 六階まで階段を上るのは正直辛い。でも、エレベーターは去年の夏に実家で観たホラー番組のせいで怖くて利用出来ない。その番組では、エレベーター内に取り付けられた監視カメラにこの世の者ではない者が映り込んでいた。エレベーターに乗っていたのは男性一人だったのに、男性が降りようとその場を離れた時、髪の長い女性が立って居たという。その後、エレベーターを降りた男性はその際に鞄を扉に挟まれたらしい。きっと女性の呪いだ。そんな事あってたまるかと、私はここに来て以来一度もエレベーターに乗らず、階段を上り下りし続けているのだ。

 部屋の前に辿り着いた頃には、もうバテバテ。呼吸が乱れ、汗が止まらない。

 私は濡れた手で開錠し、部屋へ入った。

 荷物をそこら辺に放って、真っ先に窓際へ向かう。

 日光をたっぷり浴びている四つの植木鉢……今朝見た時と何ら変わりはない。

 私は四つの植木鉢をしっかりと視界に入れ、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


「愛しています」


 口にしてみたものの、何だか少し違う様な。実際、私は種にそれほどの愛着はない。日課になっている水あげと日光あげは単なる義務。当然、愛しているからではない。

 どうしたら愛着が沸くものかと、私は真剣に考えた。そして、一つの答えに行き着いた。それは、種に名前を贈る事。実の子供は当然の事、ペットや縫いぐるみにだって名前を付ければ、自然と愛着が沸いて来るもの。

 私は左から順に、種に名前を贈った。


「白虎、朱雀、青龍、玄武」


 なかなかハイセンスな名前じゃない。我ながら惚れ惚れしてしまう。

 すぐにとはいかなかったけど、最初よりも種に愛着が沸いて来た気がするわ。



 その後も、私は出来る限りの愛情を種に注いだ。

 ある時は巷で流行しているというラブソングを囁く様に歌ってあげ、またある時は投げキッスを贈ってあげた。

 私の努力の甲斐もあって、種はようやく芽を出した。

 形は皆一緒だけど、色が違った。左から黄緑、赤、橙、青だ。全て同じ種類の種だったと思うけど、植物にも人間みたいに個性があるのね。

 植物が一体どんな変貌を遂げるか楽しみだわ。

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