17.始まりは拉致より
かなり間が空きました。
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地面に降ろされた鬼火が反射的につぶってしまった目を開くと、どこか違和感はあるものの、それまでと同じ街並みが続いていた。
違和感は二つ。やけに風景が煌めいて見える事と、周囲の建物が少し縮んで見える事である。
何かを踏んでいるのかもしれないと、鬼火は足元に目を向ける。
「……ウん?」
筋張った大きな手、やけに長い足、左の身頃が上にある、つまり右前の服。極めつけは長く垂れる白髪。
つまりは「不知火」である。
「ふふ、そちらの愛し子は、水晶細工師よりなのだね。それにしても、随分と背の高い」
竜は、こうなるだろうと分かっていてあの扉をくぐり抜けた、愉快犯だった。
「この世界は、言わば、鏡の中の様なもの。愛し子の様に姿を幾つか持っているものは、来る前の姿と、変わってしまうのだよ。まあ、勝手に姿が変わるのは、この世界に出入りする瞬間だけ。この世界に来たから、と言って、姿を変えられないという訳ではないから、安心して」
「そウか……。何故ココに連れて来タんだ?」
不知火の言葉に、そうだったと言わんばかりの表情をした竜は頷いて答える。
「まだ祭りまでは、時間があるからね。もし愛し子が、一人で回ってみるなら。ここで待ち合わせようと、思ったんだ」
どうする?と首を傾げて問われた不知火は、街への好奇心と、ログアウトする事を考えて答える。好奇心の方が上回っている事は言うまでもない。
「一人で回リたい。いいカ?」
「勿論。ならまた1週間後、夜に」
ぽむぽむと、竜は少し手を伸ばして不知火の頭を撫でた後、何処かへと消えていく。それを見送った不知火は、確認も兼ねて鬼火へと姿を変える。
「あー、あー。ふむ、不知火の時の妙な発音は何だったのだろうか。不知火の方に何か体調不良でもあったのか?」
それとも設定のせいなのか。メタい事は口には出さずに置いて、念の為一通り体を動かしてみる。
キ、キシ、キシシ。
そうしながら、鬼火はぼんやりとこれからどうするかを考える。この世界を出た後、先ずはどこへ向かおうか。
キシキシ、キシ。
市場がいいか、それとも浜辺に行って景色を楽しもうか。そう考えながら鬼火は、ゆっくりと足を門の方へと向ける。
そう、ゆっくりと。離れた位置に水晶で出来たような、角張って透き通る体を持つ魔物がいる為に。
恐竜に薄い皮膜の張った翼を持つ、よくあるワイバーンの様な形をしているそれは、明らかに高レベルである。どの程度かは分からないが、少なくとも鬼火の様な初心者では、エンカウントしたらそれ即ち死となるだろう。適う隙などない。
鬼火がじりじりと後ずさっていけば、気付かれずに門に辿り着くことが出来た。
門である水晶柱へと向かって飛び込むのは、少々勇気がいるが、仮称ワイバーンは徘徊するルートを変えてこちらへと近づいてきている。少しでも早く移動した方がいいだろう。
鬼火が少し勢いをつけて目を瞑って門へ飛び込むと、なんの抵抗も無く吸い込まれた。
そして、向こう側へと足が着いたことを知覚した途端、鬼火の視界は暗くなった。
バチン。
*#*#*#
カツーン、カツーンと、ゆっくりとした足音が、少し離れた狭い場所で反響している音が聞こえる。澱んだ空気の埃っぽい臭いもする。
それに加えて、鬼火の視界は暗い。しかし眼を開こうとしても開かず、体全体が麻痺している様で身動ぎすら出来なかった。
どうも今は不知火の姿で、鈍っている感覚からするに手枷足枷が嵌められているらしいと彼は考える。
つまり、門を通り姿が変わった直後に何かが起きたのだろう。
カツカツと、少し速くなった足音が近付いて来ている。その足音の主の、衣擦れの音すらも聞こえるようになった。
足音の主が不知火の顎を掴んで仰向かせ、どこかどろりとした眼でクスクスと笑う。きついウェーブのかかったブルネットと真っ赤な口紅がやけに禍々しい。
ポーンと不知火の耳にだけ間抜けな音が届く。イベントストーリーが始まったのだ。
一方その頃。祭りの準備の為に世界の果てまで戻った水晶竜は、他の竜達から抜け駆けした事をボコs、ではなくお話していたとかいないとか。
(竜達は目に入れても痛くない孫的存在に会える事を楽しみにしていますが、鬼火に認識されているのは今のところ一体だけです)




