9.要の報告は短かった
トヨが持ってきたのは、宝石ではなく鉱石と言った方が近い石が付いているチョーカーだった。持ち主に合わせて自動的にサイズや細かいデザインが変わるそうだ。
「実は、水晶細工師と呼ばれる職人達が扱う水晶は、全てその職人が自ら作り出したものなんだよ。そのくせ作るものは装飾品に武器に家具に、と個人によって違うし、メインでなければ他の素材だって使う。と、話が逸れたね。つまり水晶細工師は最初に、この石を使って水晶を作り出す練習をするんだよ」
だから鬼火も時間がある時にゆっくり挑戦してみなさい、とトヨはそれを鬼火に手渡した。
「そうなのか、ありがとう」
「熟練ならその石無しに水晶を作り出すそうだけど、魔力が多く要るからねぇ。先ずは小さい大きさから目指してみなさい」
「分かった。星詠の方では何か気を付けておく事はあるか?」
「うーん。言ってしまえば、星詠だとか、職詠だとか、ただの占い師で、何を占うのが得意か、という区別をしているだけだからねぇ。まあ強いて言うなら、占い師の始まりは勘だと言う事と、精霊や妖精の人ならざるものや神様を大切にしなさいという事かね。星詠が占うのは人だけでは無いのだからねぇ」
そんな会話が一段落した時、鬼火の頭の上にぽすっと要が手を置いた。既視感のある光景だ。
「さて鬼火、すまんが屋台の奢りは諦めてくれ。さっき上司からメールがあってな。さっさと報告しに来いってご命令だから、お前に奢るのは食堂のクッキーになった」
またこれかっと逃げようとしても時既に遅し。鬼火はあえなく鬼火猫となった。これはもう諦めて流された方が楽だろうか。
「行くぞー」
「にゃー(じゃあねー)」
「また暇な時にでもおいでねぇ」
ふよんと尻尾を揺らして手を振る代わりにした鬼火猫は、頭の上に乗せられた。
店を出た要は、行きとは違う道のりを通るようだ。急ぐように脇目もふらず、すたすたと歩いていく。
どんどんと変わる景色を見るのも、頭の上に乗っているだけなのも暇だった。それに加えて、歩く時の振動も、頭の上だからこそよく当たる日差しも心地良い。
いつの間にか鬼火猫は眠っていた。
そんな鬼火猫は、買い物か何かだと思っていた要の用事が上司への報告であり、要の仕事場まで行く必要があるという事を忘れてしまっていた。
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そうして、鬼火猫が頭から降ろされていることに半目になっていたり、見える景色から城のような場所だと判断して何処だここと思ったりする今に至るのである。
鬼火猫が起きたことに気付きつつも、慣れた足取りで要は目的地に向かう。
王都の中心部にある王城の門をくぐり。国王に謁見するルート、ではなく横道に逸れていく。
ここでそのルートを辿っていたなら、鬼火の行動ログをたまたま確認した人が混乱する羽目になるので良かったのではなかろうか。既に要に会っている時点で手遅れとも言えるが。
歴史が有り丁寧に掃除され控え目に輝く建物の一階から庭に出る。季節の花が咲き誇る豪奢な庭園を何の情緒もなく突っ切り、目的地である東屋に辿り着いた。
石造りで蔦の絡まるそこには、一人の男がいた。
どうやら、この男が要の上司である様だが、要の顔には、なんでこのお方がここに居られるんだ、と書かれている。実際には上司の上司くらいなのかもしれない。
その顔を見て状況はよく分からないながらも、あっこの人凄く偉い人なんだな?と察した鬼火猫は、出来る限り毛玉のふりをする事にした。猫流処世術である。
「やあ要。報告をどうぞ?」
「はっ。異常無し、業務を継続します」
「よろしい。さて、君は何故私がここに居るのか疑問だろうが、聞かないでくれると助かる。鬼のお目付け役から逃げる為のアリバイ作りの代償という事にしておいてくれ」
さわっ。ぴるるっ。撫で、撫で。ゴロゴロ。
「拝命しました。所で」
鬼火猫は混乱していた。というのも、要の上司(推定)に自然な動きで持ち上げられ、撫でられたのである。完璧な擬態だったはずなのに。
「いえ、なんでもありません」
要に視線で助けを求めても、今は無理だとそっと目を逸らされた。
謎の時間は、撫で終わり満足気な上司(推定)を見て、煮干しの尻尾が口からはみ出している鬼火猫を救出した要によって終了した。餌付けされている。
ちなみに、煮干しの提供元は上司(推定)である。
東屋を後にしてまた移動する。腹ごなしに少しは歩いておけ、と言われたので鬼火猫は要の足元でとてとてと歩いている。
時折、要の靴の上に乗り上げてずるをするのが踏まれずに歩くコツだ。ただし尻尾を上げておかなければならないので少し疲れる。結局またとてとてと歩くのだった。




