第九話 いざ、お見舞いへ
いざ、お見舞いへ
ぼんやりと、目を覚まし、目覚まし時計を見ると、午前九時を過ぎた頃だった。
カーテンを開けると、多少は、雲は残っているが、青空が見えていた。
だが、湿度が高そうな感覚があるので、夜の間に一雨、来たのかもしれない。
昨日の事件の続報がないか、ネットニュースをケータイで眺める。
死者が出たというニュースは、昨晩同様に見つかることはなく、多少だが心が軽くなるような気分になった。
追加情報としては、マスクの人物は、四十代の男性で、あの場では、自殺することができず、重体ではあるが、しっかりとした監視体制の下で、治療中らしい。
勝手に死なれるよりも生きて法律にのっとり、裁かれる方が、結果はどうあれ、その方が良いのだと思う。
この国は、そういう国だ。
両親ともに、すでに外出しているようで、キッチンダイニングで、適当に朝食を済ませ、自室のパソコンで、巨大掲示板に潜る。
昨日よりは、様々な情報が書き込まれており、修徳女学院高校のクラスメイトの友人が伝えてくれた内容を裏付ける情報が多く飛び交っていた。
気が付いたら、それなりに時間が過ぎていたようで、パソコンの電源を落とし、信也が入院している病院へ行く準備を始める。
歯磨きや顔を洗ったりと、頭をすっきりさせてから、髪形を整える。
その後、グレーのスラックスパンツに、ところどころに刺繍が入った長そでの白いボタンシャツ、これに、セミカジュアルなあまり物がはいらない見た目重視のショルダーバッグをたすき掛けにして、ローカットのブーツを履き、今日の準備は完成した。
もちろん、ストレージペンダントと遮光の腕輪に腕時計は、装備済みだ。
今日の腕時計は、シルバーのアナログ表示の物を身に着けている。
気乗りはしないが、一応、現場となった地下鉄星が丘駅を利用するつもりだ。
我が家からは、他の地下鉄の駅でも、距離的にあまり変わらない駅があるのだが、信也のお見舞いをしに行く立場として、しっかり見ておくべきだと、そう思った。
ヘルメットにゴーグルを身に着け、クロスバイクに乗り、出発する。
ちなみに、ヘルメットは、ワイヤーロックに固定が出来るので、よほどの悪意がない限り、盗まれることはない。
ゴーグルは、ショルダーバッグに入れるつもりだ。
ストレージペンダントを使うことも考えたが、現代地球で生きて行くならば、身を守るために使うことに、躊躇するつもりはないが、ただの便利グッズとして使うのには、抵抗感がある。
しばらく走り、あっという間に地下鉄星が丘駅に到着した。
駐輪場で、しっかりとクロスバイクトヘルメットをロックして、ゴーグルは、ショルダーバックの中に収める。
事件現場となった、地下鉄地上入り口周辺には、ブルーシートと黄色いテープが見える。
入り口は他にもあるので、そこから地下に降りるつもりだが、おそらくクラスメイトの女子の友人が見ていたと思われる位置まで移動する。
彼女の話が、やたらと生々しく感じていたが、この場から見ると、確かにマスクの人物が、自殺をしようとしたところまで、見えそうだった。
警察官は、警備をするようにいるが、厳重と言う様子はしない。
被害者が多数なので、一晩立った今でも、立ち入り禁止なのだろうとは思うが、今晩には通常通りに戻っているのかもしれないな。
大体の様子がわかったので、地下鉄に乗り、信也がいる病院の最寄り駅に到着した。
事前に決めてあった場所には、少し早くついてしまったが、恒彦は、すでに待っていた。
「和馬、おはよう」
「恒彦、早かったんだな。おはよう」
「こういう時は、確か、遅くなって悪いって和馬が言って、俺が、さっき来たばかりだから、大丈夫とかいうんじゃね?」
「え、あ、う、うん。遅くなってごめん?」
「さっき来たばかりだよ……」
「恒彦、これ、無理あるって!」
「俺もそう思った。待ち合わせの定番せりふって何があるんだろうな」
「勇者たちなら、知っているかも」
「ああ、なんだかんだで、あいつら、昨日、かっこよかったもんな」
「あの勇者な感じは、ギャップも必要だと俺は思うぞ。さて、んじゃ、いくか」
「おう!」
恒彦は、冗談を言っていた顔から、緊張をした顔になり、病院へ、俺たちは向かった。
おそらく、恒彦は、信也が命に問題はないとしても、状態を知るのが怖いのだろう。
面白いかどうかなんて関係なく、ただ、冗談の一つでも言って、自分を落ち着かせたかったのかもしれない。恒彦の様子も見守っておいた方が良さそうだ。
徒歩で、十分も歩かないところに、病院はあり、時間的には、面会時間に入っているので問題はない。
自動ドアから入り、案内受付にいる女性スタッフの元へ向かう。
「あの、お見舞いに来たのですが、部屋がわからないんです。ここで教えてもらえますか?」
「はい、どなたのお見舞いにいらっしゃったのでしょう?」
「織田川信也のお見舞いに来ました。僕は、クラスメイトの池田恒彦と言います。こっちは同じくクラスメイトの津田和馬です」
このタイミングで、生徒手帳を出しておくか。
受付のテーブルの上に、生徒手帳を出す。
恒彦は、しゃべるので、一生懸命だったようで、俺が出してから、慌てて生徒手帳を出した。
「少々お待ちください」
それから、女性スタッフは、内線らしき電話を取り、どこかと会話を始めた。
女性スタッフの様子からは、あまり良い返事が来ていない雰囲気を感じる。。
「……、はい。報道などではなく、生徒手帳を持った高校生です。高校名にクラスと名前ですか?」
俺たちの方に女性スタッフは目を向ける。
「君たちの高校名とクラス、名前を、あちらが知りたがっているようだから、伝えて、問題は、ないわよね?」
「もちろんです!」
恒彦がそう言い、強くうなずいたので、俺もうなずいておく。
「愛名高校一年三組の池田恒彦君と津田和馬君です……」
電話の向こうの人物が、何かを言ったようで、女性スタッフの様子が穏やかになった。
「ええ、はい、わかりました。よろしくお願いします」
女性スタッフは、内線を終わらせ、俺たちに話しかけてきた。
「お見舞いは、できるみたい。今から、織田川先生の秘書の方がいらっしゃるから、もう少し待っていてね」
「はい、ありがとうございます!」
それから間もなくして、スーツをきっちりと着こなした三十歳ほどの男性が現れた。
「佐久間さん、お久しぶりです」
「恒彦君、お久しぶりだね。信也君のお見舞いと聞いたけど、二人で良いのかな?」
「はい、高校になって、信也とも仲良くしている、津田和馬との二人です」
「高校から、信也君と仲良くさせてもらっています、津田和馬です」
「君の事は、信也君から聞いているよ。織田川の秘書をしている佐久間というんだ。よろしくお願いする」
美丈夫といった様子のある人物だ。政治家の秘書というのは、顔も大切なのだろうか。
名刺を渡され、俺の連絡先を教えてほしいと言われたので、伝えておいた。
昨日の早い時点で、恒彦は、この佐久間さんにも連絡を取っていたのかもしれないな。あの時点では、あまり情報が集まっていなかったのだろう。
それから、信也の状態について聞くことになった。
地下鉄の駅に降りようとしたときに、事件に遭遇したそうだ。
すごい音がして、振り返ると、何人も倒れていて、この時点では、純粋に事故が起きたのだと思ったらしい。
そうして救助に動こうとしたところで、再び自動車が動き出し、信也は、そこで跳ね飛ばされたそうだ。
痛みに悶えながらも、状況を把握しようと、様子を伺っていると、マスクの人物が現れ、止めなければと思い、無理やり立ち上がり、マスクの人物と対峙したが、あっさり切り付けられてから、蹴り倒され、そのまま痛みで動けなくなったそうだ。
怪我としては、肋骨が、何本か折れているらしく、刃物での傷は、幸いなことに両腕と胸にかけて浅く傷がついただけだという。
その他には、自動車に跳ね飛ばされているので、打撲傷が、何か所もあるそうだ。
肋骨が折れているところに、けりを入れられたなら、よほどの衝撃があったのだろう。
命には別条がないとのことらしいから、折れた肋骨が、内臓にダメージを与えることはなかったみたいだな。切り傷の方は、制服が意外に厚手に作られているので、そのおかげで、軽い傷ですんだのかもしれない。
打撲傷は、状況から考えると、当然と言ったところか。
「和馬君、実はね、信也君が近くにいてほしいと思った人物には、軽く調査をしているんだ。君の場合は、父親が、それなりの立場の教師で、母親が、地域で有名なNPO法人の副代表ってことで、すぐに調べられたよ。結果は、君自身を含めて両親ともに問題無しだから、安心してね。それと、政治家の息子や本人と深く関わるということは、こういう具合に、調べられるってことを覚えておいてね」
父親が、それなりの立場というのは、理解できるが、母親が副代表っていうのは、初耳だぞ!
「……、わかりました。問題がないとわかって僕も安心です。知らないところに兄弟がいたり、知らないうちに膨大な借金があったら困りますから、ありがたいです」
「そういってもらえると、助かるよ。ちなみに、兄弟もいなければ、大きな借金もなかったよ。もちろん、君に彼女がいないのも把握済みだからね」
身体調査か。異世界で王族や貴族と関わっていれば、調べられるのが当然になってしまうんだよな。世界が変わっても、権力に近づくと、同じようなことをされるんだな。
佐久間さんの軽い口調につられて、和やかな雰囲気の中、信也のいる病室に到着した。
政治家の息子だから、特別室にでも、いるのかと思ったが、一般病棟の一人部屋のようだ。
修徳女学院の生徒もそれなりの家の者が多いらしいから、そちらに合わせたのかもしれないな。
先に佐久間さんが病室に入り、様子を見てくるそうだ。
再び現れた佐久間さんの隣には、信也を四十代半ばほどにしたような雰囲気の人物が立っていた。
「二人とも、信也の見舞い、感謝する。恒彦君は知っているだろうが、和馬君だったな。私が信也の父で織田川英也と言う。息子ともどもよろしく頼む」
「信也君と同じクラスの津田和馬です。こちらこそよろしくお願いします」
「おじさん、お久しぶりです。その信也の状況は?」
「佐久間から、話は聞いているかな。肋骨の骨折がそこそこ酷くてな、完治はするそうなのだが、入院は長引きそうだ。身動きはできないが、話に支障はない。まずは、会って行ってくれ」
それから、病室に入り、信也が寝ているベッドへ近づき、恒彦が声をかける。
「信也、見舞いに来たぞ。信也の好きな駄菓子の詰め合わせだ!」
「恒彦、駄菓子はうれしいが、しばらく、病院の指定の物しか食べれないそうだ。恒彦たちが来てくれたってことは、クラスのやつらも来てくれるんだろう。誰かが食べるだろうから、置いておく」
「そうか……、信也……、生きててよかった……」
信也の状況は、両腕にギブスの様な物が付けられ、胸部から腹部に、専用のプロテクターのような物が付けられていた。
恒彦はそのまま泣き出してしまい、一旦椅子に座らせた。
「和馬も来てくれたんだな。ありがとうな」
「昨日は大変だったんだぞ。朝になって、信也がいないってわかって、校長先生が詳細はわからないが、信也たちが事件に巻き込まれたっぽいっていう話を、して、村井先生が、信也が巻き込まれた可能性が……」
やばい……。何を言っているのかわからない、俺まで泣けてきた。
「そうか、皆に心配をかけたんだな」
「でもさ、その後、皆で事件の詳細を調べまくったんだ。それで、状況がわかって来て、村井先生から見舞いに行く許可をもらったんだ」
「皆で、調べたのか。楽しそうだな」
「ああ、楽しかったかもしれない。でも、辛かった」
「そうか、それでも、俺は、生きている。大丈夫だ。安心しろ」
「ああ、そうだな。それで、信也から見た自分の状態はどんな感じになっている?」
「そうだな。首から下を、なるべく動かさないでほしいと言われている。足は動くんだが、腕がこれだし、胸もこんなだからな。大人しくするしかない。それでも、しっかり治療をしたら、後遺症やらは、出ない状態で復帰できるそうだから、俺は。まだましだろうな」
それから、事件当時の状況を、信也が語りたがっている様子だったので、号泣状態から復帰した恒彦と聞いていった。
大体の内容は、今まで集めた情報の通りだったが、一つだけ、気になることを話し始めた。
「そのさ、マスク野郎なんだけど、俺らは、怪我はしていても、多分、命まで取ろうとしていなかったように感じたんだ。そこら中に、動けないやつが転がっているのに、トドメを刺すような行動をあの野郎は、見せなかった。そこが不思議なんだよな。おかげで、こんなだけど、生きていられるから、感謝なんて思わないが、複雑な気持ちがある」
確かに、今の時点で、事件発生から、三十時間ほどしか経っていないとはいえ、死亡者が出ていないのが不思議なくらいの事件なんだよな。
信也の様子をみる限り、殺意があったかどうかと言えば、間違いなくあったと思う。それでも、最後のトドメを刺して回らなかったというのは、あまりにも不自然すぎる。
「例えば、ミリタリーな話になるんだけど、あえて殺さずに、負傷させるだけにして、攻撃を終わらせる戦術があるんだ。対人地雷の中には、足を一本吹き飛ばすだけしか火力がないとか、そういうのもあるらしい」
「その話を聞くと、確かにそれに似ているとも思えるな。死なない程度の怪我をさせて、何を目的とする?」
「負傷者が多くなれば、その分、世話をする人が必要になる。場合によっては、物資不足にもなるだろうな。そうやって、敵対勢力の人材と資金を減らし、士気をさげるそうだ」
「ってことは、俺らの親世代が、何らかのダメージを受けるようにあのマスク野郎は、俺らにトドメを刺さなかったという可能性があるのか……」
「本当の目的は、本人にしか、わからないだろうけど、実質、そういう問題が起きるわけだから、結果的に、そう間違っていないのかもしれない」
「ああ、そうだな……」
ここまで恒彦は、聞き役だったので、少し席を外すことにする。
「さて、恒彦、何か飲み物でも買って来るけど、何が良い?」
「え、ああ、信也は、何が飲める?」
「売店に、何か今の俺が飲んでも大丈夫なものが売っているんだけど、ちょっとわからない。佐久間さんに聞いてほしい」
「じゃあ、俺は、信也のと同じにする」
「わかった。それじゃあ、行ってくる」
廊下に出ると、すぐに応接セットの様な物が置いてあるスペースがあり、そこで、英也さんと、佐久間さんが座っていた。
「あの、佐久間さん、今の信也が飲んでも大丈夫なものが、売店で売っているそうなんですが、わかりますか?」
「ああ、それなら、私が買い物に行くよ。三人とも同じものを飲むのも悪くないってことで良いかな?」
「はい、それでお願いします」
「和馬君、少し話をしよう」
「え、はい」
「信也が、和馬君から、圧力のような感覚を感じると言っていたんだが、本当のようだな」
「僕としては、自覚がないので、わからないようです」
「佐久間は、君から圧力を感じるとは言っていなかった。圧力を受けやすい者と全く受けない者がいるのかな。不思議な力なら面白いのだが、どうなのだろう?」
「何かわかれば、僕も知りたいんですけど、よくわからない霊感商法なんかに引っかかりそうで、調べるのも怖いですね」
「確かに、ありえなくはない話だな。せっかく信也と仲良くしてくれているんだ。そのうち、我が家に遊びに来ると良い。恒彦君なんて、中学の時は、週に三日は、来ていたぞ」
実は、この件については、もう、おおよその答が出ている。
現代地球の人間の魔力は、異世界人と比べると、一割ほどなのだが、圧力を感じたり、俺に何かを感じる者は、魔力が二割以上あるようなのだ。
それでも、やはり、異世界程、魔力の差は大きくないようで、希にしか、魔力の高い者たちは、いないようだ。
魔力の薄い地球世界で、平均以上の、魔力を持って生まれてきた者たちは、同族を探すためなのか、同族を増やすためなのか、自覚のないままに、魔力感知を身に着けており、それが、俺に反応しているんじゃないかというのが、今のところの推測だ。
その魔力が高い人物の中に、信也と恒彦がいたのだった。ついでに、英也さんも魔力が高い。
内の両親は、どうかというと、魔力は高くはないのだが、魂のつながりの様な物が、しっかりとあり、その影響で何かを感じているのだと思う。
こういうことも、異世界では、当たり前のような考え方だったので、この理屈で、両親の事は納得している。
その後は、信也と仲良くなった時の話を聞いて来たので、アクセサリーの話を一通りした。
英也さんの感想としては、以前の愛名高校の状況を知っている者からしたら、信じられないような状況になっているとのことだった。
以前は、保護者にとっては安心な学校で、生徒たちには厳しいと評判な学校だったそうだ。
子供が少ない時代に、厳しさを売り文句にしていたら、学校経営が成り立たないのかもしれないな。
英也さんとの会話に一区切りがついたところに、丁度良く、佐久間さんが戻って来て、飲み物を渡してくれた。
どうやら、緩いゼリータイプの飲み物だったようだ。
「佐久間さん、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
病室に戻り、三人で、それを飲んでから、少し話したところで、信也が疲れ始めてきたようだったので、ここで、見舞いを終えることにした。
「それじゃあ、そろそろ、帰るよ」
「ああ、ありがとうな。他の奴にも、暇なら遊びに来いって言っておいてくれ」
「ああ、任された」
帰りたくないと目で訴えてくる恒彦を強引に立たせる。
「信也、またくるからな!」
「ああ、暇すぎるから、どんどん来い」
そうして、面会時間、ぎりぎりまでいたそうだった恒彦を引っ張りながら、病室を後にした。