第八話 クラスメイト
クラスメイト
地下鉄星が丘駅は、俺も良く使う駅だ。
あの周辺で、中高生を中心に被害者が約三十人も出る事件だと?
一体、何が起きたんだ!
表向きは普段通りの一時限目が終わり、教師が教室から出ていくと、平手正人と丹羽皐月が教壇に立ち、皆に聞こえるように話し始めた。
「今朝、地下鉄星が丘駅周辺で何かの事件が発生したのは、校長先生の放送で皆も周知の通りだと思う。そこにクラスメイトの織田川信也が巻き込まれた可能性が高いと村井先生が教えてくれた。僕は、中学の頃から信也とは、友達で、今すぐ病院に駆け出したいくらいに心配だ。でも、村井先生は、今は動くなと言われた。だから、今は動かない。でも、動かなくてもやれることはある。できるだけ詳しい情報をクラスの皆で集めてもらえないだろうか?」
「私も、中学の頃から、信也君を知っています。クラスメイトとして、今の私たちがやれることは、多くはありません。だから、動ける時になったら、すぐに動けるように、情報を集めておきたいのです。皆、お願いします」
教室中に、二人の声が静かに響く。
「織田川には、体育の時に助けられた。それに、オタクだとカミングアウトしても、態度を変えることなく、クラスメイトとして接してくれた。俺も織田川が心配だ。下校時間までには、何かわかるようにやってみる!」
オタク勇者の中の一人が、声を挙げ、彼は勇気ある本物の勇者になった。
それに続くように、オタク勇者たちが、ケータイを取り出し、作業を開始する。
このクラスには、オタク文化が大好きなだけの本物の勇者が、何人もいたようだ……。
俺を含め、クラスメイトたちも、ケータイを取り出し、それぞれに作業を始めた。
だが、二限目が始まると同時に、普段通りの授業風景に戻る。
そして二限目が終わると、再び作業を始める。
三限目が始まる直前に、勇者の一人が、速報を捉えてくれた。
地下鉄星が丘駅に続く地上入り口に近い横断歩道に、暴走した自動車が突っ込んだというのだ。
時間が時間なら、約三十人の被害者が出ても、おかしくないのか?
何か違和感を感じる……。
それからも、速報は、いくつも入り、不確かだが、重体者を含め、重傷者、軽傷者の人数は、三十人を軽く超えているという情報もあった。
命の危機がある重体者がいるのか……。
現代地球は、異世界と比べて、圧倒的に安全かと言えば、そういうわけではない。
それでも、この日本は、世界的に見れば安全な方だ。
そんな国に住む、中高生が被害者の大半なんだ。人生は、まだまだこれからという者たちが、こんなところで、命を落としてよいはずがない!
それにしても、ただ自動車が暴走したというには、被害者の数が多すぎて、ますます、違和感が強くなる……。
昼休みが半分を過ぎた頃、衝撃的な情報が、俺たち一年三組一同の元へ、舞い込んだ。
クラスの女子たちの中には、地下鉄星が丘駅から最も近い修徳女学院高校に友人がいる者も多く、事件の情報を集めるのと同時に友人たちの安否確認もしていたそうで、そんな女子の一人に、その情報が伝わった。
クラスメイトの友人である彼女は、横断歩道の反対側にいたそうで、事件の始まりから終わりまで、結果的に見てしまうことになってしまった。
あえて、彼女がそこで起きたことを、みていただけという事実を攻めてはいけない。
それほどに、現場は、酷い状況になっていたのだ。
むしろ、最後まで見続けた彼女の勇気に、賞賛を贈るべきだとクラスメイト一致で感じるほどだった。
事件は、ミニバンタイプの自動車が、中高生が多く並ぶ交差点の横断歩道に突入するところから始まった。
交差点から猛スピードで侵入してきた自動車が、横断歩道が通れるようになるのを待っていた者たちに突っ込み、自動車は、その場の者たちを跳ね飛ばし、歩道の奥にある建物に衝突して止まった。
だが、自動車は、バックをして再び動き出し、地下鉄星が丘駅へ通じる地上入り口に向かって再び走り出した。
状況の変化についてこれなかった者たちを跳ね飛ばしながら、地上入り口まで、自動車は走り続け、入り口に突っ込んだところで停止した。
この停止で、自動車は、完全に動かなくなったようで、運転席側のドアを蹴り破るように、全身にプロテクターとヘルメットにフェイスガードマスクを身に着けた人物が現れた。
そのマスクの人物は、プロテクターのおかげなのか、しっかりと動けるようで、腰に何本も帯びた刃物を取り出し、唖然としていた者たちへ切り付け始めた。
そこからは、ただひたすら無差別に切り付ける作業となった。
ようやく異常な状況にいるのだと、自覚した者たちが逃げ出し始め、その場には、被害を受けて動けない者とマスクの人物だけが残った。
そうして無事な者がいなくなった、その場で、マスクの人物は、一度自分の腹に刃物を突き刺し、最後に、首元を切り裂いて、自殺をしたように見えたという話だった。
この場を見ていた中高生は、我が校にもいたはずだし、状況から見ると社会人や大学生も、それなりにいたのだと思う。
だが、学校はともかくとして、報道でも、今もってこれだけの情報は流れていない。
そもそも、これを俺たちに伝えてくれた修徳女学院高校の彼女にとっても、衝撃すぎて、誰にも話したくなかったかもしれない。
我が校の生徒にしても、今は、何も言いたくないか、自宅待機か、とにかく話が広がらないように何か手が打たれているのだろう。
報道規制という言葉が、すぐに浮かんだが、これは、どう報道してよいのか、報道各社も困るような内容なのかもしれない。
警察や病院なども、扱い方を困りそうだ。
こうなると、政治判断と言うやつが出てくるくらいの案件になってしまうのか?
そういえば、信也の父親は、織田川英也という政治家だったな。
報道が上手く回っていないのは、このあたりも関係していそうだ。
午後からは、修徳女学院高校の彼女が辛い思いをしてまで最後まで見続けた証言が真実なのかを調べる作業が始まった。
基本的に彼女の証言は、信憑性が高いとしながらも、別の視点での情報や報道がないかを調べていった。
下校時間になる前には、不明な点は多いが、ある程度まとまった報道がされるようになり、結果的に、彼女の証言は、ほぼ真実と言うことで結論となった。
帰りのホームルームでの村井先生は、淡々と作業的にホームルームを終わらせて、職員室に戻って行った。
校長先生から授業が終わり次第早々に帰宅するようにと放送で言われているので、あまり時間を取れないが、今後の動きについて、決めなければならない。
修徳女学院高校の彼女へのお礼については、彼女と連絡を付けてくれた女子に任せることとなり、クラスメイトができる範囲なら、常識の範囲で何か一つ応えるという話になった。
今後の一年三組の行動については、付属中学出身の信也と親しい者たちが、お見舞いという名の様子見へ行く案が現実的だと決着しかけたが、そこに正人が意義を言い出した。
「一番親しい恒彦はともかくとして、学級委員の僕と丹羽さんは、今の時点では、行かない方が良いと思う。僕らが動くと、学校が動いたと見なされかねないと思うんだ。それに、何人で行くかという問題もある」
「ならクラスメイトの皆が情報を集めてくれたから、俺たちは、今、考える時間があるんだ。中学上がりだけじゃなくて、高校からのクラスメイトをひとりは、連れていくべきだと俺は思う」
「恒彦の意見は、その通りだと俺も思う。それなら、和馬を押す。中学上がりの俺たちの中に、突撃してきたんだ。本当なら、少しでもこの学校の事を知っている中学上がりの俺たちの方から、皆に歩み寄らなきゃいけなかったんだ。それを、気にせずに、飛び越えて来てくれた和馬こそ、この役目に合っていると思う」
「俺も、勝の意見と同じだ。離すようになって、そう時間はたっていないけど、信也も和馬が、俺たちのところに来てくれたことを、喜んでいたんだ。それに、クラスメイトの皆が、信也のことを心配してくれたことに感謝しているんだ。今まで俺たちの方から、壁を作っていたかもしれない」
「そうだね。皆が情報を集めてくれたからこそ、今考えることができるんだ。高校からの皆には、今まで申しわけなかったと僕も思う。これからは、ただのクラスメイトとして、仲良くやって行こう。和馬みたいに、僕らは、皆と仲良くしたい。和馬、勝と一郎の推薦があったから、頼まれてくれるかな?」
アクセサリーの情報が欲しくて動いたのだが、彼ら太刀にも思うところがあったんだな……。
「もちろん行くよ。俺だって、信也が心配なんだ。後のメンバーはどうする?」
「様子見が、一番の目的になるから、まずは、恒彦と和馬の二人でどうだろう?」
「信也は、あれでも政治家の息子だから、あまり多くの人数で行くと、止められるかもしれない。正人の言う通り、俺と和馬で行くのが良いと思う」
それから、クラス一同で、多数決を取り、全会一致で、様子見の見舞いは、俺と恒彦で行くこととなった。
日時については、という時点で、重要なことが抜けていることが判明した。
信也の入院している病院がわからない!
慌てて、正人たちが、自分たちはいかないという、効果の妖しいカードで、村井先生と交渉をしてくれた。
その結果、いくつかの条件を付けられたうえで、病院を教えてもらうことに成功した。
まず、信也は、地下鉄星が丘駅から、数駅挟んだ駅の近くにある病院にいるそうだ。
重症ではあるが、命に問題がない被害者の半分ほどが収容されているとのことだ。
信也は、重症なのか……。だが、命に問題がないというのは朗報だな。
この報告を、教室で待っていたクラスメイトに伝えると、皆で、喜ぶことが出来たが、重傷であることは、かわらないので、まだまだ心配は残る。
村井先生からつけられた条件は……。
制服で行ってはならないが、生徒手帳は、必ず持ち歩くこと。
面会時間には余裕を持って行くこと。
病院内で面会を断られたら、素直に応じること。
という内容だった。
制服で行ってはならないというのは、やはり、積極的に学校側が、動いている状況を表に見られたくないのかもしれない。
今の時点では、どういった扱いの事件になるのか、不明だから、この判断は、私立学校としては、わからなくもない。
生徒手帳は、身元証明証になるだろうから、警察もいる可能性の高い病因に行くなら、持っておかないと、恐ろしい目に合いそうだ。
面会時間に余裕を持って行くこと、というのは、おそらく、信也の父親が、政治かなのが関わっていそうだ。
何かしらの条件をクリアしている者しか、合えないのだろう。その判断をする時間が必要なのだと考えた。
最後の病院内で面会を断られたら、素直に応じることと言うのは、事件の内容が、まだ不明な点が多いし、信也の立場の問題や負傷具合にもよるのだろうから、納得するしかない。
命に別条がないのならと、今すぐ駆け付けるのではなく、明日の昼間の面会時間に行くことになった。
見舞いの品は、恒彦が用意してくれるそうで、待ち合わせの場所と時間を決めて、帰宅となった。
自宅に帰り、パソコンを立ち上げ、最新の情報をしっかり調べることにする。
本気で、何かを調べようとすると、画面の大きさが気になってしまい、ケータイでは、ネットの世界の表層しか、調べにくいんだよな。
巨大掲示板の中へ潜り、それらしいスレッドを少し読んでは次へと、必要な情報が載っていそうなスレッドを探していく。
幾つか見続けた結果、一つそれらしい情報が見つかった。
高校で調べていたときに入った情報では、三十人を軽く超える被害者が出ているとのことだったが、被害者の人数は、三十人以下で、どうやら、被害者の血液が服に付着した無傷の者が、あの時点では、被害者として、数えられていた可能性が高いらしい。
校長先生が言っていた、情報が錯綜しているというのはこういうことも含めていたのだろうな。
とはいえ、あの場にいた者たち全てが、心的被害者ともいえるので、三十人を軽く超える被害者というのも、あながち間違ってはいないと思うのだが、今の時点では、数に入れていないようだ。
それ以外には、重複する情報しか見当たらず、巨大掲示板での情報収集は、ここまでのようだ。
時間が経ち、就寝する時間となっても、ネットニュースには死者を示すような情報は現れなかった。
そうして、俺は、落ち着かない気持ちのまま眠りについた。
何が落ち着かない?
信也は、命に問題はない。
それでよいじゃないか……
本当に、それで良いのか……?