第七話 日常、そして……
日常、そして……
月曜日に恒彦を通して、信也たちのグループに入り込むことに成功してから、四日が経ち、一週間の後半戦初日となる木曜日の授業が終わった。
月曜日の帰宅後に、小学生低学年のころから、お世話になっているヘアーサロン『とこや』に行き、信也たちのアドバイス通り、サイドきつめなソフトモヒカンにしてもらった。
店主の息子の新介さんが、俺の担当となっているので、よく話し合った結果、ソフトモヒカンの特徴になっているトサカ部分を長く整えてみたら、自由度が効くし、俺には似合うという話でまとまった。
美容室でも良いとは思ったのだが、『とこや』の腕は、近所でも評判で、予約なしでも対応してくれることもあり、小学生の頃から俺を良く知っている新介さんに、今後も任せようと思う。
記憶の齟齬は、まだまだあるが、それなりに必要なことは、ある程度、記憶の奥を探ると思い出せるようなので、『とこや』のことも思い出せたのは、幸いだった。
そうして、帰り際に、普段の整え方をレクチャーしてもらい、おすすめのハードヘアワックスを購入して、帰宅した。
翌日の火曜日に、髪形を整えた俺を見て、信也たちは、その方が圧倒的に良いと言ってくれて、俺もスッキリできたので満足をしている。
それから、女子の派手目と運動部のグループになる前田利加、佐々成美、女子の学級委員をしている丹羽皐月らとも、男子から見て、女子のどんな服装が好みかという話で盛り上がることができ、このグループで、やっていけそうだと確信した。
この数日の間、部活見学へも行っていた。
運動部を一通り眺めてみたが、やはり、真剣に取り組む皆の中に俺が入るのは、場違いにしか思えなかった。
柴田勝が所属している剣道部を見学した感想は、本物の殺意を持って生物と対峙したことのない者たちの練習風景という印象だった。
異世界での様子で例えるなら、生物を斬ったことのない上流貴族出身の騎士見習いの練習風景といったところだろうか。
試合形式でも、同じ印象で、本人同士は、本気でも、そこには本当の殺意がないのが、致命的に俺には向いていなかった。
俺としても、無駄に殺意を振りまく趣味はないので、剣道をはじめとした、柔道や空手、ボクシングなどは、全滅となった。
滝川一郎が所属している弓道部でも、やはり、殺意のない弓矢を扱うという行為に、精神修行のような効果は、ありそうだが、こちらも、本来の弓矢の使い方と違うように感じてしまい、向いていなさそうだった。
前田利加と佐々成美が所属しているテニス部を見たが、試合中に、うっかりと、殺意でも出してしまったなら、悲惨なことになりかねないので、残念ながら、こちらも却下となった。
野球にサッカー、バレーボールにハンドボールなどの集団競技は、悪くはないのだが、何かのきっかけで、身体能力の制御を忘れてしまったなら、大惨事になりかねないので、諦めるしかないようだ。
これらのスポーツは、見ることを楽しもうと思う。
運動部で、まともにやれそうなのは、陸上部と水泳部だけとなった。
こちらなら、万が一、俺が我を忘れても、世界新記録が更新されるだけなので、まだ被害は、少なそうだ。
とはいえ、世界新記録は、俺の様な無茶をしてまで、人外の能力を身に着けた愚か者には、もったいない。
もっと、この世界なりに、苦労をした者が手に入れるべき称号と称賛だと思うので、結局、運動部は、全滅となった。
文化部では、趣味になりそうなことをしている部活を探そうと、気になる部活を幾つか覗いてみた。
吹奏楽部や軽音部は、悪くはないのだが、部員の皆が真剣に取り組んでいる様子を目の当たりにして、趣味探しで入るには、申し訳なく感じてしまった。
テーブルゲーム部と言うのが、気になり、様子を見に行くと、公式戦のあるテーブルゲーム、将棋、囲碁、チェスなどを対象に、切磋琢磨している部活だった。
囲碁やチェスは、世界的にも普及しているゲームなので、趣味としてしっかり覚えるには良さそうだ。だが、大会に出ることが前提の部活の様なので、そこが気になってしまった。
文芸部を見に行くと、『幽霊部員お断り』という言葉が、見学を申し出たところ、すぐに飛んできたので、身構えながら見学をしたが、どうやら漫画を描く部活になっているようで、手伝いができないような部員は、いらない様子だった。
のんびりと本を読んだり語らう部活とは、違うようなので、本を読みたければ、図書室に行けばよいわけだが、文芸部を、漫画制作部に変えてしまっている、この現状は、あまり良いとは思えない。
いっそ、こいつらを、追い出し、漫画制作部を強制的に作らせ、文芸部を乗っ取ってしまうのも良いかと考えてしまった。
文化部は、まだまだあるし、いつでも入部は問題なさそうなので、先送りにしておこう……。
ちなみに、運動部は、大会の都合で、四月入部以外は、あまり良く思われないそうだ。
部活見学も、重要な課題にしてあったが、高校生である俺の最も重要するべきは、日々の授業と勉強なので、そちらも、どれだけ今の俺で対応できるのかを、慎重に見定めていた。
月曜日から木曜日まで、授業をじっくりと見定めながら受けていった感想は、やはり、記憶力が上がっているおかげで、ノートをしっかりとりながら、授業をまじめに受けたなら、復習がいらないと思えるほどに、授業内容が、頭に入って来る。
そして、計算速度が上がっていたり、応用力に読解能力など、基本的な学習に必要な能力も上がっているようで、多少、中間テストで、おかしな問題が出題されても、何とかなりそうに思えた。
これなら、五月の中旬にある中間テストで、悲惨なことになることは、なさそうだと、安心することが出来た。
だが、不安点も同時に見つかった。
月曜日からの授業に関しては、このままやって行けば、問題はなさそうだが、それ以前の授業の記憶があいまいになっており、その部分の復習が必要のようだ。
さらに、中学時代の知識や、小学校での知識もあいまいになっていて、隔日に勉強をし直さなければ、五月の中間テストは乗り越えられても、先が続かないと感じた。
自宅に帰り、中学校教師である父親に、授業で感じたことを相談してみる。
「父さん、勉強のことでちょっと相談があるんだ」
「ん、どうした?」
「高校の授業にも慣れてきて、悪くはない感じはあるんだけど、もう少し力を入れてみたいんだ」
「何か、考えはあるのか?」
「この際だから、中途半端なところからやり直すのではなくて、いっそ、小学一年生の読み書きや、簡単な計算からやり直してみたいと思い始めているんだ」
「うーん、そうなると、学習塾に通うという話では、上手くいかなそうだな」
「学習塾よりも、自宅学習を重視したいかな」
「そうだな。父さんは、勤務する中学校に通う生徒たちが通う学習塾の経営者たちとも交流があるんだ。あちらは、中学校側の進行具合が気になるようでな。教師たちも、学習塾で、どこまで先に教えているのかが気になる。そんな関係で、上手く付き合っているんだが、彼らに、自宅でできる勉強法と教材について、相談してみよう」
「中学生の教材だけじゃなくて小学一年生からの教材もお願いしたいんだけど、大丈夫?」
「小学一年生から学習塾に入る子供も、それなりにいるぞ。学校外での勉強の習慣を付けさせようとする保護者がいる」
「習慣付けか。確かに大切だけど、小学一年生から出なくても良いと思うな」
「そのあたりは、子供が興味を持つかどうかで、決める親が多いらしい。他には、私立中学受験のために高学年になってから不慣れな学習塾の勉強へ対応させるより、小学一年生から学習塾の雰囲気になじませておこうという考えの保護者もいるようだな」
「子供の興味に任せるのは、良い方法なのかもしれないね。中学受験の準備か。そちらは、よくわからないな」
「準備が速すぎても、気が付いた時には、子供が勉強嫌いになっていたなら、話にならんから、工夫をしているのだろうな」
「とにかく、何か話を聞いてきてくれるんだね!」
「ああ、来週中には、あちらさんに話を聞いておこう」
「よろしくお願いします!」
「ああ、任された!」
頼りになる父親だと感謝の気持ちをしっかり持っておこう。
その後は、勉強をしっかりやりたいと、息子の俺から聞かされたことで、上機嫌となった父親は、普段は語らない教育論的な話を、俺に聞かせてきた。
多少面倒だが、これを聞くのも親孝行だと我慢しつつ、就寝の時間が近くなり、親子の語らいは終了した。
金曜日の朝、ここ数日と同じように、午前六時半に起床する。
朝食を頂き、テレビの占いを眺めていると、今日の双子座は、残念なことに最下位だった。
ラッキーアイテムは、仮面となっている。
この占いって、微妙におかしな物をラッキーアイテムにしてくるんだよな。
そこが、面白いところなんだが…・…。
占いは、ネタ程度に思って準備を完了し、午前八時前に自宅を出発する。
今日は、曇天なので、万が一に備えて、レインスーツとザックカバーを持参している。
ちょっとした外の移動があるときに備えて折り畳み傘も一応用意はしてあるが、使う予定は、今のところはない。
ここ数日で慣れた住宅街の中でも、安全なルートをクロスバイクで走って行く。
いつも通りの時間に高校に到着し、昇降口から教室への道のりを行く。
ふと、校内が普段と何か違う様子を感じた。
これは、浮足立っている?
それとも、重苦しくなっている?
魔力感知を薄く広く、展開する。
職員室の中の教師たちの動きが、不審に感じるな。
教室に辿り着き、いつも通りに、誰に向けているのかわからない、挨拶をして、ロッカーにザックやらをしまい、自分の席にシティバッグを置く。
恒彦が、いつもどおり、俺よりも早く着ていたので、この気配の正体を知っているか、挨拶ついでに探りを入れてみる。
「恒彦、おはよう」
「おはよう。和馬は、午前八時十五分が、登校時間なんだな」
いつも通りの、恒彦だな。
それから、正人が登校をしてきて、朝練に出ていた勝と一郎が教室にやって来た。
その五、信也は、普段なら登校してくる時間になっても現れず、気が付いたら、ホームルームの時間となってしまった。
教室に、担任の村井先生が急ぎ気味に入ってきた。
「皆、おはよう。今から、校長先生からの校内放送があるから、よく効いていてくれ」
『おはようございます。校長の沢です。今朝、午前八時前、地下鉄星が丘駅周辺で、多人数を巻き込む事件が発生いたしました。残念なことに、我が校の生徒も被害者となっております……』
その後、校長先生が話した内容によると、事件の詳細は、情報が錯綜しているため現在は不明で、被害にあったのは、主に星が丘駅近くの高校と中学校の生徒だが、愛名高校を含めて他の学校の生徒も含まれているらしい。
社会人や大学生も被害にあっているそうで、約三十人ほどの被害者が出ているとのことだった。
今日は、通常事業をこのまま行うが、部活動等はすべて中止で、授業が終わり次第、全生徒が下校することになった。
明日については、事件の詳細がわかるにつれ、健康被害を感じる生徒が出る可能性があるため、休校とするそうだ。
保護者には、情報がわかり次第、メールを贈るそうなので、そのことを保護者に伝えてほしいとのことだった。
校長先生の放送が終わるのと同時に村井先生が話を始める。
「非常に残念なことなのだが、このクラスの織田川信也が、被害にあった可能性が高い。織田川が運ばれた病院から、身元確認の連絡があった」
「信也の状態はどうなんですか!」
「池田は、中学からの中だったな。皆には、申し訳ないが、今の時点では、校長先生が話をした以上の情報がないのが現状だ。連絡のあった生徒の兄弟姉妹が、我が校にいた場合に限り、病院に向かわせたが、他の者については、今は動かないでほしい」
「……、わかりました」
それから、通常授業が始まり、表向きは、日常の風景となった。