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Le Diable au sang et corps 2-c

【2e-c Chapitre】


 第二次ベルン門会戦の終盤について


 ペトラルカの騎馬隊はイレーヌたち混血の遊撃隊を敵陣奥に送り込んだ後、その場に留まり、遊撃隊の退路を確保する為に、敵の強力な騎馬隊の圧力を何とか撥ね退けていた。しかし、それももはや限界に達しようとしていた。そんな自軍の兵の先頭に立ち、ペトラルカはイレーヌたち、遊撃隊の帰還を待った。時間経過は感覚的なもので正確とはとても言えないものではあったが、その感覚でも予定の一刻を当に過ぎていた。

「ここでも戦線を後退させたなら、敵陣に斬り込んだ遊撃隊を敵陣内に孤立させることになる。それは遊撃隊の死を意味している」誰もが解る簡単な方程式である。それ故にペトラルカは限界まで彼らの退路を確保しておきたかった。無論、ペトラルカに付き従う剣士たちも同じ心持ちであった。

 だが現実は彼らには微笑んでくれなかったのだ。タンヴィル伯とオッシュ卿の隊が半数になった状態でペトラルカに許に戻り、そして信じられない言葉を口にした。敵はイレーヌの隊を味方の剣士ごと射たというのである。彼らはイレーヌの隊を援護救援しようとした。その時はもはや誰も生きていると思えないは状況たったそうだ。その後、タンヴィル伯とオッシュ卿の隊は、敵の矢を搔い潜りながら死ぬ物狂いでペトラルカ隊の許まで辿り着いたのである。

 ペトラルカはこの状況を聞きイレーヌの隊を見捨てた。彼個人としては、少しでも可能性があるのなら救援に行きたかった。しかし彼の立場ではそれは許されない。背負うべき責任がペトラルカの心を縛る。

 心の内はどうであれ、戦況に応じた決断の速さと戦略目的の軸をぶらさない事がペトラルカの指揮官としての長所であった。

「全軍撤収、殿は我が務める。リッピ卿、貴殿は怪我人を護れ」

「はっ、我が隊は怪我人を護れ、我は長子殿を護る」

 ペトラルカの騎士道精神は相変わらず欠点となり得た。

 敵騎馬隊はペトラルカ隊の後退に釣られることなく、こちらの隊もしっかりと統率が取れていた。

 ペトラルカは主力部隊の状況を()()()()剣士に確認させた。遊撃隊が敵陣内で暴れたことによって、ヘルヴェティア軍が優勢であったファランクス戦が逆転しトゥッリタ軍が押し返している状況であると。ただヘルヴェティア主力部隊は、トゥッリタ軍が予想した以上に意思統一が上手くコントロールされているらしく、壊滅的な状況には陥る様子は見られなかった。

 ペトラルカは第四次左翼突破作戦の必要性を感じ取った。すぐに人員構成の再編成案が彼の頭の中で構築された。それから、その人員構成に対応出来る再突入案がいくつも浮かんでは否定され、また人員構成からやり直す作業を繰り返していた。ペトラルカは有力な攻撃案が浮かばず、非常にまずい状態であると自覚しながら手綱を引くのだった。

 

 トゥッリタ軍右翼騎馬隊の長子、ブルーノ卿は、左翼のペトラルカ隊と同様に素晴らしい統率力を持って、敵左翼に展開する騎兵隊を打ち破り、敵陣へ切り込もうとして、敵の強力な剣士軍団にその足を止めさせられていた。ヘルヴェティア軍は自軍左翼に最強の剣士を配置し、右翼には最強の騎馬隊を配備していたのだった。その為、トゥッリタ軍右翼ブルーノ隊は剣での闘いに於いて劣勢となり、左翼のペトラルカ隊は騎馬戦で苦労していたのだった。

 ペトラルカの機転で混血を中心にした遊撃隊が敵陣への斬り込みに成功をした。しかし、肝心の主力部隊を壊滅させるほどの動揺を誘う事は出来なかった。それでも劣勢から優勢には転じることには成功はしたのだが、戦況の好転もここまでだった。

 リキメル卿は戦況を聞きながら戦略的な思案があるのか、考えを巡らしていた。右翼隊騎馬隊の一部を左翼に回すのが一番良い案に思える。その場合の効果とリスクを天秤かけた結果、移動のタイミングとその他の不確定要素が彼の決断を迷わせた。さらに、参謀たちの意見も割れていたことが混迷の度をより深めたのだ。リキメル卿は胃が痛くなる思いをした。

 ここで、ペトラルカやリキメル卿が予期しなかった幸運が転がり込んできた。対混血として配備されたヘルヴェティア軍左翼部隊、最強の剣士が浮足立ち、完全に統率が取れなくなってしまったのだ。ヘルヴェティア軍左翼部隊の剣士たちは、自分たちこそが命を賭してでも()()()を亡ぼすことを使命とし、不退転の覚悟を持ってその任を務めていた。にもかかわらず混血の化け物は自軍の剣士たちの固い決意を嘲笑うように、自陣に侵入して暴れまわっているのだ。これで前線の剣士たちに混乱するなと言われても無理な話である。

 ブルーノ卿はペトラルカという巨星の影に隠れている為、どうしても目立たぬ存在である。しかし優秀さと言う点では、確かにペトラルカには多くの面で劣る所はあるかもしれないが、それは相対評価する対象となる人物が優秀過ぎる為、そのような印象評価となってしまうのである。真の実力、絶対評価されたなら、その評価は誰もが優秀であると認めざる負えないレベルであった。 

 この状況に於いてもブルーノ卿の優秀さは遺憾なく発揮された。敵の剣士が浮足立っているのを看破し、強引ともいえる正面突破を試み、多くの犠牲を払いながらも見事にヘルヴェティア軍最強剣士たちを蹴散らしたのだった。

 これがヘルヴェティア軍の崩壊が序曲となった。ヘルヴェティア軍は自軍の左翼から吸血鬼の群れが攻めてくると想定し最強の剣士を配置した。その左翼部隊が突破されたと言う事は、ヘルヴェティア軍の認識では吸血鬼と言う化け物が自陣に大量に斬り込んできたとなる。

「吸血鬼はいない。左翼部隊は健在だ」と兵を落ち着かせていた言葉が崩れ去ったことになるからだ。これは完全な誤謬である。しかしヘルヴェティア軍としては止む得ない状況でもあった。そして、その情報が主力部隊、ファランクス隊の耳に届いた時、彼らは裏を取られる恐怖、それは包囲殲滅による全滅かもしれないという完全な敗北を予感でなく確信させたのである。こうなってしまっては、主力部隊は戦線を維持することが出来なくなる。ファランクラス戦は前面に集中して戦闘を行うが信条である。後方が気になってはその戦闘力は半減し、そればかりでなく吸血鬼の恐怖と背後から襲われる恐怖が相まって敗走が始まったのである。

 このような状況下だからこそ、優秀な指揮官は存在は頼もしい。ヘルヴェティア軍右翼部隊である騎馬隊の指揮官が味方のファランクラス部隊が崩壊したことを察知した。そしてその指揮官の命令一下、戦線が崩壊し敗走する兵に逃走ルートを確保し、少しでも多くの兵を戦場から逃がそうとしたのである。

 戦場はリアリズムが支配する世界、このような状況をペトラルカは見逃すことはなかった。第四次左翼突破作戦立案を放棄し、敵を壊滅させるべく敵の騎馬隊と再び対峙することをペトラルカは選んだ。

 ヘルヴェティア軍最強の騎馬隊をもってしても一度敗北に傾いた戦場の潮流に逆らうことは出来ず、トゥッリタ軍を抑え込んでいた今までの勢いを失い劣勢のまま力尽きた。戦場を離脱した兵の多くはベルンを見捨て、西へ四十リュー(一リュー:約三.九キロメートル)と遥か遠くにあるヘルヴェティア王国の現王都であるジェヌア、そしてその中心にある国教の総本山であるサン=ピエール大聖堂、トゥッリ公国国教である旧教の総本山サンピエール教会と皮肉にも同名、へと向かったのだった。


 トゥッリタ軍の総司令官、万人長であるリキメル卿は追撃戦を実施せず、ベルン門での会戦の掃討戦を徹底的に実施することを決定した。リキメル卿は派手な追撃戦、ジェヌアまで敵を追うより、まずはベルンを確実に陥落させた方が、この先起こるであろう会戦において戦略的に有利となると考えたのである。彼に相応しいオーソドックス且つ堅実な戦略だった。


 ベルン門前に広がる平原、通称ベルン門平原での戦いに勝利したトゥッリタ軍はベルン門を中心にベルンの街を包囲していた。敗戦が濃厚になるや否や、ベルンを見捨てジェヌアに逃げた者もいた。特に上級士官(貴族のこと)とその従卒兵である。ベルンに残る敗残兵の多くは徹底抗戦を決意していた。

 リキメル万人長は「会戦が終わり勝負が付いた今、街に籠ったところで餓死するか、死を前提とした闘いをするかの二択しない。降伏しろ」と、その意をプリンケプス、ネオポリス辺境伯ジャンバティスタ・バジーレの助けを借りラティーナ語に置き換え、その文面をプリンケプスが書に落とした。残念ながら今会戦の従卒筆師はラティーナ語を知らなかった。筆師は自分の不勉強をリキメル卿に詫びたが、そもそもラティーナ語などは一般に使用されることは皆無な古語で、今では外交折衝と聖典の原文以外使用されることはないのが現状である。リキメル卿もプリンケプスも筆師の不勉強を詫びたことを気にも留めていなかった。

 ベルンでは、この書を受け取り、軍と教会を中心とした徹底抗戦派ともはや無駄な血を流す必要はないと主張する市民を中心とした降伏派に内部分裂した。最後までこの二派は分裂したままで歩み寄ることはなかった。この分裂はベルンに於いて悲劇を招くことになる。

 リキメル卿は抵抗しなければ軍事行動をする意思はなかったのである。徹底抗戦派の無益なトゥッリタ軍への抗戦は、数に勝るトゥッリタ軍に敵うはずもなくあっさりと返り討ちにあって終わった。しかしながらトゥッリタ軍からすれば、ベルン市民の誰が抗戦派であり、降伏派であるかは全く預かり知らぬことである。密告もあるにはあった。しかし密告をあっさり信用するほどトゥッリタ軍もお人好しではなかった。その為、リキメル卿はベルン市民の心が折れて回復させる時間を与えない短期決戦を選んだのである。

 ヘルヴェティア国教、新教改革派教会の徹底的な破壊。それを阻もうとする者を見せしめの意味を持った残酷で名高い鉄環絞首刑と火刑を中心に公開処刑が実施することだった。これは劇薬の処方でもあった。長期間の使用は自暴自棄なった市民の無謀な反乱を招く可能性があるが、恐怖で心が麻痺している短期間なら完全に心を縛る付ける事が出来るのである。その間に占領処理をすれば良い。後は反抗の意思さえ見せなければ、ベルン市民にある程度の自由を認める事によって不満を解消させるのである。恐怖とその後の自由を組み合わせた政策は、トゥッリタ軍が占領地を統治する基本的な方法でもあった。ただし実施するのは簡単な事ではない。

 

 歴史を紐解くと、どの時代に於いても、敵対する異教徒に対しては残虐な行為が神の教えを忘れたかのように行われてきた。それだけでなく、同じ神の祀る教徒間の争い、特に正統と異端と呼ばれる教派の争いに至っては、敵対する異教徒との争い以上に残忍な行為が行われてきたのである。一種の近親憎悪かもしれない。ベルン門会戦の掃討戦も例外に漏れずその蛮行は行われたのだった。

 リキメル卿の予想通り、この占領戦略は効果てき面であった。ベルン市民はトゥッリタ軍を怖れ反抗する意思を失くし、トゥッリタ軍を支配者として受け入れたのである。

 ベルン門に同心円が四つ並んだ紋章旗が掲げられた。その紋章旗はヘルリ家の家紋を模したもので、ベルン門がヘルリ家、トゥッリタ公国の配下になったことを世に、それは象徴的な意味を含みベルン市民に徹底的に理解させる為であった。

 今、その紋章旗に異を唱える者は誰一人といない。

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