Le Diable au sang et corps 1-d
【1er-d Chapitre】
トゥッリタ公国では、国内だけでなく周辺諸国までその名を轟かす工房がある。ひとつは画廊工房、アリギエーリ卿が開いた工房で地獄絵を描かせたら右に出る者はいないと称されている。そしてもうひとつは、少年と言っておかしくない年齢から天才の名を欲しいままにした刀匠のフィリッポ・ブルネレスキ卿が開いた刀鍛冶工房である。紋章として薔薇が使用されており、その薔薇の刻印はマリアローザと言われ、多くの剣士の憧れの的になっている。
ブルネレスキ卿は刀鍛冶としては超一流であったが、性格はかなりの偏屈で依頼主が剣に見合った実力がないと決して刀に火を入れることはない。それだけでなく意味不明な理由で依頼を断ることもある。そうなったら最後、ブルネレスキ卿の意匠とする剣は手に入れることが出来ない。つまり諦めろと言う事である。
マリアローザの剣を使用する剣士で一番有名なのがラウラ・ド・ノヴィス公。四十年程前に起こったヘルヴェティア王国の戦いで、トゥッリタ公国の首都ラトゥール陥落の危機を救った救国の英雄である。彼女の母親はモントルイユ候と言い、残念ながら故人となってしまったが、未だにトゥッリタ公国最強の剣士としてその信者も多い。モントルイユ候の剣捌きは独特で、徹底的に失血を狙う剣術であった。モントルイユの剣と恐れられ、だが天才ゆえにその剣術を引き継ぐことができる剣士が居なかった。辛うじて、モントルイユ候の子供たちであるラウラとシモーネが引継ぎ、やや剣術レベルは劣るがラウラとシモーネの幼馴染のイレーヌ・ダンヴェールが引き継いだのであった。
実はイレーヌの剣にはマリアローザの紋章がない。ブルネレスキ卿は剣の実力ではイレーヌを認めてはいたものの、彼女の、剣士は似合わない美しい容姿が仇となってしまった。
「令嬢のような顔が気に入らない」
これがイレーヌの依頼を断ったブルネレスキ卿の言葉である。
そんなイレーヌにも転機が訪れた。ブルネレスキ卿の許には数は決して多くはないものの、工房を構えてから途切れることなく弟子希望者が工房に足を運んでくる。そこはブルネレスキ卿。余程気に入った者でない限り、門前払いされるのである。しかも意味不明な理由で。偏屈もここまで来るればひとつの才能なのかもしれない。
偏屈な師匠がいる刀鍛冶工房にも最近、とは言っても十年は経つが一人の若者がブルネレスキ卿のお目にかなった。これで通算三人目の弟子である。一番上の弟子はブルネレスキ卿の厳しい修行に音を上げ、ある日突然失踪した。昼食の後の失踪であった。二番目の弟子は殆どしゃべることもなく黙々と鍛造や研磨をこなすタイプの人間で、師匠の暴言に堪えているのか、いないのか、その表情からは伺うことは出来なかった。そんな無表情で何を考えているのか判らない弟子ではあったが、日常の事柄ならいざ知らず、仕事に関しては、不屈の精神で決して音を上げることなく最後までやり遂げるのである。良くない言いようだが、才能の至らぬ部分を根性と気合で補う職人である。実はブルネレスキ卿、この手のタイプの人間が嫌いではなかった。そして三人目の弟子、彼の名はウーゴ・デ・ローザ。家系は過去男爵の爵位を持つ小領主だったらしい。囲い込みにより領地を手放したのではなく、領主間の覇権争いに負け領地(爵位)を失ったようだ。彼が家や家族のこと全く語らないので、風に流れてくる噂話程度の、信ぴょう性のない噂でしか彼の過去を知ることが出来ない。ブルネレスキ卿はデ・ローザの素性に全く興味を示すことはなかった。ブルネレスキ卿が興味があるのは、自分の技術を引き継げるかどうかだった。
ブルネレスキ卿はデ・ローザに対していつも厳しい注文をつけるのだが、デ・ローザはそれを難なくこなしていくのである。こうして師の技術は弟子へと引き継がれていく。二番目の弟子同様、実はブルネレスキ卿はデ・ローザの才能にいたく惚れこんでいた。全くそんな素振りは見せないが。
第一次ベルン門会戦の後、デ・ローザは師匠の使いとしてクレール要塞に出向いていた。古臭く倒壊寸前の要塞ではあったが、一流として名を馳せた剣士たちが好んで使用することでも有名な要塞であった。その反面、要塞としての戦略価値は無に等しいことは言うまでもない。デ・ローザが「invincibilis」と書かれた要塞の大風が吹けば崩れそうな門をくぐった。まず最初に目に飛込んでくるのは礼拝堂だ。その礼拝堂も、これが今にも崩落しそうな面持ちで、まともに建っているのが不思議なくらいのオンボロさであった。デ・ローザは礼拝堂の横を抜け、クレール伯ロベール・ダンジューに会いに行くべく要塞内にある統括部に向かった。デ・ローザは師匠であるブルネレスキ卿からの伝言と送られて来た金銭を、それは使いの者が貰って頂かないと領地に帰れないと泣き落しの末すっだもんで押し付けられた、返金することが今回の使命であった。つまりクレール伯からの依頼を断るのが仕事となる。
デ・ローザは他の刀鍛冶なら兎も角、ブルネレスキ工房ではこのような形で依頼は受けない事を、公国全土にその偏屈ぶりは知り渡っていると自負していたのだが、いささか自意識過剰だったようだ。実際会ってみるとクレール伯はブルネレスキ卿の一筋縄ではいかぬ偏屈ぶりを知っていた。それでも意外と正攻法でやってみると上手くいくのでは、と考えたらしい。その考えはデ・ローザからすれば甘過ぎると言いたくなるレベルであった。正攻法で依頼を受けるような、そんな優しい一面があの師匠に億分の一であればこんなに苦労はしない。そして最後に、
「誠に申し訳ございませんが、我が師はクレール伯爵様の依頼を今後一切受領致しかねる、との事です」
とブルネレスキ卿の言葉と送金された金銭を差し出した。クレール伯はデ・ローザの言動を笑い飛ばしながら、
「聞きしに勝る偏屈ぶりだな。残念だ。マリアローザの剣は諦めるか……で、デ・ローザ殿、ここまで足を運んでくれたのだ。駄賃とは言えば失礼だが、心付けとして、これを」
と、デ・ローザの二か月分の給料に相当する金銭を、銅貨で四千アース(1アース:80円程度)をデ・ローザの目の前に置いたのだ。
実はこれこそがクレール伯の狙いであった。師匠に取り付く島もないのなら、まずその弟子を落とば良い。弟子ならば上手く懐柔できるのではと思料を巡らした結果だった。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」オリヨンの遥か先を統べるダイナスティ・タンという国の詩人の詞があり、その道理の事をクレール伯はやろうとしたのだ。クレール伯はその事を一切知ることもなく。しかし、
「クレール伯爵様、このお金は受け取れません。剣を納めていないのにお金を頂いては、我が師に殺されます」
とデ・ローザは深々と頭を下げた。この言葉にはつい先ほどまで笑い飛ばしていたクレール伯も苦い顔をした。クレール伯は深々と頭を下げるデ・ローザを不躾な色を隠そうとしない視線で観察した。「師匠に黙っていたなら、師匠には判らないだろうに……、そんな知恵すらないのだろうか? それとも馬鹿正直なのか?」クレール伯はデ・ローザが発する気を感じながら、自分の考えが的を得ていないことを読み取った。「こやつは単にへそ曲りなだけだ、師匠も偏屈ならどうやらこの弟子もかなりの偏屈者のようだ」クレール伯は金銭で心が動く事が正常な精神であり、金銭に興味のない者はまともな神経をしていない、という価値観を抱いていた。結果「デ・ローザも師匠のブルネレスキ卿も理解できぬ偏屈者」と結論に至った。しかし、クレール伯はデ・ローザが偏屈で扱いにくい人間であっても縁を重んじていた。人の繋がりはどこで役に立つか判らないもの。
「デ・ローザ殿、今剣士たちが模擬戦をしている、見学に行かれては?」
今から模擬戦を見学したなら、夕餉をここで済ますことになる。歓待して損はないだろうと、ソロバンを弾いた。
「悦んで」
デ・ローザがさも当然の様に応えた。
デ・ローザはクレール伯に教わった通り要塞の回廊を抜け中庭に出た。そこではクレール伯の言葉通りに、五名ほどの剣士たちが模擬戦を行い、その周りを剣士たちや奴隷の剛力が囲んでいる。その輪の中にデ・ローザは割り込んで模擬戦の状況を観察した。模擬戦であっても剣を製作する上では重要な情報源であったからだ。デ・ローザの顔が引き締まり、一瞬で決まる勝負の瞬間を逃すまいと彼の視線は、人が殺せるではないかと思わせる程鋭く威圧的になった。
ここで気付いた人もいると思うので、奴隷の剛力が何故模擬戦を見ていたのかを述べておく。
剛力は親衛隊に属する奴隷である。奴隷と言っても少しその内容は異なる。この剛力は親衛隊の戦場に付き従い彼らを補佐するのが役目となる。外交の延長上の会戦いわゆる戦争、それだけはなく妖魔狩りにも参加するのだ。そして場合によっては妖魔の巣、ボマルツォの森へも赴く事も辞さない。その様な過酷な状況で、剣士達の実力を遺憾なく発揮できるように、剣術や剣士達の癖などを知っておくことはプラスに作用することがあってもマイナスになる事はない。それ故に、剛力たちは模擬戦を見る事は重要な仕事なのである。
模擬戦。
その闘いをデ・ローザが注視する。
今イレーヌは四名の剣士を相手にしている。イレーヌに対する四剣士はイレーヌを中心に正四角形の頂点に位置する包囲戦の基本戦術を採用していた。この陣形は敵剣士が正面にいる剣士の相手をしている間に、左右後方から攻撃をする最も効率の良い戦術を選択できる陣形であった。彼女の右正面にいる剣士が先を制し動いた。それを合図のようにして、他の三剣士が反時計回りに連動した動きをみせた。まるで各剣士たちがパートナーになる剣士の行動を事前に知っているかのようだった。実際彼らはデ・ローザが想像する以上に長い時間、厳しい訓練をしていた。それ故に、その練度は非常に高い。この状況を見ていたデ・ローザは多人数捌きしている側の勝利、イレーヌの敗北を予測した。その予測はたった数秒後に否定されることになった。
この時代の剣術の基本は剣を「突く」「斬る」この二動作になる。剣を突くには自身の体重を錘にすることによって、打突する剣筋の安定と剣の威力を最大限に引き出す。これは軽い剣捌きをするイレーヌでも同様であり、例え混血であっても自然の、物理法則には逆らえない。同様に剣で相手を斬り裂く場合にも同じ原理が働く。だが相手に対して斬り込む場合には、剣で突く、相手を斬り裂く場合のように力強く踏ん張る必要が実はないのである。骨を断つには確かに刃筋を力強く安定させることが重要となるのは真理だが、肉を斬るだけなら刃筋を真直ぐする保つだけで十分であり、力技でなく、ちょっとしたコツで十分でなのある。簡単に言ってのけたが、このコツを会得するにはもって生まれた才能と不断の努力が必要となる。簡単に剣豪にはなれないものである。
ふわっと剣を柔らかく少し動かしたかと思うと、イレーヌの剣はまるで相手の剣が通る路を知っているかのように的確に自身の剣で相手の剣を滑らすように受け流し、その刹那、彼女の剣が相手剣士の喉や眼球を確実に制圧していく。あっという間の出来事で、その手際の素晴らしさは、最高レベルに言っても良い程に達していた。また、この独特の剣捌きは師匠のお気に入りであるノヴィス公、マルティニ候の姉弟に似ていた。さすがに、この公国最強の剣士に勝てはしないだろうが、かなり良い勝負をするのではと、デ・ローザに感じさせる腕前であった。そしてデ・ローザがその剣士の兜を脱ぎ素顔を晒した時、思ってもみなかった綺麗なお嬢様が姿を現したのだ。これは救国の英雄と紹介された、あか抜けない小娘よりインパクトがあった。意外な事に、これがデ・ローザとイレーヌの初邂逅になる。師匠であるブルネレスキ卿がイレーヌからの依頼を「顔が綺麗だから」と言う理由で断った事は、剣士、刀鍛冶の間では有名な話である。当然デ・ローザも知っており「師匠ならあり得る話だな」と思い、それ以上特に気に掛けていなかった。そのような理由から、ブルネレスキ卿の弟子であるデ・ローザが公国一流の剣士であるイレーヌと出会う機会に巡り合わなかったのである。
デ・ローザの視線はイレーヌに釘付けになった。デ・ローザが確かにイレーヌの容姿に惹かれたのは事実だが、それ以上に刀鍛冶として、あんな三流鍛冶師が鍛造した出来損ない剣でなく、自分が鍛えたあげた剣であればもっと彼女の剣術をもっと活かすことができるのにと心の底から湧き上がる感情、それは恋に恋をした若き日の情熱に似た熱を持ってデ・ローザの心を支配し、彼女の為に剣を造りたいと言う衝動を後押しした。
クレール要塞から帰ってからデ・ローザが最初にしたことは使いの事でなくダンヴェール伯の為に剣を造ることの許可を師匠から貰うことだった。
「駄目だ」
この一言で拒否された。師匠の偏屈さを骨の髄まで知り尽くしているデ・ローザからしてみれば、この程度でめげていてはブルネレスキ工房でやってはいけない。デ・ローザは根気よく師匠を口説く事にした。しかし、あまりしつこくすると師匠はさらにへそを曲げてしまうので、ここら辺の匙加減を誤ってはいけない。その後、三ヶ月ほど師匠と弟子の闘いが続けられることとなった。
「ダンヴェール伯様の剣を造ってみたいのですが……」
「駄目だ」
「一流の剣士に使ってもらうのは刀鍛冶の誉れ、そうですよね? 師匠」
「そうだな、でも駄目だ」
「師匠、これ……」
「剣は造らん」
「いえ、お昼のパンとワインです」
「……」
ブルネレスキ工房では、都合が悪くなると、ダンマリを決め込むのが基本のようである。
第三者から見れば、喜劇のような滑稽な闘いであった。しかし当人たちは至って真面目な闘いであったのである。その第三者がデ・ローザの無口な兄弟子であった為、このシチュエーション・コメディが世に出なかったのが惜しまれる。もしかしたらブルネレスキ工房ではなくブルネレスキ・コメディ劇場と名を変えていたのかもしれない。最終的にはデ・ローザの粘り勝ちになった。勿論ブルネレスキ卿も只では折れない。イレーヌの為に剣を造ることは認めるが、ブルネレスキ工房の紋章、マリアローザの使用を頑として許可しなかったのである。それならと、デ・ローザは勝手に紋章でも付けようかと考えてもみた。さすがにそれはやり過ぎだと思いやめておいた。賢明な判断である。
師匠からイレーヌの剣を製作する許可を得たとはいえ、そこはブルネレスキ卿、いつ何時理解不能な理由で許可が取り消されるとも限らない。デ・ローザは早速、近衛隊の事務局にイレーヌの剣を製作する意思がある旨の手紙をしたためた。返信について、デ・ローザは一か月は最低掛かるだろうと思っていた。余程運が良かったのだろう、たった二週間でイレーヌから返事が返ってきた。内容は見るまでもなく、剣の製作依頼だった。
※
イレーヌの許にブルネレスキ工房から験斬用の剣が届いた。長剣から腰剣、短剣まで様々な長さと形状の剣が届けられたのだ。イレーヌはそこから自分が気に入った剣や闘いに必要な剣とその本数を工房に改めて注文するのである。イレーヌは自分の剣術に一番適合している長剣を手に取った、その瞬間、驚きを隠せなかった。ブルネレスキ工房の剣は鋭い切味とその耐久性が有名だが、そればかりではないようだ。剣の重心、そのバランスが計算され尽くしているようで、同重量の他の剣よりはるかに軽く剣を振ることが出来る。その時間差は刹那(約1/75秒)の差くらいしかないのかもしれない。だが、その僅かな差が闘いの中では勝敗、即ち生死を分けてしまうのである。
イレーヌは長剣を右手で軽く振った。よく手に馴染む。こんな出来の良い剣を知ってしまえば他の剣なんて使う気にはなれない。ラウラやシモーネが他の剣に目もくれずブルネレスキ工房の剣しか使用しない理由が実感として理解できた。イレーヌは先のベルン門会戦でのヘルヴェティア軍の戦術、集団密集戦になった場合の対策を考える必要があった。ただ自分たち、混血の能力を活かすなら集団密集戦に投入されるともあまり思えなかったが、一応集団密集戦用の短剣も注文することに決めた。
それから三ヶ月後、第二次ベルン門会戦前にイレーヌの許に彼女が注文した剣がブルネレスキ工房から届けられた。彼女の剣を主に火を入れたのは、工房の頭でなく弟子のデ・ローザだった。彼がイレーヌの腕に惚れ込んだのだから、当然の事だった。ただ、あれ程イレーヌの剣を造ることを拒んだブルネレスキ卿であったが、実は長剣の半分はブルネレスキ卿が鍛造したものだった。どんな理由があるにせよ、腕を見込んだ剣士の剣を造ることは、やはり刀鍛冶としての血が騒いのだろう。ならば、イレーヌの剣を最初から素直に製作すれば良いと思うだろうが、そうしないのが偏屈王、ブルネレスキ卿と言ったところだろう。そして実はブルネレスキ卿はイレーヌから注文を受けた剣の鍔の裏に、その存在を隠すように小さいながら薔薇の刻印をしっかり刻んでいた。納入前の剣を検品している時に、デ・ローザはこの小さな薔薇の刻印、マリアローザを見つけだしたのだ。師匠の偏屈ぶりの偉大さに感服し、思わず師匠の方に顔を向けた。その視線に気付いた師匠は、まるでゴロツキが因縁を吹っ掛けるような目つきで「何か文句あるんか」とデ・ローザを睨み返してきた。デ・ローザは肩をすくめた後、剣の検品を再開した。笑いを堪えながら。
ダンヴェール伯に納める剣もノヴィス公たちに納める剣も、やはり師匠が同じであること示すようにその形態、特徴は似通っている。どちらもモントルイユの剣を活かすことを一番に考えられている。骨を断つことを最初から放棄しており、血管を重点に置いて斬り裂くモントルイユの剣では武骨な剣は不要である。相手の隙を突きやすい線が細く長い剣が好まれる。ダンヴェール伯の欲した剣もノヴィス公たちと同様の線の細い長剣であった。それだけでなく、第一次ベルン門会戦でヘルヴェティア軍が実行した集団密集戦対策として短剣も数多く納品する。集団密集戦用の短剣はモントルイユの剣用でなく、力任せの応戦用として製作されており、一般の短剣同様に男性的なフォルムをしている。デ・ローザはその短剣を検品しながら、武骨な剣はダンヴェール伯に似合わない思った。やはり線の細い長剣を振り回してる方が画になると。
デ・ローザは長い剣を持ち、可憐な踊り子のように舞うダンヴェール伯の姿を想像した時、少しだけ胸がときめいた。もしそれを師匠に知られたなら、一生からかわれ続けることは必至。それは何としても避けたいもの。デ・ローザは奥歯を噛み表情を消した。それでも、その微妙な表情の違いを兄弟子はしっかりと理解していた。師匠でなく兄弟子に心内がばれた事は、デ・ローザはとってこの上なくラッキーな出来事だった。
納入品全ての検品が終わった。剣の代金は全額前金として、近衛隊の事務局を通じて既に入金されている。なお、全額前金で支払うのは剣士と刀鍛冶工房では一般的な金銭のやり取りであった。それは剣士の命がいつ何時果てるか判らないからであり、工房としては剣の代金を回収し損ねるのを防ぐ為である。また剣士として、前金で剣の支払いが出来る事は一人前の剣士であることの証のひとつでもある。余談になるが、貧乏貴族の剣士たち、多くの親衛隊の剣士は金銭に余裕がない。その為、剣や武具を購入するにも一苦労である。彼らを金銭的に援助するシステムが親衛隊、僧会には存在する。無利子無担保で金銭を貸し出しているのである。当然、返済期間は親衛隊を除隊できない。また返済期間中に剣士が死亡した場合には、子息に親の借金を引き継がせ、強制的に親衛隊に入隊させるのである。相変わらず公国の国家機構は弱者に一見優しいように見え、実のところはかなり弱者に厳しい。それでも他の国に比べれば十分に弱者救済を実施している方である。
検品の終わった剣が、一本また一本木箱に詰められていく。そして箱詰めが終わった木箱の頂点にデ・ローザがブルネレスキ工房の焼き印、ブルネレスキ工房の象徴である薔薇の刻印を押した。またダンヴェール伯に会えることを祈りながら。
本来、剣と刀は異なる武器ですが、本シリーズでは曖昧にしてあります。




