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Le Diable au sang et corps 4-c

【4e-c Chapitre】


 ラディゲがイレーヌと模擬戦をするのはこれが二度目だった。前回剣を交えた時には格の違いを見せつけられただけで、手も足も全くでなかった。完敗以外の言葉がないくらい、ある意味気持ちが晴れやかになるくらい情けない負けっぷりだった。あれから実戦も経験し、自分の無様さも知った。今はまだイレーヌに遠く及ばないだろうが、前回より成長した姿をイレーヌに見せる事ができるとラディゲは息込んだ。以前心に占めていた強くなってからイレーヌに会うという気持ちは完全に消え去っている訳でないが、その威力はとても小さくなっており、ラディゲの行動原理に小さな影響しか与える事は出来なくなっていた。

 ラディゲは楽観的部分と慎重な部分が共存する性格をしている。闘いは慎重だけでは勝てない、また大胆だけでも勝てない、両者のバランスが重要なのである。ラディゲはその特異な性格が剣士としてのメンタル面に於いて、他者より有利に働き、成長を後押ししていた。

 ラディゲがイレーヌに剣先を向けた。イレーヌもそれに応えるようにラディゲに剣先を向ける。ラディゲはイレーヌの剣に隙がないかじっくりと確認した。予想通りつけ込むような隙はなく、仮に隙を見せていたならそれは間違いなく罠だ。ラディゲは先に動き勢いに任せイレーヌを防御一方に追い込んで強引に隙を作らせるかと思考してみたが、成功率は限りなく低いと結論に至った。イレーヌにそんな力技が通じるとは思えない。ならばと基本に立ち返りオーソドックスな仕掛けの初手を選んだ。真正面からぶつかるべきだと。奇手はその変則な闘い方により融通が利かない戦術である。派手さや花はないが、オーソドックスな初手は多くのバリエーションに対応できる闘い方であり、それ故に廃れることもなく、何世代も引き継がれるのである。

 ラディゲは自分の初撃は不発に終わることを念頭に置いた。モントルイユの剣の体捌きは特有の受け身を取り、間違いなくイレーヌの身体が右か左に流れるのである。それを判断して対応するには余りに時間の余裕がない。刹那の(とき)過ぎる。前回の闘いではイレーヌはラディゲの右手側に身体を流した。ラディゲにはその姿を追えなかった。正確には追えるだけの力量がなかったのだ。今の力量を以ってしても、あの愛しい女性の姿を追うのは難しいだろう。ラディゲはそう分析した。そしてどうせ判らないのなら、当てずっぽうで攻撃すれば良いのでは……。その時、剣でなく、腕を振ってみてはどうだろう。空振りすることは間違いないが、意表を突き、一瞬でも相手の体勢を崩せるかもしれない。後は自分の得意な剣術で勝負するだけである。

「ダンヴェール伯に負けても恥ではない」そう楽観的に思うとラディゲはこの作戦を採用する気になった。

 ラディゲはイレーヌの状況を再度確認した。イレーヌの剣先はラディゲの喉元にピタリと照準されている。極端に呼吸の回数を落とし深く呼吸しているのか、イーレヌの肩の上下が認められない。相手のタイミングを外して攻撃するのは難しい。ラディゲは自分の呼吸に合わせて、イレーヌの身体の中心に剣先を突き刺した。避けられることが前提の突きではあるが、一切攻撃の手を緩めてはいない。相手の技量の方が遥かに上なのだ。手を抜けば簡単に看破され対応されるだろう。その時、ラディゲは直感的に自分の右手にイレーヌが回り込むと感じた。動物的な勘と言えば格好もつくだろうが、現実はただのギャンブルだった。しかし偶然にもそのギャンブルの当たりくじをラディゲは引き当てたのだ。ラディゲはこのギャンブルに勝ったものの腕を振り回す余裕がなかった。考える時間もなく、反射的に出た行動は、頭突きをするように顔を突き出してイレーヌの方に身体を寄せたのだ。防御という点では全く無意味な行動だった。

 イレーヌ側からしてみれば、まさか不用意にラディゲが自分の顔を突き出してくるのなどとは思いもしなった。完全に虚を突かれた。そしてラディゲが自分に顔を寄せてきたことに対して、イレーヌは思わず視線を逸らしてしまったのだ。それはまるで、初めて男性を意識した少女のような振る舞いだった。すぐに態勢を立て直す。以前のラディゲではその隙を突く事は出来なかっただろうが、鍛え上げ成長したラディゲには十分な勝機だった。左脚に体重を掛け身体を少し右に向き直り、切っ先をイレーヌに向けようとした。もしイレーヌがラディゲに対して距離を置こうとしていたなら、ラディゲの剣の方がわずかではあるが、イレーヌを制圧し勝利できていただろう。

 イレーヌは自分がとんでもないミスを犯した事を悟った。思わず気後れしそうになるが、しかし反省するのはこの闘いが終わってからだ。イレーヌは引くのが愚策であるのなら、相手に当るのが正解であると咄嗟に判断し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、気が付けばラディゲの右脚に向けて飛び込んでいた。そして身体を背後に回り込ませ、ラディゲの膝を折り態勢を崩した。思いも寄らぬイレーヌの攻撃に後手を引いたラディゲであったが、彼もただイレーヌの攻撃を受けているだけの木偶の坊ではない。態勢を崩しながらも身体を反転し、自分より小柄なイレーヌをその大きな体躯で抑え込もうとした。肉弾戦になった時にその大きな体躯を武器とする事は、オッシュ卿もラディゲも同じように考えたようだ。しかし、オッシュ卿の時と同様にラディゲの時もイレーヌの方が一枚上手だった。ラディゲの右腕にイレーヌは両腕で絡みつき力任せに後方へ自分の身体を振り子にしながら、イレーヌはラディゲ共々転がった。そしてイレーヌはラディゲが自分の頸に手を掛ける前に、ラディゲの視野を奪ったのだ。ラディゲの眉間を中心に剣を持つ右の拳で押したのである。一瞬ラディゲが怯み、再び視野を取り戻した時にはイレーヌの左手の指がまさに自分の眼球を潰そうとして静止していたのだった。

「参りました」

 前回とは違い、ラディゲは今回は素直に敗北を認めることができた。負けたとは言え、あのダンヴェール伯に剣でなく肉弾戦で勝負させたのである。大金星と言っても過言でないだろう。

 イレーヌは立ち上がると、さっとラディゲに手を伸ばした。

「ありがとうございます」

 ラディゲは晴れやかな気分で応えた。一方、イレーヌは何とも言えない渋い顔をしながら、

「お疲れ様です」

 と返した。

 イレーヌは憮然として闘いの後の評論を聞いていた。

 模擬戦が二戦連続の肉弾戦になった事にイレーヌは釈然としないものがあった。一戦目は短剣での闘いであった為、まだ自分の許容範囲だったが、今回のこの闘い方は、不甲斐ないのひと言に尽きる。相手の剣が自分の剣では敵わないのであれば、敗北に言い訳の言葉はない。弱いから負けたのだ。だが自分が失態を繰り返したのなら話は別だ。くだらない言い訳が頭に浮かぶ。見っともないないので、そのような事はしないが……

 評論の方はラディゲの咄嗟に出た頭突き(?)に対して、意見が割れていた。その有効性についてだ。不用意に顔を晒すのは危険だと意見と意表を突くという点に於いて有効性を認めるものだった。

 一方イレーヌに対しての評価は、最後にはラディゲに勝利したものの、「ラディゲにしてやられた」という形で落ち着いた。イレーヌも素直に認めざる負えなかった。それ以外は特に指摘された点はなかった。だが、印象としては、言葉悪く言えばラディゲの引き立て役となったのだった。ちょとばかり剣士としてのプライドが傷ついたイレーヌだった。

 この後も、ラディゲは自分の闘い方の問題点や改善点を評論していた剣士たちに貪欲に聞いて回っていた。誰が見てもその熱意を感じられるほどに。それは模範的な親衛隊の剣士の行動そのものだったが、その基盤にある熱意がイレーヌへの恋慕の情であることを知る者はいない。

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