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Le Diable au sang et corps 4-a

【4e-a Chapitre】


 自分を鍛える為にと、積極的に訓練に勤しんでいるラディゲはサンピエール教会を離れ、今クレール要塞にいた。

 この時代、遥か東方の地、オリヨンで発明されたあぶみがまだこの世界にはまだ伝わっていなかった。その為、馬に乗る為には強靭な足腰が必要とされる。つまり、脚で馬の胴体を挟み込んで身体を安定させるのである。ラディゲは騎馬に対してまだまだ誇れるような自信もなく訓練が足りないと感じていた。そんな矢先、馬上訓練の志願者が告知されたのだ。先の第二次ベルン門会戦で騎馬隊の不足を露呈したことへの対処と更なる技術向上が目的であった。

 剣術課と言われる僧会の組織は、戦いに勝つにしろ負けるにしろ、常に戦いを分析して次の戦いへその教訓を活かそうとしている。民衆を支配するのは宗教で事足りるが、武力を持つ内外の連中を黙らせるのは武力ほど有効なものはない。また戦いに絶対に勝てる戦略戦術は存在しない。あるのは相対的な優劣だけ。その為に常に仮想する敵より一歩でも秀でていることが重要なのである。

 ここ数日の騎乗訓練の締めとして、騎馬の一騎打ちの模擬戦を実施することになった。コイントスを繰り返し対戦相手が確定した。ラディゲの対戦相手は親衛隊入隊の同期、名をラ・ファイエット伯と言い、親衛隊に珍しくゴール地方の出身で、トゥッリタ公国がゴール地方を武力で治めた事により貧乏貴族に落ちた家柄だった。騎馬では名のある一族らしく騎乗技術ではラ・ファイエット伯が上、一方剣術ではラディゲの方が上回っていた。

 この騎馬の模擬戦は相手を剣で制するか、馬から落とせば勝利となる。この時代、この馬上の模擬戦に限らず、模擬戦とは実戦を見越したかなり危険を伴うものであった。

 ラディゲが乗馬したのと同時にラ・ファイエット伯も乗馬した。ラディゲが手にした武器は長剣、ラ・ファイエット伯が選んだ武器は矛だった。攻撃力に絶対的に自信のある者は楯を持たない事があるが、二人ともしっかりと防御する為に楯を持つことにした。

 模擬戦が開始された。ラディゲの実力を十分に知り尽くしているラ・ファイエット伯は容易に剣の間合いには入ってこない。自分の矛がギリギリ届く範囲しか近づいてこないのである。時にはラ・ファイエット伯の矛をラディゲが防ぎ、またラディゲの剣をラ・ファイエット伯が防ぐ。互いに相手の攻撃範囲を見切り、それが幾度も繰り返され、長期戦の(てい)を為してきた。以前のラディゲなら勝気にはやって動いていただろう。そうすれば相手の罠に堕ちる可能性が格段に上がる。しかし、じっと動くべき時を辛抱強く待ち続けたのである。これは実戦をこなし、そこで得た経験を十分に活かすことが出来ていたのである。これは成長と言って過言ではないだろう。

 一方で作戦が上手く運ばないラ・ファイエット伯は自覚のないまま焦り始めていたのだった。騎乗技術をもっと上手くいかせないかと……。そこで思いついた作戦が、正面から突進し、馬に負担を覚悟で進路を相手の楯を持つ左手側に急激に変え、楯で防御されることを前提に一撃。その後急停止反転し、ラディゲの後方を取り勝勢を決める。勝率は五分と踏んだ。

 無意識な焦りは闘いの基本を簡単に忘れさせる。勝率は五分、勝つ確率は50%。一方で負ける確率も50%となり、コイントスで勝敗を決めるのと何ら変わりない。「勝算なく戦うなかれ」勝率50%はとても勝算のある闘いとは言えず、さらにラ・ファイエット伯はラディゲの力量を見誤っていあたのである。この時点で雌雄は決してした。

 ラ・ファイエット伯はラディゲの正面に躍り出、ラディゲ全体を睨むような目つきで視野に入れた。そして時間を掛け間合いをはかった。張り詰めた糸が鳴るような緊張が二人を覆う。ラディゲの楯を持つ手が、握り直したことによって少し動いた。その瞬間、ラ・ファイエット伯はラディゲに突進をはじめた。一気に加速する。予定通りラディゲの楯を持つ方へ突進する方向を急激に変える。ラディゲの楯にめがけ、全身の力を込め矛を突き立てた。ラ・ファイエット伯の目論見ではラディゲの楯で矛を防ぐか、矛を避け体勢を大きく崩すはずだった。そう、はずだった、のだ。現実は全く異なるシナリオが用意されていた。

 ラディゲはラ・ファイエット伯の矛を楯で受けるのではなく、剣で受け流したのである。完全に裏をかかれたラ・ファイエット伯は体勢を大きく崩し落馬するところだった。何とか踏ん張り体勢を立て直し、再びラディゲに対峙しようとした時、自分の目の前に殺気を感じ取った。慌てて楯で防ごうとするが、時すでに遅し。ラディゲの長剣が突く。ラ・ファイエット伯の鼻先に当る寸前でラディゲの剣は止まった。

「参りました」

 思わず声が漏れる。

 ラディゲはラ・ファイエット伯が敗北を認めた途端、剣を収めた。すると敗者の方から握手を求めてきた。ラディゲがそれに応じると、

「素晴らしい剣でした」

 とラディゲを賞賛し、ラディゲの方も、

「勝利は偶然が味方しただけです」

 ラ・ファイエット伯をリスペクトすることを忘れていなかった。

 ラディゲが以前にイレーヌに模擬戦に於いて完全に制圧されたにも関わらず、何も態度を示さなかったことがあった。いかにラディゲの行為が見っともない行為だったか、簡単に予測がつくだろう。

 ラディゲが馬を降りると、多くの賞賛の声を貰った。その賞賛の声よりも、イレーヌの許に一歩近づいたと実感できることの方がラディゲには嬉しかったのである。


 翌日、午前中の乗馬の訓練を終え、ラディゲが昼食を取っていると、事務局からの使いの修道士がラディゲの許に来た。

「ラディゲ伯爵様、昼食後事務局にお越しください。サンピエール教会から発令書が届いています」

 それだけ言うと小さく礼をして立ち去った。

 急いで硬いパンと干し肉を味の落ちたワインで流し込み食事を終え、クレール要塞の事務局に出向いた。

「レイモン・ラディゲ。出頭しました」

 すると、領主であるクレール伯ロベール・ダンジューが、

「伯をお待ちしていました」

 と恭しく言葉にした。

 ラディゲは慌てて直立不動の体勢を取り、

「クレール伯、何かご用でしょうか」

 クレール伯とラディゲ伯とは同じ爵位、伯爵を有しているが、一方は領地持ち、もう一方は貧乏貴族、同じ伯爵であっても格が違うのである。当然、ラディゲが格下となる。

 クレール伯がサンピエール教会から送られてきた発令書の入った封書をラデイゲに手渡した。そして今此処で開封するように促した。

 ラディゲは無言で頷き、蝋蜜を剥し、発令書を開封した。その内容は「速やかにサンピエール教会に来られたし」と拍子抜けするくらい実にシンプルな内容でだった。クレール伯にその内容を伝えると、クレール伯は、

「了解しました。すぐに出立の準備を整えさせます。伯も準備を」

 それだけ言うと、クレール伯は事務局を後にした。

 ラディゲもすぐに出立する準備に取り掛かるべく、事務局を後にした。

 ダンヴェール伯が今サンピエール教会に居る事を何かの拍子にラディゲは耳にしていた。サンピエール教会に行くということは、彼女に会う可能性がある。彼女に似合う男になる為に今努力を重ねているが、出来る事ならもっと彼女に相応しい男なってから自分を見て欲しいと思ったのだった。


 サンピエール教会に着くと、ラディゲはまず僧会の事務局に向かった。発令について詳しい事を聞くために。事務局に着くと、ペトラルカの執務室へ行くように言われたのだ。親衛隊の幹部として上層部からの信頼の厚いペトラルカには、僧会の表向きの実質支配機関である枢機院に席がないにも関わらず執務室を宛がわれているのである。特例であった。そんなペトラルカからの呼び出しである。第二次ベルン門会戦では共に戦った仲ではあるが、それは僧会、親衛隊としての招集を受けてのことだ。このような形での会見ではなかった。ラディゲは緊張し、「何を言われるのであろう……」と不安もあった。

 ラディゲはペトラルカの執務室の前で足を止めた。ここで手をこまねいても仕方がないと、あっさりと扉をノックした。

「入り給え」

 ペトラルカの声が部屋の中から響いた。

「レイモン・ラディゲ伯。入ります」

 ラディゲはペトラルカの執務室に足を踏み入れた。

 ペトラルカは執務室で事務作業に追われていた。しかし、ラディゲの入室の声を聞いて立ち上がり、ラディゲを出迎えた。

 ラディゲはペトラルカの顔を見て、一瞬顔をほころばせかけたが、すぐに顔を引き締めた。死線を共した連帯感が蘇ったことと自分を起ち上って迎えてくれた為、緊張の糸が切れるところだったのだ。ペトラルカは長子に任命され、執務室を与えられる程の優秀な人材であり、誰しもが一目置く存在である。ペイペイの自分とは立場も格も違うとラディゲは再確認したのである。

「ラディゲ伯、まずは席を」

 ペトラルカは客用の席を勧めた。

「ありがとうございます。では、失礼します」

 ラディゲは勧められるまま席に着き、それを見たペトラルカも自席に腰を下ろした。

「伯に今から述べる事は他言無用であることを心しておいてくれ」

 ラディゲは背筋を伸ばして無言で頷いた。

「伯には吸血鬼と思われる被害調査に行ってもらう。行き先はモラヴィア辺境伯領、モラヴィア辺境伯コンラード・プシェミスルからの調査依頼になる。極秘調査として記録されないが、大事にするのは可能な限り避けてもらいたい。尚、パートナーはダンヴェール伯になり、剛力が一名付く。一週間で出立の準備、剣の訓練(イレーヌとの連携の訓練のこと)も同時に実施して貰う。忙しい一週間とはなるが準備は怠る事がないように願う。何か質問は?」

 ラディゲは今回のパートナーがイレーヌと聞いて、頭の中に入っていた情報がとんだ。何とか頭を整理する。少しばかり時間を於いてラディゲは頭を冷やして冷静なった。これも彼の鍛錬の賜物であった。ラディゲは自分自身の感情をコントロールすることが少しづつではあるが、出来るようになったのである。感情のコントールは剣士として必須な技能である。だが簡単に出来るものではない。ラディゲは自分で思うよりも早く成長しているのであった。

 ラディゲ自身は今はまだイレーヌに会うには自分はまだまだ実力が足りていない、と感じている。しかし、この発令を拒否することは親衛隊の剣士としては絶対ありえない。受ける以外の選択肢はない。

「何もありません」

 ラディゲは胸を張り応えた。その頼もしい態度の裏には、いくぶんの虚勢があったことは言うまでもない。

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