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Le Diable au sang et corps 3-b

【3e-b Chapitre】


 第二次ベルン門会戦の掃討戦も終え、ラディゲは十日間ほどの休暇を取った。母親に以前手紙で第二次ベルン門会戦が終わったら一度帰郷すると伝えていたからだった。その言葉の約束を果たす為、ラディゲは親衛隊の事務局に休暇願を、サンピエール教会に剣を学び始めてから二年以上経つが、初めて提出したのだった。事務局から却下されることも往々にしてあるものの、初陣に違わぬ活躍が認められ、彼の休暇願はあっさりと承認されたのである。

 ラディゲの故郷はサンピエール教会から馬で片道三日程の距離にある小さな村でヴィンチという名で呼ばれている。取り立てて特徴がある村ではない。爵位のあるのは名誉貴族と言う貧乏貴族であるラディゲ家だけで領主はもっと大きな街、エンポリで門を構えている。

 ラディゲが生まれ育った家に戻り、その生家を見た時、懐かしさを感じたは当然の事ととして、不思議な事に、何か違和感も感じたのだった。その違和感は自分が初めて経験した生命を賭け闘い、自身の生命が危険に晒され、そして他人の生命を奪う、その強烈な非日常体験が未だにラディゲの心から抜けきっていなかった為であった。そんな心持ちではあったが、母親の優しい顔を見た瞬間に、心の暗い部分は融解し、その奥底へと流れ落ちていった。

「ただいま帰りました」

「おかえり」


 母親は息子の世話をするのが嬉しくて仕方がないらしく、あれこれとラディゲの世話を焼いた。この年頃の青年としては、母親に必要以上に世話をされるのは鬱陶しく思うものだが、ラディゲは懐かしさの方が上回った。とは言え、何もすることがないのは暇である事に違いない。

 ラディゲたちのようにトゥッリタ公国に併合され領地を奪われ落ちぶれた諸侯、貧乏貴族と揶揄されているが、それでも爵位持ちである事には変わりない。ヴィンチ村でラディゲが友人と言える人物は一人しかいない。当然、農民の子供ではない。村外れにある教会に養われてい孤児だった。彼の名はバルトロメーオ・ディ・プリニャーノと言い、姓であるプリニャーノは彼の保護者である司祭の名である。ラディゲがサンピエール教会の修道士になる、実際には剣士になる為だが、一年ほど先にバルトロメーオは司祭になるべくサンピエール教会の修道士となった。サンピエール教会では志が異なり、学ぶ道も異なる為、顔を合わせる事がなく日々を過ごす事になった。たった一度顔を会わしたのは、バルトロメーオがネオポリス辺境伯領の教会に修道司祭の見習いとしてとして派遣される前日、礼拝堂で偶然顔を合したのだった。その時はお互いに言葉を交わすことなく、互いの右手の平をパンと音を立てて軽く叩くだけで、彼らにはそれだけで十分であった。

 ラディゲはバルトロメーオと最後に出会った事を思い出しながら、暇に飽かせて今後自分が何をすべきなのかを考えはじめた。

「当面は今より一歩でも強くなること」そして最終目標は「ダンヴェール伯の隣に立てるだけの強さを身に付ける事」だった。

 その目標に対して、今自分に足りていないもの。ラディゲがそう自問すると、間違いなく自答すべき言葉は経験であろう。その経験不足と言うのは剣士としての経験は勿論の事、それ以外の経験をも含んでいた。簡単に総括すると、あらゆる点で経験不足であるということになる。では、その「経験不足を克服するには何を為すべきなのか?」

 ラディゲは母親が息子の為に奮発して購入したシードルを、それはドルジェル伯をラディゲ家が有していた事を示す数少ない持ち物であるガラス(*)のコップに入っている、見つめながら考えに耽っていた。

(*)…ガラスは無色透明の素材ではなく、白みがかった陶器に近く、光を透過し屈折させることは出来ない

 考えに耽っていたからと言って、そう簡単に答えが出せるものではない。ガラスのコップを琥珀色に染めるシードルを呑み込む。甘い香りが鼻腔をくすぐる。ダンヴェール伯の顔が思い浮かぶ。それと共に鼓動が早まる。リズミカルに脈打つ鼓動の要因をシードルの酒精の所為にするには、ラディゲの心は素直過ぎた。

 ラディゲは想い人の背中をただ追っても、彼女との差は埋められないと感じた。それは詰まる所「彼女に相応しい男にはなれない」を意味する。ラディゲはダンヴェール伯を諦めるなどという気持ちなど微塵も持ち合わせていなかった。

「彼女に相応しい男になる為には……」何事に対しても貪欲に経験を積んで自分の糧にしていく、そしてそれだけなく「彼女と離れることを厭わず、あらゆる分野に手を出し経験を積むこと」であった。この回答を手にすることが出来たラディゲは自分を覆っていた自己否定的な暗幕が取り払われ、心が軽く晴れやかになったように思えた。それが偽りの青空であったとしても。そして、その空の青さの分、ダンヴェール伯への想いがさらに重くなったことでもある。

 綺麗に磨かれたガラスのコップの底にわずかに残るシードル。コップを揺らすとそれに合わせてシードルが躍った。その琥珀色の液体は、ラディゲはダンヴェール伯の一挙手一投足に心踊る、まるで自分の心のように思えた。そして脳裏に浮かぶのは、ダンヴェール伯のあの美しい顔だった。その熱くなる思いを一気に飲み干すように、コップの底にあったシードルを飲み干した。そしてあの場面、イレーヌが矢に討たれ場面が脳裏を過った。思わず歯を食いしばってしまう。

 ラディゲはゆっくり息を吐き、そして一気に息を吸うと彼は信じる神に誓いを立てた。

「彼女を絶対に護る。その為にはダンヴェール伯に相応しい男になるまで彼女とは会わない」さらに彼は自分に重荷を課した。そしてその心に奥に潜む思いは「彼女に相応しい男になったと認められたい」と言うものであり、この手の有り余る情熱は若人の特権とも言える。今のラディゲはお家の再興などすっかり忘れ去り、彼女の事以外何も見えなくなっていた。恋は盲目、使い古された言葉はどの時代でも通用するものらしい。


 ラディゲがサンピエール教会に戻る時、彼の母親は色々と持たさせたのであった。着物から保存食などを。ラディゲは母親の心使いは有難いと感じていた。しかし、少しばかりその量が多いことには辟易することにもなった。

 里帰りからサンピエール教会戻ったにラディゲは、奇妙な噂を耳にした。吸血鬼が現れたというのだ。この手の妖魔の情報は親衛隊を含む僧会内では軽々しく言われることはない。人の口に戸は立てられぬが、それでも場の雰囲気、同調圧力と言えるものが支配し根拠のない噂話を抑え、混乱を避けさせるのである。どうも今回は例外のようだ。どうやら公国東方の地で起こったらしい。そうなると吸血鬼の存在有無の調査、討伐隊の編成が行われる。ラディゲは自分に課した数多くの経験を積むこと、それを体現できる格好の機会だと捉えた。当然である。

 ラディゲは親衛隊の事務局に対して上書を提出した。下手くそな文字で書かれた内容は、自分を吸血鬼の調査や討伐隊に任命して欲しいというものであった。親衛隊の事務局に受理はされたが、それがまかり通るものではない。親衛隊の組織は、固い結束力と信仰に基とする情熱で成り立っていることは否定できない。その精神論とは反対に、上層部は現実主義であり能力主義を基本として親衛隊を運営していた。ラディゲ伯の上書は好ましいものではある。しかし彼の評価は、剣術は問題ないが、剣士、特に一兵としてはまだまだ未熟であり、経験を積ますことは重要であると考えられていた。その内容は遊撃隊な行動よりもっと戦術的な組織としての動きを学ばすべきではないかと言う声の方が多かった。つまりもっと他の剣士達との連携を学べと言うことである。


 ラディゲは事務局からの発令を待ちながら、サンピエール教会で親衛隊の剣士達と連携プレイの習得に明け暮れていた。二人組から五人組まで剣士のメンバーを入れ替えながら。それは何時誰とでも連携を取れるように親衛隊特有も戦術を体に覚え込ませる事であった。

 例を上げるとフットボールの組織的な戦術に等しい。選手がどう入れ替わろうとチーム戦術は一貫して対戦することであり、個人の能力より組織としての能力を重んじた戦術である。秀でた個人を中心にチ-ム戦術を組むとそのキーパーソンが怪我などで出場できなくなった時、そのチーム戦術が崩壊していしまう。それは大きな問題と成り得る。

 事は戦場である。親衛隊の剣士が組織立った戦術を採用する理由がそこにあった。戦場では誰が剣に斃れるか分からないのである。その為に親衛隊の剣士間では組織的な戦術が採用されているのである。無論例外はある。混血の剣士とパートナーとなる時だ。混血の剣士の身体能力は全く人を寄せ付けない強靭で強力な剣士である。つまり彼らを中心に戦術を組むのは当然の帰結となる。その例外を除けば、基本戦術に忠実なのである。

 またラディゲ自身進んでが囲われ役を請け負う等して、連携を違う視点から勉強する事も怠ることなかった。日一日、ラディゲは自分が成長していくと実感でき、それがダンヴェール伯に一歩一歩近づいていくことだと気を引締め、自分に言い聞かせた。


 *


 ラディゲが初陣で使った剣が鍛え直され戻ってきた日、ペトラルカが吸血鬼調査についてモラヴィア辺境伯コンラード・プシェミスルに書簡を送ろうとした日でもあった。ペトラルカは当てにしていたコジモ・トゥーラ子爵が病魔に倒れた事を知った日でもあった。ペトラルカはこの人員の補充をどうすべきか再考を迫られた。自分の執務室ではなく、親衛隊の情報を一手に握っている枢機院剣術科に足を運んだ。そこで今回の調査でダンヴェール伯に相応しい剣士を剣術科の委員と共に選定していた。その時、ラディゲの上書の存在を知ったのである。

 ペトラルカはその上書を読み、向こう見ずな若さを羨ましく思い、同時にその危うさに不安も感じた。剣術科の委員からは、ここ最近の彼は、剣士、兵として成長が著しく特に問題はないと進言を受けた。ペトラルカも彼の剣術については、元々全く不安も不満もない。先のベルン門会戦では最も重要な役目を彼に課した一人が、ペトラルカであったからだ。彼は人と闘うのは優秀ではある。だが、妖魔との闘いは人と闘うのは勝手が違い過ぎ、ラディゲにはその特殊性を学ぶにはまだ早いと感じのだ。そうした理由でペトラルカは当初ラディゲを今吸血鬼調査の人員から頭数に入れていなかったのである。

「しかし」とペトラルカは思考する。今彼は自分自身を成長させようと頑張っている。現にそれが結果となって表れている。そしてもっと経験を積み高み昇りたいと願っているようだ。そして今回の調査では、ダンヴェール伯が担当するのである、彼女は優秀な剣士でなく、優れた戦術家でもあり、妖魔の闘いの経験も申し分ない。ダンヴェール伯はラディゲ伯とは既に顔を会わしており、また小隊を組んだ間柄である。彼の教育係には持ってこいの剣士ではないだろうか?

 この先、親衛隊の人材不足は大きな問題となることは、認めたくはないが避けては通れない道である。優秀な人材を吊り上げるのは、先行投資として良い投資となることに違いない。そこでペトラルカは思考を止め、剣術科の委員に頭を下げた。

「貴官に感謝を。ラディゲ伯を要員として再案をボナパルト猊下に提出することにします」

 剣術科の委員は口許に少しだけ笑みを称えながら、ペトラルカの言葉に黙って頷いた。

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