第97話
――ボロスが負けた。
皇族専用席から観戦していた第1皇子であるロミネはその受け入れ難い結果に唖然としていた。
試合が始まり、お互い剣を構え、何やら少し会話を交わしていた。
そしてボロスが振りかぶり――その場に倒れた。
何が起きたのか全くわからない。
体調が悪かったのか。準決勝で女騎士から何か受けていたのか。毒でも盛られたのか。
ロミネは思考を巡らせるが一向に答えへたどり着かなかった。
「今の試合は無効だ!」
訝しげに眉を寄せ、思わずロミネは言い放つ。
「おいおいどうした急に」
それに対して隣の席に座る第2皇子が口を挟む。
「Sランク冒険者にして騎士団長であるボロスが突然倒れるなんておかしい。何か魔法の発動や不正があったに違いない!」
「計測器には反応がなかったじゃないか」
「計測されないほどの不正があったと見るのが妥当だろう。ならどうしてあのボロスが倒れた」
「確かに」
ロミネの言いがかりに納得した第2皇子は顎を摘みながら考え始めた。
「……斬ったのだ」
すると再び低い別の声が割って入ってくる。
その声の正体は"龍虎"であるククルのものだった。
「斬った?」
「そうだ」
「ありえない!」
ロミネは尚も反発する。いくら何でも無理がありすぎると思ったからだ。
「……それが事実だ」
ククルは舞台を見つめながら静かにそう告げた。
その言葉にロミネだけではなく、その場にいた皇族達皆が唖然とした表情に変わっていく。
戦いに於いて、ククルが証言する事は正しい。それは今まで残した戦歴が物語っていて帝国最強に君臨しているからだ。
だからこそ、あの一瞬で斬っていたという信じられない事実に恐れたのだ。
――あんな小僧に。
ロミネは今まで組み立ててきた計画に支障を来したマックに腹を立てた。
ボロスにあの薬を使ってククルを倒し、侯爵の地位を与えることでロミネの計画は完璧となるはずだった。
――待て、逆に考えろ。あのマックとかいう小僧を帝国に引き入れればいいのではないだろうか。
ボロスを倒すほどの腕が本当にあるのなら計画に支障はでない。
「ククルの言ったことが正しいのであれば、あの少年はボロスよりも強いことになる。本当にそんな実力があるのか?」
「確かめて来よう」
皇帝の言葉にククルは短く返すと舞台へ飛び込んでいったのだった。
◇
「一体何が起きたというのでしょうか! 睨み合いの末、ボロス選手がいきなり倒れました!」
闘技場内がざわめき声で埋もれていく。実況も含め、何が起きたのかわかっていないという様子だった。
「しかーし! 剣闘士大会では、何が起きても戦闘続行不可とになれば負けとなります! よって優勝は、大会初参加の傭兵マック選手だぁぁ!」
その宣言によって観客達の声が響めきへと移り変わっていく。
一部「何かの間違えだ!」や「金返せ!」などのブーイングも混じっている。
そんな中、俺は素知らぬ顔で自分の選手席に戻るために歩みを進めた。背後では医療班である治療魔術士達が倒れたボロスに駆け寄り、回復魔法を唱えている気配を感じた。
【一ノ太刀】――刀を鞘に収めた状態の【居合の型】から放たれる技の1つで、その一刀に全集中を込めることで、最速の一撃を繰り出すことが出来る妙技である。
この技であれば、本来ならボロスの身体ぐらいは鎧ごと真っ二つに斬ることは出来たが、そうはしていない。向こうが殺す気で来ていたなら尚更なのだが、この場は帝国という周りが敵だらけのアットホームな場所であったし、まだ集めたい情報もあった。
故に今回は敢えて速さを極限にまで意識し、わざわざ「鞘に戻す」という動作を重視したことによって、気絶させるぐらいに留めた。
もちろん刃を潰した刀である事も考慮してやっている。
「ななな、何が起こったんですか?」
選手席に戻ると、飛び出しそうなぐらい目を見開いたレニが開口一番に問いかけてきた。
「斬ったんだ」
「や、やっぱりあの動きは斬撃を放っていたんですね」
「見えていたのか?」
「少しだけ……鞘に戻す動作は見えました」
誰にも見られないようにと、生身ではあったが今出せる最速で放った。
鞘に戻すところだけでも見えていたということは、やはりレニは動体視力が優れているらしい。
「流石ですお兄様」
ティアラにはしっかりと見えていたようで、うっとりとした表情を作り俺を見つめている。
「このままエキシビションマッチの用意を始めます!」
実況がそう告げると、舞台の四方から4メートル程の杖のような装置が出てきた。
その装置には巨大な魔石が組み込まれており、途端に光を放つ。
すると四方を頂点とした四角い透明な結界が空に向かって張り巡らされた。
「え~、ただいま結界を貼りました。この結界に触れたあらゆる魔法や攻撃は無効化されます。エキシビションマッチでは自身が用意した武器の使用が許可され、ククル様からダウンを取れば勝ちとします。追加ルールとして結界に触れた選手は場外扱いになり負けとします」
実況が丁寧な口調で装置や追加ルールの説明をする。
武器の使用可と場外負けの追加、さらにはダウンを取れば勝ちというハンデ――つまりククルとの戦いはエキシビションであっても壮絶なものになるということだ。
そしてかなり自分に自信があるのだろう。
「それでは優勝者入場――マック選手!」
実況は再び臨場感のある喋り方に戻ると、先程まで響めいていた観客席も歓声に変わっていく。
「せめていい試合みせろよ」などの応援に近い言葉すらも聞こえてくるほどだ。
俺は学園で使っている両刃タイプの剣を持ち、結界内に入っていく。
「そして、帝国最強の騎士、ククル・カイザルゥゥゥゥ!」
先程の俺の歓声なんか比じゃないほどの声が響いた。
ククルは皇族用の観客席から飛び込み、そのまま結界内に着地。
2メートルは超える大きさで、重量感溢れる黒い鎧で全身を覆っているにも関わらず、着地したときに鎧の軋む音のみしか聞こえなかった。
その光景からは、見た目に寄らず俊敏な動きをしてくるのだろうと想像出来る。
ククルの武器は柄も含めて自分の身長ほどある両刃タイプの大剣。それを軽々と片手で持ち上げ俺に差し向けた。
「己は何のために剣を持つ」
そして一言。低い声が俺の耳を通り抜けた。
強大な力を感じるオーラのような気力が、鎧の隙間から沸き立っているのがわかる。
「今はお前を倒す。って事じゃダメか?」
俺は口元を思わず緩める。
12神の使徒にして、帝国最強なだけあって強者の風格が漂って来たからだ。
「それが答えなら私も受けて立とう。強き少年」
ククルもその答えに短く返す。
思わず目的を忘れそうになるワクワク感が心を揺らした。
「それでは、エキシビションマッチの始まりです!」
実況がそう言うと試合開始を告げる銅鑼が鳴った。
直後――ククルの魔力が爆発的に膨れ上がり、やがて鎧の隅々にグルグルと巻き付くように魔力を纏った。
同じタイミングで俺も魔力と気力を練り上げた。
――まずは試しに。
俺はククルの間合いに入り、軽く斬撃を放った。
ククルはそれを大剣とは思えない速度で動かし、俺の斬撃を防ぐ。
防がれた矢先、もう2・3擊打ち込むが、それも普通に防がれてしまったので俺は再び距離を取った。
「身軽だな」
感嘆する俺の言葉にククルは反応を示さない。
あの大剣の重さは100キロ以上ありそうだが、それを軽々振り回すには相当な筋力が必要だ。
それに余力を残しているようで、まだ速度を上昇させることはできるだろう。
不意にククルが大剣を斜めに軽く振り下ろす。
すると斬撃が空を伝い一直線に飛んできた。
俺はそれを軽く横に躱すと、ククルは次々と斬撃を放ち始めた。
縦・横・斜めと色んな角度の斬撃が間髪入れずに飛んでくる。
そして無数の斬撃は凄まじい音を立てて後ろの結界の壁に吸い込まれ、霧散していくのがわかった。
――なるほど、だから結界なのか。
結界はククルの攻撃から闘技場を守るためのもの。確かにあのレベルの斬撃を繰り返されれば闘技場の壁が壊れて、観客達も危ないだろう。
いくら魔力と気力を練り上げてガードしていても、生身であれを一発でも受ければ大事に至る。
魔力のみであのレベルの斬撃を飛ばすのは相当な魔法量と腕力がないと出来ない技だ。
それを軽く振って連続で出すのは高みにいる剣士としての証明である。
俺はアクロバティックな動きを入れつつ躱しながらも、次第にククルとの間合いを縮めていった。
「【剛脚】」
そして気力を纏わせた蹴りをククルの顔面目掛けて放った。
ククルはそれを屈むことで躱すが、俺の攻撃は終わりじゃない。
蹴りの回転を利用してそのまま連続斬撃を放った。
例の如く素早い大剣の動きでククルは防いでいくが、屈んだときから少しずつバランスを崩していた為、次第に隙が生まれ始める。
その隙をつき、俺は再び【剛脚】を右肩に放った――。
「はっ?」
だが、吹き飛ばされたのは俺の方だった。
どうにか体重移動させて地面に着地するが、せっかく詰めた距離が元の立ち位置に戻ってしまった。
それにより、すかさずククルは飛ぶ斬撃を連続で放ち始める。
――まさかな。
俺は何が起きたのか思考を巡らせながら斬撃を受け流しながら、再び距離を詰め【蒼斬乱舞】を放つ。
<――――――――――――――――――――>
そして斬撃の打ち合いにより剣のぶつかる音が闘技場に鳴り響く。
俺は一点集中でククルの手元目掛けて剣を振るった。
だが結果は先程と同じで、剣に衝撃が走ったと思ったら飛ばされる。
なるほど――。
「神器か」
俺が目星い推測を口に出すと、ククルの攻撃が止まる。
――恐らくこれは反射の類の能力だろう。
さらに言うならティアラの使った【神の反発】に近い何も無いところから衝撃が来る感覚だった。だけど【神の五感】でククルを観察したときには、そんな加護はなかった。つまり何かの効果を合わせているのか、もしくは神器の能力ということになる。
もし神器であるならば、あの鎧がそうだろう。
大剣から魔力は感じないし、鎧に直接触れたら反射していたからだ。
――というか、その推測が正しかったとした場合、魔法発動不可であるこの状況じゃ勝てなくないか?
「何を知っている」
戦いの最中、無言を通していたククルだったが、初めて口を開く。
「お前と同じだ。アテナの使徒」
その問いに、ククルだけが聞こえるトーンで呟いた。
「そういうことか」
「お前の目的はなんだ?」
俺の質問にしばらくの無言が続く。
「……いいだろう。都市で一番高い時計塔……正子0時に来い」
意外にもククルの方から話す意志を見せてくれた事に俺は驚いた。
実は帝国兵の大軍が待ち伏せていてリンチされるみたいなシチュエーションはないと信じたい。
「わかった。なら、俺にはお前と戦う理由が無くなったがどうする?」
俺は口元を綻ばせながら、ククルに問いかける。
「……あるように見えるが」
ククルはそう言いながら<ガシャン>と鎧を軋ませ、剣を構え直した。
どうやらククルも同じ気持ちらしい。
「決着を付けようぜ」
"龍虎"と対峙するという当初の目的は達成された。つまり剣闘士大会で戦う理由は無くなったのだ。
――だが、ククルと戦いたい。
俺の高揚する気持ちがそう語っている。
目立ちたくないという気持ちはもちろんある。
それでも心が疼いて、ワクワクするのだ。
この気持ちの高鳴りは《マテリアルドラゴン》と戦った時の感覚に似ている。
この理不尽な状況に自分が成長出来そうな予感すら感じているのだ。
今という漠然とした直感。
俺は徐に《マテリアルドラゴン》のときとは比じゃないぐらいの魔力と気力を極大に体内で練り上げ始めた。
そしてその練り上げたものを全て剣へ纏わせる。
「準備は出来たかよ」
今回は小細工など一切考えない。
反射するならそれを上回った力で叩き斬るのみだ。
「来い。己の全力を受け止めよう」
そう言って、ククルの膨大な魔力と気力が全身から溢れ出した。
それを見た俺は口元を緩めながら、クルルの元へ飛び込んだ。
そして全力で、剣を振り下ろす。
「【絶剣】」
マテリアルドラゴンを倒すために使った、内部破壊を外部破壊に上乗せして放つ【絶拳】の剣バージョンである。
だけど今回は練り上げた魔力も気力も比じゃない。
神器によって内部破壊も反射されているだろうが、そのエネルギー自体は残っているので、そのまま外部破壊へ加算される。
ククルも俺に合わせて剣を振っている。
そしてお互いの刃が重なり合った瞬間――凄まじい光が闘技場を覆った。
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