第96話
遅れました。すみません……
時は少し遡る。
剣闘士大会の決勝戦を明日に控えた深夜。中央都市ザナッシュの町外れの巨大な倉庫内で俺はティアラと共にある用事を済ませていた。
倉庫内は俺の魔法により焼け焦げていて、縛られた人達が束になって気を失っている。
「これで全てか?」
「あと1箇所あると思うのですが……まだ場所が特定出来ないんですの」
「そうか」
「お兄様の役に立てなくて不甲斐ないですわ」
いつもは前向きなティアラだが、シュンと、しおらしい表情で下へ俯いた。
俺は笑みを浮かべ、そんなティアラの頭に手を乗せる。
「ティアラは凄いよ。情報収集能力が抜群じゃないか。俺はそんなティアラにいつも助けられている。ありがとう」
「そんなにストレートに言われると……て、照れていましますわ」
その言葉にティアラは自分の綺麗な黒髪で口元を隠し、恥ずかしそうに呟く。
こういう時は素直な言葉でストレートに告げるのが一番いい。前世からの経験である。
「それにしても帝国がこんなものを作っていたとはな」
「こういう発想を考えたことが無いわけでは無いですが、倫理的に除外してました」
ティアラの言葉にそれが正しいことなのだと俺も感じる。
「残りの1箇所はまた明日だな」
「そうですわね。決勝戦までに主犯のリーダー格を調べておきますわ」
「頼む」
相槌を打った俺は縛られた者達に目を向けた。
「こいつらはどうする?」
「私共にお任せを――――――【精神停止】」
「そんな魔法まで使えるのかよ……」
少し長めに魔力を込めて、ティアラが使った【精神停止】は精神を一時的に虚無へ放つ魔法である。
効果時間が決まっており、かけられた当人からすると気絶や睡眠と変わらないのかもしれないが、止められた精神は魔法が解けるまで闇の中なのだ。
魔法を分析した感じでは効果は48時間。
8級次元属性魔法で【転移】のように莫大な魔力を使うが、ティアラにとっては些細な魔力量である。
「私が開発しました、褒めてくださいお兄様」
そう言って万遍の笑みで頭を差し出すティアラ。俺は再び頭を優しく撫でた。
――この事実をレニに伝えるべきなのだろうか。
俺は繋がりつつある真相をどう処理するかを考えて、もう少し情報が集まってから結論を出すことにした。
◇
時は戻り現在。
帝国中央都市ザナッシュのメイン闘技場に一部だけ豪華に装飾された観客席が用意されている。その一際目立つ豪華な観客席の中心には皇帝を初めとした、皇妃、第1・第2皇子、第4皇女、そして"龍虎"であるククルの姿があった。
その周りには帝国の1部の大臣、そして公爵家などで席を固めている。
その中の第1皇子である《ロミネ・フレイテル・バミュストレート》が"龍虎"であるククルに向けて口を開いた。
「ククル殿に勝てた者は名誉騎士として侯爵の地位を叙爵するということでいいんだな?」
それを聞いたククルは第1皇子――ロミネに振り向くことなく静かに鎧で固めた頭を縦に振った。
「相変わらず口数が少ないな」
「そう言ってやるなロミネ。ククルは公の場ではあまりしゃべらんのだ」
眉をひそめるロミネに対して皇帝が横から口を挟む。
「それにその約束は皇帝である私が認可している。ククルに勝てる者がいるなら、むしろ喜んで叙爵してやろう。むしろ皇族に引き込みたいぐらいだ」
皇帝はそう言って第4皇女である娘を一瞬見やった
帝国の長い歴史の中で、1番の戦歴と功績があるククルは未だかつて無敗。
そんなククルに勝てる者こそ皇族の血筋に欲しいと考えているのだ。ただし人族に限るのだが。
ロミネがわざわざ確認をとったのは、ククルは唯一この件に反対していたからである。
ククルは皇族達と同じぐらいの発言権のある地位を授かっていて、それは先代の皇帝から受け継いだ信用のおかげなのだ。そんなククルをロミネは邪魔だと考えていた。
「確認のためです」
ロミネは父である皇帝に短く返し、前を向いた。
皇位継承第1位であるロミネにはある思惑があった。それはもうすぐ自分の国となる帝国の軍事的強化。
どんな国や種族にも負けない一騎当千の戦士達を集めた軍勢で帝国がNo.1であることを知らしめること。そしてそこの皇帝として君臨すること。
だからこそコントロール出来ない戦士はいらないと考えているのだ。
「(そのために、闇ギルドと手を組み誰にも気付かれずにあの薬を完成させたのだ)」
「さぁ、帝国第107回剣闘士大会決勝戦!選手の入場です――」
思考を揺らしているロミネを余所に、実況の声が響き渡った。
決勝を戦う2名がゆっくりと舞台に入場してくる。
ロミネは皇族用の観客席から舞台に立つボロス、そしてマックを順に見下ろした。
「(対戦相手は無名の傭兵ならボロスが優勝で間違いない。そうすればまた1歩、私の野望に近づくだろう)」
ロミネは僅かに唇を緩ませると、試合開始の銅鑼が闘技場内に鳴り響いた。
◇
剣闘士大会決勝戦。
[ボロスvsマック]
実況の指示により入場した俺達の間に、試合開始の銅鑼が鳴り響く。
俺は大会では両刃タイプの剣を使用してきたが今回は刀を使用している。
「来ないのか? 少しぐらいなら手を抜いてやってもいいぞ?」
目の前に立つ爽やかでいて、悪意に満ちた笑顔で問いかけてくるボロスに、俺は冷めた目線を送った。
「負けた時の言い訳にするつもりか?」
「……口だけは達者だなゴミ野郎」
安い挑発に乗って睨みつけてきたボロス。
俺はそんなボロスに不意に一言告げる。
「《ドリームポーション》」
するとボロスは意表をつかれたように目を見開いた。
そのまま声のトーンを一段階下げて威圧的な態度で言い放つ。
「それをどこで知った」
「やはりお前が主犯だったか」
その反応でおおよその検討が付いた俺は再び質問をする。
「なぜ、あのような実験をした?」
「実験のことまで知っているなら死んでもらうしかないな。もちろん初めから殺すつもりだったがな」
「質問に答えろよ」
俺も声のトーンを一段階落とし、ボロスに対してのみ軽い殺気を放った。
「くくっ……ゴミ野郎だと思っていたが一丁前に殺気が使えるか。だがいいだろう、冥土の土産だ。俺は最強になるために、そして地位を得るために、あいつらに協力している。それ以上も以下もない。実験はそのための作業に過ぎない」
「作業……か」
昨日見た光景が不意に頭に浮かんだ。
ティアラが調べてくれたことで明らかになった帝国の秘密。
帝国の騎士団は他の国に比べて戦力が高いことで有名だ。それは何故か――ドーピングを使っているからである。
ドーピングに使われる薬の名前は《ケミカルポーション》。成長段階で飲ませると全ての能力が向上した状態で育つのだ。
これは帝国領土の貴族家や騎士家にのみ支給されるもので、技術は秘匿とし独占している。
ケミカルポーションの成分を調べた結果、強力かつ、永久型のドーピングで、身体に害を及ぼすほどのものでは無い。
いわゆる成長促進剤の強化版と言えるだろう。
――ここまではよかった。
だが1部の皇族がそれでは満足出来ないとケミカルポーション以上の効果を持つ薬を作ろうとしたのだ。
それにより完成したのが《ドリームポーション》。ドリームポーションは飲めば一時、自身の能力を数倍以上に高める薬である。
それを皇族の誰かが闇ギルドに依頼して作らせたのだ。
そして新しい薬を作るのに必要なこと――それは実験である。その実験は普通なら動物実験をやるのがセオリーなのだが、闇ギルドは人間で実験をしていたのだ。
実験場は中央都市に4箇所あるらしく、その内の3箇所を昨日壊滅させたのだが、酷い有様だった。
牢屋のような場所で人が山ほど息絶えていて、そのほとんどが人の姿をしていなかった。
辛うじて生きている者も、亡くなったと先程耳にした。
その光景を「作業」と言い放ち、嘲笑うような表情をする目の前の男に、俺の内側から嫌悪感が沸き立っていく。
「《ユリア・バルセロ》はお前の仲間か?」
「あ? そうか、あいつから聞いたのか。なるほど、生きてやがったのか……クソっ」
どうやら勝手に勘違いしているらしい。
ボロスの反応で大体の事がわかった俺は無言で鞘に収まったままの刀の柄を握り、身を低くして構えた。
それを見たボロスも剣を構え、魔力で砂嵐を作りながら続けて口を開く。
「すぐ終わらせてやるよ。大会中に死んでも墓石は用意されるから安心しろよ」
その言葉に俺は口元を思わず緩ませた。
そして凄まじい量の魔力と気力を練り上げ、刀と腕に纏った。
――【居合の型】。
「とっととくたばれ。無未――」
「【一ノ太刀】」
◇
フレリィーが目覚めると見知らぬ天井が視界に入った。そしてすぐに混乱した記憶を整理し始める。
――確か剣闘士大会の準決勝で……。
「負けたのか」
結論にたどり着いたフレリィーはため息にも似た独り言をポツリと呟いた。
そして自分が背負っている全てのものが一気に壊れていくような喪失感が胸を締め付ける。
あんなにも無理を通して帝国に来たというのに3位という結果をどう報告すればいいのだろうと。
「おおっと、睨み合いも遂に終わり、ボロス選手の十八番が発動! 魔力が渦を巻き始めたぞぉ!」
実況の声がフレリィーの耳に届く。
どうやら決勝戦は始まっているようだ。帝国の回復術師達は優秀なようで、身体に傷一つない。
フレリィーは徐に部屋の扉を開けた。
この部屋は医務室だったようで、舞台に近い位置に接している。故に扉を開ければすぐに剣を構える2人の姿が見えた。
ボロスが剣を構えながら砂嵐を起こしていて、マックは鞘に収めたままの剣を握っている。
――あの少年では勝てないだろう。
ボロスが放とうとしている技を見て、フレリィーの思考は咄嗟に結論を悟った。
フレリィーは本戦トーナメント初戦で疑問を抱いてから、それ以降のマックの試合を観察してきた。
芽生えた印象といえば剣士としては二流ということ。
【桜花乱舞】の構えもあれから使っていない。今では偶然そう見えただけだったんじゃないかと思っているほどだ。
それでもマックはその辺の剣士よりも強いと感じているのは、ここまで勝ち進んできているという結果からだ。
準決勝の不戦勝により運良く決勝戦に行けただけの少年が適う相手ではない。
「せめて最後まで見届けるぞ。マック……」
ボロスのあの技を直撃すれば命はないだろう。それは受けたフレリィーが一番わかっていた。
この試合で死ぬことになっても、あの場に立つことを選んだのはマックだ。フレリィーがとやかくいう権利はない。
だから最後までマックの剣士としての生き様を見届けようと意気込んだ。
その瞬間――。
マックが手元が一瞬ブレたように見えた。
だけど剣はまだ鞘に収まったままだ。
そんな状況とは裏腹に徐々に周りの砂嵐が消えていく。
「……えっ」
フレリィーは目を大きく見開いた。
それはボロスが白目を向き、ゆっくりとその場に倒れていったからだ。
「……こ、これは、え……しょ、勝者、マック選手!」
戸惑う実況の声が響き渡る。
マックは素知らぬ顔で選手席の方へ戻っていく。
「なにが……」
――なにが起きたのだろうか。
フレリィーは戸惑い、疑問を浮かべるが、答えにたどり着けない――否、薄々答えに気づいている。
ただ認めたくないだけなのだ。
そう、マックは斬ったのだ。
あの一瞬で、誰もが見えない速度で、静かに、水が流れるような自然な動きで――そして丁寧に剣を鞘に収めて。
フレリィーはそんな高速斬撃を使う者を見たことがなかった。
ボロスの一撃も見えなかったが、それよりも速いと確信出来る。
速すぎて、動きが自然すぎて、見えなかった。
そう確信した直後、ドクンっとフレリィーの胸の奥に何やら感じたことのない気持ちが覆っていく。
立ち去るマックの表情を見つめると顔が熱くなる。やがて表情は見えなくなり、後ろ姿に鼓動が大きくなる。
フレリィーはこの初めての気持ちに、一瞬戸惑ったが、すぐに受け入れた。
これが文献で幾度となく読んできた、物語に出てくる姫君の気持ちなのかと。
フレリィーの心が視線に映るマックで満たされていく。
そしてフレリィーは不意に思うのだ。
――マックはどんな人なんだろう。
フレリィーはマックの銀に近い亜麻色の髪から目が離せないのだった。
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