第95話
「はぁぁ!」
捉えた一瞬の隙を付き、剣が全力で振り下ろされる。完璧なタイミングで振り降された刃。だが、斬撃は相手に当たらず空を斬ってしまう。
「クロード家も所詮この程度か……」
斬撃を悠々と躱した相手は興味を無くしたような表情でボソッと小さく呟いた。
帝国中央都市ザナッシュのメイン闘技場にて、決勝トーナメント初戦――剣闘士大会では事実上の準決勝戦。
[ボロスvsフレリィー]が行われていた。
俺は選手席という2人の戦いが1番見やすい特等席で試合を観察していた。
会場の真ん中には魔力によって表示された薄いモニターがあり、そこには決勝トーナメントの表が映し出されていた。
――マック不戦勝。
対戦相手だったカルマが会場に姿を表さなかったことにより、俺は自動的に決勝戦へシードで進んだのだ。
――「よっしゃ、約束だぜ! じゃあまた明日な!」
前日のカルマの言葉が頭を過ぎる。
戦いから逃げる奴だとは思えないので何か事情があったのだろうか。
何にせよ今回の帝国の件には関わって無さそうなので、ラッキーぐらいに思ってはいるが。
「おぉっと、ボロス選手の強大な魔力が渦を巻き出した! 出るか、あの技が出るのかぁぁ!」
準決勝戦ともなれば実況もノリノリであった。
実況の言葉通り、途端にボロスの魔力が渦を巻き砂嵐を起こし始めた。
砂嵐は6つあり、攻撃に加わるわけでもなく、魔力を帯びてその場に滞在。
険しい表情を浮かべるフレリィーにボロスは笑みを向けている。
ルール上、魔法を発動することは出来ないが、魔力を利用することは可能。だけど魔法を発動させることなく砂嵐を起こすというのは相当な魔力量なのだ。
「流石にキツそうだな」
2人の戦いを冷静に分析した俺は小さく呟いた。
この試合の経緯を見ていたが、両者とも剣士としてレベルが高く、凄まじい斬り合いを見せていた。
フレリィーの剣さばきは、女性とは思えない力強いもので、基礎をしっかりと芯まで身につけた綺麗で鮮やかな剣術。さらには騎士としての経験値により、勝負事の駆け引きも上手い。剣士としては一流と言っていいだろう。流石ヴァンの姉である。
――だけどボロスには1歩届かない。
ボロスの剣術、魔力は並なんてものでは無い。
速さ、パワー、精度、駆け引き、全てにおいてフレリィーの1歩上を行っている。
剣士としての歴も違うのだろう。5年ぐらいの差があるように感じる。だけどそれだけではない――おそらくあれを使っているのだろう。
「舐めるな! 私とお前では覚悟が違うのだ!」
嘲笑うボロスを睨みながら、フレリィーは力強く叫び、間合いに飛び込んだ。
ボロスの魔力によって起きた砂嵐の回転を利用しながらの移動。一気にボロスとの間合いを詰め、フレリィーはクロード家の愛用する連撃を放った。
「【桜花乱舞・点】」
目まぐるしいほどの連撃がボロスを襲う。
そのほとんどが突き技で、腹部の真ん中を集中的に狙っている。その連撃の精度は1度入学試験のときに見たヴァンの技よりも高い。
だがそれでも、ボロスはそれを紙一重で防いでいた。攻撃に転じず、集中防御。ボロスはフレリィーの連撃を全て防ぎきった。
「王国最強の騎士家系、盛り上げ役としては上々だったよ。【無未無斬】」
一瞬にして魔力を帯びたボロスの剣が消えたように見える。正確には高速で振り下ろされただけの斬撃なのだが、常人の目では追うことは出来ない。それはフレリィーも例外ではなく、おそらく見えていないだろう。
その一刀を受けたフレリィーは砂煙を立てながら吹き飛ばされていき、やがて壁に激突――そしてゆっくりと倒れていった。
ボロスが放った一振は周りの砂嵐によって巡回された魔力と運動量を使って放たれる強力なものだった。刃を潰した剣であっても直撃すれば鎧越しでも真っ二つにされていただろう。
だが、吹き飛ばされたフレリィーの鎧には大きな傷はあるが、内側まで刃は通っていなかった。
フレリィーは受ける寸前で後ろに飛んで衝撃を緩和させていたのだ。
それは見えている見えていないの次元ではなく、騎士としての経験による危機回避。それによってフレリィーは直撃を受けずに済んだのだ。
「フレリィー選手ダウン! 決勝に進出したのは、砂塵のボロスゥゥゥ!」
実況の掛け声が響き渡り、会場は観客の声で盛り上がる。
倒れるフレリィーに眉を寄せ、睨んでいるボロスを、俺は見やった。
おそらくボロスはあの一撃でフレリィーを殺す気だったのだ。だが予想外の動きに殺すまで至らなかったことが不満なのだろう。
聞けばボロスは予選でも1人亡きものにしたという。その相手は他国の名もしれぬ無法者だった。そんな事があっても今ボロスが英雄のような歓声を浴びられているのはどういうことだろうか。
そして先程ボロスが放った攻撃は、剣術をかじっているなら絶対に気づく殺意の一撃。
フレリィーを殺そうとした事実にこの会場の何人の者が気づいただろうか。
そして何人の者がそれを良しとし、疑問にも思わず盛り上がっているのだろうか。
これは帝国の在り方自体に問題がありそうだ。
「お兄様戻りましたわ」
会場の聞き心地の悪い歓声が聞こえる中、癒される声が耳を通った。
「おかえり。レニ、少し席を外してくれ」
俺の同行者として選手席に連れてきたレニに声を掛けた。これからティアラと話すことを聞かせたくなかったからだ。
レニは「わかりました」と短く頷いて少し離れたところで待機する。
「どうだった?」
「実験に利用された人達は……亡くなりました」
「……そうか」
「帝国は思ったよりも腐っていますね。黒幕はやはり皇族です。そして主犯は――」
ティアラはそう言って視線を動かす。
その視線の先には歓声を浴び、舞台から立ち去ろうとしているボロスの後ろ姿が見えた。
「なるほど」
俺はそれに無表情で返答した。
「お兄様……怒ってます?」
「怒ってはないぞ。だけど少しだけ胸糞悪い気分だよ」
眉を寄せながら冷ややかに言い放つ俺に、ティアラは頬を染めながらうっとりとした眼差しを向ける。
「憤怒の視線も素敵です」
そして小声で呟いた。心なしかそう言われると悪くない気分になる。
途端に実況が慌ただしく鳴り響いた。
「皆さんお聞きください! ここで会場に"龍虎"であるククル様がいらっしゃいました!」
"龍虎"は大会が始まってから1度も顔を見せていない。そしてこの決勝トーナメントが始まっても一向に現れる気配がなかったのだが、ようやくのお出ましらしい。
観客席で一際目立つ豪華な席が密集する場所がある。
そこは地位の高い者達のために作られたらしく、その証拠に皇族や貴族達が座り、和気あいあいと談笑をしていた。
その皇族たちが座る場所に1人の重々しい鎧を纏った騎士が姿を見せた。それにより観客の盛り上がりが最高潮に達している。
――恐らくあれが"龍虎"だろう。
鎧を纏った騎士は観客の皆に手を振ると、すぐに席に腰を下ろした。
――――――――
《ククル・マーティン・カイゼル》
Sスキル
【超・火魔法】【超・火魔法耐性】【魅惑】【威圧】【視力】
Aスキル
【極・物理耐性】【龍眼】
Bスキル
【上・闇魔法耐性】【上・苦痛耐性】
Cスキル
【老化耐性】【土魔法耐性】【風魔法耐性】【魔力制御】
加護
【信徒の加護】
【アテナの加護(神の保護下)】
【アズラエルの加護(己への愛)】
喪失
【アテナの加護(神の保護下)】
――――――――
【アテナの加護(神の保護下)】
・効果範囲の指定魔力を無に返す。
【アズラエルの加護(己への愛)】
・指定した者が自分を慕う事で常時発動。慕う分だけ自分の全ての能力が上がる。
【龍眼】
・見た者の魔力、気力を活性化させる。
――――――――
"龍虎"の唯ならぬ気配を感じた俺は間髪入れずに【神の五感】を発動させていた。どうやら"龍虎"の二つ名を持ったククルは俺やティアラと同じ12神の使徒のようだ。
「ティアラ、"龍虎"は使徒だ」
俺の短い報告にティアラは表情を一切変えず、しばし考える素振りを見せた。
「でしたら2択ですわね。敵か、味方か」
「敵だったら厄介極まりないスキルだけどな」
ティアラが呟いた通りで、神の使徒であるなら敵か味方の2択である。細かく分類するなら中間もあるだろうが、今回は敢えて大きく線引きをすることにしたのだ。
裏組織ぐるみであのような実験をしている帝国。その国の上位の地位を授かっている"龍虎"。俺達から見ると敵意を向ける対象ではあるが、今回意味する敵とはハーデスの件での事なのだ。
国の政治と世界の存亡は全く違う観点だと考えている。
これは本当に対峙し、話してみないことにはわからないな。
【神の五感】による微量な魔力を察してか、"龍虎"であるククルは俺に一瞬視線を向けた。
俺は自然とポーカーフェイスを崩し、口元を徐に緩めるのだった。
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