第93話
「次は4ブロック第一回戦――若くして帝国騎士団に入団、数々の実績を残してきたニューフェイス! 《カルロ・エマーティー》選手! そして相手は――運が良かったのか、初参加にして目立つことなくここまで勝ち進んできた謎の傭兵 《マック》選手!」
試合が進行していき俺の出番になる。
選手の待機席には俺1人でレニは医務室に運ばれていて治療魔法で療養中であった。
ていうか実況の俺に対しての紹介雑過ぎないか?
「お兄様ぁぁぁ!」
俺は舞台へ進もうとすると、ちょうど良いタイミングでティアラが現れた。
ティアラは走ってきたようで少し息を切らしている。
「そんなに急がなくてもよかったのに」
「お兄様の勇姿を見届けるのは私の義務ですわ」
そう言ったティアラは小悪魔的な笑みを浮かべていた。心底楽しんでいるみたいで剣闘士大会に出場した甲斐があったというものだ。
「賭博での、お兄様の現在の倍率は24倍です。これだけ期待されていないのは思惑通りですわね! いつでも本気を出してくださいませ、私は観客達の『なんだあいつは!?』というセリフが聞きたくて仕方ありません」
ティアラが自然な流れで訳の分からないことを笑顔で言い出す。
俺は嘆息を付きながらそれをスルーして舞台に出ることにした。
「あっそういえば……まぁこれは後でも大丈夫ですわね」
最後にティアラが一言発した内容について気になりはしたが、俺は目前の対戦相手――カルロに集中することにする。
ひと目でわかるのはイヌ科の獣人だということ。グレー寄りの白い髪にオオカミの耳が生えている。20歳ぐらいの若い見た目に鋭い目付き、ファンの子達がいるのか、観客席には「カルロ様頑張ってー」と黄色い声援もチラホラと聞こえる。
「ガハハッ、女連れとは随分余裕じゃないか」
「妹が可愛すぎてな」
お前に言われたくない――という言葉を飲み込み、高圧的な態度を取るカルロを見据えた。
ティアラはあれでも【気配遮断】を使って存在を薄くしている。それを注視出来るという事はなかなかの腕前なのだろう。
【神の五感】で色々見てみたい気もしたが、魔法発動として認識されるかもしれないし、答え合わせは面白みもないので試合が終わってから見ることにした。
「兄妹? それにしても匂いが違うような気がするが……ガハハッ、一応降参するなら今のうちだがどうする?」
「するわけないだろ」
「だよな、じゃあ死んでも文句は言うなよ。ガハッ」
殺す気で来るということだろうか。
カルロの物騒なセリフに疑問を浮かべながらも、試合開始の合図である銅鑼の音が鳴り響いた。
音と同時にカルロは俺の間合いに飛び込んでくる。
決して速い動きでは無いが無駄のない剣士の動き。
だけど遅い――。
俺は間合いを詰めるカルロに小振りの斬撃を振るった。
だが防がれる。
防がれることは予想していたが、おかしい。
そこを攻撃するのがわかっていたかのような動きであった。
カルロの刃はそのまま俺の剣を伝っていき、斬り付けてきた。
それを感じた俺は即座に後ろへ身を引く。横や前に躱すことも出来たが敢えての行動である。
「ガハッ、弱い格好だとは思っていたが、しっかりと死角をねらってくるんだな」
わざと隙を見せたのだろう。カルロは笑いながら眉をひそめた。
「だがな匂うんだよお前の攻撃は」
剣も含め、カルロが全身に魔力を帯び始める。
そして再び距離を詰めて斬撃を放ってきた。
よく見るとカルロの鼻先には気力が仄かに宿っていた。
――なるほど、匂いか。
確認のために俺は剣を受けるフェイントを挟み、後ろへ引き、再び距離を取った。
「ガハハハッ。逃げてばかりかよ、つまんねーな」
やはりフェイントには引っかからない。おそらく匂いによる気配のような何かを感じ取っているのだろう。
「小手試しをしているようだが、本気で来いよ」
マジックはタネがわかると途端につまらなくなるもので、俺は早々にこの勝負を終わらせることにした。
◇
カルロはマックが発した言葉に耳を疑う。
――今こいつはなんと言った?本気で来い?舐めているのだろうか。
数回の攻撃を交わしただけではあるが状況から見て優勢なのはこちら側だ。それでよくそんなセリフがはけたものだと、カルロは向上してきた怒りを抑えるのをやめた。
「後悔すんなよ」
――いいだろう。
短く嘆息したカルロは気力を体中に張り巡らせていく。【仙呼万来】――獣人に伝わる呼吸法で気力を無駄なく体中に行き渡らせ、身体の連動率を上げることが出来る。
それにより体も【獣化】していき、身体能力も上がるのだ。
一撃で決めてやる――そう思ったカルロはマックとの間合いを詰めようと足を踏み入れた。
狙うは首。首を狙えば大抵の生物は即死するからだ。
だがその瞬間、カルロの鼻に――否、全身に寒気のような悪寒が突き刺さる。
それは目の前で構えているマックから放たれた高速連撃の匂い。斬撃数は数えきれないほどの気配。
――まずい殺される!
そう悟ることが出来たのもカルロのこれまでの騎士としての経験があったからだろう。
移動をやめようとしたカルロであったが、勢いは止まらない。
そのままマックの元に一直線に進んでいく。
「くっ……」
――このまま攻撃を防ぐしかない。
即座に判断したカルロは崩れた体勢で斬り込まれてくる刃を防ごうとする――が、空振り。
マックの攻撃は存在しなかった。まるで幻影のように消えていた。
そして何かに引っかかったように感じ、何故か視界に映る会場がグルグルと回転している。
――どういうことだ。
直後、頭に凄まじい衝撃を感じたカルロの意識は暗く閉ざされていった。
◇
「しょ、勝者――《マック》選手!」
審判の掛け声と共に会場は騒然とする。半分は歓声、半分はブーイングといったところか。
俺は地面に刺さった剣をしまうと気絶したカルロを横目に選手席へ戻っていく。
カルロが使った匂いでの攻撃察知は有能だった。有能だった故に、対処が簡単であった。
絶対的鼻に自信があったカルロに対して俺は【威圧】に高速斬撃のイメージを織り交ぜて放ったのだ。
普通の選手なら気づかなかった気配だが、敏感なカルロに対しては効果的面。気配に惑わされてバランスを崩した。
そのあと俺がしたことといえば、剣を地面に立ててしゃがみ込んだだけ。
幻影に惑わされながら勢いよく飛んできたカルロは、俺の剣に引っかかり回転し、そのまま地面に頭からぶつかっていったのだ。
会場にいる人からはカルロがバランスを崩して自滅したように見えただろう。
「おおっとなんということでしょうか! カルロ選手、マック選手の立てた剣に引っかかって転倒してしまいました! これはマック選手ラッキーパンチだぁ! 今大会何が起こるかわからないぞぉ!」
実況の声を聞きながら選手席に戻るとティアラが出向かえてくれる。
「お疲れ様ですお兄様。相手の特徴をうまく利用した面白い戦い方でした。勉強になりましたわ」
「おめでとうございますマックさん!」
出迎えたティアラはお淑やかに感嘆する。俺がやったことに気づいている様子だった。
そしていつの間にかレニも戻っていた。
「怪我はいいのか?」
「はい、回復魔法をかけてもらいました!」
回復魔法士が有能なのだろう。見た感じ大丈夫そうに見える。
「それよりも24倍ですよ! これで食べられる草生活から抜け出せます!」
草を食べて生活してたのかよ。
衝撃の事実に唖然とするが、レニは思った以上に喜んでいる様子であった。
「次も俺に賭けてもいい。さっきの試合内容だったら倍率もそんなに上がらないはずだ」
カルロをあの形で倒したのには目立ちたくないという理由だけではない。
レニの思ったよりもひもじい生活を少しでも改善させてあげたいと思ったからである。
派手に勝利してしまえば目立つ上に倍率も下がってしまう。
昔の俺ならこんなめんどくさいことは思わなかっただろう。
あくまでも目立たないためという目的の付属ではあるが、レニのためにそうしようと思えたのは俺の中で何かが変化しているのだろう。
「優しいお兄様」
小声でティアラが呟いた。そんな気持ちを察したのだろう。
俺がこう思えるのもリンシアと出会ってからの一年間のおかげなのだろうな。
「俺達は用事があるから行くが、レニは大会を見ていくのか?」
「はい、僕はこのまま見ていきます。本戦なだけあって見るだけでも勉強になります!」
「そうか」
俺はレニに短く返すと、ティアラとその場から立ち去る。
「ティアラ、何か言いかけてたな」
「はい。あの後、調査しましたわ。その結果色々わかりました。バルセロ家と皇族、そして裏組織である闇ギルドの間で何が起こったのか」
◇
「おおっとなんということでしょうか!カルロ選手、マック選手の立てた剣に引っかかって転倒してしまいました!これはマック選手ラッキーパンチだぁ!今大会何が起こるかわからないぞぉ!」
実況が響き渡る中、観客席にいた騎士――フレリィーはマックvsカルロの試合に1人目を見開いていた。
――違う。カルロは自滅した訳では無い。
今会場にいる誰もが気づいていない事実をフレリィーは1人だけ気づいていた。
マックが繰り出そうとした技――正確には気配はクロード家が使う【桜花乱舞】に似ていた。
というよりはフレリィーの弟であるヴァンが好んで使うオリジナルを織り交ぜた【桜花乱舞】に近い。
おそらくカルロは気配を読み取る感性が高い選手で、マックの放つそれに惑わされたのだ。
そして惑わされることを読んでいるかのようにマックが地面に突き刺した剣は、今思っても鮮やか過ぎる先読みであった。
自分が使う剣技だからこそ気づけたものの、もしもマックが【桜花乱舞】ではなく他の剣技の気配を放っていたらフレリィーですら気付かず自滅だと思ってしまったかもしれない。
――マックとは何者なのだろうか。
他の試合を見る必要がなくなったフレリィーはその場で立ち上がり、試合中にも関わらず観客席を後にする。
おそらく4ブロックを勝ち進んでくるのはマックだと思ったからだ。
「私は功績を残して認められなければならんのだ。王国とクロード家に――弟であるヴァンや今は亡きミロード様のためにも」
マックがどんな選手でも勝たなければならない。
剣闘士大会に出場しにきた経緯を思い出しながら、フレリィーは小声で噛み締めたのだった。
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