第92話
さくさく進めたい一心でございます。すみません……
剣闘士大会本戦トーナメント――予選を勝ち進んだ64名が4つのブロックに分けられ、それぞれのブロックで勝ち進んだ4名が最後の決勝トーナメントで戦うことになる。
試合数が多いので1週間に渡り大会は続くのだ。
帝国ではこの1週間を剣闘士ウィークと呼び、都市中が盛り上がるらしい。
これにより商会を含めた様々な商売人達が繁盛し、帝国の経済的な面も担っているのだ。
そして2日目の本日は3、4ブロックの初戦が行われるので、俺とレニは会場入りしていた。
レニが3ブロックで俺が4ブロックである。ティアラは公務があり、俺の試合までには来ると言っていた。
数十万人規模で観戦できる闘技場は4割が埋まっていて、あちこちに屋台なども出ている。
「ねーちゃんクロウ焼きとエールくれ」
「はーい、かしかまりー!」
近くの観戦席で野次達の話し声も聞こえてくる。
「トーナメント表見たか?」
「あぁ、今回は粒ぞろい。それに上手く分かれてくれたよな」
「こっちは予想しやすくていいけどな! 今年は儲けるぜ~」
野次たちは紙になにやらメモ書きをしているようだった。
チラッとそれを覗き見ると有力な選手に丸をつけていて、今日の試合も予想している。俺とレニにはもちろん丸が付いていない。
視線を戻し隣を見るとレニが真剣な面持ちで固まっている。拳を握り震えているようにも感じた。
無理もない、今日は――
[レニvsバルフ・ロンドンド]
レニが勝つことを目標にしていたバルフが対戦相手なのだから。
「緊張していたら全力は出せないぞ」
俺の言葉にレニは顔を上げる。
「大丈夫です! これは武者震いというやつですよ」
笑顔を見せるレニ。
「そうか?」
「はい! あと今日の試合、マックさんに全財産賭けました」
「……は?」
「今ひもじい生活をしているので少しでも足しになるかなと……マックさん絶対勝つじゃないですか」
「まぁ負けるつもりで戦っているわけではないが――全財産っていくら賭けたんだ?」
俺は呆れながらも問いかける。
勝率がいいというだけで全財産賭けるようでは、この先成長したいく過程で心配になるレベルである。
「1000Bです!」
「……そうか」
思った以上にひもじい生活をしていたらしい。
ドヤ顔で言い放つレニに、なんと声を掛けるべきか迷った挙句、とりあえずこの件をスルーすることにした。
こういう話を自分から振ってくるあたり、まだ余裕はありそうだな。
「本戦トーナメント1回戦~! 心ときめく可愛いらしい冒険者少女《ニュー二・バロー》選手対、今大会初参加にして、あれよあれよと相手を一撃で倒してきた凄腕剣士 《カルマ》選手!」
そんな話をしているうちに試合が行われていく。
観客の中には別ブロックの参加選手だと思われる強者達もチラホラと見えた。
敵情視察みたいな感じだろうな。
それかレニのように賭けているのだろう。
レニも自分のブロックなだけあって真剣に試合を観察していた。
「勝者、《カルマ》選手!」
実況の声と共に歓声が上がると同時にレニの握る拳に力が入った。
次の試合はレニだからだ。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「続きましては――またしても今大会初参加にしてここまで勝ち進んできた《レニ》選手! そして待ち受けるはあのロンドンド家の長男にして天才と呼ばれた期待のホープ《バルフ・ロンドンド》選手!」
「行ってこい。しっかりと見ていてやる」
実況の掛け声を聞いても尚、足を動かそうとしないレニへ背中を押すように呟いた。
「はい!」
何かを断ち切ったように決心した表情を見せたレニはまっすぐと舞台へ進んでいった。
◇
進む足が重いのは相手があのバルフだからだろうかと、レニは足を進めながらも思いつめる。
先に舞台へ登壇していたバルフが剣を片手に持ち、口元を緩めながら待っていた。
「お前が本戦に来るなんてな。いったいどんなトリックを使ったんだ」
「トリックじゃないです。師匠のおかげです」
「師匠ってあの銀髪の奴か? はっ……倍率を見た感じだと数十倍。大穴中の大穴じゃないか。運営側がこんなにも期待していない奴に何を教わるんだよ」
賭博の倍率は低ければ低いほど勝つ確率が高く、期待されている選手ということになる。勝つわけがないと思われている選手ほど掛金の倍率が高いのだ。
一番高い選手で1.1倍。そしてクレイの倍率は20倍以上だった。
「色々教わりました」
「剣の振り方をか? それとも農業でも教わったか?」
「あなたへの勝ち方をです」
レニは馬鹿にするように放たれる問いかけを無視して真っ直ぐに言い放つ。
それを聞いたバルフは途端に眉を寄せ、レニを睨みつける。
「……言うようになったじゃないかよ雑魚が。お前生きて帰れると思うなよ」
ニヤケた表情を見せたバルフは剣を片手で構えた。それと同時にレニも剣を両手に構える。
お互い両刃タイプのオーソドックスな剣。
レニの剣はバルフのものよりも若干短い。振りやすさを重視しているからだ。
「お互い準備はいいですね? それでは始めます――」
<ジャーン>と銅鑼の音が開始を告げた。
開始と同時にバルフは間合いを詰めてくる。そして雑な大振りを左肩目掛けて振り下ろしてきた。
――雑な大振り。
そう思ったレニは魔力を剣に込め、その大振りを受け流した。
それにより生まれた隙に対し、最小限にして今成し得る全力の速さの斬撃を肩目掛けて繰り出す。
「くっ!」
完全な隙を狙った不意打ちにも関わらずバルフはしゃがんで躱してみせた。普通の傭兵レベルなら当たっている攻撃だが、伊達に天才と呼ばれていない俊敏な動きである。
さらにバルフはそのままの体勢から、魔力を込めた蹴りでレニの腹を蹴り飛ばした。
「がはっ!」
周りから歓声が上がる。
レニは5、6歩後ずさり、痛み出す腹を抑えることなくすぐに剣を構え直した。
「ちっ……こっからは本気で潰してやるからな」
舌打ちと共に睨みつけながら言い放ったバルフの身体に、気力と魔力が滾って行くのがわかった。
レニも負けじと気力と魔力を滾らせる。
【天衣無縫の型】
クレイから教わったあらゆる攻撃に対して最速で動ける構えをレニはとった。
「そんな構えで勝てるわけねーだろ!」
再び間合いを詰めるバルフ。
次は油断した大振りなんかではなく、最小限の動きで斜めに斬りつけてくる。
レニはそれをなんとか防ぐが、バルフは次々に攻撃を放ってきた。
<――!――!――!>
舞台に剣のぶつかる音が響く。
――早い、今までの対戦相手なんか比べ物にならない。
レニは乱撃を防いでるが、少しずつ後ずさっていく。正直ギリギリであった。
1歩間違えれば斬られ、刃を潰してあるとはいえ大怪我をするだろう。
「やっぱり雑魚じゃないか。驚かせやがって」
バルフはそう言って、力を込めた強い一閃を顔面目掛けて放ってきた。
それを剣を手放しそうになりながらもレニは防ぐ――だが魔力が風の刃となって追い討ちをかけてきていた。風の斬撃はレニの頬を掠めた。
「なっ……」
「魔法は発動してねぇよ? 風属性の魔力を纏わせただけだからな。次の攻撃で終わりだ――【カマイタチ】」
間髪入れずに同じような乱撃。
疲労により握力が低下したレニだが、剣を握り直す。
――さっきと違う。
バルフの乱撃は同じように見えて先程のものよりも少し早い。しかしそれだけではなく、振った先で風の刃が追い打ちをかけてくるのだ。
風の刃は身体を僅かに逸らして躱すが、完全には躱しきれずに少しずつ傷を負っていく。
「おらおらおら! 降参なんてさせねえからなぁ」
――やっぱりバルフは強い。
剣を握る手が少しずつ力を無くしていく。
最初の不意打ちは今出せるレニの全力のひと振りだった。それを躱されたときからわかっていたのかもしれない――勝てないと。
潜在的に思っていたのかもしれない――実力の差を。
【カマイタチ】による傷はどんどん増えていく。
ドクドクと脈打つ傷の痛み。頬を流れる血液の感触。
必死に乱撃を受けるなか、レニの心は少しずつ折れていく。
――強くなれたと思ってたけど勘違いだったのかな。
――やっぱり勝てないのかな。
――。
――。
『心・技・体――技術と体で負けてたとしても心だけは折れるなよ』
ふとレニは思い出す、クレイの言葉を。
『どんな状況でも心で負けたらそこで終わりだ』
『自信を持て、弱音を吐くな。お前はしっかりと強くなっている』
――諦めるのは簡単かもしれない。でも諦めたくない。
レニは手放しそうになった意識を取り戻した。
最初の一撃を躱されて負けを認めていたのはレニ自身だった。
勝てないと限界を決めていたのはレニの心だった。
――勝てる。
――勝てる。
――勝てる!
次第に勝ちたいという想いがレニの心に出来た隙間を埋めていく。
――勝って姉さんを救うんだ!
力が湧き上がる。
握力が戻り、握る剣に力が入る。
――勝ってクレイさんの隣に立てる男になるんだ!
途端に視界がクリアになって見えた。
そして剣に宿ったレニの魔力がグネグネと糸のように動きだした。
その魔力はバルフが剣を振った直後、ピンと脇腹を目指して伸びていき、すぐに戻っていく。
――これは、隙。
乱撃の際の隙を魔力が教えてくれているのだとレニは直感でわかった。
次のバルフの攻撃。
再び魔力がピンと右胸を指す。
「はぁぁっ!」
その魔力に合わせてレニは剣撃を入れた。
寸分も違わない綺麗な横一閃。
「ぐはっ……」
たった一撃。だがその一撃は見事なまでに急所を打ち抜いていた。
胸に傷を追ったバルフは振っていた剣を手放し、その場で膝を付き――倒れた。
「勝者――《レニ》選手!」
「――――――――!」
実況の叫びと共に歓声が耳に入る。
――やったぞ、僕は勝ったんだ。
そしてレニも膝をついた。身体が動かないのだ。
さらには耳に入る歓声が少しずつ遠くなっていき、胸がズキズキと痛む。
――あぁそうか。
レニは最後の斬撃を放ったとき、違えて飛んできた風の刃を受けてしまっていたことに気づいたのだ。
「クレイさん、やりましたよ」
小声で囁いたレニは最後の力を振り絞り、選手席で見ているであろうクレイに向けて拳を空に振り上げたのだった。
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