第91話
「やりましたよ、マックさぁぁぁん!」
予選5回戦を勝ち抜いたレニが喜びに満ちた漫勉の笑みを浮かべながら俺とティアラのいる場所へ駆け寄ってくる。
レニはこれで晴れて本戦出場決定――俺はあと1戦を残している状態であった。
「本戦出場だな」
「嬉しいです! なんか身体が自分のものではないぐらい動けたんですよ。これもマックさんの厳しい訓練の成果ですかね?」
称賛を送ると、レニは嬉しそうな面持ちで感情を表した。
実際、先程のレニの試合を見ていた俺は少なからず驚いていた。
対戦相手も5回戦まで勝ち進んでくるぐらいには強い相手で決して弱いわけではない。さらにレニよりも一回り大きく、普通に見れば子供と大人の対戦だった。
開戦前にアドバイスを与えたとはいえ、それを忠実に守り、危ないシーンはあったものの勝利を掴み取ったのだ。
「くそぉぉ、なんであんなガキが」
「俺の金がぁ」
レニの対戦相手に賭けていたであろう野次たちの悲痛の声が聞こえた。
確かにあの体格差なら対戦相手に賭けてもしょうがないと思えるほどには同情する。
「訓練のおかげもあるが、お前の気持ちが強かったんだろう」
短期間だということもあり、厳しい訓練を強いたが、ここまで成長するとは思っていなかった。
やはりレニの持つあの加護のおかげなのだろうか。
「気持ち、ですか――そうですね、気持ちでは誰にも負けてません!」
「このまま優勝したら面白いけどな」
「そ、それはマックさんと戦うってことですよね!? 勝てるイメージが全く湧かないんですけど……」
「俺はまだ本戦出場は決まってない」
「絶対出場すると思いますけど」
俺の言葉に呆れながらレニが答える。
「例え俺が相手でも勝つつもりで来い。因縁の相手とも決着を付けたいんだろ」
「はい、バルフは恐らく本戦に来ると思います」
「俺と対峙しても臆することなくお前らしく剣を振れ」
「頑張ります」
レニは俺から目線を外し、自分に言い聞かせるようにガッツポーズで呟く。
そんなレニの様子にバルフの前に俺と当たらないことを祈ることにした。
「マック選手とザジール選手、前に出てください!」
大会スタッフの呼び出しがかかったので俺は場内に入る。
対戦相手はここまで勝ち進んできただけあって初戦とは比べ物にならないぐらいには強そうだ。
お互い適当に挨拶を交わし剣を構えた。
「予選5回戦、始めっ!」
―――
――
―
俺とティアラはレニと解散した後、街路を歩いていた。
試合の結果はもちろん勝利。晴れて俺も本戦出場を果たした。
対戦相手は動きもそれなりに素早く、パワーもあった。俺はそんな相手の攻撃をしっかりとギリギリで躱しつつ進路先に剣を添えたのだ。
結果首元にクリーンヒット――対戦相手はそのまま泡を吹いて気絶。
なんともパッとしない勝ち方であった。
「ティアラ、そういえば調べてくれたのか?」
そんなどうでもいい試合を思い出しつつ、俺は正面を向きながら隣を歩くティアラに問いかける。
「バルセロ家への支援を切った理由は、あの子の姉が犯してしまった任務での失敗が原因という事になってますわね」
レニをあの子と表現したティアラも前を向きつつ質問に答えていく。
「任務での失敗?」
「はい、任務自体は物品を運ぶという簡単なもので、失敗というのは依頼人に対しての暴言です」
「それだけでか?」
「それの依頼主は帝国一の商会――カセンドラ商会です。そしてそのカセンドラ商会はどうやら裏組織と繋がっている節がありますわね」
「よくわかったな」
「お金の流れや動きでわかります。皇国にもそういう者達がいましたから」
「……なるほど」
どの国にも裏で悪さをする集団はいるらしい。
俺が王国に来て起きたリンシア誘拐事件もそういう輩が動いていたらしいからな。
裏組織と聞いて思い出された怯えるリンシアの涙を思い出し、唐突にムカムカした気持ちがこみ上げてきた。
「さらにカセンドラ商会は帝国第1皇子のお抱えの商会で、今大会の賭博の管理もしています」
「きな臭いな」
レニの姉は任務中に表に言えない別の失態を侵した、もしくは何かを知ってしまった可能性があり、それで迫害を受けた――という方が辻褄が合ってくる。
「大会中も気を抜かないでくださいね。運営側は帝国とカセンルド商会なのですから。それに今回は"龍虎"が目的です」
「そうだな」
ティアラの言ったとおり、今回の趣旨である"龍虎"との対峙である。
"龍虎"がハーデスの力を封じた魔石を持っているのならそれを回収しなければならないからだ。
あまり他のことに首を突っ込みすぎて本命を疎かにしてはいけない。
「お兄様なら大丈夫そうですけどね」
俺の様子を確認しながらクスクスと無邪気にティアラは笑った。
「買い被りすぎだ――それよりもどうする?」
「――先程から付けられている事ですか?」
振り向くことなく、当たり前のように気づいていたティアラが確認のために聞き返した。
先程から俺達を付けている何者かがいる。
試合中からずっと視線を向けていた男なのだが、それは今日行われた全試合にだった。賭博のデータ集めか何かかと思い無視していたのだが、尾行までしてくるとなると話は変わってくる。
「裏組織のやつだろうか?」
「それにしても尾行が素人ですわよね。どちらにせよ向こうから手を出してこないならこのまま穏便に巻くのが正解ですわ」
その意見に同意した俺はティアラと裏路地へ進んでいった。そして【転移】を発動させて屋根の上に着地。
すると同じ路地に誰かが入ってきた。
荒んだ白衣を着ている30代ぐらいで、出っ歯がかなり目立つ猫背の男だった。
――恐らくこいつが付けていた奴だろう。
男は首を傾げながら何もせずに立ち去っていく。
「慌てた様子もなかったな」
「でも一般人にしては怪しい科学者みたいな風貌でしたわ」
確かにその通りである。
久しぶりに聞いた科学者という言葉に何故か歓喜した俺は笑いそうになった。
「尾行してみますか?」
ティアラが口元を綻ばせながらもどこか嬉しそうに問いかけた。
こういう事に関して楽しんでいる節があるよな。気持ちはわからなくもないが。
「行ってみるか」
そんなティアラに笑みで返して俺は首を縦に振った。
そのまま出っ歯男の後を付ける事にした。
「明らかに怪しい路地裏で周りを気にしているな」
「面白くなってきましたね」
相変わらず嬉しそうに言うティアラからは緊張感の欠けらも無い。そういえば前世でも探偵ごっこという名目で一緒にこういうことをしていたことがあったな。
出っ歯男はしばらく裏路地を歩き、やがて行き止まりに差し掛かった。
男は静かに何も無い壁に手を当て、魔力を流し始める。すると何も無い壁が扉のように開いたのだった。
「魔力式のからくりドアというところか」
男が中へ進んでいくと、扉が閉まり壁に戻っていく。
「秘密基地みたいな感じか」
「そんな可愛いものではないと思いますが、何かはありそうですわね。追いますか?」
「今は止めとこう。中に人の気配があった。調べるにしても下調べが必要だ」
魔力によって発動する仕掛けは使えば痕跡で気づかれる可能性が高い。
「そうですわね。こっちでも色々調べておきますわ」
「くれぐれも無茶するなよ」
俺はそう言ってティアラの頭に自然と手を添えていた。
「――お兄様ぁぁぁ!」
するとティアラは俺に抱きつくように飛びかかってくる。
「ど、どうした急に」
「はしたないことをしてしまってすみません、でも我慢出来なくて」
何が?とは問いかけずにそんなティアラの頭を撫でる。
「しょうがない奴め」
敵か味方かはさておき、尾行していたやつのことは後日ティアラと調査をすることにしよう。
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