第90話
剣闘士大会予選の初日。
帝国の一大イベントなだけあって、大会にエントリーしているのは千人以上いる。だからこの予選で減らし、勝ち進んだ64名が本戦出場となるのだ。
大会はトーナメント形式なので、4回ほど勝てば本戦に出場出来るという計算である。
エントリーを受付した帝国一の闘技場で戦うのは本戦までお預けで、予選はその辺の空き地や訓練・演習場で行われる。
なので俺達はその予選トーナメントの1回戦の会場となる帝国の学園の演習場に来ていた。
本日はここで1回戦と2回戦を行うのだが、レニも俺も偶然同じ場所となったのだ。
ちなみにフレリィーの件があってから俺は髪を少し着色し、銀に近い亜麻色っぽく染めている。今更感も否めないが一度しか会っていないので、これから印象を少しずつ変えていけばいいと判断した。
「初戦は観客はほどんどいないですね」
周りを見渡しながら呟くレニは緊張しているのか少し身体の動きがぎこちない。
「予選の――それも初戦だとこんなもんなんじゃないか」
俺も周りを見渡すが数える程の人数しかいない。学園の演習場なだけあって学生がチラホラと見える。
そんな中で見た目は冒険者の格好をしたおっさん達が何やら会話を賑わせていた。
「俺はマックってやつに500B賭けたぜ」
「その試合、ワイは1000Bラディーに賭けたやで」
会話の内容を察するに賭け事をしているようだ。
こちらの世界に来てから、こういった娯楽をあまり見ていなかったが、流石に大会ともなれば賭博をするやつもいるらしい。
だが気になるのは「賭けたぜ」と過去形であることだ。仲間内の賭け合いなら「賭けるぜ」という方が正しいのだが、賭け事を仕切っている商会でもあるのだろうか。
「お兄様、本気を出さずに出来る限り苦戦してギリギリで勝ってくださいね」
隣にいたティアラが華やかな笑顔で色々と注文をつけてきた。
なぜ、という疑問をぶつける前にティアラは理由を説明し始めた。
「帝国では賭け事が流行っているみたいなので、あまり目立った勝ち方をすると悪目立ちしてしまうかもしれません。それに舐められてた方が面白いですわ」
既に賭博の件について調査済みとは抜け目ない。
確かに悪目立ちして賭博を指揮する商会や無法者に目をつけられるのはリスクだ。
本音は最後に話した「面白いから」という理由にも感じるが、ヴァンの姉であるフレリィーのこともあるし、目立たないようには心がけよう。
俺はティアラの説明に短く「わかった」と呟いた。
「それでは予選を始めます! マック選手とラディー選手、前へ出てきてください」
大会のスタッフが、学園での試験を思い出させるように簡素的に呼び出したので、俺は前に出た。
そして目の前に田舎からきたであろうおっさんが立ちはだかる。
どうやらこの男がラディーらしい。
「それでは始めてください」
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!」
開始直後におっさんが叫びながら剣を振り上げ、ゆっくりと突進してきた。
俺はその間、どう苦戦すべきか迷っていた。
実を言うと手を抜くのはいいが、わざと弱い振るまいを見せるのは好きではないからだ。
俺は剣を構えようと身体に少しだけ気力を巡らせた。
「せいや!」
間合いを詰めたおっさんが剣を振り下ろす。物凄く遅い振り下ろしを敢えてギリギリで危なげに躱し、さりげなくその場に足を添える。
するとおっさんは足に引っかかりそのまま派手に転倒。さらにはゴキッという骨が折れたような音も鳴り響いた。
「うぉぉ痛い! いたたたたたぁぁ」
「ラディー選手続行不能、勝者マック選手! 続きまして――」
審判役のスタッフの声が響く。
おっさんの怪我を気になりはしたが、周りには回復術師が待機しているのを知っていたので俺はそうそうに立ち去る。
「あははは、あのおっさん勝手にころんだぜ! 運が悪かったな」
「ワイの1000Bがぁぁぁ」
会場からは笑いや野次が飛び交っている中、ティアラは満足そうな笑顔で出迎える。
「流石お兄様です」
「流石マックさんです!」
続いてレニも笑顔で称賛。
「別に何もしてない」
ティアラに関しては指示に対しての満足という意味の「流石」だろうが、レニは何に対して「流石」なのか。
「相手をギリギリに引き付けて足を引っ掛けたんですよね! 凄いです!」
足を添えていたことが見えてたらしい。なかなか良い目をもっている。
「俺を称賛するのはいいが、お前ももうすぐ試合だろ。心の準備は出来てるのか?」
「はい、もちろんです」
真っ直ぐに放たれた返事には、ワクワクした高揚も感じた。緊張はほぐれているようだ。
「あれっ君たちは――」
いきなり横から声がかかったので振り向く。
そこには金髪の王国騎士フレリィーの姿があった。
「あっ、こんにちは、騎士様」
すかさず頭をさげ、レニが挨拶を始めたので俺とティアラは軽く頭を下げた。
ちなみにティアラも俺と同じく髪の毛を茶色に染めて変装し、尚且つ【気配遮断】で存在を薄くしているので見えていても皇女だと気づかれる心配はないだろう。
「君たちはこの会場だったのか」
「はい、フレリィーさんもですか?」
「私は別の会場でもう終わらせてきたよ。本戦で当たる恐れのある参加者を調査しにきたんだ」
無邪気な笑顔を振りまくレニの質問に、フレリィーは柔らかく微笑みながら答えた。
初対面では厳しめな性格に感じていたが、下のものに対して優しい上官という印象だ。
「続きましてぇ――レニ選手とバビー選手、前に出てください」
「呼ばれました! 頑張ってきます! うおぉぉ!」
気分が高揚しているせいか、ハイテンションでレニは走り去っていく。
2週間やれるだけのことはやった。
レニの真っ直ぐでひたむきに鍛錬を打ち込む性格のせいか、特訓した限りでは2週間では到底身につかないような成長を見せていた。
まだまだひよっこではあるが、本戦には行けそうな実力を感じる。
「君はもう終わったのか?」
レニを見送りながらも、フレリィーが唐突に俺へ声をかけてくた。
「少し前にな」
「その態度から察するに勝ったのだろうな」
「……まぁな」
「いや、君なら勝って当然とも思えるが」
「どういうことだ?」
フレリィーの言葉に俺は内心緊張していた。
ヴァンと同級生であることがどこかの経緯でバレたのか――と。
もう既に言い訳は決めているので焦ることはないが。
「君は一見、普通に立っているように見えて隙がないように感じる」
そっちかよ。
とりあえずセーフだったようで、適当に煙に巻くことにした。
「……気のせいだろ――」
直後、フレリィーが剣を抜く動作を入れて斬りかかってきた。
無駄のない最短な動きからの居合抜き。
だけど俺は躱さなかった。
刃の部分を死角に入れて見えないようにしているが、剣は抜かれていなかったからだ。
反射神経によって動こうとしていた身体を静止させる。
――いや、ここは躱すべきなのだろうか。
本戦出場しそうな選手を調査しに来たのであれば、「剣を抜いていないのが見えていたのか」と言われるよりは、躱した方が余計な目を付けられなくて済むような気がする。
俺はフレリィーが剣を握っていたとしたら斬られたタイミングまでわざと反応を遅らせて躱す動作に入る。
「きゃっ!」
すると躱す移動先に何故かティアラが現れていた。
咄嗟のことに反射が間に合わず、俺はティアラにぶつかり倒れる。
さりげなくティアラをしっかりと庇い俺が下敷きになる形で。
「大丈夫かっ!?」
フレリィーの心配そうな声が聞こえた。
ティアラが覆いかぶさっているせいか何も見えない。
だけど顔面には柔らかい感触。そして仄かな甘い香りが鼻を通り抜けていた。
この感触は――
「お兄様、申し訳ございません」
すぐに俺の上から離れたティアラが胸に腕を当て、抑えながら頬を染め、恥じらいながら謝った。
「大丈夫だ、怪我はないか?」
少々わざとらしく感じた俺は疑い混じりな視線を向けながらティアラに問いかける。
「大丈夫ですわ」
ティアラはそう言って頬に手を当てうっとりとした表情に変わった。
「す、すまなかった。わ、私は実力試したくて――」
そんな光景に何故か慌ててフレリィーも謝ってくる。心做しか顔が少し赤い。
「マックさーん、勝ちましたよー! ってこれどんな状況ですか?」
戻ってきたレニが首を傾げながら呟いた。
傍から見れば倒れる俺に対して、頬を染める少女と謝罪する騎士という絵面だ。
俺は静かに立ち上がり、とりあえずレニの肩に手を置いた。
「やったな」
そして一言。それに続いてティアラとフレリィーも祝の言葉を述べていく。
その後もフレリィーは謝罪をしてきたが、気にしていないからもう謝らないてくれと言ったら納得してくれたようでその場は収まった。
誤魔化しは成功したようで何も言及されることなくフレリィーは次の会場に向かった。
俺達はこのまま2回戦に突入。
「ティアラ、わざとだろ……」
「なんのことでしょう」
俺の指摘に目を逸らし誤魔化すティアラ。
レニは現在試合中である。
「ティアラ……お前があれを躱せないわけが無い」
「バレてしまいましたか」
「なぜわざとぶつかったんだ」
「……実は」
深刻そうにティアラが俯いたので俺はゴクリと唾を飲む。
「ラッキースケベというのをやってみたかったんです」
「………………なんて?」
「ラッキースケ――」
「あっ聞こえたから繰り返さなくて大丈夫だ。うん――なんで?」
俺は少し間を空けて再び理由を問う。
「剣闘士大会も含めて、お約束を回収したかったんですの!」
「お約束ってなんだよ……それに回収ってなんか間違ってないか?」
「合ってます!」
するとティアラは小さなノートのようなものを取り出した。ノートには細かな字で色々書かれて、ティアラは和かな笑みでそこにチェックを入れ、「よしっ」とガッツポーズ。
そこには「ラッキースケベ3・お兄様とぶつかって胸に顔をうずくめる」と書いてある――気がした。
「ティアラ……?」
「お兄様、乙女の秘密を勝手に覗き見しないでください!」
困惑した俺に対して何故か上目遣いで叱咤するティアラ。
とりあえず――ノートのことは見なかったことにしよう。
◇
剣闘士大会本戦を翌日に控えた深夜。帝国中央都市ザナッシュにある屋敷で密談をしている5人の姿があった。
「明日から本戦が始まりやすが、予選だけでもかなり儲けれやんすねリーダー」
出っ歯の男がしげしげと、中央の席に背中を向けて座るリーダーへと呟いた。
「当たり前じゃない、私たち賭けをコントロールする側なのよ。それよりも本戦では誰を勝たせるの?」
胸元の谷間を強調させるような衣装を着たセクシーなお姉さんがそれに反応。
「賭博ってのは儲かるな、もちろん俺達運営側が。だけどよ! ガッハッハッ!」
それに対して八重歯をむき出しにした獣人の男が笑う。
そしてその4人の話をどこか上の空でボーッと黙って聞く1人の少女が隅の椅子に体育座りをしている。
「リーダー、本戦出場の選手をまとめましたよぉ。誰か気になる選手はいますか?」
セクシーなお姉さんが自慢げにリーダーに向けて念写した写真入りの名簿を渡した。
「フレリィー、マクウェル、ギガルス、バルフ――」
リーダーの男は名前を次々にあげていく。
すると――
「こいつは……」
「どうしましたか、リーダー」
「このマックというガキの試合は見たか?」
リーダーの質問に、出っ歯の男が手を上げる。
「あっしが見てやしたが、あまり印象深くなかったでやんすね。正直雑魚かと」
「ガハハハ! マックと言えば俺の1回戦の相手じゃねえかよ」
獣人の男が笑いながら言うと、周りはマックという選手に対して一気に興味がなくなっていく。
「闇ギルド幹部候補のカルロちゃん相手ならそいつ敗北確定じゃない」
「違いないでやんす」
その言葉に獣人の男――カルロも自信満々に頷いた。
「俺が直接ひねり潰したかったが残念だ」
「ガハハ、そいつと何かあったのか? リーダー」
リーダーの呟きにカルロが問いかける。
「受付の時にちょっとな。あーいう調子に乗った夢見る雑魚は絶望させ、痛めつけ、すり潰して殺してやりたい」
「Sランク冒険者にして我々闇ギルド幹部が言うと迫力が桁違いでやんすね。マックというやつには同情すらしやすよ」
「ガハハッ、すまんな! 代わりに俺が潰しとこう。間違って殺しても裏工作は頼んだぜ」
「それはいいが、くれぐれも故意的にならぬようにはしろよ」
リーダーはその言葉に口元を緩ませながら呟いた。
すると出っ歯男が端に座った少女に目を向けた。
「それにしてもあいつしゃべらないでやんす」
その言葉にリーダー以外の一同が端に座る黙りこくった少女に目を向けた。
「お前と違って拾ってからは、任せた任務は100%成功させている。だから放っておけ」
リーダーはそう言って手元にあった本戦出場者の名簿を机に投げ捨てた。
「で、でもぉ……」
「ガハハッ、お前はロリコンだもんな」
「ロリコンじゃないし、あの子はロリじゃないでやんす!」
「それよりも、この調子ならリーダーの優勝確実かと思うけど、カルロちゃんこのフレリィーって女に勝てるの? なんなら刺客でも送るよ?」
脱線した話題をセクシーお姉さんが変えた。
「ガハハッ、必要ねぇ。皇国で起きた悪魔事件以来あいつは心に傷を負っているって情報だ。それがなくても負けることはないがな!」
「そうだな。流石に騎士団長への妨害は足がつきかねない。だがカルロ油断はするなよ。いくらお前でもあの女は強い事には代わりないからな」
「了解だぜ! ガハッ!」
「今回の大会で闇ギルド帝国支部の目標を達成しようじゃないか」
リーダーは口元を緩めながらに言い放つ。
その言葉に一同が首を縦に振る――1人を除いて。
首を縦に振らなかった少女――女性は机に散投げ出されたマックという亜麻色に染まった髪の少年の写真をひたすらに見つめ続ける。
「くれ……い?」
そして一言、短く呟いたのだった。
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