第89話
7歳を迎えたばかりのクレイは街外れの誰もいない場所でひたすらに剣を降っていた。
剣術を身体に覚えさせるため――否、覚えた剣術に身体を追いつかせるためである。
クレイは見たものを完璧に再現出来る才能があり、今世でもそれは同じでだった。
しかし問題がある。
完璧に再現しようとする事に身体が付いていかないのだ。
正確に言えば再現は出来るのだが、それを行使すると身体の方が耐え切れず壊れてしまうのだ。
1度もスポーツをしたことのない者がプロアスリートの動きを完璧に真似れば、身体は耐えきれず壊れてしまう。それと同じである。
つまり才能を活かすためには基礎となる能力を積み上げていかなくてはならない。
考えてみれば当たり前のことなのであるが――。
だからクレイはひたすらに鍛錬を積み上げる事に専念していた。
――じゃなきゃあの男に殺される。
「はぁっ!やぁぁ!」
クレイが剣を振っていると何者かが近寄ってくる気配を感じた。
――あの男が帰ってきていたんだ。
剣を振るのをやめたクレイは気配の感じる方へ振り向いた。
すると――
「ぐはっ!」
蹴られたのだ。見えていたのに躱せなかった。
それは当たり前である。不意打ちで、尚且つ常人でも見える人は少ないんじゃないかと思えるほどの高速に放たれた蹴りを5歳児が躱せるわけがない。
クレイはそのまま吹き飛ばされ、受け身を取りながら地面を転がり、やがて着地した。
口の中では鉄の味が広がっている。そして蹴られた箇所に内側から広がるような痛みが襲ってきた。
「何時も気を抜くな。いつになったら躱せるようになるんだ」
――無茶言うなよ。わかってても身体が出来上がってないせいで躱せないんだから。
悲痛を叫びたいほどの痛さを堪えながらクレイは立ち上がった。
そして目の前の「あの男」を睨んだ。
「やんのかクソゲイン」
「ふっ」
あの男――ゲインはクレイの言葉に冷酷な表情を作り、剣を両手に構えた。
クレイも同時に、持っている剣を両手に持ち替えてゲインに向ける。
「まだまだだな」
ゲインが一言発すると、素早くクレイへ斬り掛かってくる。突きにも近いその動きをクレイは右側に躱した――が、既に次の剣撃が振り下ろされていた。
躱したばかりであったクレイは慣性の勢いよって一瞬動きが止まってしまっている。
――このままでは斬られる。
クレイは左腕を失う覚悟で前に出ようとするが、ゲインの剣は当たる前に止まっていた。
「天衣無縫の型」
「えっ――ぐはっ!」
そう短く呟いたゲインはクレイを軽く蹴り飛ばした。そして剣を鞘に収めいつものようにどこかへ立ち去っていく。
――クソ野郎。
クレイは舌打ちをしながら自分に【ヒール】をかけて、再び鍛錬を始めるのだった。
―――
――
―
「マックさん、どうしたんですか?」
レニが心配そうな眼差しで俺に対して偽名の方で問いかけてきた。
どうやら俺はボーッと考え事をしていたらしい。
久しぶりに名前を聞いたせいか昔のことを思い出していたようだ。
「いや、なんでもない。稽古を始めるか」
「はい師匠!」
「師匠はやめろ、そして誰もいない時はクレイと呼んでくれ」
「はい師しょ――クレイさん!」
間違えそうになった直後に睨みを効かせると、レニは笑いながらすぐに訂正した。
俺とレニは中央都市から出てすぐの場所にある開けた空き地に来ていた。
大会のせいでどこの訓練場も人が多かったからだ。
ちなみにティアラは皇女としての仕事があるらしいく、1度【転移】で帰っている。
「大会の目標を聞こうか」
俺は一応という意味合いで伺ってみた。
「僕は……本戦出場したいです!」
「確かに本戦出場は凄いことだと思うが、本当にそれが目標か?」
先程絡まれた事を思い出しながら、再びレニに問いかけた。
レニは蹴られて転倒した際に、黙ってはいたが拳に力が入るのを俺は見ていたからだ。
「アイツに――バルフに勝ちたいです」
レニは拳を力強く握りしめ、内側に潜む想いを口に出した。
「なら勝とうじゃないか」
真剣な面持ちで放たれたレニの眼力からは、負けたくないという意思が伝わってくる。
どうやら2人の間には何かの因縁があるようだ。
「勝てますかね?」
「勝てるか、じゃない。勝つんだよ」
「……頑張ります!」
それを聞いたレニは拳を自分の胸に当てながら気合を入れ直した。
「その前に伝えておきたい事がある」
「なんでしょうか」
「隠しているつもりはなかったが、ゲインは俺の師でもあるんだ」
「……え?」
目を見開き唖然としているレニに、俺はスラム街で育った事と、12歳までゲインと過ごしていたことを軽く説明した。
「そんな経緯があったんですね……」
「だからといってゲインの味方をしている訳では無いがな」
「そうなんですか?」
「あぁ、アイツに関しては何とも思っていない。俺の目的の邪魔をするなら排除できるぐらいにはな」
淡々と語っていく俺の言葉聞いたレニは、あははと笑いだし――
「クレイさんを信じてますから」
と真っ直ぐに答えた。
純粋な少年のような心を感じた俺は眩しすぎたせいか、なんとなく目を逸らすことにした。
「もうひとつあるんだが、今回お前に教える剣術の型はゲインから教わった型になる」
正確には勝手に【完全再現】したものだが。
「それで僕は強くなれますか?」
「万能ではあるし、今のレニにはそれが1番あっている」
「わかりました、教えてください」
目の敵の剣術でも、自分が強くなるためならとレニは受け入れたようだ。
確認する必要もなかったが、本気で強くなりたいという意思がふつふつと伝わってくる。
「ふっ、まずは剣を構えろ――」
俺は口元を緩ませた。
この後レニを動けなくなるぐらいシゴいたのは言うまでもなかった。
◇
「うぅ……もう筋肉痛に……」
あかりの消えた部屋のベッドに横たわったレニは、体の痛みを嘆いていた。
――クレイさんがあんなにスパルタだとは思わなかった。
レニは今日の訓練内容を思い出し、顔を真っ青に染めていく。
クレイは訓練を始める前にしばらくレニの姿を観察していた。何かに気づき、考えるように顎に手を当てたあと「訓練内容が決まった」と地獄の訓練メニューが始まったのだ。
だけど訓練一日目にして、朝の自分よりも明確に強くなったとレニは感じていた。
短期間と約束をしたが、ずっと学べばどれだけ強くなれるだろう思い描く。
「早く寝ないと怒られてしまう……」
休んで回復させるのも訓練の一貫。というクレイの言葉を思い出しながらも、闘志は一向に醒めない。
目の前の目標である勝ちたい男の事を思い浮かべてしまったからである。
バルフ・ロンドンド――伯爵家の子息でレニの元同級生。家柄同士の付き合いで昔から交流はあったが、バルフはレニのバルセロ家をいつも見下していた。
それは学園に通ってからも同じでレニに対してよく命令をして子分のように使わされていた。
しかもバルフは剣術の成績が物凄くいい。それに向こうは伯爵家で、男爵家の僕の家は逆らえるはずもない。
さらに言えばロンドンド家からは、いざとなった際に支援を受けれる態勢もとっていたので、レニが反抗してしまうとそれも台無しになってしまう。
だからこのままでいいんだと思っていた。
――だけど。
国からの支援が無くなったとき、ロンドンド家はバルセロ家に一切支援をしなかった。
それどころか今後一切の関わりがないようにとバルセロ家を見捨てたのだ。
――悔しかった。
家柄のことはどうしようもない。だけどせめてバルフには一矢報いたい。
そう思うようになった。
だけどバルフは剣術も、クラスでは天才と呼ばれているほどの実力でレニが勝てる余地すらなかったのだ。
でも今は――。
勝てるかも知れない兆しを感じたレニは眠りにつく直前、ふと枕の下に忍ばせていたネックレスに手が触れた。
それは大切な大切な――姉から貰ったネックレス。
「ねぇさん……」
そしてあの頃の優しい姉の笑顔を思い浮かべながら短く呟いき、レニは自然と眠りについていたのだった。
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