第87話
帝国の中央都市ザナッシュ。
バロック王国よりも歴史が長い帝国の街並みは、年季がかった建物が多い印象だ。
都市の面積も王都の1.5倍ほど広いので、人口もその分多く、活気に溢れている。
そんな中央都市の路地裏をしばらく歩いたところに古い小屋のような家が密集した地帯があった。
その中で一際目立つボロボロな小屋に俺とティアラは案内されていた。
「どうぞどうぞ、狭いですが上がってください」
純粋におもてなしをしようと和かなスマイルを浮かべるのはダンジョンで出会った少年――レニである。そんなレニを俺は唖然と見つめてた。
隣にいるティアラも同じような表情を向けている。
「ここがお前の家か?」
「はい、狭いですが慣れれば住みやすいですよ!」
確認のための問いかけを自信満々にレニは言い切った。
そういうことを聞いているのではない。
「一応貴族だろ?」
「実は……姉さんが居なくなってから父と口論になり、家を出たんです」
ダンジョンで聞いた事情の延長だろうか。
言いにくそうにしているレニに向けて、俺はフォローを入れることにした。
「まぁ屋敷とかよりは、こういうところの方が落ち着く」
俺の言葉に安心したレニはティアラの方にも視線を向けた。
「お兄様の側が私のいるべきところです。なので場所はどこでも構いませんよ」
「ありがとうございます。安心しました!」
レニは俺達の言葉に笑顔で答えると、家の中を案内する。
8畳ほどの広さの空間に最低限のテーブルに棚とベッド。そしてテーブルには椅子が4つ添えられていた。
「あっ、今飲み物を切らしていて……」
椅子に腰掛けた俺達へ気まずそうに俯くレニ。ならなぜ呼んだんだよとツッコミを入れたくなったがそれよりも先にティアラが口を開いた。
「紅茶は私が用意しますわ」
ティアラは【アイテムボックス】からティーセットを取り出し、慣れた手つきで3人分の紅茶を入れていく。
「はぇ~、サナさんって次元属性魔法を使えるんですか?」
それを見たレニは目をパチクリさせて驚くように呟いた。
「使えますわよ」
「そんなサラッと……凄い……。やはり実力ある冒険者だったんですね。僕の判断は間違ってなかった!」
「お兄様はこんなものじゃありませんわ」
歓喜するレニを目前にティアラはまるで当たり前かのようにすまし顔で答えた。それを聞いたレニは尊敬の眼差しで俺を見つめている。
いやいや、ティアラに比べればこんなものぐらいだと思うぞ。
「クレイさん達はどこの国から来たんですか?」
「王国の王都から来た」
「王国って随分遠いところから来たんですね。依頼とかですか?」
「そんなとこだな」
軽い世間話をしつつ紅茶に口を付けて一呼吸した俺は一応確認すべき点を聞いてみることにした。
「強くなりたいと言っていたが、具体的に何のためにだ。姉を取り戻すためか?」
「……姉さんを取り戻したいという気持ちはありますし、その為に強くなりたいです。だけど僕はこれからの為にも強くなりたい。弱い自分のままこの先を歩みたくないんです」
その問いかけに一瞬考えたレニは、真剣な面持ちで語っていく。
「今は姉さんを救いたい一心です。だけど僕がこの先大切に思える人が出来た時、その人も守りたい。そのために強くなりたいと思っています」
偽りなく真っ直ぐな気持ちで言い切ったレニの目は真剣そのものだった。
いずれ現れる守りたい人の為に。
曖昧に感じはするが、準備を整える姿勢やそれに向けて足掻こうとする考え方は嫌いではない。
少しの間ならと思えるぐらいには共感した。
「さっきも言ったが少しの間だけなら見てやる」
「ありがとうございます!」
俺の答えにレニは全力で頭を下げた。隣にいたティアラも何故か笑みを浮かべて微笑ましそうに俺を見つめている。
今は休校しているが、もうじき学園も始まるだろう。それまでという期限付きだ。
「まずは結果を残したいと思ってます。だから近日行われる剣闘士大会に出場して、いい成績を残したいです!」
「剣闘士大会ですか?」
レニの発した文言に反応したのはティアラだった。
「はい、剣闘士大会は年に1度行われる帝国の代表行事の1つです。各地から強豪たちが集まり、功績を残した者には騎士団にスカウトされたり皇族から勲章を貰えたりします。もちろん高額な賞金も!」
嬉しそうに語っていくレニ。それを何故かティアラは興味深く聞き入っていた。
心做しか目を輝かせているようにも感じる。
「しかも今回の優勝者はエキシビションとして、帝国最古にして最強の実力者である"龍虎"様と手合わせ出来るんです!」
確かに各地から集まった強豪達の頂点と最強の騎士の戦いは大いに盛り上がるだろう。いやちょっと待てよ――
「"龍虎"と対峙出来るのか?」
俺はサラッと流しそうになった話をもう一度確認する。
「はい、優勝者はエキシビションマッチとして"龍虎"様と戦えます」
「お兄様、参加しましょう!」
ティアラはこのタイミングを待っていたかのようにバッと立ち上がり、嬉しそうな表情で言い放った。
「待て待て、話しが急すぎる」
「お兄様は知っていますか? 剣闘士大会の面白さを」
「いや知らないが」
「年1回開かれる国の代表行事、各地から集まる強豪達、功績――その単語を聞いただけでワクワクしませんか?」
ティアラは言葉通りワクワクした面持ちで問いかけてくる。
てっきり"龍虎"と対談出来る可能性があるからという理由が最初に出てくるかと思ったんだけど。
「それを名も無き強者がバッタバッタと敵を倒し勝ち進んでいく――こういう展開好きですの!」
ティアラは瞳をキラキラさせて笑顔で語っていく。
展開とか意味がわからない。
そういえば妹は小説やライトノベル、漫画などの空想的な話が大好きで読んでいたな。
「そんなに好きなら自分で出場してみるという選択肢は?」
「私じゃそんなに盛り上がらないですわ。それに剣術は得意ではないんです」
盛り上がる盛り上がらないの問題ではない気もしたが、剣術が得意じゃないのは本当のことだ。
皇国では剣、武、魔術の全てにおいて万能と周りから言われているティアラだが、剣術はその器用さ故にこなしていただけに過ぎないのだろう。人並みには剣術も習得はしているのだろうが、経験があまりにも少なく、本物の剣士に対しては剣術という面では通用しないのだ。
剣を握ってきたかは手を見ればわかる。手に出来た豆が潰れ、固く作り代わって剣に馴染んでいくものなのだが、先日ティアラの手を握った際にそれを感じなかった。むしろ非常に女性らしい柔らかな印象を受ける綺麗な手の平だった。
「一応確認なんだが、他国の者が出場出来るのか?」
ティアラの説明に納得した俺は、レニに向き直り確認するように問いかけた。
「他国の者ですと勲章を得ていたり有名な貴族やSランク冒険者の人達は許可の申請をするためにめんどくさい手続きをしないと行けないのですが、知られていない人なら傭兵や冒険者として普通に出場することが出来ますよ」
「なるほど」
「決まりですわ! ついでに"龍虎"さんとも対峙出来るので一石二鳥ですわね」
納得した俺に対してティアラは押し切るように言い放つ。
ついでというかむしろそっちが本題である。
「僕も師匠には出場して欲しいです」
「師匠はやめろ」
突然に師匠呼びを即座に否定した。
師匠という柄ではない。
「あはは、すみません。クレイさんにも出場して欲しいです」
「それだとライバルということになるがいいのか?」
「もちろんですよ。クレイさんに教わる身ではありますが、僕も精進します!」
レニは笑いながら答えたが、瞳の奥では燃えているような何かを感じた。
こういう真っ直ぐなタイプは集中すれば伸びていける。きっと将来強くなるだろう。
「大会の日取りは?」
「今からちょうど2週間後になります」
「なるほど、ならそれまでは見てやろう。日が短いからやれるところまでだがな」
「はい、では早速エントリーに向かいましょう!」
張り切った様子でレニは家を出た。
目立つのは好きではないが"龍虎"と対峙する手がかりになるのであれば致し方ない。
そう思いつつ、俺とティアラはレニの後を追うのだった。
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