第86話
「ゲインだと?」
行方知れずの師の名前をまさかこんな場所で聞くとは思っていなった俺は耳を疑い、確認するように短髪の少年へ聞き返した。
「はい、ゲインと呼ばれてました」
少年は真剣な表情で言い放つ――嘘をついている様子はない。そもそもゲインという名前が出てきた時点で信ぴょう性の高い話ではある。
そう思った俺は自然と視線をティアラの方へ泳がせると、驚いていたようで深刻な目付きで少年を見つめていた。
「詳しく聞かせてくれ」
「いいですが……その、弟子にしてもらえるのでしょうか?」
気まずそうに身体をモジモジさせている少年の問いに、なんと答えるべきか迷いが生じた。
「それは理由次第だな。まずは名前を聞こう」
「僕の名前はレニ・シュピル・バルセロです。一応は男爵家の次男になります」
レニと名乗った短髪の少年は男爵家の部分だけ言いにくそうに呟いた。
なにやら事情がありそうな雰囲気ではあるが、深入りはせずに俺も名乗ることにした。
「俺はクレイだ」
「私は妹のサナですわ。一応平民で、冒険者をしておりますの」
俺が名乗り終えると、ティアラは「妹」を強調しつつ偽名を紹介した。皇女であるが故、貴族に対してティアラと名乗ると後々めんどくさくなると判断したのだろう。
だけど鮮麗された貴族のような丁寧な言葉遣いを崩さないと平民を名乗るのには無理があるのではないだろうか。
「クレイさんにサナさんですね。よろしくお願いします」
そんな考えも杞憂に思えるぐらいすんなりと受け入れたレニは笑顔を向けた。
「それでゲインと呼ばれた男について聞きたいんだが、姉が連れていかれたというのはどういうことなんだ?」
「ゲインという男をご存知なんですか?」
「王国で大罪を犯し、行方知れずということはわかっている」
なんと言うべきか迷った挙句この先の展開も考えて無難に答えた。
レニはその説明に納得したようで、説明を始める。
「まずは僕の家柄の事からお話ししますね。僕の家――バルセロ家は男爵の地位を授かっていて、代々皇族に尽くし、帝国ために身を削る想いをしてきた家柄でした。そんなバルセロ家の長女として産まれた姉さんは、帝国のために努力をして名誉ある魔法騎士団に入団するぐらいの実力を得ました」
悪事や汚職に手を染めず、国のために真面目に尽くす貴族。静かに語るレニからはそんな育ちのいいイメージが伝わってくる。
「皇族とは良好な関係を築いているように思えていたのですが、ある日、帝国側はバルセロ家に対しての援助の一切を打ち切ったんです」
国からの援助がなくなる――それは事実上の奪爵。つまり平民として生きろということに等しい。
「何か原因があったのか?」
「詳しくはわかりません。父であるバルセロ家の当主と帝国の間に何かあったのだと聞かされました。それだけならよかったのですが、同時期に姉さんは魔法騎士団を脱退させられました」
納得していないような面持ちでレニは俯いきながら語り続ける。
基本的な奪爵は貴族側の落ち度によるものが原因となる場合が多いが、そうではないように思えた。
「姉さんはいつも優しく、笑顔を良く見せる人だったのですが、その日を境に変わってしまいました。笑顔を一切見せず、ボーッと窓の外を見つめる日々を過ぎしていたんです。そして話しをかけても単調な返事しかしなくなりました」
レニは一呼吸置いた。これからが本題なのだろう。
「それからしばらく日が経った頃でした。姉さんが突然手紙を置いて家を出ていきました。手紙には――国の為にはもう尽くせません。理想の為に家を出ます――と。僕はすぐに家を飛び出し、姉さんの痕跡を追いかけました。幸い、家を出たばかりだった事もあり、どうにか姉さんに追いついたのですが、そこには素人の僕でもわかるぐらいの唯ならぬオーラを出した男もいたんです」
「その男がゲインということか」
「はい、姉さんはそう呼んでました。姉さんが連れていかれちゃう――咄嗟にそう思った僕は剣を抜いてその男へ斬りかかっていました。そこからの記憶はありません。僕が目を覚ました時には姉さんは男と共に消えていました。何をされたのかもわからないまま勝敗はついていたんです」
「なるほど……話を聞いた感じでは連れていかれたというよりは自主的について行ったように思えるが」
「そんなことない! 姉さんはあの男に誑かされたんだ!」
俺の言葉にレニは表情を変え、必死にうったえるように叫んだ。
「僕が……姉さんを守れるぐらい強かったらよかったんですよ。強ければ姉さんをいかせずにすんだかもしれないのに」
話を概ね理解した俺は、これからどうするかという意味を込めてティアラに目を向けた。
するとティアラは「お兄様のご自由に」という意味合いのアイコンタクトをしながら笑みを浮かべている。
頭の中で色々と仮説を立てたが、とりあえずここに来た目的を実行しよう。
「お前が強くなりたい理由はわかった。短期間であるなら俺が稽古をつけてもいい」
「本当ですか!?」
それを聞いたレニは握っていた拳を解き、目を輝かせながら食い入るように迫ってくる。
「とりあえず、話はここを出てからだ。まずは100層に向かう」
レニを置いていくわけにもいかず、入口に戻るのもめんどくさいと判断した俺はレニも連れてダンジョンの100層に向かうために歩き出した。
するとすぐに75層の転移場所へ到着し、100層へ転移。
そこにはサバンナのような高原が広がっていた。
「そういえばお前はなんで75層にいたんだ?」
俺は当然の疑問をレニに質問をぶつけてみる。
強くなりたいから我武者羅に強い敵と戦っていた、というわけでもないだろう。
「あの近辺に出るドラゴンから出現する魔石を素材にして武器を作りたかったんです」
それを聞いた俺は呆れながらレニを見つめる。
「武器よりも先に、元となる強さがなければ意味が無いだろ。あやうく命を落とすところだったんだぞ?」
その指摘が心に刺さったのか、落ち込むように俯いたレニは小さな声で「すみません」と呟いた。
そんなやり取りをしていると背後からティアラの声が聞こえた。
「お兄様、こっちですわ」
呼びかけに振り向くと、ティアラは魔法を発動させていた。その直後、何もない場所から隠し階段が出現した。
どうやら100層にはそれぞれ隠し階段があるらしい。
「流石だな」
「当然ですわ、お兄様の妹ですから」
「兄妹仲がいいんですね、羨ましいです」
名残惜しそうに囁くレニをよそに、俺は階段を先陣を切って進む。
しばらく下りていくと赤のダンジョン同じく青色の光に満ちた鍾乳洞にたどり着き、その真ん中には5メートル程の祭壇のようなものがあった。
だけどその祭壇からは何の力も感じなかった。
「何も感じないが、もしかして――」
「手遅れだったようですわね」
俺の言葉にティアラは落ち込み気味に答えた。つまりここに眠るハーデスの力は俺たちが来るよりも先に誰かの手によって奪われてしまったということだ。
赤、黄、緑の3つとも手遅れというのは、かなりやばい状況なのではないだろうか。
「ここって『宝の間』ってところですか?」
「宝の間?」
キョトンとした表情を作りながら小声で呟いたレニに対して俺は聞き返した。
「はい、100層を攻略した龍人様が『最奥にある宝の間にて、壮絶な力を放った魔石を手に入れた』と言っていたらしいですよ。その宝の間がここなのかなと」
「なに? つまりその龍人がこの場所から何かを持ち帰ったということか?」
「ここが宝の間ならそうだと思います」
ここから持ち帰ったということは、その魔石はハーデスの力の可能性が高い。
「その龍人には会うことは可能か?」
俺の問いかけに対して少し考えたレニは申し訳なさそうな表情を向けて口を開いた。
「難しいかと思います。龍人様は"龍虎"と呼ばれている帝国最古の騎士様です。皇族と同等な身分を与えられている方なのでそんなに簡単に会える人ではないんですよ」
皇族と同等ということは公爵よりも身分が上になる。
つまり俺のような平民、ましてや他国の者がそう簡単に接触出来るはずがない。
ミンティエ皇国の皇女であるティアラなら可能性はあるかもしれないが、こんな離れた地に付き人なしでいる理由がない。
そもそも皇族の関わる会談ともなれば連絡を密にとりあって日程を決めることでようやく成り立たつものなのだ。
「役に立てなくてすみません」
「別にレニが悪いわけではないんだから謝るな」
「すみません……」
「ふふっ」
お約束の掛け合いに思わずティアラが笑うと、何かを思いついたようにレニの顔が明るくなった。
「良かったら中央都市にある僕の家に来ますか? 救って頂いたお礼もしたいんです」
どちらにしろ一度中央都市に入る必要があるのは確かだ。
俺は提案を受け入れるかどうかをティアラに委ねることにした。ティアラは男性嫌いであり、貴族とはいえ男の家に行くということに抵抗を感じるのではないかと思ったからだ。
「私は大丈夫ですよ」
そんな気持ちを察してか、ティアラは俺にアイコンタクトを送りつつ了承した。
どのみち"龍虎"には対談しなければいけない――そういう意味合いが込められているような気もしたが。
「お言葉に甘えさせてもらおう」
「はい!」
そんな俺の返事に、レニは張り切った様子で答える。
まさかこんな形で初入国するとはな。
こうして俺は帝国中央都市に足を踏み入れることとなった。
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