第85話
ザナッシュ帝国の中央都市――ザナッシュの近隣に存在する緑のダンジョン。その内部を俺とティアラは朝早くから散策していた。
帝国領土へは1度も踏み入れたことが無かったので【転移】が使えない。そのため徒歩で向かう事になるので深夜から出発していた。【自己加速】による速度超過で真っ直ぐダンジョンを目指し、本来なら馬車で20日以上かかる道のりを4時間でたどり着いた。
ダンジョンは都市付近ということもあり多くの冒険者が闊歩していると聞いていたが、流石に早朝なだけあって人けが少なかった。
王国にある赤のダンジョンと違い、入る際の記入するなどの事は一切なく、放置されているという印象を受けるダンジョンだった。
「ダンジョンによって内部の構造が違うんだな」
俺は歩きながらも周りを見渡し、後ろを歩くティアラに語りかけた。
「そうですわね。ですが10層毎にボスと呼ばれる大型の魔物がいるのは変わりませんわよ」
ティアラはそれに対して補足して答えた。
現在は緑のダンジョン25層。赤のダンジョンとは違い、25層ずつに転移場所がある。だけど次の50層に向かうための転移場所は同じフロアではあるが別の場所へ移動しなければならないらしい。
どのダンジョンも基本100層まであり、緑のダンジョンに関しては100層までの完全攻略は済んでいるとのことだった。
つまりはマテリアルドラゴンと対峙したあの高原は100層だったということになる。
「そういえばその服、買ったのか?」
俺が何気なくした質問にティアラは笑みを浮かべる。
ティアラの服装はいつもの皇女としてのドレスではなく、ラバール商会が出している平民服に冒険者としての装備を合わせたものだった。
「はい。どうですか? 可愛いですか?」
「いいセンスだ」
くるっと華麗にターンをするティアラに対して俺は素直に褒める。
漆黒で綺麗な黒髪とは正反対の白と水色をイメージしたモコモコのアウター。そのアウターのために用意されたようなモコモコのベレー帽が頭に飾られていた。
「ありがとうございます」
ティアラは笑顔で感謝を述べると、すぐに冗談っぽく不機嫌そうにそっぽを向いた。
「褒め方といい、お兄様は女性の扱いに慣れていますわ……この14年でいろんな女性を落として来たんですか?」
そんなことはないと思いながら、俺は今まで出会ってきた人達の顔を思い浮かべると、満更でもなさそうな奴らがチラホラと浮かんだ。
「そんなことはないと思いたい」
半笑い気味に返答する俺に対して頬を膨らましたティアラだったが「まぁいいですわ」とすぐに笑顔で擦り寄ってきた。俺はそれを拒絶することなく受け入れる。
すると魔物がこちらに近付いてくる気配を感じた。基本的には俺もティアラも【気配遮断】を使っているので今まで魔物はスルーしてきた。
1番弱い効力の【気配遮断】とはいえそれを看破するのはなかなかの看破能力である。
「ギュルルル」
やがて3メートルほどある熊型の魔物【ルビーベア】が姿を見せた。
【ルビーベア】は今にも飛びかかってきそうな勢いで唸っている。
「はぁ、私とお兄様のデートを邪魔するとは無粋ですね」
「一応、ここに来た目的は遊びじゃないからな?」
「【氷聖剣】」
間髪入れずにティアラが魔法を発動させると、魔法陣から出現した4つの氷の剣が【ルビーベア】を串刺しにした。
俺はその刺さった氷の剣に雷を纏った柔拳、【雷柔拳】を放つ。
「ギュリィィィィ」
【ロックベア】は叫びながら霧散し、魔石に変わっていった。
ティアラとはこっちの世界に来て1度も共闘したことは無いが、息はぴったりのようだ。
「流石お兄様です」
「ティアラの魔法だけでよかった気もするがな」
魔石をアイテムボックスへしまう俺へ、笑顔を向けるティアラ。それに対して俺は口元を緩ませて答えた。
それからしばらくして75層に到着した。
次の100層の最深部にあるハーデスの力が封じ込められている場所を確かめることが今回の目的である。
「ボスと戦わなくていいのは楽だが、転移先の入口が別の場所にあるのはめんどくさいな」
「それは一理ありますわね」
ティアラはそういいながらもニコニコと笑みを浮かべていた。
「まったく」
俺はそんなティアラを横目に入れつつ、魔物の気配も強くなったので【上・気配遮断】を発動させた。
すると――
「うわぁぁぁぁぁああああ」
突然、奥の方から叫び声が聞こえてきた。俺はティアラと目を合わせて、声の元に全力で向った。
すぐに開けた場所に到着。そこで最初に目に映ったのは5メートルほどある大型のドラゴンタイプの魔物が小柄で短髪の少年を襲っているところだった。
少年は地面に腰をつき、折れた剣を握りながら震えている。
「ティアラ!」
「【氷結停止】」
俺が合図を送るまでもなく、ティアラは既に魔法を展開させていた。指定した空間を氷漬けにさせることの出来る【氷結停止】。
それによってドラゴンは瞬時に氷漬けになった。
だけどドラゴンが抵抗しているせいか、凍った矢先に氷の固まりが震えだした。おそらく数秒後には割れるだろう。
だけど十分――俺は右手に魔力と気力を練り上げながら、凍ったドラゴンへ瞬時に移動していた。
「【雷帝絶拳】」
【柔拳】の内部破壊したエネルギーをそのまま外部破壊エネルギーの【剛拳】へ乗っける、大型の魔物に対して有効的な技【絶拳】に魔力を宿した【雷帝絶拳】を放った。
それを受けたドラゴンは衝撃により氷と共に粉々に砕け、破片が辺りに飛び散った。やがて氷の破片ごと光の粒子に変わっていき、コトンっと魔石が地面に落ちる音が響く。
辺りがドラゴンの消えた光の粒子が飛び交う中、俺は振り返り、少年に視線を向けた。
茶色がかった短髪に冒険者としての装備を身につけていた少年は口をあんぐりと開けてパクパクさせていた。
「大丈夫か?」
「あ、あぁぁ、あ、あの、【グレイブス・ドラゴン】を一撃?!」
「大丈夫そうだな。何故こんな場所にいる」
怪我はないようだったので次の質問に切り替えた。今しがた倒したドラゴンが75層に出てくる魔物として普通だとしたら、この少年はあまりにも弱すぎる。それどころか25層で対峙した【ルビーベア】でさえも倒せるかわからない。さらにいえばそんな少年がパーティーも組まずに単身だ。
自然と何故このような場所にいるのだろうかと疑問が浮かんだのだ。
「あ、あなた様達は、ゆ、有名な冒険者の方々ですか?」
少年は慌てふためきながら、俺とティアラを交互に見遣った。
「冒険者ではあるが有名じゃない。それよりも質問に答えろ」
「僕……いや俺はその……事情がありまして」
「どんな事情だ。お前のような子供が単身で来る場所じゃないだろ」
「ふふっ」
横からティアラの笑い声が聞こえた。
言ってから気づいたが、少年を見た感じ年齢は14か15ぐらい。15歳になったばかりの俺とは大差ない。前世から生きているせいか、自分を年上に見てしまう癖があるのだ。
その事実を知っているのは俺以外ではティアラだけであった。
俺はチラッとティアラの方へ視線を向けると、丁度いい岩に座りながら優雅にティーカップで紅茶を飲んでいた。
おそらくはアイテムボックスから出したのだろう。
――いつも持ち歩いているのかあれを。
「その……」
少年は言いづらそうに口籠もる。言いづらい理由があるのだろう。
先程発した年齢についての指摘の可能性もあるが。
「言えない事情なら無理には聞かない。だが命を粗末にするな」
「お優しいんですね」
そう言って少年は顔を上げた。理由はわからないが覚悟を決めたような真剣な眼差しをしている。
「あなた様にお願いがあります」
「お願い?」
「僕を弟子にしてください!」
「断る」
俺は少年のお願いに対して即答した。
少年は目をパチクリさせた後、がっくりとわかりやすく肩を落とし、下へ俯いた。
「えぇ、そんなぁ……」
そんな少年の様子に歯がゆい気分が芽生えたので一応理由を聞くことにする。
「なんでそうなったんだ?」
「【グレイブスドラゴン】を瞬殺出来るなんて、相当な実力者とお見受けします。そんなあなた様のように僕は……強くなりたい!」
「それなりの経験を積めば強くなるだろう。焦る必要もない」
「僕はすぐに強くならないといけないんです」
「なぜそんなに急いでいるんだ」
「……僕は……姉さんを取り戻すために強くなりたいんです」
少年は淀みのない真剣な瞳で真っ直ぐと言い放った。自分の兄弟を救いたいという気持ちには共感出来る。だから俺は再び思考を巡らせ、理由の深堀をすることにした。
「そうか、お前にとって姉とはどういう存在なんだ?」
「姉さんは優しくて、僕なんかよりも強くて、真っ直ぐな人でした。だけどある日、姉さんは変な男に連れて行かれたんです」
「変な男?」
「はい……凄まじいオーラを纏った――ゲインという男にです」
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